八話
「……ココロ先輩」
しばらく夜道を歩き、龍之助が口を開いた。
「何? リューちゃん」
「シルシ様はああ言ってましたけど、アレは祟り神です。アレは生け贄を取るような祟り神だということだけを伝えておきます」
龍之助は冷静にそう言った。そして、まだ続ける。
「アレは縁結びなんて、そんな良いものじゃない。俺は、アレが実際に本当に縁結びだとしても、俺だけは信じません。現代まで、アレが俺についてくるまでずっと巫女って名前の生け贄をとって、巫女が手に入らなかったら別の生け贄を要求するようなやつが、そんなアレが人から願われて縁を結ぶ神な訳がないんだ。アレは、最低な祟り神だ!」
龍之助は冷静さを欠いたようで、歩くことも忘れて、目の前に誰がいるかも忘れて、ここが公道だと言うことも忘れて叫んだ。ココロはそんな龍之助の頭を撫でてやる。大切な後輩が泣きそうな顔でそう言うのだ。何も聞かないが、何かあるのだろう。
「……そっか」
「すんません。……出来るだけアレを符切先輩に近づけたくなかったんですけど、出来ませんでした」
我に返った龍之助が不快そうに顔を歪めながらそう言う。何て声をかければ良いのかわからないが、ココロは少し考えてから口を開いた。
「シルシ……だっけ。大丈夫、あたしはあたしなりに関わり方を探すから」
文句はないが、何か言いたそうに口を歪ませて龍之助は頷いた。
「バイバイ」
「はい、また明日」
ココロの家の前。『符切』の表札の前で龍之助が手を振る。そして、ココロも手を振りながら家の扉を開けて中に入っていった。
「ただいまお母さーん」
靴を脱ぎながらココロはキッチンにいるだろう母親にそう声をかけた。
「おかえりなさい、ココロ」
少しふくよかなココロの母親が笑顔でココロを迎えた。
「お風呂入っちゃって良い?」
「お父さんが入ってるわよ?」
「突撃するから良い」
母親は笑いながら言うが、ココロは二階の自分の部屋に荷物を置いてきた。そして、畳まれた洗濯物の中からパジャマと下着を取って洗面所に向かう。
「お父さーん、お風呂一緒に入ろー」
「別に良いがお前本当に女子高校生か?」
ココロの呼び掛けに、父親の呆れたような声が答える。
「そうだけど、入っていいの?」
「今上がるから待ってなさい」
「はーい」
言われた通りにココロは、洗面所から出てその目の前で待った。ガタゴトと急いでいるだろう父親の物音がして約二分。背が高く、顔は平均的な父親が外に出てきた。そして、その父親の顔を見てココロは思う。この二人の親からどうしてここまで顔が良い自分が生まれたのかと。まあ、隔世遺伝というものだろう。
「何だ」
「いやぁ、別に」
じっと父親の顔を見ていたら、眉を寄せて声をかけられた。しかし、思っていたことをそのまま言えば文句を言われそうなので、ココロは適当に誤魔化して洗面所に入る。
……。さっきのように母親と話したり、父親と話していれば何も考えずにすんでいたのに、一人で湯に浸かっていると嫌でも今日会ったあのシルシのことが気になる。今日以前にどこかで会ったことがある気がするが、そんなに気もしない。どこかと言われても説明もできないし、でもどこにでもいる顔ではないので会ったことないとも言えない。
ココロは、シルシのことを考えることはやめることにした。今度会いに行くと言われたのだ。今考えなくても、そのときに考えれば良い。
そうだ、明るいことを考えよう。明日、龍之助の弁当を作っていってやろう。今日は買うことができなかったから、明日はどうせまともなものを食べないだろう。後で連絡をして、母親にお弁当二つ頼もう。そうだ、それで良い。
考え事をしていると、すぐに時間が経ってしまうものだ。なので、もう暑い。ココロは、とっとと髪と体を洗って出ることにした。