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10話 新しく始まる、吸われる日常(2)

 いつも通り給食のおばさんが盛った食事をお盆にとって、食堂に並ぶ長机の自分の席に座る。

 席順は教室通り出席番号順だ。前には俺と同じ番号の那奈、一つ下の番号の由香里がいる。ちなみに隣は欠席。一年時から休みの多い生徒らしい。

 今日の献立のきな粉揚げパンをゆっくりかじる。これは手が汚れるから、ちょっとうざい。

「ねえ琉生」

「ん?俺食事は静かに食べるタイプなんだけど」

 まあそんなポリシーないけど。

「まあそんなこと言わずにさ」

 このニマニマした声で何聞いてくんのかは大体分かる。面倒だな、全く。

「聞いたよ、デートしたんでしょ?どーだった?」

「ノーコメントで」

「ねぇー答えてよー」

「ノーコメントで」

「ちょっとー、真面目に聞いてんだけど!」

「そんなことに真面目になるな」

 那奈馬鹿なんだから、勉強に真面目になれよ。俺が言えたことじゃないから言わないけど。

「ねぇー、いいじゃーん。るーいー」

「あーはいはい、分かったよ全く。感想でしょ」

「うんそう!真面目に!」

 そんなこと言われてもって思ったが、ちゃんと答えないと恐らく納得しない。数秒考えて、答えた。

「・・・・・なんつーか、デートっぽくなかった?かな」

「・・・・・何それ」

 正直に答えたら、この反応だよ。分かってはいたけど。

「芽衣は楽しかったって言ってたよ?」

 隣の由香里も会話に入る。

「俺も楽しかった。楽しかったけど、デートっぽくはなかった」

「ふーん。それってどんな風に?」

「あんま気になんなよ」

 那奈とは小学校から六年同じクラスでやってきてて、長い付き合いだ。こういう性格だって分かってたけど、自分にとって害になったのは初めてかもしれない。

 どんな風、か。なんかネガティブな時間が長かったような、真面目な話が多かったような、真剣にならざるを得ない話をいっぱいしたような気がする。それを要約すると、つまり。

