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光に包まれて

”薄っぺらいなぁ、もうちょっと詰め込もう。もうちょっと詰め込もう。ここ直そう。もうちょっとイケるやろ。もうちょっと、いやこれダメだ分割しよう”

 みたいなことしてたら遅くなりましたスミマセン

『これからの道中、どうかよろしくお願いしますね♪』


(……。)


ポチッ


『ああ、宜しく頼む!』


 こちら電脳世界フェアクソヒロイン前主人公。

 というわけでとりあえず、前回中断した場面まで戻ってきた天音久遠である。

 この前プレイした時は強制的にシャットダウンされたせいか、プレイデータが保存されていなかったらしい。

 つまり今日から仕切りなおし、ゼロから始めるフェアクソ生活(地獄)である。


 ちなみに先ほどから多用している『フェアクソ』という単語は、『フェアリア・クロニクル・オンライン』の略称である『フェアクロ』と『クソ』を掛け合わせたもの。


 そう、このゲームはクソゲーなのだ。


 前回、自分にこのゲームを勧めた男・サンラクへの対抗心だけで『フェアクソ』のプレイ継続を決断した久遠だったが、


「……。」


 その表情は冴えない。

 当然だ。

 母に叱られた。

 一晩経って頭も冷えた。

 テンションダダ下がりな今の彼を突き動かすものは、ちっぽけな自尊心しかない。

 たったそれだけを武器に立ち向かうには目の前の敵、『フェアリア・クロニクル・オンライン』はあまりにも強大な敵だったのである。

 自分で決めた道とはいえ気分が盛り上がるはずもなく仏頂面で佇む久遠。


『?』


 そんな久遠の心中を知ってか知らずか、笑顔を浮かべる少女はこのゲームのヒロイン・フェアリア。

 幸か不幸か今回は()()()()である。


「……。」


 どうやら顔面崩壊バグが低確率だというのは本当らしい。

 もしも発生確定だったらどうしようかと身構えていた久遠は、少しだけ緊張を解き息を整えた。


「……。」


 いつまた怪物に変貌するやも知れないとしても、美しい少女が親しげに微笑みかけてくれるというのは悪くない気分である。

 男の悲しい(サガ)だ。

 某漫画の登場人物の台詞を借りるなら『時限爆弾と恋人をいっぺんに手に入れたような気分』といったところか。

 実際にはまだプレイ開始から5分の他人同士であり今後そういう展開になるかどうかも未定なのだが、あくまで”気分”なのでお目こぼしいただきたい。


「……。」


 ところでこの男……先ほどから一言も発していないが、それはこの物語の主人公としていかがなものだろうか?

 やる気はあるのか?

 どういうつもりなのか、天音久遠!


「……気が重い」


 気が重いらしい。

 気持ちは分かる。痛いほど分かる。

 心なしか体も重い。

 いや、気のせいではない。

 本当に動き辛いのだ。


 これまでのVRMMOとは一線を画す、言うなれば”次世代型”とでも評すべきシステムで構成された『シャングリラ・フロンティア』に対してフェアクソのシステムは”従来型”、操作性には天と地の差がある。

 シャンフロを上回る難易度(バグ含む)にシャンフロを下回る操作性で挑まなければならない。これは難題だ。

 どうしたものか……ここでスッと妙案が浮かべば良いのだが、この物語はそこまでご都合主義ではない。

 このまま手持ち無沙汰に突っ立っているのもアレなので、何の気なしにメニュー画面を開き内容を確認していくと……


「……用心するに越したことはねェか」


 ハァっと溜め息をつき、久遠はそこに見つけた項目を思い切ってタップした。こんなものが役に立つかどうかは甚だ疑問だが念には念を、だ。

 

(わり)ぃけど、ちょっとだけ待っててくれな」


 そう言ってフェアリアに背を向ける久遠。

 特に意味は無い、そうした方がカッコイイと思ったのだ。


『専用空間へ転送開始、これよりチュートリアルを開始します』


 世界観もへったくれもないメッセージを聞き流しながら、久遠は光に包まれるのだった。



 光が晴れて現れたのは、一面に広がる草原だった。

 見渡す限り果てが見えぬほどの大草原だ。

 50メートルほど先に光の柱が見える。

 あの光の下に帰還用の魔方陣があるのだろうか、それともあの光自体が帰り道になっているのか。

 それにしても、と久遠は思う。


(最近よく光に包まれるような気がするなぁ)


 人間、普通に生きていれば”光に包まれる”などといった経験は一生に一度あるかないかといった珍しい出来事である。

 何かしらの功績で表彰されてスポットライトを浴びてみたり、スキャンダルを起こしてカメラのフラッシュをパシャパシャ焚かれたり、夜間に高速走行する自動車の前に颯爽と飛び出してみたり……あとはコレといった具体例が思いつかないが、とにかくそれ位レアなのだ。

 そんな珍事に昨日・今日で既に3回は遭遇している。

 それだけでもこのゲームを購入した価値があるのではないだろうか?

 自身の行いを無理矢理正当化してやる気を奮い立たせる天音久遠。こういった細やかな精神ケアが物事を長続きさせるコツである。


「ん?」


 ここでふと違和感を感じる。


「なんかアナウンス的なモンはないのか?」


 一昔前、モニターを前にコントローラーで遊ぶような()()()のゲームでは、『こうしてください・ああしてください』『ここをこうすればこうなります』と懇切丁寧な字幕・解説がついたチュートリアルが一般的だったと聞くが……。

 よく考えてみればこれまで、いわゆる『説明書は読まない派』な人間である久遠はゲームのチュートリアルなど受けてこなかった気がする。

 そもそも押すボタンと発生するアクションが直結している前時代のゲームと違い、VRゲームは感覚的なものによるところが大きい。

 ならばやはり今時のゲームのチュートリアル空間とはこういうものなのだろうな、と久遠は強引に納得することにした。


「にしても、これはちょっと動き辛いなぁ……」


 とりあえず広さは申し分ない。

 問題なのは膝上の高さまで伸びきった雑草共だ。

 本当にチュートリアル空間として用意されたのかと疑うほど鬱蒼と生い茂った蔓草はプレイヤーの行動を阻害し、邪魔くさいことこの上ない。

 剣で切り払って動けるスペースを作ろうか?


