たまにはお茶でもいかがでしょう?
投稿がかなり遅くなってしまいました、申し訳ございません
五月病のせいです
『 クオン様、お茶でもいかがですか?』
「いや、結構だ」
それはある日の会話だった。
文章表現の関係上”ある日”などとぼやかしたが、それは今日のことであり、今日とは天音久遠がゲーム『フェアリア・クロニクル・オンライン』を購入して3日経った日のことである。
つまりはこういうことだ。
1日目 購入初日 バグで心を折られかける
2日目 操作性を知るためのチュートリアルでこのゲームのクソっぷりを学ぶ
3日目 ストレスで体調を崩し寝込む
4日目 ゲーム開始直後、なぜかお茶に誘われる ←今ここ
お気づきになられただろうか?
ゲームを購入してから4日目
一日休んだため実質プレイは3日目
心を折られかけた回数は2回
にも関わらず
その間1回も戦闘をしていないのだ。
「……というわけでだな、そろそろ実戦の一つも経験しておきたいんだ」
ちなみに現在会話しているこの場所はゲーム開始地点の建物の中である。
よく考えたら戦闘どころか、初期地点から動くことすらできてない。
上手い下手関係なく、一ゲーマーとしてこの状況はマズい。
「折角のお誘いで悪いけど、それはまたの機会ってことで」
にべもなく切り捨てようとする久遠。
『 クオン様、どうなさいましたか?』
それに対し、必殺の切り返しで迎え撃つフェアリア。
「……。」
これをやられると返事に詰まる。
あらゆる返答を無力化する不壊の盾にして、こちらの精神を削る無情な刃だ。
形勢は圧倒的にこちらの不利、しかしここで諦めるわけにはいかない。
ここで退いてしまえば後はなし崩し的にフェアリアのペースに巻き込まれ、彼女のなすがままになってしまうだろう。
そういう事態だけは絶対に避けなければならないのだ。
「おいフェアリア。おめェ、気付いてるか?」
『?』
「俺はこのゲームが始まってからまだ一歩も動いていないんだぜ……!」
バトル漫画に出てくる格上の敵キャラが戦闘中盤あたりに言いそうなかっこいいセリフだ。事の重大さを示しつつ、えもいわれぬ強キャラ感をアピールできるなかなかの良手である。
ちなみに前回のチュートリアル(仮)で歩き回ったことは例外とする。
現状を考えれば酷く場違いな発言ではあるが、こういった場面では勢いも大切なのだ。
『 クオン様、どうなさいましたか?』
しかし効果が無かった。
「チッ、このひとでなしめ!」
流石は心を持たぬ機械の化身、この程度では脅しにすらならぬようだ。
いや、そもそもAIに……それも前世代の低性能、おまけにバグてんこ盛りなこの女に対して脅しという手段そのものが意味を成さないということはさしもの久遠とて理解しているのだ。
しかし、それでも抵抗そのものを諦めたら人間として大切な何かを失ってしまいそうな気がする。
故に彼の歩みは止まらない。
主に後ろへ。
押してダメなら引いてみるのだ。
「あばよ、あばずれェ!」
クルリと身を翻し、出口に向かって全速力で駆け出す天音久遠。
逃げた。
いっそ清々しいほどの逃走である。
RPGにおいて逃走という行為はあまり推奨されるものではないのだが、そんな悠長なことは言っていられない。
大体、こんな女をまともに相手にすること自体間違っていたのである。
この場でいくら頑張ったところで得られるのは金や経験値ではなくストレスだけだ。
「三十六計逃げるが勝ちぃ!!」
『 クオン様、どうなさいましたか?』
しかし まわりこまれてしまった!
「なんだとッ!?」
一瞬で距離を詰められてしまった。
いくら久遠がレベル1の後衛職とはいえ……いや、それを言うならフェアリアとて同じのハズだ。
言葉も通じない、逃げることすら叶わない。
自分の意思とは無関係に、否応なく彼女のペースに巻き込まれていく。
突拍子も無い展開
理不尽な強制力
天音久遠は恐怖した。
まるで出来の悪い三文小説の登場人物にでもなったような気分だ。
『さあ クオン様、こちらでございますわ』
久遠が発する恐怖のサインを敏感に察知したのだろうか、不気味な笑みを浮かべたフェアリアがじわじわとにじり寄ってくる。
(万事休すか……)
もはや諦めるしかないのだろうか?
『いや、もうお茶のお誘いくらい受けてやればいいじゃん』という気がしないでもないが、そこは人間としてのプライドが許さない。
しかし、だからといってこれ以上抗う術が残されているかというと……
(……ッ!)
ここで久遠に天啓がひらめく。
肉体言語だ。
言葉による説得が通用しないなら、拳で語り合うしかない。
逃げることすら許さずに立ちはだかるというのなら、実力行使で打ち砕くしかない。
問題はここでそれをやってしまうと衛兵共にオシオキされるかも、ということだが……
「ここは裏技を使わせてもらうぜ……」
そう呟くと久遠はフェアリアの両肩に手を掛け
『?』
何を血迷ったか、彼女の股間を力いっぱい蹴り上げた。
『キャアッ!』
久遠 渾身の一撃が炸裂、それを受け凄まじい勢いで上方へと打ち上げられるフェアリア。
ゴキッ!
