四話
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「あーあ、あーーあ。春原部長で遊ぶことに夢中になるから~」
夜の住宅街をそう独り言を呟きながらココロが歩いていた。街灯が少なく、何の運が悪いのかココロの周辺にあるものはチカチカとしていたり、完全に電球が切れている。家から漏れる光と曇天から漏れるうっすらとした夕日の中でココロはスマホを片手に今一人でいることを後悔していた。
「あーあ、リューちゃん置いてきちゃったぁ」
まるで第三者が煽るように自分に向けてココロは呟く。
手の中のスマホには、龍之助とのトーク画面が開かれており、先に帰ったことをココロがふざけた調子で謝っていた。
『ごっめん! 一回帰ってから家来てね~』
そうココロが送ると、龍之助はすぐに返事してきた。
『はいはい、おばさんからは逃げられないので言うこと聞きますよ』
その文面だけでココロには龍之助がため息をつきながらめんどくさそうにしていることがわかる。それをクスクスと愛しそうに眺めながら歩いていると、何か嫌な予感がしてココロはハッと顔を前に向けた。そして、一人の人を見つけて足を止める。
黒い長い髪をだらんと垂らした、初詣で神社にいったときに見たような巫女がココロの少し先に立っていた。
「──して」
その巫女がココロの存在に気がつき、暗い顔をココロに向けてそう言った。辺りが暗いからか、まだ巫女が俯き気味だからか、ココロにその巫女と顔は見えない。
「どうして」
何と言ったのかよくわからず、ココロが眉を寄せると、巫女が同じことを言った。今度は言葉がはっきりしていたわけではないが、何と言ったのかわかる。
「どうしてどうしてどうして」
抑揚のない声で巫女はココロに向けてそう尋ね続ける。
「どうしてどうしてどうしてどうしてお前だけ」
一歩。巫女がココロの方に進み始める。
「お前だけどうしてどうしてお前だけどうして」
二歩、三歩。ゆっくりと巫女は歩く。一歩踏み出せば、その足に重心を向けて全身をゆらゆらと揺らしながら。
「どうしてどうしてどうしてお前だけお前だけお前だけどうして」
段々と巫女は口を早く動かして早口になっていく。前屈みになり、足も転ばぬようにか早くなる。ココロは目の前で迫ってくるその巫女に恐怖を感じて身動きをとることも忘れていた。
唯一の光と言ってもいいスマホの画面も、薄暗くなっている。
「お前だけお前だけお前だけお前だけお前だけお前だけお前だけお前だけ」
近づいてきてその巫女の背が心よりもかなり低いものだとわかる。
「どうして何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で私たちだけ」
抑揚の感じられない声がそう呟きながらココロに近づいていく。
そして、スマホを持つココロの手にその巫女の頭がヒタっと当たった。髪が当たったからか、その温度はとても冷たい。
ココロにぶつかったことに気がついた巫女が、ココロの顔を見るように頭をあげた。
「……」
無言でココロを数秒見つめる。
「──っ」
ココロは巫女の顔を見て目を見開いた。
いつから瞬きをしていなかったのかと思うほどその巫女の目は赤く充血していた。何も見えていないだろうと思うほど、その巫女の目は見開かれ、焦点が合っていなかった。その目以外は、全ての感情が死滅しているかのように、無、であった。
巫女が乾いた唇を開く。
「お前も巫女なのに」
巫女はそう言ってココロの顔に向けて鋭く尖った爪を向けた。
「──っ! ぃやっ!」
ココロが思い出したように小さく、誰も聞いていないだろう悲鳴をあげた。