「理解を深め合う日だった」

「なんじゃそりゃ」

「そのまんまの意味だけど」

 その詳しい内容自体は話したくない。芽衣にだから言えたことだと思うし、芽衣のことに関しては言えないこともある。

 別に芽衣が特別だからってわけじゃない。ただ他の人に話すにしては、テンションが合わないだけだ。

「なんか、した?」

 俺にそんなふわっとしたことを聞いてきたのは由香里だ。由香里に聞かれたからか、何を聞きたいのかはすぐに分かった。

「・・・・・何もしてねえよ。神谷と違って初めてなんだって、こういうの」

「ちょ、私だってまだ大人びたことはしたことないからね!?」

「大人びたとは」

 話振っておいて、慌てすぎだろ。その反応されると、逆に本当にあるのではと思ってしまう。

「・・・・・変態」

「先にこの話始めたのそっちだよね?」

「というか、私みんなが言ってるほど、付き合った経験多くないからね!」

「ふーん、じゃあ何人?」

「・・・・・個人情報保護法」

 言えない時点で、その主張は通らないだろうに。言いたくないのだろうけど、残念ながらその気持ちは分かり兼ねるな。そんな経験一生出来ないだろうから。

「というか、そういうこと聞くの良くないからね、変態」

「変態」

 便乗して奈那も言ってきた。

「なんでそんなに言われんの、俺」

 その暴言を吐かれるほど、俺粗相を働いた覚えはない。というか、中二の中ではかなり健全な方だと自負してるんだが。

「そりゃだって」

「変な妄想してるからでしょ」

 由香里に合わせて奈那が言い切った。それこそ心外だな。

「してねえよ。というか、自分でされてると思えるところがすごいわ」

「は?そんなん長い付き合いなんだから、見れば分かるし」

「分かんねえよ!」

 それが分かるなら、メンタリストとかになった方がいい。俺はそもそも表情筋硬いし。

「冷たーい、琉生が酷いこと言ったー」

「あーあ、奈那泣いちゃう。加瀬謝らないと」

 全力で面倒くさいの顔をしても、相手にしてくれなかった。いや、そもそも伝わっていなかった。表情で何かを伝えるの、俺には無理だ。やるんじゃなかった。

「冷たいというか、俺はただ自分のポーカーフェイスに一定の自信があっただけなんだが」

 技術ではなくデフォルトだが。笑う時だってまだ作るっていう意識がある。感情は見せないと勘違いされるから、勘違いされたくない人には意識してでも見せるしかない。

 その点奈那といる時は楽でいい。見せなくても長い付き合いゆえに、考えが読めないだけで冷めてるとは思われない。

「まあ確かに、加瀬普段あんま笑ったりしないしね」

「笑った時、笑った!って思うよね」

 それはそれで嫌なんだが。自分の反応にあまり意識を向けないで欲しい。

「こっちは分かるけどね。石野顔に出やすいし」

「それはきもい」

「きもーい」

「・・・・・・・」

 人間とはかくも非情なものなのか。

「琉生今何考えてる?」

「・・・・・いや、男女平等の実現は程遠いなって」

「「何それっ!!」」

 俺の真面目なコメントに、笑いで返された。

 そもそも不可能なんじゃないだろうか。人間の意識はそう簡単には変わらない。女性の権利を主張し改善していった末に、女性の権利の方が上回ってるようにすら思う。

「笑いすぎだし」

「ごめんごめん」

「なんか加瀬面白くって」

 笑いながら謝られても。

「ま、変態でも付き合ってくれるみたいだから、俺は気ままにやるとするよ」

「あんま根に持たないでね」

「そっちはあんま俺らのこと気にしないでくれ」

 奈那に合わせてそう言った。もちろん俺らってのは俺と芽衣のことだ。周りから見られながらってのは落ち着かないし、なんか嫌だ。話すのもこれからは遠慮したい。

「え、ちょくちょく聞くよ?」

「おいっ」

 なんで進捗を逐一報告しなきゃいけないんだよ。

「だってさ、気になっちゃうし」

「じゃあ俺にも教えろ。交換条件で石野の恋愛」

「そんなんないんだから教えようないじゃん」

「じゃあ俺もねえよ。言えることは」

 もっとも、交換条件成立しても俺から話すのは遠慮したいけど。

「いや、琉生はあるでしょ。七瀬さんから話聞けるんだから、何かあれば分かるよ?」

「な、まじか」

 それは盲点だった。そうされてしまえば、何もなかったっていう言い訳はきついか。何も言わないでくれって、芽衣に頼むのもおかしな気がするし。

「そういうことだから、聞いたら答えてね」

「・・・・・言いたくないことは言わないからな」

「うん!まーでも、なんかあったら相談してくれていいからね。力にはなるから!ね、由香里」

「うん、まあ力になるかは分かんないけどね」

「いやいや、由香里はなるでしょ」

「そのイメージ、やめてよね」

 この歳で二人以上と付き合ったことあんならイメージバッチリ合ってると思うけど、言うと怒られるので止めた。

「ま、当てにはせんけどあんがと」

「当てにしないんかい!」

 こいつらに頼むくらいなら、龍吾とかに相談した方が頼りになりそうだし。由香里はともかく、奈那は全く役に立たないと思う。

 というか、話してるから今日めっちゃ食べるペース遅いことに気がついた。俺主軸で話が進んでる分、前の二人よりも遅い。

「でも修羅場とか持って来ないでね」

「喧嘩しないし」

 今日は外出れそうにないと思いながら、それだけ言って会話を止めて、食事の方を優先して進めた。遅くなって片付けんの最後とかだと、給食委員の当番の人に迷惑かけることになる。

