六話
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「符切先輩、つきましたよ」
龍之助が少し古くなっている扉に鍵を差し込み、家の中に入って電気をつけた。決して綺麗だとは言えない部屋だが、ココロは何も言わない。
「符切先輩?」
絶対に小言の一つでも言われると思っていた龍之助がやけに静かなココロの顔を覗きこんで呼んだ。
「龍之助、この娘完全に凍結しておるぞ。先に食事の準備をしろ、妾はいつも通りいらんからのぉ」
幼い少女もココロの顔がよく見えるように座る。ココロの顔の前で手を振ってみたり、軽く方を叩いてみたりするが、ココロの反応は全くなかった。
「そっすか。で、シルシ様、その話し方はどうした? いつもはそんなじゃないだろ」
冷蔵庫を開け、買いだめしておいた食材をいくつか取り出しながら龍之助は少女を睨むように見て言う。
「……冷たいな。なんかあの話し方の方が偉そうだろ、神様っぽいだろ。だからやってたのに龍之助はもう少し妾を敬え」
「それは無理な相談だ。シルシ様って呼んでるだけで感謝しろよ」
龍之助は、散らかっているテーブルに食材を並べる。二人が座れる隙間はなかったので、少しテーブルの上にあったゴミをそこら辺にあったゴミ袋に詰める。
「ほら、符切先輩。ご飯食べましょう。昨日の物ですけど玉子焼きありますよ」
「……食べる」
龍之助がココロに手を差し出すと、それまで止まっていたココロが龍之助の手を取って立ち上がった。震えているのか、足元がおぼつかないが、それでも龍之助に連れられてテーブルまで歩く。割り箸と皿に入った米が目の前に置かれている場所にココロを座らせ龍之助はその隣に座る。
「食べたら色々話しますから、いつものように美味しそうに食べてください」
龍之助がそう言い、ココロは玉子焼きに手を伸ばした。昼にも一つもらった玉子焼きだ。惣菜にしては出汁がよく利いている美味しい、ココロは好きな玉子焼き。それを口に含み、噛む。少し力を入れるだけで崩れ、味が口の中に広がった。
「美味しいね、リューちゃん」
「俺はまだ食べてませんけどね」
ココロの顔に微笑みが戻って龍之助の顔も少しほころぶ。ココロは皿を持って米を頬張り、煮物に手を伸ばしていた。遠慮がないのか、ただ空腹だったのかは判断できないが、さっきまで凍結していたとは思えないほど美味しそうに食べていた。
「食べ物で釣るなんて、リューちゃん酷いよ」
「釣ってませんよ。ただ符切先輩は食べてるときが一番機嫌良いから」
「別にあたし機嫌悪くなんてないよ。とりあえず話を聞いてみるのが一番だってあたしの天才脳が言っただけ」
そう得意気にココロが食べながら龍之助に言う。それを見て安心したのか龍之助も割り箸を割り、自分の分だけ茶碗の米を食べ始める。
「流石妾の巫女。聡明なやつだ」
龍之助の後ろで少女が腕を組み頷きながらボソリと呟いた。
「ところでさ、この子ってリューちゃんの妹?」
少女の声に気がついてココロが尋ねた。今初めてその少女を見たわけではないが、複雑に結い上げた髪に太い針を簪のように二本差し、かろうじて巫女服だとわかる程度にアレンジが施された物を身につけたその姿に少しぎょっとする。特にその袴のようなスカートの膝上程度の長さは神職としてどうなのかと思える。
「……シルシ様のこともあとで説明しますから」
カラン、と落としてしまった割り箸を広い、服の端でその汚れを拭いながら龍之助が心の底から嫌そうな顔で言った。そして、何事もなかったかのようにその箸で煮物を取って頬張った。
「なんかゴメン」
触れないでほしかったと言わんばかりの顔で煮物を噛み続ける龍之助の顔を見てココロが言った。