所詮この世は弱肉朝食
敵のスタンド攻撃により三か月ほど時を消し飛ばされてしまったため、お久しぶりの投稿となります
『うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!』
叫び。
叫びが聞こえる。
『うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!』
仄暗い森の中に叫びが響き渡る。
苦痛、恐怖、絶望
あらゆる負の感情を孕んだ悲痛な叫び声。
「あ、あああ……」
苦悶に苛まれる友の姿を前に久遠は
「リューくん……」
ただ震え、彼の名を呟くことしか出来なかった
◇
レベル上げだ、レベル上げをしよう。
幾多の困難を経てようやく自由行動が許された瞬間、天音久遠が真っ先に考えたことはそれだった。
冒険の始まり、プレイヤーたちは何をするのだろう?
情報収集に勤しむも良し、装備やアイテムを買い揃えるのも大いに結構。
そんな中、天音久遠が提唱する”RPG序盤の最適解”とは
『とりあえず初期装備で突撃、気の済むまでレベルを上げる』
これだ。
これこそが天音久遠のやり方だ。
そもそも道具を買い揃えるにしてもまずは先立つものが必要である。
故に、まずは街周辺の雑魚モンスターを根絶やしにするつもりでレベル上げをし、資金が貯まればその都度装備を整えれば良いのだ。
そして優秀な装備を手に入れたら探索の範囲を広げ、より効率の良い雑魚を相手に再びレベル上げをして……。
RPGなんてものは基本的にこの作業を繰り返していくものだ、と久遠は考えている。
稀に『レベル上げなんて面倒臭い! 』だの『強くなりすぎると戦闘の緊張感が薄れる!』だのとほざく輩がいるが、そんな彼らの不満に久遠は首をかしげる。
レベル上げが面倒臭い?
最序盤の雑魚モンスターを数匹倒すだけで、現実世界で一か月間筋トレするよりも多くの能力向上が見込めるというのに何がそんなに面倒だというのだろう?
仮想と現実という違いはあれど、そんなものは些末な問題である。このコストパフォーマンスの高さにこそ目を向けるべきなのだ。
戦闘の緊張感が薄れる?
こんなことをのたまう輩は普段どれだけ恵まれた生活を送っているのだろう?
生まれながらの才能や恵まれた出自など、そういったアドバンテージを持たない世の大多数の人間たちにとって人生とは非常に生き辛いものなのである。
『人』が『生きる』と書き『人生』。しかしてその実態が地獄とは、なんとも皮肉な話だ。
だからこそだ。現実での暮らしがままならぬからこそ、せめて仮想世界ぐらいは好き放題にやりたいと思うのが普通ではないか。
(いいぞ、これだ。この感覚だ……!)
胸中で持論を反芻すれば、心の奥底から勇気と自信が湧いてくる。
恐れるものなど何も無い絶対無敵のPKer”赤点のオルスロット”として暴れまわっていた、あの頃の感覚が全身に漲っていく。
(そうだ、俺は何も間違っていない!)
(ここからようやく俺の冒険が始まるんだ……!)
抑えきれない興奮に身が震える。脳内麻薬ドバドバだ。
ああ早く、早くモンスターを狩ってレベルを上げなければ!
滾る戦闘衝動に眼をギョロつかせ、さながらジャンキーのように辺りを見渡せば……
(見つけた!)
その眼はいともたやすく獲物を発見した。
『……』
スライムだ!
眼はおろか口すら持たぬ軟体生物ゆえ登場時の迫力ある演出こそご披露願えなかったが、それでもこのゲームで初めて遭遇するモンスターである。
「ッしゃあ!!」
戦いの合図とばかりに咆哮を上げると、久遠はスライムへ向かって一直線に駆け出した。
後衛職の魔導士が、何故あえて距離を詰めるのか?
それはその場のノリである。
ノリに身を任せるという雑な行動が許されるのもまたゲーム序盤の特権であり、特権は行使しなければ勿体ないのだ。
凶暴な笑みを湛えながら全力で突進するその姿はまさに狂人、このオフライン環境のゲーム内にその姿を見てドン引きしてくれる他プレイヤーは存在しない。それすなわち、闘争本能に火のついた今の久遠を止められる者は一人もいないということだ。
『……!!』
ここにきてスライムはようやく久遠の存在に気が付いたようだが、遅い!
「食らいやがれ! ”ファイアボール”!!」
杖を振りぬき、同時に魔法名を叫ぶ。
すると杖の先端の水晶から燃え盛る炎の球が、凄まじい勢いでスライムへと撃ち出された。
バジュウッ!!
見事に命中!
水気の多いスライムが焼かれたためか、辺りに白い煙が立ち込める。
「よっしゃあ!」
天高く杖を掲げ、天音久遠は初の勝利に酔いしれる。
この勝利は”モンスターとの戦闘で”などという枠組みには収まらない、もっと大きな意味がある勝利だ。つまりこの一勝は、これまで散々苦渋を味わわされてきたこの『フェアリア・クロニクル・オンライン』というゲームに対する初めての、価値ある一勝なのである。
「この調子でどいつもこいつも食い尽くしてやるぜ!おら、次のエサはどこだぁ!?」
ノリに乗るのが序盤の特権ならば、調子に乗ることは勝者の特権である。
故に、彼のこの油断は実に軽率であった。
何故ならば、この時点で久遠はまだ勝利者ではなかったからだ。
『……!!』
「へ?」
白煙の向こう側から、実はやられていなかったスライムが久遠へと襲い掛かる!
『……♪』
「……」
微かな悲鳴を上げることすら許されず、スライムくんの愛ある抱擁により一瞬の内に消化される天音久遠。
大丈夫?このゲームは『フェアリア・クロニクル・オンライン』だよ?
※ スライム
スライムは強いモンスターである
不定形なその体には物理攻撃が通用せず、強力な酸性の体液はこちらの武具を腐食させる
討伐するには炎や冷気・雷などの魔法攻撃が不可欠であり、それ故に撃破が困難なモンスターといえる
スライムは弱いモンスターである
〇ルアーガの塔や〇ラゴンクエストなど、大ヒットした和製RPGにおいてどういうわけか最序盤に出現する雑魚敵として扱われたため、日本においてスライムはとても弱いモンスターとして認知されるようになってしまったのである
つまりどういうことかといえば『フェアリア・クロニクル・オンライン』において敵のステータス調整を担当したスタッフは前者の、モンスターの配置を担当したスタッフは後者のイメージを持っていたため、最初の町の近くにアホみたいに強いモンスターが出現するようになってしまったということ
筆者はゲーム制作の現場に携わったことがないので実際にこのような事態が起こりうるのかは分からないが、そういう時は『ま、フェアクソだからね』としたり顔で肩を竦めれば納得したような気分になれるので、皆様もどうぞお試しいただきたいと思います