9話 ゲーム
ボリュームのある初デートを終えて、日曜日。昨日は眠れず、朝盛大に寝坊してしまった。
自分の常識が塗り替わった日だ。まだ身体がその変化に追いついていない。実際には特に何も変わってはいないのに、これだけで異世界に来たみたいな衝撃があった。
そんな常時興奮状態みたいな身体じゃ、普通に眠れるわけがない。起きた時間は九時を回っていた。
「・・・・・今日どうするか」
今日は朝練。部活はもうすでに始まっていて、一時間半ほど過ぎている。今から学校へ行っても走らされるだけ。だからといって、連絡なしでサボると明日お咎めが待っている。
でも、今日走って疲れるのは気分が違う。昨日あんなことがあったのに、疲れるとか嫌だ。
「あー・・・・・」
意味のない声を出しながらベッドに仰向けで寝転がった。どうするか、どうしようか。今の気分を優先させるか、後に何も残さないように今頑張るか。
「・・・・・よし」
行くとするか。のんびりしてから行こ。どんだけ遅くなってもペナルティが重くなることはないからな。
結局、およそ三十分だらけてから準備を始めて、十時前に家を出た。
「おい、おせえよ馬鹿!」
「はよー、いでっ」
学校についたと同時に康介に殴られた。ちょうど違う練習メニューに移るところで、休憩中っぽい。
「どしたの?」
「寝坊」
「おいまさかまじでヤッたのか!?加瀬!」
「は?」
妙に焦ったような感じで岩田が迫ってきた。なんだって?やった?何を?
「だから、ヤッたのかって聞いてんだよ!」
「寝坊なんだが、落ち着け岩田。ちゃんと主語述語交えて話せ馬鹿」
「だーかーらー、七瀬とヤッたのか?朝チュンしたのか聞いてんだよ」
「してねえけど。なに?なんでそんな方向に話いってんの?」
意味が分からない。どっからそんな噂が出たんだ。まだ付き合い始めてから一週間ちょいしか経っていないのに。
出所が意味わかんなすぎて困るが、今はとりあえず冷静に話を進める。取り乱してはこいつらはさらにつけあがる。我ながら早い判断だ。
「啓吾が言ったんだよ」
俺の疑問に答えたのは康介だった。
「お前が昨日デートだったってな。で、その翌日に遅刻だったらそれしかないって、この馬鹿が騒いでるだけだよ」
「は?だってそれしかねえだろ」
「まだ中学生だぞ、馬鹿が。お前まじ馬鹿だな。クソガキからやり直せよ馬鹿。ばーか」
「はあ?」
馬鹿には早めに現実を見させるのが優しさだと思う。だから馬鹿を強調して教えてやった。
「だよなー。流石にないよなー」
蓮井の言葉を始めに、軽く周りに笑いが起こった。流石に岩田のフォローはなく、ただ岩田の馬鹿さが露呈しただけだった。
「なあ康介、先生は?」
来てから見てないな。
「ラッキーだな、まだ来てない」
「おお、まじか」
それは幸運。これほどの遅刻じゃ、結構言われると覚悟してたんだけどな。
「さっさと走ってこい」
「ん」
康介に従って、俺は荷物を下ろして外周へ走りに行った。
外周を走り切って、ほぼ終盤の部活に交じって、技術向上に勤しんだ。
軽く先生に怒られたけど、無事に部活を終えて、今日あまり使ってもいない道具の片づけに入った。遅刻した分真面目に働いた。
しっかりネットを緩めて、最後に挨拶をして解散した。正直ほぼ練習混じれなかったのにどっと疲れた。体力ない人にとっては楽なペナルティじゃない。寝坊ほんっとにせんほうがいいわ、まじ。
さっさと帰ってくつろぐとしよう。
「琉生」
「ん?」
荷物を持ったときに話しかけてきたのは啓吾だ。
「今日暇だろ。ゲーム」
「あー、そうだった」
昨日の電話忘れてたな。ゲームしようってオファーがあったんだった。
「ジュースあんなら行く」
「ねえよ」
都合よくあったりはしないか。しゃーない、手間だけど自分で買ってから行くか。
「分かってるよ、自分で言ったことだし。康介は?」
「来る」
来るのかよ。俺いなくてもいいと思うけど、まあいいか。ちょい疲れてるだけで、確かに暇だしな。
「んじゃ、適当に飯食ってから行くわ」
「早くな」
「じゃ、早く帰ろうぜ」
コートに残っているのは三年生で、余っていなかったために、康介たちも今日は残れない。ということで、俺たちはまっすぐ家路についた。
部活から帰って、今日は適当に冷食を食って、啓吾んちに行くために外へ出た。
啓吾んちはすぐそこにあるが、今日は十周も走って疲れたので、近くのスーパーまで行ってジュースと、ついでにスナック菓子を買った後に、啓吾んちに行った。
「うーっす」
「ん」
中に通されてリビングに出ると、もうすでに康介は来ていた。
「はえーな、今回は先だと思ったのに」
俺のほうが学校から家近いから、今回は先についたと思ってた。
「そりゃあな。ここで昼食ってっから」
「そりゃ反則だろ」
「別にそこ張り合ってもしゃーねーだろ。ってか今日はえーな」
確かに。別に何か賭けてるわけでもなかったし。
「今日冷食にしたんだよ。って、あ」
昨日健康になろうと思ったばっかしだった。思えば寝坊に冷食、健康から遠ざかってるな。俺としたことが、昨日決意したことも守れないとは。決意って程のものじゃないけど。