 ペースを上げて給食を食べて進めた。




 食堂の他の人たちは既に半分以上いなくなっていて、うちのクラスの男子はあと数人しか食事していない。俺の列の男子は全滅だ。

 奈那と由香里が立ち上がって片付けに行こうとしたところで、俺が無視できない相手に話しかけられた。

「琉生君。ちょっと、いいかな」

 芽衣だ。意外な接触に、口に運ぶスプーンが遅くなる。それをパクッとしてから、片手を上げて制止をかけて、口の中ものがなくなったところで、

「どした?」

 と、返事をした。

「・・・・・・・」

 けど、すぐには芽衣は切り出さない。立ち止まってる前の二人や、周りの人を気にしてる素振りを見せた。

 その後に、俺の耳元まで顔を持ってくる。

「・・・・・血飲みたい」

 少し間をあけたあと、そう言ってきた。サッと離れて照れたように視線を泳がせる。顔も少し赤い。

 俺の反応は正直で、少し口角を上げて、呆れたような表情をした。

「えっと・・・・・食いしん坊キャラにでもなったの?」

「い、いや、その・・・・・」

 俺の表情もあってか、さらに羞恥が増したように俯いた。

「じゃあ」

 俺も席から立ち上がって、芽衣の耳元に口を近づける。

「南校舎四階、階段の前で」

「ふぇ?」

 変な声を漏らした。学校の、しかもみんなのいる前で、向こうから俺に話しかけてくることは今日が初めてだ。大丈夫になったのかと思ったけど、やっぱ少し無理してるようで、伝わってくる緊張がやばい。

