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二つの顔を持つ女

 所変わって現実世界。

 ここは天音家、二階の自室。


 椅子に腰掛け、机に向かい、天音久遠は頬杖をつく。


「はぁ……」


 と、溜め息をついて瞳を閉じれば、瞼の裏に彼女の笑顔が蘇る。

 そう、彼女の笑顔が忘れられないのだ。

 字面だけ見れば恋に悩める15歳の少年の、甘く切ない青春の一コマのようにさえ見える。



 ああ、なんという美しい光景だろうか。



 しかし、思わずウットリしてしまった読者諸兄姉にここで悲しいお知らせをしなければならない。


 非常に残念ながらこの物語、実はジャンル〔恋愛〕ではないのだ。


 よって現在の天音久遠の心中は、貴方が期待しているようなロマンチックなものではない。

 その証拠に久遠の表情は、恋に浮かれるというよりは絶望に沈みきっていた。


「クソッ!あんのヤロー……」


 一人毒づき思い浮かべるのは、久遠を地獄に突き落とした男・サンラク。


「アイツのせいで、あんな……」


 頭を抱え思い浮かべるのは、久遠に地獄を見せた女・フェアリア。



 VRゲーム『フェアリア・クロニクル・オンライン』を購入した久遠は、プレイ開始5分で洗礼を受け現実世界へと叩き出された。

 元来気が短く何事も長続きしない性質(たち)な久遠だが、開始5分で挫折したのは初めてである。記録更新だ。全く嬉しくない。

 そう、5分だ。

 思えばカップラーメンにお湯を注いでから食べ終わる程度の僅かな時間で、ある意味貴重な体験をしてしまったような気がする。

 惜しむらくは、今後の人生において全く役に立たないだろうということだ。


「まさか」


 硬く目を瞑り、久遠は恐怖に身を震わせる。

 

「いや、それ以前に……」


 そう呟き、彼は机の上に転がった携帯端末を見つめるのだった。



 現実世界へと帰還した久遠が一番最初にやったことは、ゲームジャンルの確認である。

 ケースの裏側をガン見、説明書を熟読。


 そうして判明した事実は、『フェアリア・クロニクル・オンライン』はファンタジーRPGであるということだ。

 不思議なことにホラーではないらしい。


(いや、()()はある意味では確かにファンタジーな面構えだったが……)


 話を戻そう。

 ホラーでなければアレは一体何なのか?

 真相を解明するべく、久遠は人類の英知を行使することを決意した。



 それ即ち、ネット検索である。



 キーワードは


『フェアリア・クロニクル・オンライン』


『ヒロイン』 


『顔』


 このあたりが妥当だろうか?


「フェアリア、クロニクル、オンライン……っと」


 携帯端末を手に取り、手早く単語を入力する。




「……マジか」


 ゲームタイトルを入力した瞬間、久遠の目の前に阿鼻叫喚の光景が広がった。


 フェアリア・クロニクル・オンライン クソゲー

 フェアリア・クロニクル・オンライン フェアクソ

 フェアリア・クロニクル・オンライン バグ

 フェアリア・クロニクル・オンライン ゴミ

                   ヒロイン

                   フェアカス 

                   難易度

                   etc etc


 まるで悪意ある何者かによって汚染されたかのようなサジェストである。

 しかし、久遠は先ほどの自身の経験から察していた。

 ここにあるのは悪意ではない、善意だ。

 これは後を行く者たちをどうにか危険から救ってやろうとした先人たちの優しさなのだ。

 尤も、彼はその警告を目にすることなく地雷に突っ込んでしまったワケだが……。


「……。」


 そうだ、回避できなかった危険をいつまでも悔いていても仕方ない。


「ヒロイン、顔……っと」


 久遠は何も見なかったことにして、残りのキーワードを入力した。


 電子の海を潜り掻き分け、久遠はとうとう攻略サイトなるものに辿り着く。

 その間、僅か10秒。文明の利器、すごい!


「つーか、あんなゲームにも攻略サイトとかあるのな……」


 サイト内の情報を眺めながらひとりごちる。


(いや、()()()()だからこそか?)


 トラウマ級の衝撃映像を見せ付けられたせいで、久遠の『フェアリア・クロニクル・オンライン』に対する評価は惨憺たるものになっていた。

 と、ここで気になる項目を発見する。


「これか?バグ一覧……一覧?」


 どんなゲームでもバグの二つや三つはあるだろう。そのくらいはご愛嬌である。

 しかし一覧とは?

 一覧として列挙されるほどの大量のバグが、このゲームには存在しているというのか?


