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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

死ぬのが怖かった俺は恐怖心と痛みを無くして不死性を貰ったので異世界へ行きます

作者: 白雀

 

 死ぬのが怖い。

 小さい頃に事故に遭って、母さんが俺を庇って死んだ。


 死ぬのが怖い。

 高校の頃に父が会社を解雇された。不当なものだった。翌朝、部屋で首を吊っていた父を見つけた。自殺だった。


 死ぬのが怖い。

 会社員になって一ヶ月後に、実家に強盗が入り祖父と祖母が殺された。




「だから俺……死にたくないんだ」


 そう言って彼女に縋るように身体を預ける。彼女の顔は見えないが、微笑んだ気配がする。

 一人になって、死という概念がより一層強まった気がした俺は、誰かが側に居てくれる事を何より望んだ。

 多くの彼女を作り、別れ、その度に心情もボロボロに壊れて。そしてようやく──ようやく今の彼女に出会えた。

 どんなワガママを伝えても、微笑んで許してくれる。こうして泣きふせて甘えても、優しく頭を撫でてくれる彼女に、俺は心から惹かれていた。

 大の大人が恥ずかしい事を、などと言われようとも構わない。せめて彼女は、死なせたくない。

 いつもと変わらぬ同じ話を今夜も彼女に聞かせる。

 死なせたくないし、──死にたくない。

 ぐずぐずと泣きながらそう漏らしていた俺から、ふと彼女が離れていく。

 慌てて飛び起きると、彼女はベランダの窓を開けて空を指差す。


「あまり飲みすぎたらいけないわ。ほら、星空が綺麗よ。一緒に夜風にあたりましょう」


 彼女の提案に、涙を拭いながら頷く。

 ……確かに、今夜はやけに酒が進んでしまった。

 ベランダに置いた椅子に腰掛ける彼女に近寄り、柵に腕を置きながら夜空を見上げる。


 少し暗い星空。都会から少し離れた郊外の住宅地。

 マンションの一室から見上げる空は、幼い頃に両親や祖父母と田舎で見た空とは少し違う。


「……このまま、何も、起きなきゃいいなぁ……」

「ふふ、それは……──」


「それは、きっと無理だわ」


 彼女の言葉と、突然背中にかけられた手。

 ぽわぽわと酒のせいで回らなかった頭が回転する。

 ……いや、そもそも自分が、くるりと反転した。


「えっ」


 逆さになった視界で、頭上の彼女を見た。

 どこまでも優しく微笑んで、手を振った彼女が見えた。


「……きゃあぁあ!」


 その顔のまま、彼女は甲高い悲鳴をあげた。

 訳がわからない。マンションのあちこちで灯りがついた光景を最後に、遠くから何かの潰れる音がした。それが自分から出た音だと気付くのと同時に……全部、消えた。


 死ぬのが怖い。

 今日、俺が死んだ。──大事にしていたはずの彼女に突き落とされた。




 ***




「まあ、なんて酷い」


 そう言ったのは、感情を削ぎ落としたような顔をする綺麗な女だった。

 目が覚めたら、此処にいた。突き落とされて、変な方向に曲がっていた気がする腕や割れた頭は元に戻っている。

 それでも実感はした。


「俺、死んだんだな」

「そうですね」

「……随分、呆気なく」

「ええ、ええ」


「貴方は死にました。それを踏まえてお聞きしますが」

「もう一度死ぬ為に生きるとしたら、貴方は何を願いますか」


 女の顔は変わらない。

 それでもその言葉を聞いた瞬間、肌が粟立つ。

 また死ぬ?死ぬのか。──痛いのに、死ななきゃいけないのか。


「……だ」

「はい」

「やだ、嫌だ!死にたくない!怖いのは、痛いのはもう嫌なんだ!!死にたくない、死にたくない──生きたくない(・・・・・・)!」

「それでは」


 女が近づいてくる。初めてその顔に表情が浮かんだ。うっそりと、慈愛を込めた眼差し。

 ──だけど、何処か狂っている。


「貴方に与えましょう。痛みと恐怖を無くした心、死ぬ事のない不死性。永遠に彷徨いなさい。亡霊の子」


 柔らかいものが口に触れた。それが女の唇だということに気付いたのは、すぐ目の前まで迫った女の瞳と視線がかち合ってから。

 女は笑っている。笑っているのに、その瞳の奥にあったのは背筋に寒気が走る程の冷ややかな感情。


 やがて、意識が堕ちていく。

 微睡みの中に見たのは、人間離れした女の笑みだった。




 ***




 目が覚めて、最初に飛び込んできたのはゴツゴツとした岩肌だった。起き上がって周囲を見渡してみれば、自然の中にあるような殺風景な洞窟……何処かの山の横穴のような、そんな場所だ。