 俺だって緊張しないわけじゃない。目の前で注視してるバカ二人いるし。でも、緊張は上回られると平気になる。

「見られちゃダメなんでしょ。つけられないように」

「う、うん。って、いいの?」

 離れてゆっくり頷く。飲まれても午前中支障なかったし、多分大丈夫だ。飲まれる量さえ注意すれば。

「俺ちょっと遅れるかもだけど」

 自分の給食に視線を向けて言った。まだちょっと時間がかかる量残っている。

「うん!私待ってるよ」

「うん、静かにね」

 待ち合わせてるのを匂わせると付いてくるかもしれない。

「う、うん。じゃあ、後で」

「んー」

 軽く手を振って、一旦別れた。先に行って待ってもらうのが一番いい。隠さなといけない以上、何食わぬ顔で別々に向かう必要がある。

 席に座って、食事の手を早める。あまり待たせたくはない。

「ちょっとちょっと!!何今の!?」

「これ、言いたくないこと」

「目の前でラブラブしといて、それで通ると思ってんの!?ねえ由香里」

「う、うん」

 無理か。ずっとガン見してたしな。

「俺もドキッとした」

 出来るだけ短くしゃべるようにして、食事を優先させる。

「何話してたの?ねえ!」

「えっと、部活終わりに少し話そう、的な」

 こう言っておけば昼休みに警戒されずに済む。それに部活終わりだと干渉されにくいし。

「何それ、どんな話?」

「それを聞きに行くんだが」

「そっか、そうだよね。めっちゃ気になる!」

「あんさ石野」

 一度言葉を切って、那奈の返答を待った。正直言おうかどうか少し迷ったから。でも、言わずにはいられなかった。

「ん?」

「自分がうざいって自覚してます?」

 辛辣なことを口にした。でも、俺の気持ちも分かって欲しい。こういうのは平穏に過ごしたいものなのだと。

「え、してるよ」

「してるのかよ」

 意外とフラットに言い切った。

「いやだって、琉生にしかこんなこと聞かないよ?」

「俺だからいいってか」

「長い付き合いだから」

 それがあれば何でも許されるというわけではない。

「まあ、ほどほどにしてくれ」

「琉生ってそういうの全くなかったからさ、興味あるの」

「ん?いや、一回あったろ、そういうの」

 一年の頃、あらぬ疑いというか、根拠のないからかいのせいで、恋愛がらみの噂を流布されたことがある。

「あれは違うって分かってたから私」

「ふーん」

 これも長い付き合いだからなのか。全く、厄介かつ便利な言葉だ。

「ねえ那奈、そろそろ行こ?」

 さっきから会話に入らない由香里が動いた。由香里はさほど俺に興味を示していないようで、あまり恋愛ごとを聞いてこない。那奈もこの姿勢に倣って欲しいものだ。

「じゃ、今度聞かせてね!」

 それだけ一方的に言って、食器を持って去っていった。

 最近の那奈は面倒くさいけど、あれで少しはしっかりしてるとこもあって、本当に嫌なことはしないから憎めない。ちょっぴりだけど、頼りになるところもある。

「ま、何も話せないけど」

 話があるわけでない。咄嗟についた嘘は少し心苦しいが、優先事項がある以上は仕方ない事だ。

 今はさっさと食事を済ませて、芽衣との待ち合わせ場所に急ぐとしよう。




 人通りの少ない廊下を足早に走る。食事を終わらせて集合場所に急いでいる。芽衣は既に待っているはずだ。

 俺に気にかける人はいなかったので、つけられてはいない。教室に戻っていないので、クラス連中にもつけられてるわけがない。

 階段を上がって四階へ。ここまでくれば人の気配は極端に減る。こっちにはクラスの教室はなく、この奥に音楽室とよく分からない部屋しかない。授業時か、それ以外だったら合唱部しかまず通らない。

 最後の一階分の階段を上って、一番最後の階段を上り切ったところで、壁に背を預ける芽衣が座って待っていた。

「あ、琉生君!」

「おまたせ」

 芽衣の隣に座る。結構近い位置だ。

「ううん、あんま待ってないよ?」

「そ」

「・・・・・・・」

「・・・・・・・」

 それだけ言って、一旦心地よい沈黙が二人の間を流れた。穏やかな時間。時間がゆっくり進んでいるかのような、贅沢な時間。

「そういや芽衣さん」

「ん?」

「さっきすっごい緊張してたね」

 少し笑みを含めながら言った。

「あ、あれは!だ、だって・・・・・みんなの前で、緊張して」

「顔すごく赤かったよ」

「あ、あれでも私頑張ったんだよ?」

「すごく頑張ってたね。嬉しかったよ、頑張ってくれて」

 周りの目の対処法的には、気にせず反応しないことが一番だけど、それにはまだまだ時間がかかりそうだ。でも、しばらくは芽衣のあの反応を見るのも、楽しそうだ。

「・・・・・私も、嬉しかった。話せて」

 照れながら言われると、可愛くてこっちも照れる。顔に出さないように、余裕を保っているように意識する。

「もうちょい自然に話してね」

「それは・・・・・頑張る」

 別に身構えることじゃない。付き合ってから、以前より距離を感じるってことはよく聞くことだ。それは、周りに知られてると人の目を気にする分、さらにその傾向が強くなる。学校で芽衣とそうはなりたくない。