「おい啓吾、責任とれよ」
「は?なんの?」
「いや、何でもない」
何も言えることなかったわ、そういえば。
「なんなら飯琉生に作って貰えばよかったわ」
康介が嬉しい事を言ってくれる。同じ小学校なのだから、勿論この二人は俺の境遇は知っている。そうなれば、俺の料理の腕もご存じだ。
「金出すなら良かったけど?」
「お前、まじかよ」
無償で使われる気はねえ。労働には見合った対価が必要だ。友達だからって無償で使えると思わないで欲しいな。友情では対価にはならない。まあ彼女は別だが。
「それより、この買い物代、出してもらうぞ」
「は?それ頼んだ覚えんないんだけど?」
啓吾の言う事はごもっともだ。俺の疲労で買ってきたものだし。
「いや、お前らが払うことになる」
「それは、俺らに勝負仕掛けてんのか?」
康介、勘がいいな。
「ああ。逃げねえだろ?」
「無論」
「というか、逆にいいのか?」
「今日は負ける気がしねえ」
身体は疲れてても、気持ちは高ぶっているんだ。芽衣さんパワーだ。吸血鬼の加護があれば、俺に敗北はあり得ない。
とか、思っても無駄だった。
格ゲー、スマシスですでに二機失った。三つ巴の戦い。別に狙われてるわけじゃないのに、なぜか真っ先に落とされて、三機、三機、一機残しの戦いになってしまった。
そもそも、芽衣になんか特別な力とかないし。
「なあ、それよりさー」
「ん?」
「結構前だけどさ、ラーメン屋行ったっつったろ?」
こういうところだから思い出したけど、話し忘れてた。あんなに面白い話を。
「ああ、言ってたな」
「っていうか、話で気そらす作戦?分かりやすっ」
啓吾に速攻ばれてる。まあそれでも、受け答え促せば効力発揮する作戦だろ。
「そんなことないけど。それより、ラーメン屋行ったんだけどさ、そこまれに見る残念なとこだった」
「なに?残念って」
「ベタにまずい、とか?」
「それ!まずいんだよ、まじで。しかも微妙に現実的でさ、食えないほどじゃなかったんだよね」
「まじか。このご時世にまずいラーメン屋とか存在すんのか」
「それなーまじで。味覚壊れてないと、そんなん出せないよな普通」
気づいたけど、さっきから啓吾く話してないな。くそ、ガチゲーマーが。
「爺で味覚感じねえんじゃね?」
「確かに爺だった。しかも話しかけてるうぜえ感じの」
「まじか、そりゃダブルパンチだな」
「ってか、啓吾話せよ。俺の作戦乗れ馬鹿」
「なんでだよ。作戦分かってて乗るほうが馬鹿だろ」
確かに。啓吾のくせに頭いいなあ、良く思いついたもんだな。こいつの成績カスみたいなもんなのに。
「おっ」
落ちた。康介一機。まあ落としたのは啓吾だが。
「お、やられた」
「ナイス啓吾、そのままあと二機頼む」
「琉生入れて三機な」
へ?ちょまっ。康介が復活するまでのラグで俺が標的になってしまった。畳みかけるように俺に迫ってくる。くっそ、ちょっと待て馬鹿。
「・・・・・おし!」
「ちっ」
二体の戦闘の末、勝ったのは俺だった。
「やっぱ馬鹿だな、啓吾。フラグ回収させようだとか思って、無理攻めしたろ。現実甘く見過ぎだ」
俺のほうがダメージゲージ少なかったからな。同じ中学生だ、あからさまに大きな実力差はなく、俺にだって勝機くらいはある。でなければ、勝負なんて挑まない。
「殺す」
エイム向きすぎだろ。それは三つ巴としてどうなんだろうか。
「康介、二、一にならね?」
「いや、俺が殺す」
「え、ちょ、ちょま、おち、落ち着け康介。落ち着けってー」
啓吾が復活する前にあっけなく落とされた。復活時の少しの無敵時間を回避でどうにかすり抜けたものの、その後のもたつきを康介が見逃すことはなかった。
「・・・・・おい」
「いやこれ三つ巴だし」
「三つ巴、そうだな。でもな、三つ巴ってのは協力して強敵を倒してから、残り二人で戦うってのがセオリーだろうがっ!」
それはもはや三つ巴ではないが。でも別に、共闘ダメなんてルールないし、たまたま一人に攻撃が集まるなんてよくあることだ。それに、勝つ確率の高い方法を選ぶのは、卑怯でも何でもない。
「いや、これ三つ巴じゃ協力きついし。琉生と組むと逆に負けそう」
いや言葉上の契約をしても攻撃自体は仲間にも当たるから、共闘がむずいのは分かるけども、今心外なこと言われた。俺だってそんなに弱くないと思うんだけど。
「その言われ方にはちょっと引っ掛かるけど、まあいいや。でさ、そのラーメン屋で・・・・・」
別に作戦のために話を振ったわけでもないので、気にせず話を続けた。まずいラーメンを罵倒しまくったところを言い終わったタイミングで勝負はついて、勝ったのは啓吾だった。まあ二位の康介にペナルティはないけど。
今日の戦績は計十試合中、啓吾六勝、康介三勝、俺一勝で勝負は終わった。俺にしてはいい戦績、なんせ一勝できたし。
レベルの低いほうが成長速度は速い。俺もちょくちょくやる格ゲー大会でレベルが上がっていると感じる。このままいけば、近いうちにこの二人に追いつけるかもな。
この賭けのマイナスはその時に返すとしよう。