と、そのままの勢いで天井へと激突し
グシャッ!
と、頭から地面に落下した。
「決まった……」
そう、完全に決まった。
地に倒れ付すフェアリアを見つめながら久遠は感慨に耽る。
天井に頭を打ち付けた際に折れたのだろうか?彼女の首はあり得ない方向へ捻じ曲がり、光を失った瞳が暗く澱んでいる。ピクリとも動く気配は無い。傍目から見ただけでもそれは、到底生きていられる状態でないのは明らかだった。
「俺の……俺たちの勝利だ」
何やら達成感に浸っているが天音久遠、当初の目的を忘れてはいないだろうか?
「さあ、帰ろう。俺たちの世界へ……!」
いやいや、最終回っぽい雰囲気を出してもダメだ。
「思えばこれまで色んなことがあったなぁ」
目を閉じればこれまでの冒険の思い出が……蘇らない!
このゲームでやったことといえばビビって気絶したことと地雷にブッ飛ばされたことぐらいではないか。
さあ久遠、テキトーなことばかりほざいてないでプレイを続行するのだ!
「あ?別にもういいだろ、ラスボスも倒したし。ゲームクリアだよ」
読者諸兄姉が混乱するといけないので一応言っておくが、彼が倒したのはラスボスではなくヒロインである。どれほどラスボス然とした振る舞いをしていたとしても、彼女はこのゲームのヒロインなのだ。一応。
「まぁ、今更何を言っても遅いけどな。コイツ死んじまったし」
そう嘯き、フェアリアの亡骸を一瞥する……が……?
そこに、彼女の姿はなかった。
「あれ、え……?」
困惑する久遠。
当然だ。
確かにフェアリアは死んでいた……いや、確認はしていなかったが。
それでも普通に考えればあの状態で動けるはずはないし、仮に動けたとしてもこれほど近くにいて気が付かないなんて事がありえるのだろうか?
『 クオン、さまぁ』
「うわぁっ!?」
地の底から響くような声。
フェアリアだ。
いつのまにか復活し、地を這いながら足元まで接近していたのだ。
堪らず尻餅をついた久遠は今更ながらに思い出していた。
この女が、このゲームが、『普通』などという尺度では測れない存在であることを。
前回、あの地獄のようなチュートリアル(仮)をクリアしたことで調子に乗ってしまっていた。
チュートリアルが地獄だという時点で既に異常なのだ。
もっと警戒心を持っておくべきだったのだ
時既に遅く、後悔先に立たず。
「やめろぉ! やめてくれぇ!!」
今の久遠にできることはただ叫び、許しを請うことのみ。
フェアリア打倒の際に流した喜びの涙は、今や恐怖と絶望によるそれに変わっていた。
『さァ クおんさま。こ チらですワ♪』
頭部に強い衝撃を受けたためか、言動がバグっている気がする。
ホラー要素9割増しで久遠の足に縋り付くフェアリア。
「助けてくれぇぇッ!」
情けない悲鳴を上げながら、天音久遠は自身の運命を呪った。
どうしてこうなった!?
俺が何をした!?
神は死んだのか!?
どうしてこうなったかといえば、そもそもこんなゲームを買ってしまったからである。
何をしたかと言うなら、色々余計なことをして事態をややこしくした。
つまりは自業自得だ。
最後に神は死んだのかといえば、死んでいない。生きている。
むしろラスボスの邪神さんが死なないとゲームが終わらないので、むしろ積極的に殺しにいかなければならないのだが……
「神様ぁぁっ!」
そんなことは知る由もなく、天音久遠は神に救いを求め続けていた。
※ 裏技
一昔前のゲームのR18に該当する行為に対する措置と、それを逆手に取ったNPC殺害方法
端的に言えばプレイヤーがNPCのチチ・シリ・フトモモ等『年齢制限的にヤバい箇所』に触れようとしたとシステムが判断した場合、プレイヤーとNPCとの間に目に見えない反発力が発生する
が、この反発力は技術的な問題から単一方向にのみ発するということができない
つまり、どういうことかというと
手→ ←反発力 おっぱい
ではなく
手→ ←反発力→ おっぱい
となる
この反発力は『触れようとする力』が強いほどそれに呼応して強くなるが、自ら力を込めているプレイヤーと違いNPCは無抵抗のままこの力をもろに受けることになる
作中 久遠の蹴りでフェアリアが不自然なほど吹き飛んだのもそのため
ちなみにNPCがこの反発力によってダメージを受けた場合『プレイヤーの行動によってダメージを負った』ではなく『何らかの原因によってダメージを負った』という判定になるため、一部の狡猾なプレイヤーたちに悪用されることとなった(高所におびき寄せたNPCをこの方法で突き落としたりetc)
最近のゲームでは技術の進歩によりこの仕様は廃止されている