(そういやさっきサジェストん中に”バグ”って単語があったような……)


 ふとそんなことを考え、いやいや!と首を振る。


「サジェストォ?なんだそりゃ、俺は何も見てない。何も見なかったんだ!」


 現実逃避ここに極まれり、自分自身を誤魔化そうとするのだから世話がない。

 気を取り直し、震える指で恐る恐るページを開き……



 冒頭に戻る。


「そもそも()()()()()()とは……」


 頭を抱え、一人呟く天音久遠。

 先ほど攻略サイトで知りえた情報を掻い摘んで挙げると


・フェアリアの正体はラスボスの呪いで人間に姿を変えられた精霊の姫


・ラスボスを撃破した瞬間に呪いが解け、光とともに顔のテクスチャが剥がれ落ちて本当の姿へと戻る


・つまり普段は本当の姿(精霊の顔)の上に、人間の顔が張り付いている状態


・わざわざそんな七面倒臭い手間をかけた割りに作りが甘いらしく、この二つの顔がふとした拍子に()()()ことがある 


 ……なにやらストーリー上重要っぽいネタバレまでかまされた気がするが、つまりはそういうことだったらしい。

 


 ”二つの顔を持つ女”


 そんな言葉が頭に浮かんだ。

 なんだかドラマや小説、あるいはお昼のワイドショーなんかで見かけそうなワードだ。

 これは一般的には表と裏で違う性格を使い分けるような、精神的二面性を持つ女性を指し示す単語として使用される。

 身近な例としては、久遠の姉・永遠(とわ)が挙げられる。

 人々を惹きつける圧倒的なカリスマ性を誇り、おまけに頭も切れるという完全無欠な表の顔。

 自らが副リーダーを務めるクランを平然と売り飛ばし、実の弟でさえ素敵な笑顔で踏みにじる完全無血な裏の顔。

 まさに”二つの顔”だ。


 しかし、ここに来てまさか物理的に”二つの顔”を持つ女に出くわすとは思ってもみなかった。

 久遠は放り出された携帯端末の電源を入れ、攻略サイトの文面を再度読み返す。

 顔バグの詳細項目の最後には、こんな一文が添えられていた。


”発生する確率自体はそれほど高くないので、このバグに遭遇できたプレイヤーはむしろ幸運だといえるだろう”


「んなワケあるか!夢に出るわ、あんなモン!」


 机に頭をドンドコ打ち付け、天音久遠は悶絶する。


 だがしかし、だがしかしだ。

 痛むおでこをさすりさすり、天音久遠は考える。

 あえてこの文面を好意的に、最大限好意的に解釈するならば……。


()()分かったのは、幸運……なのか?」


 そう、久遠はゲームを開始してまだ5分。


 もしもあの時バグが発生しなければ、当たり前だが久遠はフェアリア・クロニクル・オンラインを変わらず遊び続けたはずだ。

 もしかしたら途中で怪しげな臭いを感じ取ったかもしれないが、比較的安価とはいえ中学生男子の小遣いから痛い出費をしてまで手に入れたソフトである。

 結局は騙し騙しプレイを続けただろう。

 しかし、いくら現実逃避しようがフェアリア・クロニクル・オンラインはクソゲーなのだ。

 ゲーム中盤・終盤あたりに決定的な、それこそプレイの続行すら危ぶまれるほど酷いバグに見舞われる。

 そんな未来が容易に想像できた。

 そうなった場合、久遠が被る精神的ダメージは計り知れない。

 

 それならば『フェアリア・クロニクル・オンライン』の”フェ”の字も堪能していない今がチャンスだ。

 いまゲームを投げ出せば、被害を最小限に抑えることができる。


「そうだ、考えてみりゃ妙だったんだ……」


 初対面の上にオルスロットに対して良い印象を持っていなかったであろうサンラクが、オススメのゲームを紹介してきたこと。


 それなりに前に出たゲームとはいえ、新品のソフトにしてはやけに値段が安かったこと。


 店員のお姉さんが「本当にお買い上げになるんですか?」と、3回も確認してきたこと。


 冷静に考えてみれば、何もかもがおかしかった。


 そうだ、久遠をクソゲーの沼へ引きずり込むこと。それこそがサンラクの狙いだったに違いない。

 挫くのだ、その悪しき企みを!

 砕くのだ、その邪なる野望を!


