五話
「……見つけた」
その時だ。ココロの後ろで重くて軽いブーツがアスファルトを叩く音と幼い少女の声がした。その音に反応してか、巫女が動きを止めた。
「悪い子じゃの」
幼い少女の声が微かに笑みを含めたものになった。そして、ブーツの音がゆっくりとココロに近づく。目の前のものに対する恐怖と後ろの得たいの知れないものに対する恐怖が入り交じり、ココロは何も考えることができなくなった。
「そうじゃの。お前にはもう少し側にいてもらいたかったのじゃが……仕方ない」
幼い少女の声がココロのすぐ後ろから聞こえる。その言葉以外は時が止まったようなその空間で、ココロは制服のシャツをクイッと軽く引かれた。そして、バランスを崩してココロは後ろに転ぶ。
「良い子じゃ。お前はそこで座っておれ」
幼い少女の声がそう言う。そして、その声の主は髪に刺していた簪のようなものをスルリと引き抜く。シュッと金属が軽く擦れる音がして二本あったうちの一本、銀の端が鋭く尖った簪が抜けた。
「秋子、世話になったの。ゆっくりと休め」
そう言って目の前に現れた幼い少女の声の主はその引き抜いた簪を巫女の首筋に思い切り刺した。血の気配はない。巫女が目を閉じて怒りのような感謝のような言葉を幼い少女の声の主に呟いていた。
そして、ココロがハッと我に返ったとき、夜の静けさに、薄暗い夜闇に溶けるようにその巫女はいなくなっていた。
「……さて、と」
仕事が終わったと解放されたような顔で振り返った幼い少女の声の主は、ココロを見下ろして呟いた。
「ほう、これが『ココロ』か。やはり龍之助が匿っていたのじゃな。妾好みの良い巫女になりそうじゃの」
その声の主は、声の通り幼い少女のようだった。背丈はこの春に小学校に入学したのかと思うほど小さく、長い黒い髪が揺れていた。いや、揺れているのはほんの一部で後ろ髪の大部分は複雑に結い上げられ、簪で纏められている。
「……誰」
ココロが少女に尋ねると、少女は蒲公英のように黄色い目を見開いた。
「へぇ……。流石は凉花の娘だ」
一瞬だけ目を見開いたが、その少女は目を細めて感心するように笑った。
「符切先輩!」
息を切らした少年がそう叫んだ。
「……怪我はありませんか」
ココロに近づいてきた少年、龍之助は柄にもなく焦ったような表情を浮かべてココロに尋ねた。一瞬だけ、ほんの一瞬だけ少女を強く睨み付けた気がしたが。
「のぉ、龍之助。ココロは妾を見えておるぞ」
「あぁそうかよ。……はぁ?」
少女の言葉を一度龍之助は軽く流した。しかし、あり得ないと言うように強く反応する。
「マジか……。え、符切先輩ここに気味が悪いやつが見えます?」
焦りのせいで少しココロが知らない龍之助になった龍之助が、ココロに尋ねた。
何のことだかよくわからず、ただこの少女のことを言っているのだとはわかるので、ココロは黙って頷いた。
「……どうすんだ、シルシ様」
「帰してやれば良いじゃろ、親御さんも心配してるはずじゃ」
龍之助は、ココロの手を引いて立ち上がらせながら少女に尋ねた。その問いに少女は素っ気なく返した。
「このまま帰すわけにはいかねぇだろ。はぁ……符切先輩、スマホ貸してください」
強くため息をついて龍之助はココロに手を出して頼んだ。転んだときにも落とさなかったそれをココロは龍之助の方に差し出した。
「あー、符切先輩だから……こうですね。はい、シルシ様家帰んぞ」
龍之助は、ココロのスマホでココロの母親のトーク画面を開き、今日は龍之助と外食すると連絡した。そして、そのスマホを自分のポケットにしまうとココロの手を思い切り引いて自分が来た道を引き返した。
「言葉遣いがなってないのぉ、龍之助。教育をやり直してやらんとのぉ」
その言葉に龍之助は全く答えることなく、黙々と暗い住宅街を歩く。ココロの怯えて震えている細い腕を引いて、ただココロも見たことがない程険しい顔をさせて。