三話
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「あの~、僕、確か全員集合と言いましたよね」
「言いましたねぇ、部長人望ないでしょ」
「まさか俺らしか集まらないとは……。これは部長が嘗められてるんですよ」
放課後、文芸部の部室にはココロと龍之助、そしてもう一人高校三年生の男が集まっていた。明らかに頼りがいのないメガネの男がココロと龍之助の前に立って話をしていた。
「僕だってねぇ、望んで部長になった訳じゃないんですよ」
「出席率が良いのが悪いのよ。あ、あたしは部長やりませんから」
落ち込む男にココロがいじるように言った。
「で、何でその人望のない部長が招集を掛けたんすか?」
ご機嫌取りのために用意された煎餅を手に取って龍之助が男に尋ねた。
「いやぁ、気になってたんだけどさぁ。そのぉ、君誰?」
のんびりとした口調で男は涼しい目で龍之助を値踏みするように見ながら尋ねた。
「あぁ。一年の塚込です、入部届けは提出済みで招集かかったので来ました。以上」
「あたしの紹介でっすよ」
チョコレート菓子をバリムシャと食べながらココロが言う。あまりにも龍之助が余計なことを言わなかったので、口を突っ込みたくなったのだ。
「そうですか。では初対面なので僕も」
不本意ながらも頷いた男は、そう言って姿勢をただした。
「僕は三年の春原暁良です。知っているとは思いますが、この文芸部の部長です」
春原は弱々しいその目で龍之助を眺め、ココロはそれを楽しそうに見ていた。少し格好つけている様子だが、その弱気の眉や顔つきから多少の冷たさ程度しか感じることもできない。
「で、春原部長。何であたしたちを呼んだの?」
春原が小さくため息をつくと、ココロが尋ねた。
「符切さん、君は後輩なのに何でそんなに態度がでかいんです?」
「春原部長がちっさいから」
「この人今夜あたりに刺されませんかね?塚込さん」
パイプ椅子に座ったままのココロがすぐ隣に立っている春原の腹を頭で叩いてふざけるように言う。そして、春原はそのココロの頭を自分から離しながら龍之助に尋ねる。表情はあまり変わっていないが、怒っているのだろう。全く怖くない。
「俺もそう思います」
龍之助が煎餅を齧りながら答えた。
「……まあ良いや。で、用件なんですけど。今年こそは文化祭に向けて活動をしようかと……」
改まって春原が話を切り出すと、ガタッと音をたててココロが立ち上がり、隅に置いてあった自分の鞄を肩に掛けた。
「お疲れ様でした~」
「待て、待って、待ってください」
扉をガチャリと開けてココロが帰ろうとすると、春原が柄にもなく声を荒げた。
「あたしはここを静かに考えを整理する用として使ってるんですよ。活動されたら困るんです。あたし手伝えないし」
軽い調子の笑顔を消した顔でココロは春原に言った。
「もっともらしいこと言ってますけどねぇ、ここは文芸部なので僕が正しいんですよ。活動します」
自分を落ち着かせるために何度か深呼吸をして春原はココロを説得させるため、という名目で自分の意見をただ言った。
「部員いないくせに」
「います」
「来ませんけどね」
「……黙ってください」
「名前だけの部員には何もできないよ。諦めてください」
事実なので言い返すこともできず、元から気が弱い春原が半泣きになってきたので、ココロは笑顔で最後に言って廊下に出た。
「……あーあ、一緒に帰るとか言ってたのに置いてかれちった」
ココロがいなくなって、春原は泣かずに済まそうと悔しそうに唇を噛み、その部屋に少しだけ沈黙が流れた。その静かな時間に耐えられなくなった龍之助が口を開き、ボヤくように言って鞄を持った。
「お疲れ様でした」
春原の方を見ないで龍之助は呟くと、ココロと同じように外に出た。
泣きかけているのが女の子だったら龍之助でも宥めていたのだろうが、流石に二つも年上の男の先輩を宥めるほどは優しくない。そう、優しくはないので追い討ちを掛けに帰ってきた。
「学年トップの天才相手とはいえ、年下の、しかも女に言い負かされるなんて。もう少し気を強く持たないと誰も来ねーよ」
追い討ちとは言っても、龍之助なりの優しさかもしれない。
空に広がる雲が分厚いせいで夏も近いのにどうも薄暗い。こんな帰り道は気分が下がって足取りも重くなるものだ。
「あーあ、とりあえず帰るか」
そう言って龍之助は家の方に向かって歩き始めた。