二話
「……ココロ先輩。話は変わるんですけど」
龍之助が唐突に黙々と弁当を食べていたココロに話しかけた。
「何~? あ、玉子焼きちょうだい」
「どうぞ。ちゃんと夜寝てます? 隈、ひどいですよ」
弁当箱をココロの方に向けて龍之助は心配そうに尋ねる。ココロは、自分の甘いものとは違う龍之助のだし巻き玉子を一つとってその言葉に答えた。
「変な夢見てね。でも授業中寝てるから問題ないよ」
眉を下げて笑いながらココロは言った。
「何で授業中寝てんのにあんな成績とれるんですか」
嫌味のように抑揚のない声で龍之助が尋ねた。
「それはあたしが天才だからだよ、知ってるでしょ?」
にんまりと笑みを浮かべたココロが美味しそうに玉子焼きを頬張り、飲み込んでから言った。幸せそうな笑みといたずらを考えていそうな目元が混じり、何を考えているのかはいまいちわからないが、どうせ後輩をいじって遊びたいだけだ。
「……何で後ろから刺されないのかが不思議だな」
「ん? あたしが可愛いからじゃない?」
躊躇うこともなくココロは答える。
「もう刺されてしまえ」
頭痛がするのか、眉間の辺りを押さえて龍之助が呟くように言う。そして、その様子をココロがニマニマと楽しんで眺めている。
「あ、春巻きください」
「良いよ」
龍之助は、もう良いや、と言うように眺めるようにココロの方に視線を向けた。そして、ココロの弁当箱の中に夕飯の残り物であろう春巻きを見つけて手を伸ばしながら頼む。それを当然のようにココロも弁当箱を龍之助の方に向けて笑顔で了承した。
「あ、そうだ。今度お母さんがリューちゃんを家に連れてこないかって言ってたよ。夕飯食べに来ない?」
「あー、またですか」
「うちのお母さん、面倒見良いからね。偶然カップ麺しか入ってないレジ袋もってあたしたちの前を横切るのが悪い」
思い出し笑いをしながら、しかし心配そうにココロは龍之助にいじるように言った。
「……弁当食べてるんですけどね」
「スーパーのお惣菜ね」
「ちょっと前までコンビニのパンとおにぎりでしたよ」
栄養とれてるでしょ、とでも言いたげな顔で龍之助は箸をしまい始める。本当は使い捨て容器におかずを積めて米はおむすびで済ませたいところだが、米を炊いて弁当箱を洗うくらいはしろとココロに怒られてからはそうしている。
「マシにはなったけどさぁ、まだどうせマトモな物食べてないことはバレてるんだよ、リューちゃん」
ココロもそう言って最後の一口を積める。もう一口に分ければよかったと思うほどの米の量に頬を膨らませながらじっと龍之助を睨むように見る。
「はいはい。いつですか?」
根負けした龍之助がため息をつきながらココロに尋ねる。
「今日」
「急すぎませんか?」
平然と答えるココロに半ば呆れ気味の龍之助が単調に尋ねた。
「仕方ないじゃん。じゃあ昼休みも終わるし、話は部活の時間にしようか」
埃が積もっている白い壁掛け時計を指差しながらココロが言う。その時計は、もう一時近くを指していて、五限目は一時から始まる。
「話聞いてくださいよ、符切先輩」
「ココロ先輩ね」
「聞いてんだか聞いてないんだか……」
文芸部の扉を開けて廊下に出ると、何だか空気がキレイな気がする。そんなわけはないのだが、それまでは何となく空気が埃の味をしたのだ。