12話 葵との奇妙な生活(1)
とりあえず現状を説明すべく、芽衣に連絡を取る。
そうしようと思ったのだが、やっぱり今言うのは止めておいた。電話じゃあまりにも相手の感情が分からない。
明日俺の部屋に来る予定なのを変更して、会って伝えることにした。
その連絡を終えたところで、俺はリビングに出た。
「あ、琉生さん。テレビ借りてます」
「うん」
さっきは嫌な反応をしてしまったし、少し話してみるか。
いつものテーブルを定位置が空いていたので、そこに座る。右前に葵が座ってる感じ。
「えーっと、笹原さんはどこから?」
「神奈川です。横浜のあたりなので、割と近いですよ」
「へー」
横浜か。神奈川好きなんだよなー。鎌倉とか、江の島とか。
「あの」
「ん?」
「琉生君のお父さん、何してる方なんですか?休みなさそうで、今も忙しそうですし」
「ああ、プログラマーらしいよ。詳しく聞いたことはない」
特に興味がなかったので、あまり話さない。納期とかの関係で忙しいときと、そうでないときがある。
「へぇ、凄いですね!」
「そうかな」
そう言った後、お茶の入ったコップを持って周りを見始めた。なんだろう・・・・・あ。
「ああ、母は病気で三年前にね」
「あ、すみません、言わせちゃって」
母の気配のない部屋で、少し違和感を感じたのだろう。
「いや。というかさ、笹原さんの親はどうしたの?ここに来るの嫌だったでしょ」
普通に考えておかしいのだ。葵だって知らない人との生活は嫌なはずで、それに対して説明がなければ反発もしただろう。
「そうですね。お父さんは私に配慮してくれたんですけど、隠すことでもないです。実はお母さんが病気を患っているんです」
「・・・・・なるほど」
そっか。恐らく病院が遠くて自宅から父親が通えないから、子供だけ預けて母親に付き添うことにしたってことか。子供を置いて行ったのは、心の配慮か、金銭的な問題か。
父さんが配慮したのは、俺のほうでもあるのだろう。母のことで。
「あ、大丈夫ですよ。治る見込みは十分にあると聞いてます」
「そっか」
そんな心配事抱えてここに来てたとは思わなかったな。
「琉生さんって中二ですよね。部活何してるんですか?」
「ソフトテニス」
「かっこいいですね」
実はそれはイメージに過ぎないんだが。テニスやり始めて、ラケットを投げるテニスプレイヤーの気持ちが少し分かった。
「弱いけどね。笹原さんは何かしてないの?」
「いえ、何も。あ、葵でいいですよ。お父さんもそう呼んでますし、私も下の名前で呼ばせてもらってますし」
葵は父さんと区別するために、名前で呼んでいるんだろう。確かに、年下が名前で俺が苗字じゃ、少しおかしい気もする。
「分かったよ。じゃあ葵さんって呼ぶ」
「はい」
「ん。何かやろうと思わなかったの?」
「運動できないし、文科系の部活もあんまり興味ありませんでした」
「ふーん」
確かに、運動できないんじゃ限られるな。まあ強制とかじゃないから、帰宅部でゆったり過ごすのも全然ありだな。
「テレビ、見てて楽しい?」
今ついてるのは、ワイドショーだ。時事的な問題で、芸能人たちが話し合っている。
「あんまり。でも、することないので」
「そっか。・・・・・じゃあ、少し暇つぶし相手になってよ」
「あ、相手してくれるんですか?」
この子、なんか凄くいい子だな。コミュニケーションもちゃんと取れて、中一とは思えないほどしっかりしてるな。
「何かできるのある?オセロとか、将棋とか」
少し女年頃の女の子とはかけ離れてるけど、二人で出来るゲームじゃそんくらいしか思い浮かばない。
「オセロ、将棋、チェスなら出来ますよ」
「へぇー、意外」
出来るのか。珍しいな。
「パ、んんっ、お父さんが好きなんですよ。ボードゲーム」
「そっか」
「何笑ってるんですかっ」
言い直したことに少し笑ってしまった。葵の顔も少し赤い。別にパパって呼ぶの、仲良ければおかしくないと思うけどな。
「ごめんごめん。将棋盤とかあるから、すぐ持ってくるね」
俺も母が勝負好きな人だったから、良くやっていた。罰ゲームをつけて。ついぞ、勝てることはなかったっけか。
最近はやってなかったけど、駒を見れば昔を思い出す。母と打った記憶を。自分の得意な戦術を。
将棋盤を持ってリビングに戻った。
「葵さん、料理できる?」