「ま、時間もないし、飲もうか」

「・・・・・うん!」

 嬉しそうに返事した。それに軽く微笑んでから、ジャージを脱いで体操服から肩を出した。

 芽衣は俺の正面に回り込んで、俺の足を跨ぐ。ゆっくり肩に近づいて、俺の肩に両手を置いた。

「じゃ、いただきまーす」

「んー」

 カプッと小さく音を鳴らして、噛みついた。ほんの少しの刺激が走った直後、血の流れをうっすら感じる。

 目を瞑って、頭を固定する。今日は二度目だ。体調に異常が出るかもしれないので、その変化に意識を向ける。すぐに出るものでもないかもしれないけど。

「・・・・・ふぅ、ごちそうさま」

「ん?もういいの?」

 結構すぐに口を離した。今日の朝より全然短いような。

「ご飯食べた後だからね」

「ありゃ?食いしん坊キャラは?」

「そんなんじゃないよ!ただ、ちょっと、琉生君の血飲みたくなっちゃったの」

「やっぱ血って依存性あるでしょ」

 理由が飲みたいだと、それを疑わざる負えない。まあ芽衣しか飲まないものだから、証明のしようがないけど。

「な、ないよ!多分」

「本当?」

 あってもないって言うだろうけど。

「琉生君の、だからかな。もしかしたら」

 俺に跨ったまま、俺のすぐ横の床に手をついて、顔をグッと近づけてきた。

「琉生君に近づきたいだけかもしれない」

「・・・・・・・」

 ち、近い!頭がぼーっとする。ふわふわする。目が開いて、身体が火照って、口の中に唾液が出る。

 少し前に出れば当たる位置。身体が動かないように意識してしまうせいで、逆に震えている。

 顔が赤くなってるかもしれない。でもなんか、目をそらしたら負けのような気がして、表情ごと体全体を固める。

 芽衣も顔をそらさない。少し口元を緩ませた表情で、固まっている。でも、だんだんと顔が赤くなって、表情に余裕がなくなっていく。

「・・・・・ッ!!」

 飛んでいくように後ろに下がって、顔を俺から背けて後ろを向いた。片手を地面について、もう片手を自分の頬に当てている。耳まで真っ赤だ。

 ヘタっと体から力が抜ける。余分に入りまくっていた力が一気に抜けて、抜けすぎて、だらしなく壁に体重を乗せた。

 真っ白くなりかけていた頭が戻ってきて、緊張も解けていく。

 びっくりした。芽衣があんなことをするとは考えもしなかった。照れ屋の芽衣に、先に照れさせられるとこだった。ほんとに、びっくりした。

 芽衣はさらにやばそうだが。

「あーごめんごめんごめんー!!」

「・・・・・・・」

 顔を後ろに向けたまま、慌てたように言ってきた。冷静になって、後悔が押し寄せてきたような感じ。

 俺はびっくりがまだ抜けなくて、何も答えられない。

「うぅ、恥ずかしー。もう、恥ずかしー」

「・・・・・き、緊張したー」

 やっと出た言葉がそれだった。まんま本音。

「ご、ごめんほんとに!な、なんか、流れで、舞い上がっちゃってっ」

「う、うん、大丈夫」

 あんま大丈夫じゃなかったけど、やっと地味に落ち着いてきた。

「あ、あのあの・・・・・」

「とりあえず、いい匂いだったよ」

 鼻をくすぐられるシャンプーのいい匂いが、精神を地味に刺激していた。

「い、いいっ・・・・・!あ、あの!」

 やっと顔を向けて、少し前のめりになった。目には少し涙が溜まっている。顔もまだ全然赤い。

「わ、私、強がっちゃってっ。そ、その、そ、そういうんじゃなくってっ」

 焦っちゃって上手く言葉に出来ていないけど、言いたいことは分かる。

 多分からかい返そうってのもあったんだろう。無理だったけど。

「落ち着いて、芽衣さん。分かってるから、大丈夫だよ別に」

「う、うん。ありがと」

 俺のほうを向いて、正座で座り直した。片手を胸に当てて、一回深呼吸して、心を落ち着かせている。

「ふぅ、ちょっと落ち着いた」

「それは良かった。すっごく照れてたね」

「だ、だって照れるよ!・・・・・る、琉生君は?」

「ん?俺は・・・・・」

 何と言えばいいか。緊張、照れ、言いようは結構あるが、一番いいのは。

「ドキドキした」

 というか、心拍数がかつてないほどになってたと思う。めちゃダッシュしたときくらいには鳴っていたのでは。