「ふざけやがって、叩き割ってやらぁ!!」


 こんなゲーム、売り飛ばしたところで二束三文にしかならないだろう。

 ならば今ここで破壊してしまうのが一番良い手だ。

 こんなものをこの世に残しておくわけにはいかないのだ。


 机の上にソフトを投げ出し、思い切り拳を振り上げ……



『へえ、逃げるのか?』



 頭の中で悪魔が囁いた。



『せっかく俺がオススメしてやったのに、お前はなんにも遊ばないうちに投げ出すんだな?』



 悪魔は鳥面をしていた。



(クソッ、黙れ!)



『まぁそれも仕方ないよねぇ、アンタは昔っから根気がないし~』



 永遠の顔をした悪魔がせせら笑う。普段の態度が態度だけに全く違和感がない。



(うるせぇクソ姉御、ごちゃごちゃ喚くんじゃねぇ!)



 天音久遠はもがき苦しむ。

 傍から見れば愉快な一人芝居だが、彼にとって事態はそんな楽しげなものではない。



『所詮お前はそんなモンだよ』


『もう降参か?オ~ルスロットく~ん』


『情けねぇ。恥ずかしくねぇのかよ、おい』


『根性無しが』


『バカじゃねぇの?』



 顔のない悪魔共が、こぞって久遠を煽り倒す。

 これはかつて『シャングリラ・フロンティア』内で同様に彼を煽ってきた他プレイヤーたちの幻影だろうか?


「つーか何だ!?さっきからなんで悪魔しか出てこねぇんだよ!」


 この手の葛藤では二つの意見が天使と悪魔の姿を模して、心の中で舌戦を繰り広げるというのが常である。

 とはいえこの展開に天使が登場したとしても、デザインは可愛くデフォルメされた久遠自身だ。

 精神の安寧という意味ではこの事態はある意味好都合であった。



『っていうかよ、お前このゲームのこと知らなかったよな?』



(あ?)



 鳥面の悪魔が不意にそんなことを言い出した。



『”フェアリア・クロニクル・オンライン”なんて知らなかったよな?知らなかったからこんな気持ちよく騙されてくれたんだよなぁ?』



『逆によ、なんで俺はこのゲームをオススメ()()()と思う?』



(ッ!!)



『フェアリア・クロニクル・オンライン』、たしかにメジャーなタイトルではない。

 鳥面が、サンラクがこのマイナーなゲームを勧めてきたのは、このゲームの()()を知っていたからだ。

 しかし、もしサンラクが悪意を持って勧めてきたとするならば?

 それはこのゲームの()()を知らなければできない芸当である。


(アイツもこのゲームで……いや……)


 恐らくゲームに関しては相当の技量を誇る鳥面・サンラク。

 もしかして奴はこのゲームを……



”あ、一人プレイでゲームするならフェアリア・クロニクル・オンラインってのがオススメだぜ”



 昨夜のサンラクの言葉が頭をよぎる。

 そして疑念は徐々に確信へと変わっていく。


(そうだ、ありえねぇ……)


 それは実に楽しげな声だった。

 もし久遠にクソゲーを買わせようなどと下衆な考えを持っていたとして、自分が挫折したゲームをあれだけ余裕を持った口調で楽しげに勧めることができるだろうか?


 できるわけがない。


 つまり奴は『フェアリア・クロニクル・オンライン』を、あの奇ゲーをクリアしたのだ。


 そう理解した途端、久遠の心の中にドス黒い感情が湧き上がってきた。


(アイツがクリアしたゲームを、俺が投げ出す……?)


 それが意味するのは久遠の敗北である。

 そもそも勝負してないじゃん、とか言ってはいけない。


(敗北者……?)


 怒りで動悸が激しくなる。

 ハァ…ハァ…と呼吸を荒げ、天音久遠は怒りに身を震わせる。


(許さねぇ、俺がアイツに負けるなんて……そんなことあっていいハズがねぇ!!)


 久遠とサンラクの間には実はそれほど因縁はないのだが、そこはツッコんではいけない。


「やってやるよ……」


 フラリと立ち上がり、机の上の悪魔のゲーム『フェアリア・クロニクル・オンライン』を睨み付け、天音久遠は怒号をあげる。


「絶対クリアしてやらァ!俺は負けねぇ!負けねぇぞサンラクァァ!!」



 天音久遠

 特技『粋がること』


 人生15年

 一世一代のイキりが今、始まる……!


「ッッシャア!!」


「うるさいよ!夜は静かにしな!!!」



 お母さんに叱られた。

 悲しい気持ちになった久遠は、予定を変更して今日は眠ることにした。


※ 特技『粋がること』

シャングリラ・フロンティア79話”キャラ紹介その2”より抜粋

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