「え?えっと、少しは」
「じゃあ負けたほうが今日の昼食担当ってことで」
「罰ゲームですか?いいですね!負けませんよ」
「罰がある以上手加減しないよ」
そう啖呵を切って、数十分後。
「詰み、ですね」
「・・・・・強いな」
思ったより強かった。まあさほど実力差はない感じだけど。
「じゃあお昼お願いしますね」
なんか生き生きしてるな。楽しそうでよかった。
まあ別に元々俺が作るつもりだったし、俺にとってのマイナスはないけどね。
今は十一時前。もう準備していい頃合いだ。部活は一時からなので、少し早い昼食になる。
「さて。あ」
そういえば食材。いきなり一人増えて、足りるだろうか。
まあ足りなかったら父さんのなくせばいいか。父さんが悪いんだし。
今日のメニューは五目チャーハンだ。比較的作るのが楽なので、結構な頻度で作る料理。
まずは野菜を切る。
ニンジンを出したところで、キッチンに来訪者があった。
「あの、やっぱ手伝います。暇なので」
「ん?暇ならゲーム貸すけど」
「いえ、ゲームは二人でやったほうが楽しいですから」
そういうなら、断る理由はないな。包丁も使えるらしいし。
「そう。五目チャーハン作るから、野菜をお願い」
「はい」
もう一本の包丁を渡して野菜のカットを任せる。五目チャーハンの野菜の切り方は分かるだろう。
「あの」
「ん?」
「これ、野菜足りますかね?」
やっぱそう思うか。俺も思ってた。
「あー、大丈夫。ご飯と卵はあるから」
「あ、私が来たから」
「いや、言い忘れてた父さんが悪い」
たまの父さんが昼に家にいる日だが、昼食は自己責任で卵かけご飯で我慢してもらおう。
「あの、琉生さんは家事全般出来るんですか」
「んー、料理専門。家事は週末に代行頼むことが多い」
「あ、そうなんですね。料理はずっと?」
「母がいなくなって、数か月後くらいからね。必要だと思って・・・・・」
その後も葵が質問して、俺が答えてって形で料理は進んだ。見た目通り料理はうまそうだ。
まさか芽衣の料理姿の前に、他の女子の料理姿を見ることになるとは。人生は何が起こるか分からない。
「あの、琉生さん。いつ頃帰ってきますか?」
午前一時十分前。昼食後少し葵とゲームをして、部活へ行くため玄関に立った。葵はお出迎えをしてくれている。
「んっと、六時過ぎくらいかな」
今日は帰りに寄り道するので、少し遅い時間を伝えた。
「あの、夕飯の買い出しとかあれば、私行きますよ」
確かに、冷蔵庫の中もう空だな。部活から帰った後自分で行くつもりだったけど。
「ああ、そっか。葵さん、携帯とか持ってる?」
「あ、はい。ガラケーですけど」
「じゃあメール送るからお願いするよ」
紙メモ面倒くさいし、時間がかかる。あんまり時間に余裕はない。
「えっと・・・・・メール分からんってことで、はい」
普段メールは使わない。大体マインだからな。
その点、普段使ってる葵なら問題ないだろう。
「あ、渡せるんですね。じゃあ打ちますね」
手際よく入力していく。俺普段キーボード使うから、日本語のやつは入力できない。よく出来るよな。
「はい、入れました」
「ありがと。えっと・・・・・これ」
財布から千円だけ出して、財布ごと葵に渡す。
「いいんですか?」
「うん。結構入ってるはずだから、遠慮なく使っちゃって。なんならお菓子とか買ってきちゃってもいいよ」
そういうお年頃ではあるだろう。
「い、いえ、言われたものだけ。じゃあお預かりします」
両手でしっかりと財布を受け取る。
「買い物メモは後で送っとく」
入れ代わりでスマホを受け取ってバッグにしまう。トイレとかで送ればばれないだろう。
「あの、学校に携帯大丈夫なんですか?」
真面目な懸念を問われる。
「ん?大丈夫だよ。ばれなければ」
「え?それって大丈夫じゃないんじゃ」
中一の頃からちょくちょく持って行っているが、ばれたことは一度もない。
「ばれるようなヘマしないって。じゃ、行ってくるよ」
「はい、行ってらっしゃい」
外出の挨拶をして、葵に笑顔で見送られて、天気のいい外へと繰り出して行った。
今日帰りが遅いのは、他でもない芽衣のことだ。
朝に送った予定変更は破棄した。やはりこういうのは早くに伝えるべきだと思い、部活帰りに芽衣んちの近くの公園に行くことにしたのだ。その旨はもう伝えてある。
