帰投_002
俺たちは軽トラに乗り込む。
運転席にはビーイー、助手席にはヅーが乗る。俺はヅーの膝の上。
車内はビーイーには丁度いいのだろうが、体格の大きいヅーは窮屈そうに背もたれから背を離して前かがみで座る。
彼女たちはシートベルトをしっかりと締める。
ビーイーが軽トラックのイグニションボタンを押すとキュルキュルとセルが回って、エンジンが始動する。
トントントンと小気味好いエンジン音だ。ギアをニュートラルからセカンドに、アクセルを吹かしてクラッチを切る。
軽トラックはスルスルと走り出す。
荷物を満載した巨大トラックは俺たちの後ろをノロノロ追いかけてきた。
ビーイーが片手で胸ポケットからパッケージングされた携帯食料を取り出し、ヅーに手渡す。
ヅーは銀色のパッケージを開けて、その中の一本をビーイーの口に咥えさせた。
自分も一本噛り、もぐもぐと咀嚼、飲み込んだあとに物欲しそうな俺の口先に小さく割ったものを差し出す。
見た目は硬そうだが齧ってみると若干しっとりとしていてサクサクで、匂いも甘かった。
俺は気に入ったのでもっとよこして欲しいとそれを請求する。
四角い豆腐のような建物の整然とした乱立地帯を抜けると何もないただッ広い平原。もともとは緑色の牧草地帯なんだろうがここも乾いたドロに覆われている。
たまに吹く突風でそれが巻き上げられ、小さな粒子となって軽トラの窓ガラスに吹き付けられる。
俺は泥から生まれたのだ。この巻き上げられる砂ともとは同じ存在なのだ。ならば俺もいつか乾いて小さな塵となって消えてしまうのではなかろうか。
俺は身を縮こまらせる。
「あそこには君の仲間はいないよ」
俺の体についたドロを手慰みに摘んでとってくれているヅーが言った。
「あのドロドロからは何でも出てくるみたい。ほとんどは怖いものだけど、時にはあなたのようなかわいい生き物も生まれてくる」
運転するビーイーが俺とヅーを横目で見る。
「私もそうして生まれたんだ。この階層ではなくてもう少し下でね。ドロドロから生まれた」
ヅーは口をぽかんと開けたまま、俺ではないどこかを見ていた。俺はどうしていいかわからずビーイーの方を見た。
ビーイーは面倒くさそうに車の進行方向に顎をシャクった。
「もうつくぞ」
地平線から彼女らの拠点が小さく覗く。それは四方を高い壁に囲まれた彼女たちの拠点要塞だ。
要塞は500m四方を金属の塀で囲まれていた。
金属塀の頂上には防衛用の機関砲とロケットがハリネズミの針のように無数に設置されている。
俺たちの乗った軽トラを巨大なゲートを開けてお出迎えしてくれたが中身はハリボテだった。
中にあるのは中央の車両用の昇降エレベータ、そしてまわりに積み上がるいくつものコンテナだけだ。
ビーイーは俺たちの乗った軽トラを昇降エレベータの上まで移動させる。ここから下に降りるようだ。
俺たちは軽トラから下車する。俺はヅーに抱かれたままだ。
ビーイーが昇降エレベータの操作盤にタッチした。エレベータが起動する。
揺れは無く、シュウシュウと音を立てて滑り降りるエレベータ。直上の太陽の光がおぼろげになり消える。
下まで降下しきったエレベータは軋むような音を立てて止まった。両開きの扉が現れる。
俺たちが扉まで近づくと自動的に開いた。
ここが拠点の最初の部屋、半径10mの円筒状のロビーだ。
まんなかに柔らかそうなソファーとテーブル。あと円周上にいくつか扉がある。
どこから光を照らしているのかわからないが照明は明るい。俺は目を少し細めた。
『おかえりなさいませ、お嬢様』
俺たちがロビーに足を踏み入れると、黒い服の白髪をなでつけた紳士が礼を正して頭を下げて待っていた。
俺の毛が逆立つ。
「タールって人見知りなんだね」
とヅーが俺の逆立った毛を撫でて、
「執事のセバスチャンだよ。安直な名前だよね?」
「これしか思いつかなかったんだよ」
『お召し物をお預かりしとうございます』
としきりに服を脱がせようとするセバスチャンにビーイーは困った顔をする。
ヅーがそれは必要ないとセバスチャンに合図すると彼は再び頭を下げる。
「低レベル住民作成権限でね、作ったんだよ」と俺を床に下ろしながらヅーは俺に説明する。
「人もね作れるの、低レベルだからルーチンワークしかできないけれど」
「寂しかったんだからしょうがないだろう……」
とビーイーは呟いた。少し赤くなって黙りこくるビーイーにヅーが言った。
「ねえ、お風呂入ろうよ」
二人はロビーの奥の一部屋に進む。風呂場へのドアは勝手に開いた。俺も一緒に付いていく。ドアが閉まる前になんとか滑り込めた。
脱衣所につくとビーイーはバトルドレスを脱ぎ始める。ジッパーの音がする。ビーイーは簡素な白い下着だけになった。
「脱がせてよ、ビーイー」
とヅーは笑いながら言う。ビーイーはヅーのバトルドレスのジッパーを開け始める。
バトルドレスを脱がせると、ヅーの身体が何故デカかったのかよくわかった。
彼女に四肢は無かった。だから、存在しない手足の代わりとなる強化外骨格を着ているのだ。
ヅーは強化外骨格を座らせて、ビーイーに身体とを結んでいるベルトを外させる。
ベルトが全部外されるとヅーはビーイーにぺたんと全身を預けた。そのまま下着を脱がす。
自分の下着も脱いだビーイーは腰に力を入れて、慣れたようにヅーを抱えたまま立ち上がる。
お風呂のドアが開き、湯気が脱衣所に充満する。ビーイーは俺の方を見て、
「えっち……」
そう言って湯気の中に消えた。
ロビーに戻るドアも開かないので俺は二人が脱ぎ捨てたバトルドレスの上で丸まることしかできなかった。