 来ていた服もそのままだったので、すこし土埃がついた尻や服をある程度はらいながら立ち上がる。


 ……「生き返らせてもらった」?

 いや、それじゃあなんでこんなところにいるのだろうか。

 周囲に人影はないし、声もしない。自分を突き落とした彼女がわざわざ遺体を遺棄する為にここまで運ぶ──事はない。あんな、マンションから落ちて事故を装うようまでしたというのに、そんな事する理由がない。


 思案を繰り返す内に、背後に気配を感じる。

 だが、それはじっとりとした嫌な感覚と共にやってきた。

 恐る恐る振り返り、真っ先に振り返ったことを後悔する。


 人間じゃない。

 青緑色をした肌に腰巻、恐らく腰蓑をつけたそれは、人間とは程遠い外見をしていた。尖った耳に剥き出しの牙。口から漏れ出ている声も、垂れ流されている涎も。全てが嫌悪感を掻き立てる。


 動揺し、何より逃げ出さなければいけないという頭の中の警報も、恐怖には勝てないまま。


 それは、手にしていた棒状の木──後に、棍棒であると知ったが──それを躊躇うことなく振りかぶってきた。




 ***




 ぱちぱちとはねる火を眺めながら、手元のナイフを動かす。

 しゃっ、しゃっ、という音だけが響く空間で、とうに見慣れてしまった岩肌に視線を向ける。

 ……ここに来て、あれから随分経った。

 俺をここに飛ばしたあの女には、あれから会ってはいない。でも、僅かに感謝はしている。


 女が言った通り、俺は死ななかった。

 正確には死んではいる。けれど、そこに痛みも無ければ恐れも無かった。事が終わればそのうち身体も戻る。良いものを貰ったものだ。

 とはいえ、元に戻るのにもいくらか時間がかかる。負傷、そして体の原型が無くなっていればいるほど、時間はそれに比例する。

 酷い時には丸二日も掛かったこともある。


 しゃっ、と木を削る作業に一区切り入れようかと思ったところで袖を引かれる感覚に気づき横に視線を向ける。


「ヴッ」


 長いボサボサの髪の隙間から、青い目が覗いている。元々は艶やかな茶色だったであろうその髪は、ごわごわとした質感で触り心地は決して良いものではない。

 それでもどうしてだが、自分に懐いた「ソレ」の頭を撫でる。

 喉から発せられる人間の言葉ではない音と、少し遅れて聞こえてきた腹の音に、そろそろ時間か、と鋭利になった石を自分の腕に添える。


 ごりごりと硬いところで四苦八苦していると、正面からも腹の音が鳴った。


 自分の隣でよだれを垂らし、食事を待ち望むソレとは違い、我慢をしているのかこちらに視線を向けようともしないもう一人のソレ。呆れつつも声をかける。


「片手が無くなるから、残った方をあとで自分で好きな分食ってくれ」

「……」


 ちらりと目を向けてから、理解したのかゆるゆると頷くソレを見ながら、未だに硬い部分と格闘しつつもさて明日はどうしようかなと思考を散らす。


 ソレ、はそんな彼の思考すら気にしていないのか、それとも我慢の限界だったのか。切っていた方に回りがぶりと噛み付いた。


「あ、こらっ……行儀悪いって何度も言ってるだろ……」

「グッ、ング。ヴゥ゛ッ」


 ガジガジと硬い部分まで噛みちぎろうと必死になっているソレ──もう既にお分りいただけているとは思うが、所謂ゾンビらしいその肌色の悪い少女は、男の言葉に気にするようもなく美味そうに今日の食事にありついている。


