七話
米が空になり、おかずも無くなった。まだ食べているからと言い訳して話を先延ばしにすることはできなくなった。もう遅いから明日にしようというのにはまだ早い。
「見合いじゃないんだ。モジモジしてないで何か言え」
一番初めに口を開いたのは無言の圧を嫌った少女だった。
「……えっとー、どう説明したら良いのやら」
「勢いで連れてきただけだもんな。別に妾は今話す必要はないと思う。妾はな」
龍之助が気不味そうに頬を掻き、笑いながら言うと、少女がその龍之助をつつきながら言った。そして、少し考えるように俯いた後、少女はココロの方を向いてまた口を開いた。
「ココロのことだ、今帰れって言ってもお前は納得しないだろう」
「……え、あ、うん」
無言の時間が長かったからか、ココロは少女の問いかけに少し遅れて返事をした。もしかしたら、この世のものとは思えないほど整った顔立ちの少女に見とれていたのかもしれない。こんな小さな、ましてや女の子に興味などないが、整った顔としては思わず見とれてしまうほどだ。服と髪型がなければ尚更だが。
「そうだな。妾の自己紹介で今日は手を打ってくれ。ココロも妾が何者か気になるだろうからな」
「まあ、気にはなるけどさ。リューちゃんはそれで良い?」
何故かココロは龍之助の意見を求めた。
「勝手にどうぞ」
龍之助は面倒くさそうに立ち上がった。すぐそこではあるが、冷蔵庫を漁ってるので飲み物でも出してくれるのだろう。
「龍之助は妾のこと嫌いだからの」
「そうなんだ」
ココロの耳に小さく舌打ちが聞こえてきた気がする。聞き間違いか何かだと信じたいところだが、どうせ龍之助だろう。
「さて、まず妾の自己紹介といきたいが、最初からメインディッシュではつまらんだろう。知ってはいるが、ココロから頼もう」
にまっと目を細めた少女がそう言った。背丈も声も顔も幼いのに、何故か大人ぶっている雰囲気がない。そして、ココロは口元に指を当ててどうしようかと考えながら答えた。
「あたしは符切ココロ。あんたがあたしの何を知ってるかはわからないけど、ただのリューちゃんの先輩。で、あんたは?」
知ってると言われればこれ以上言う必要はないだろう。目の前の少女がやはり怪しいと判断したココロは、目を鋭くさせてその子を見た。その少女は、まともに聞いているつもりなのだろうが、口が笑みを浮かべながら歪んでいる。怪しいと判断したココロは間違いでないのかもしれない。
「そうか、ココロはやはり符切の家に……。この地を離れなかったのは……。面白い」
独り言をそう呟いてから少女はココロの目をまた見た。自分が嘘をついていないと言いたいのか、真っ直ぐにココロを追い詰めるような視線を送る。まだ彼女のことについては何も言ってなどいないのだが。
「すまぬな。妾の話をしようとしていたのにお前の話をさせてしまった。だが妾の考えが確信に変わって良いものが得られた、感謝しよう」
軽く頭を下げて少女はもう一度、今度は少し息を吸ってにこりと微笑んでココロを見た。こういう顔をすれば外見通り幼く可愛らしい少女のように見えるものだ。
「妾はシルシ。シルシ様と読んでもらって構わない。まあ、信じないであろうが、妾は神様だ。進むべき場所に印を与えるシルシ様、わかりやすく言えば仕事などの縁を結ぶ縁結びの神だ」
自分の胸に手を置いてシルシはハッキリとした物言いでそうココロに伝えた。そんなココロは、眉を寄せてこの目の前の少女の言っていることが理解できないとでも言いたげだ。そんなシルシの死角で龍之助は呆れたようにため息をついている。
それは想定内だと言うようにシルシがココロの手を握った。
「最初は龍之助もそんな反応だった。今すぐに信じろとは言わないさ。だから今日は帰って考えをまとめなさい。符切夫妻にはこの話をするなよ。あの夫婦はココロを巫女に関わらせる気は無いようだからの。龍之助、送り届けてやれ」
そう言ってシルシは、握っていたココロの手を龍之助に握らせた。そして、この狭い家から追い出すように二人の背中を押して玄関に向かわせた。あんなことを言っていたが、やはり信じてくれないことは嫌なのだろう。少し悲しげに眉を寄せて目尻を下げている。
「明日、会いに行く」
シルシはそう言ってココロに手を振った。