「どきどきっ!そ、そっか。それはちょっと・・・・・う」

 キーンコーンカーンコーン・・・・・・・

 芽衣が言いかけたところで、チャイムが鳴った。今日は食べるのが遅かったので、休み時間が短いように感じる。

「・・・・・う?」

 一応言いかけたことを聞き直す。

「い、いや、何でもない」

「・・・・・そっか。じゃあそろそろ戻ろうか。みんな外から戻ってきてる頃だろうし」

 ゆっくり立ちながら、階段の下のほうに顔を向けた。

 二人教室にいないとか、疑わしいし。変な勘違いというか、妄想しそうで怖い。

「そう、だね。顔大丈夫かな」

 座ったまま自分の顔を両手でぷにぷにしながら言った。まださっきの熱が残っているのかも。

 そんな芽衣に、立ち上がるための右手を差し伸べる。

「大丈夫、ちゃんと可愛い」

 そう言ったとたん、俺の手まで伸ばそうとしていた手が止まって、硬直した。そして一気に、引いていた顔の赤色が、復活した。

 伸ばした手を自分の顔まで引っ込めて、自分で立って俺に背を向けた。

「る、るる琉生君っ!い、いきなりっ・・・・・・・困る」

 思ったことは確かだけど、口にしたのはわざとだ。少し面白そうだと思った。イタズラ、というやつだ。

「赤いよ、芽衣さん」

 軽く笑いながら言った。

「琉生君のせいでしょ!」

 ざっとこっちを向いて、赤い顔のまま声を上げた。怒ってるな。顔の赤さは照れだけど。

「ごめんごめん。まあ大丈夫だよ、戻ってる間にいつも通りに戻るよ」

「・・・・・そうかなぁ」

 頬をぷにぷにした後、おでこに手を当てた。その芽衣の動作を見ながら、ほんの少しだけ考えて、そして伝えた。

「・・・・・一緒に戻ろっか」

「え?大丈夫、なの?」

「まあ大丈夫、なんじゃない?もう」

 俺も無意識に見られたくないと思っていたことだけど、この顔見たら俺にとってはどうでもよくなった。他人に何思われても、エロい想像されても。多分自意識過剰なんだと思う。

「でも、芽衣さんが気にするなら」

 もちろん、芽衣の意志次第ではあるが。

「・・・・・いいよ。照れるけど、琉生君がそうしたいのなら」

「いや、俺は芽衣さんに」

「いいの。琉生君に合わせるの」

 言おうとしていることを、かぶせて言われてしまった。

「強情だなぁ」

「嫌嫌じゃないよ?本当に嫌なら言うよ、私」

「そっか」

 最初は遠慮しがちだった芽衣も、今はちょっと変わった。ちゃんと自分の気持ちが言える人になったと思う。だから、今の言葉に偽りや我慢はないと、すぐに分かった。

「琉生君が周りを気にしないほうがいいって思うのも分かるし、私だってもっと琉生君と・・・・・仲良く、したいし」

 音量は下がりながらも、ちゃんと最後まで言ってくれた。

「まさかそこまで言ってくれるとは」

 こっちまで照れてくる。なんか、仕返しされた気分。まあでも、芽衣自身に来てる反動の方が大きそうだけど。

「・・・・・もう!今日すごく体力使っちゃった!」

 熱を少し冷ましてから、怒った口調でそう言った。確かに、なんだか感情が忙しなくて、身体がどっと疲れた感じだ。

「慣れるまでの辛抱だね、これに関しては」

「そうだね。慣れる気しないけど」

 まあ俺はともかく、芽衣はかなり時間がかかりそうな様子だ。

「さ、さっさと戻ろ。もう時間やばい」

 少し長く話しすぎた。既に校庭の人たちも戻ってきてるだろう。授業前には戻んないと。

「うん。あっ」

「ん?」

 何かに気づいたような声を漏らしたので、芽衣に振り向いて、返事を軽く促す。もう時間ないし、歩きながら話した方がいいんだけど。

「手繋ぐのは、まだ流石に恥ずかしい」

「それは俺も無理」

 それじゃあみんなに見せつけちゃってるし。わざわざ波風立てる必要は無い。

 そんなやり取りを終えて、俺たちは二人並んで教室に向かって行った。

 ちょっと足元がぐらつくように感じる。体力プラス血を消耗した結果か。倒れるほどじゃなくても、身体に倦怠感がある。

 今度、血は一日一回で勘弁してもらうよう言っておかないとな。

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