「初期職魔法使い(炎)じゃねーか……」


 さすがに杖で草は切れない。

 それでは魔法で焼き払うか?


(あっ、撃ち方分かんねェわ……)


 そのためのチュートリアルである。本末転倒だ。

 いやいや、安易に魔法など撃って炎が燃え広がったら大変だ。

 だからここで魔法が撃てなかったことはむしろ幸運だったのである。


「あれ、それじゃそもそも魔法の練習とかできなくねーか?」


 ……それは、こう、杖の向きとか工夫して、空とかに撃てば問題はない。ハズだ。

 ガンバレ少年!

 それはともかく、こうなったら素手で引っこ抜くしかないのだろうか?

 ゲームを開始して初めて行う作業が草むしりというのは勘弁願いたい。しかも無給だ。

 どこかに手ごろなスペースは空いてないだろうかと首を振り左右を確認、次いで後ろを振り返ると……


「うわっ!!」


『?』


 フェアリアがいた。


「え、着いてきちまったのかぁ!?」


 思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

 たしかに先ほどの会話で旅に同行させる云々といった話題が出たが、まさかチュートリアルにまで着いてくるとは思わなかった。

 

『 クオン様、どうなさいましたか?』



『A フェアリア、キミは今日も美しいな』


『B いい天気だな、気持ちの良い日だ』


『C 先を急ごう。使命を果たすために』


 選択肢が現れた。


「あ?」


 どうやら先ほど大きな声を上げたことで”話しかけた”と認識されたらしい。

 困惑しつつも、とりあえず会話を成立させることに注力する。


 と、いっても特別悩む必要は無い。

 チョイスするのは選択肢”B”だ。

 

 今現在、久遠の心を支配しているのは”焦り”と”羞恥”である。

 せっかくカッコつけてヒロインに涙の別れを告げたのに2分と経たずに再会してしまった。

 これは気まずい。ここは当たり障りの無い話題でお茶を濁すのだ。

 そして当たり障りの無い話題の筆頭といえば天気である。

 天気といえば当たり障りの無い話題と言い換えても良い。

 とにかくこの場を穏便に切り抜けるべく、久遠は自身が信じる最良の選択肢をタップした。


 ポチッ


『いい天気だな、気持ちの良い日だ』


『ええ、本当に』


……


…………よしっ!実に無難な会話だ。


『フェアリアの好感度が下がりました』


「何故だ!?」


 唐突かつ無慈悲なアナウンスが響き渡り、久遠は絶望の叫びを上げた。

 というかこのゲーム、好感度などというものが存在したのか?

 そして何故、今の選択肢で好感度が下がったのか?

 分からない!判らない!解らない!


(何がどうなれば天気の話題で嫌われんだよ!?)


『?』


 混乱する久遠に対し、いつもと変わらぬ笑みを向けるフェアリア。

 その様子に久遠は無性に腹が立った。


 人間関係は空気を読むこと、相手に対しての配慮が何より大切である。

 心に思ったことをそのまま口に出していては、いつか必ず痛い目をみることになるだろう。

 その点で言えば、内心はどうあれいつもと変わらない態度を取るフェアリアに落ち度は無い。


 しかし、今回は『好感度が下がった』と伝わってしまっているのだ。それも真正面から。

 それならばいっそのことあからさまに邪険に扱ってくれたほうがまだマシである。

 それをヘラヘラ笑われて、まるで


『表面上は何事も無かったように接してあげますけど、私……内心アナタに失望しているんですよ?』


 と、見下されているような錯覚に陥るのだ。


 ギリギリと歯噛みし……久遠はふぅっと息を吐いた。



 ……ゲームのキャラの言動にいつまでも腹を立てていても仕方が無い、とりあえず話は終わったのだ。


 神殿へ帰還するべく魔方陣(推定)へと歩を進める久遠。


 (このまま何食わぬ顔で立ち去ろう)


 (そしてパーティー編成を解除してから再びチュートリアルを受けよう)


 疲れた体、もとい精神を引きずり重たい足取りを一歩、二歩。



 その瞬間久遠の体は光に包まれ……




 ズドンッ!!




 轟音と共に、爆炎に吹き飛ばされたのだった。





※ 草原

”敵幹部『大罪の七魔人』が一人『怠惰のスロウス』が作り出した幻影空間

スロウスの居城の各所に仕掛けられた転移トラップから飛ばされる幻影空間の一つであり、ここに立ち入った者は不可視の爆破魔方陣が仕掛けられた大草原を延々と行軍させられるハメになる

事前に魔力可視化の魔法を習得したり別ダンジョンで魔力感知の腕輪入手したりと対抗手段を講じていなければほぼクリア不可能という、恐るべき爆炎地獄なのだ!”


という設定で作られたが、「あまりに嫌がらせが過ぎる」という尤もな理由でボツになったエリア

ボツにはなったもののチェックミスにより廃棄はされずデータの海に沈んでいたそれは、スタッフの更なる不手際によりあろうことかチュートリアル用のマップと入れ替わってしまった

結果、問題となっていた嫌がらせ感は10割増しになり、敵の居城で突如として親切丁寧なチュートリアルが繰り広げられるという楽しい事態を引き起こすに至る

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