喪失感
初投稿です。
天音久遠はその日、全てを失った。
いや、実際にはそれは”全て”と表現できるほど大層なものではない。何週間か後にこの日の出来事を思い出したとしても、一体何をそんなに執着していたのかと彼自身首をかしげるだろう。その程度のものだ。
とにかく、その時の彼は全てを失ったような気分になったのである。
シャングリラ・フロンティアというゲームがあった。
高度なAIにより作り物であることを感じさせないNPCたち、爽快感溢れる自由度の高い操作性、考察の余地が尽きない奥深い世界観。全ての要素が従来のゲームとは一線を画すVRMMOの傑作である。
久遠はシャングリラ・フロンティア内でとあるクランの長を務めていた。
クランというのは、まぁ平たく言えばプレイヤー同士の集まりみたいなものだ。
例えば、他の誰よりも先んじようと攻略に重きを置く者たち。
あるいは、ゲーム内世界に散りばめられた謎を解明しようと頭をひねる者たち。
最も多いのは、これといった理念は設けず「とりあえず気の合う仲間連中で楽しくゲームしようぜ!」と気軽につるむ者たち。
様々なクランがある中、久遠が長を務めるクランは『PKクラン』であった。
”PK”とは即ち”Player Killer”、他のプレイヤーたちに危害を加えることを目的とした者たちの集団である。
シャングリラ・フロンティアは神ゲーだ。
『他者からの搾取・略奪が最適解』だったり『プレイヤー全員がPK』だったり、そういったクソゲーとは違って基本的にプレイヤー同士が争う必要はない。
そんな真っ当なゲームで私欲のために他者を害そうとする連中は、一部例外を除き嫌われる。
一応仕様として他プレイヤーへの攻撃は可能であるが、仕様として認められた行為が大っぴらに許された行為であるとは限らないのだ。
……前置きは長くなったが、つまりはそういうことだ。
要するにヤラれたのである。
ある日久遠率いるPKクラン『阿修羅会』はシャンフロ内でも一・二を争う大規模クランの連合軍に一網打尽にされた。
拠点を追われ、持てるだけのアイテムをかき集め、散り散りになって……。
ようやく逃げおおせたと思った矢先、シャングリラ・フロンティアの中で最大の攻撃力を誇るプレイヤーの手により文字通り消し飛ばされた。
なぜトップクランが連合を組んでまで襲撃を仕掛けてきたのか?
なぜアジトの場所がバレたのか?
なぜあのタイミングだったのか?
それは阿修羅会の副リーダーがクランを裏切り、情報を流していたからである。
逃げ込んだ先に最高火力が待ち構えていたのも、その裏切り者が手引きしたからに違いない。久遠は掌で踊らされていたのだ。
その日、シャングリラ・フロンティアの世界からPKクラン阿修羅会が消滅した。
他人の不幸は蜜の味、そして不幸になった他人が悪党であればあるほど蜜は甘みを増すものである。
当然この出来事に多くのプレイヤーが喜んだ。
そして同日発生した大事件『ユニークモンスター・墓守のウェザエモン討伐』の衝撃によってすぐに忘れ去られた。
今回の出来事で壊滅した阿修羅会に対する同情の余地は一切ない。
悪いことをすれば、いつか必ず報いを受ける。殴られる覚悟を持たぬ者に他者を殴る資格はないのだ。
しかし、いくら覚悟を持っていたとしても「できることなら痛い目を見たくない」「一方的に相手をボコボコにしてやりたい」と思ってしまうのが人情。
そんなこんなでとりあえず、天音久遠は全てを失ったような気分になったのである。
※ この作品について
この作品は小説家になろうで連載中の硬梨菜氏の小説「シャングリラ・フロンティア〜クソゲーハンター、神ゲーに挑まんとす〜」の二次創作作品です。
正直な話ノリと勢いで書き始めたのでこの先どうなるか未定ですが、月に1回か2回更新できたらと思っています。
宜しくお願いします