 そして先程正面にいたもう一人のソレも、本能に刺激されたのか先程少女のゾンビがいたところまで近づいてきて男の空いていた方に齧り付く。

 こちらも同じくゾンビで、何処と無く少女と顔立ちの似ている青年だ。


「あーぁ……頼むから肩から上は残してくれよ……」

「ンッ、ンッ!」

「グゥ」


 無邪気にしゃぶりつく二人のゾンビに、男は燃える焚き火を眺めながら肩の先に歯が触れる気配を察し、遠く思考を放棄させた。




 ***




「お兄ちゃん」


 肌寒い夜。

 遠くに霞む街並みを眺めながら、山の中腹で休息を取っていた男は、背後からかけられた声に振り返る。

 昔のようなごわごわの髪は鳴りを潜め、艶やかに夜風に流れる長い茶髪が一房、男の頬を掠める。


「明日はあの街に行くの?」

「……ああ、そろそろ食料も底をついてきたからな」


 よいしょ、と重い腰を上げて少女の側に立ち並ぶ。冬のような季節が近づいてくる気配があり、どこかに住居でも構えようかと思案していた男は少女に問いかける。


「なあ、ユノ。……お前は何処にいたい?」

「ええと……マサシお兄ちゃんのいるとこなら、どこでもいいよ」


 屈託ない笑顔でそう答えるユノに、男は──マサシは、そうかと笑って返す。


「あっ、でも明日のあの街に行ったら直ぐに帰ってきてね!前の街の事がもうこっちまで届いてるかもしれないもん」

「分かってる。それに一応加護膜のない街を選んだんだ。警戒は強いかもしれないが、面倒ごとを起こさなければ問題ない……はず」


 加護膜、とはこの世界で言う魔物避けの結界のようなものらしい。女神の加護による結界の膜ということで、簡易的に加護膜と呼ばれているそうだ。

 ゾンビであるユノ達に取っては街に入れない要因であり、一応人間ではあるマサシだけがそこを通り抜けることができる。

 ……だからとはいえ、油断は禁物でしかない。以前加護膜が張られていた街ではある事件に巻き込まれ、その際に爆死を遂げた挙句蘇生してしまったことが原因となり今現在マサシ達は人間から追われている身である。

 今回はそれを踏まえ、いざという時の為に加護膜のない街を選んだ。


「なら、面倒ごとが起きたら直ぐに俺を呼んでくれ」


 さくりと乾燥した草を踏みしめながら、二人に近づいてきたのはユノと似た顔立ちのあの青年だ。


「スヴェン」

「……俺なら、あんたを連れて逃げることは出来る」

「でもお前、この前の時の足の傷治ってないだろう」

「……人間から逃げ切ることぐらい問題ない」


 表情の硬さは変わらないものの、言葉にはマサシを心配しているのかどこか柔らかく、また不安そうな音が乗っている。

 そんな彼に、マサシは苦笑を零しつつもスヴェンに近づいた。


「なら、頼りにする。……真っ先にお前の名前を呼ぶから」

「スヴェン兄ばっかりずるい!ユノも!ユノの名前も呼んでね!」


 たっと駆け寄ってきたかと思えば無邪気な表情を浮かべてマサシの腕に抱きつく幼い少女に、マサシはその頭を撫でて応えを返す。

 その時、ユノとスヴェンの腹が同時に鳴った。

 二人してばつの悪そうな顔を浮かべるものだから、やはり兄妹かと思いながらマサシはよし、と声を上げる。


「とりあえず、今日の晩飯にしよう。明日は街に行くから、今日は鹿肉で我慢してくれ」

「うん!帰ってきたらお兄ちゃんの足がいいな!」

「はいはい。スヴェンは?」

「……腕」

「分かったよ。ちゃんと切れ味のいい包丁も買ってくる」


 二人と談笑しながら、寝ぐらに定めた岩場の隙間へと足を運ぶ。


 その会話は、常人が意味を知れば狂気だと叫ぶものでも、マサシはそんな事気にする事はない。


 恐怖もなく。

 痛みもなく。



 ましてや、心すら無くなってしまったのであろう男は、今日も異世界を渡り歩く。


愛しい家族と共に。

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