22 漂流
その後私は祭服を着た二人に促され、教会へ向かった。私を助けてくれた女性が付いてきてくれた。
私は古代語で、身ぶり手振りを交え必死で自分の状況を説明した。地主の土地を教区とする神父様と、彼の助手は、一度も口を挟むことなく私の話を聞いてくれた。いまいち自信がなかったけど、どうやら私の古代語はきちんと伝わったようだった。
神父様は、とにもかくにも、私の今の状況を家族に知らせるべきだと言った。
でも、想像できるだろうか。信心深いママに、私が幾度も知らない男たちに肌を見せていたことを、打ち明けるなんてことを。
パパにはもっと知られたくなかった。そんなことをしたら、私たちの絆の形が変わってしまうと思った。私はパパにとって、かわいい娘でいたかった。でも今回のことを打ち明けたら、私はパパにとって別の生き物になってしまう。一人の女性ではなくて、特別に注意を払わなければならない女性という生き物に。そうなったら、私がありのままでいられる場所がなくなってしまう。
神父様は、無理に打ち明けろとは言わなかった。神父様は私の雇い主である地主に、私には今何よりも信仰が必要で、だから数日は教会に留まる必要があると話してくれた。
だけど教会に留まるには、手持ちのお金を全て寄付する必要があった。強制はされなかったけど、でも教会には無一文のホームレスたちがひしめいていたから、私だけ特別扱いしてもらうわけにはいかなかった。
私はとりあえず、家族に手紙を書いた。肝心なことは書けなかったけど、でももう無理なのだということを、何とか伝えようと頑張った。
数日後、ママが教会に迎えに来てくれた。本当はパパが迎えに行くと言って聞かなかったそうだけど、でもほら、腰がね。交通費はどうしたのかと聞いたら、とうとう借金をしたのだと羽毛よりも軽い口調でママは言った。
ママは私から事情を詳しく聞き出そうとはしなかった。ただ、もう何の心配もいらないと何度も言い聞かせてくれた。そんなわけはないと分かっていたけど、それでも救われた気分になった。
私は一旦、家族が暮らしているジーゲルトさんの邸宅に身を落ち着けた。きっとこの先借金がどんどん増えていくんだろうという、どの程度の心構えをすればいいのかさえ分からない不安に、私たち家族は日々怯えていた。
それから三か月経ったある日、私を保護してくれた教会から、一通の手紙が届いた。中身は古代語で綴られていた。馬車に轢かれそうになった私を助けてくれたあの女性が、私を古代語の教師として雇いたいと言っている、という内容だった。
女性の要望は気遣いに溢れていた。あまり多くのお金は払えない。だけど彼女の自宅の離れを、家族で自由に使って構わないと手紙には綴ってあった。もし、もっと他の仕事を探しているのなら、ぜひ力になりたいとも。週に一度は、あなたの家族を食事に招待しても構わないか、という、素晴らしく親切な申し出まで添えられていた。
こんなことが現実にあり得るだろうか。見ず知らずの私に、こんなに親切にしてくれる人が存在するなんて。
私は怖くなって、彼女の話にすぐに飛び付くことができなかった。
教会に手紙を送った。私は古代語の話者としてまだまだ未熟であること。この国の言葉が話せないのに、上手く教える自信がないこと。なにより、これほどの親切を受けとる資格が自分にあるのかどうか、分からないと、なるべく簡潔に綴った。
すぐに神父様から返事が来た。あなたほど流暢に古代語を話す人は、聖職者以外では、少なくとも自分の教区にはいないだろう、と手紙には書いてあった。そしてもし本当に私の古代語の能力が未熟であり、家庭教師がまともに勤まらないほどだったとしても、それは神が与えた試練であり、ありがたく受けとるべきだという言葉が続いた。
私はママほど信仰に熱心ではないけど、神父様の説教を読んだときは、何だかものすごく神妙な気分になった。当たるはずがないと高をくくっていた星占いを、いつの間にか真に受けてしまうみたいな、そんな感じ。
私はフェッテル家の家庭教師になった。私を雇って下さった女性、ハンナさんは、優秀な助産師だ。そして、彼女の夫であるドミニクさんは、私が仕えていた地主の所有する、製材小屋で働いている。
フェッテル夫妻の間には五人の子供がいて、私は下の子供二人、ビアンカとローデリヒの教師となった。教師と言っても、それぞれ六歳と四歳で、ほとんど子守りをしているだけと言っても変わりなかった。
古代語を上手く教えられなくて、本気で悩んだりもした。だけどハンナさんがどれだけ心の広い方か、もうご存じでしょう? 私は彼女がいなければ、こんなふうにゆっくりと悩むことさえできなかっただろう。
◇◇◇
フェッテル家の家庭教師になって、七か月が過ぎた頃の話だ。亡命してからきっかり四年。私たち家族はこの国で五度目の夏を迎えていた。
劇的に状況が良くなったとまでは言わないけど、私たちは地道に希望を積み重ねていった。パパはフェッテル家の庭の一角を借りて、野菜を育て始めた。ママはハンナさんの紹介で、近所の家でピアノの先生を始めた。おばあさまは刺繍やレース編みに精を出し、そのかたわらで自伝を執筆していた。
不思議なことに、下女の仕事をやめてから、私はこの国の言葉をすらすらと話せるようになった。言葉が分かるようになると同時に、視界が大きく開けたようで、私の世界は瞬く間に広がった。
年の初め、祖国で国王が処刑されたという記事が新聞に載っていた。そして夏になると、王党派や反革命派の粛清が行われているらしい、という記事を目にするようになった。
だから私はこの頃、毎日のようにランドルフやダニエルたちのことを考えていた。彼らは無事だろうか。貧困にあえいではいないだろうか。そんな考えが頭から離れなかった。
人には転機を予感する力が備わっていると思う。虫の知らせを受けとるような何かが。きっとこの頃の私は、そんな何かを感じていたのだろう。