芽衣の部活終わりに間に合えばよかったんだが、間に合わなかったし、時間が押してる中話す内容でもないと思った。
買い出しの連絡も完了しているので、特に問題はなくなった。部活終わりに康介たちと別れ、公園へ足を運んだ。
ついて早々、先に芽衣が待っていた。
「芽衣さん」
気付いてるけど、名前を呼んで手を振る。芽衣はそれを返して、足早に近づいてきた。
「琉生君!どうしたの、いきなり」
「会いたかっただけ、って言いたいとこだけど、話が合って」
ここで逃げるわけにはいかない。
「そうなんだ。でも、明日でもよくない?それ」
「早急にさ、話したくて」
「そう、なの?」
頭の上にはクエスチョンマークが浮かんでいる。無理もないな。一日も早く話したいことなんて、簡単には思い浮かばない。
「まあ、ゆっくり話そうか」
芽衣をベンチに促して、座りながら話すことにした。
自販機で自分の分と芽衣の分の飲み物を買って、芽衣に渡す。
「ありがと」
「ん」
芽衣の隣に座って、二人して飲み物を一口。
その後、先に口を開いたのは芽衣だった。
「あ、あの、早急な話ってさ」
「ん?」
「私、今から振られちゃうのかな?」
そういう風に思っちゃうか。そういうそぶりを見せたことはないはずだが、俺の感情がふわふわしてるから仕方ない。
「いや違うよ。というか、本気でそう思ってた?」
自分から切り出してくるあたり、多分本気で思ってたわけじゃないと思う。
「ううん。でも、少し」
「流石にないよ。俺だって・・・・・」
この関係を大切に思っている。そう言おうとしてやめた。
気持ちに嘘はない。一緒にいて楽しいし、基本的に一人でいることが好きな俺にとって珍しい相手だ。
でも、それを言うにはまだ、明確な答えを出していない。
「琉生君?」
「そ、それより、話だった。実は・・・・・・・」
強引に話を切って、葵についての話を芽衣にした。
ほとんどは知ってること全部を話したけど、葵の両親のことについては伏せた。簡単に話せることじゃない。
「ってことなんだけど・・・・・」
話し終えて芽衣の反応を確かめる。
「そっか。まあ仕方ないよ、それは。私は全然大丈夫だよ」
明るい表情で、明るい返事が返ってきた。
「それより、早くに言おうと思ってくれたことが嬉しい」
「申し訳なかったしね」
「琉生君が悪いわけじゃないでしょ?」
「まあ、そうなんだけどさ」
俺もいきなりのことだった。事前に知ってれば、来る前に話すことは出来たんだけど。全部父さんのせいだ。
芽衣は一見明るい。まだ暗い感情は見えない。
「・・・・・・・琉生君もしかして、私強がってるとか思ってる?」
「え、いやそれは」
相手の表情の裏を読もうとしていた俺だったが、逆に読まれてしまった。
「本当に大丈夫だよ!私琉生君は信用してるし」
「そうなの?」
「そうなの。でも」
「でも?」
「琉生君ち、少し羨ましい」
負の感情を捻出するものかと思ってたけど、どうやらその様子はない。もちろん、良い感情は出てこないだろうけど。
「明日来てよ、じゃあ」
「予定通りで大丈夫なの?」
「人一人増えちゃうけど、それでもいいなら」
イメージだけど、芽衣は人見知りっぽい。
「大丈夫、だと思う」
「そう。・・・・・じゃあ、芽衣さんにご飯作って貰おっかな」
「え?私が?」
何かタスクを与えたほうが、やりやすいと思ったんだけど。後単純に、そうして欲しい。
「だめ?」
「・・・・・・・いいよ。あんまり大したものは作れないよ」
正直あんまり期待もしてない。口には出さないけど。
「いいよ別に。買い出しは?言ってくれれば、行っとくよ」
「買い出しも、一緒に行かない?遅くなっちゃうけど」
「いいよ。じゃあ、時間になったらここで待っとくよ。芽衣さんが着替えて、近くの公園で買い物して、そのまま俺んちに行こう」
少し歩くことになるが、夕飯一緒に食べるならその方がいい。運動した後の服でご飯食べたくはないと思うし。
「今から楽しみ」
「そうだね」
葵には事前に俺たちの関係を伝えておかないとな。ちょっと恥ずかしいけど。
なんにせよ、芽衣が本気で悲しまなくてよかった。俺としては、芽衣の反応によっては、ゴールデンウィーク中おじいちゃんちに寝泊まりすることも覚悟してたんだけどな。
ん?おじいちゃんち?
・・・・・・・一つ帰ってから問いただすことが出来てしまった。