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異世界転生は一度でいい!  作者: 大杉俊
二章 公国と化け物
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第98話 既知との遭遇


 ハタツミ王城、星見の尖塔。

 フランを軟禁する、最上階の小部屋の扉に鍵を掛けると、クロバは地上へと続く螺旋階段へと身を翻した。


 斜陽に照らされ、オレンジと影に分かたれた螺旋階段をゆっくりと下りるクロバは、意識せず自身の口から漏れ出したため息に足を止め、小さく笑みをこぼした。

 

 今感じている感覚が、単なる精神的苦痛から来る疲労ではないことを、クロバは理解していた。


 高揚、そして少しの胸の痛み。


 フランとの対談は、クロバに少なくない影響を与えていた。


 経験の欠如、あるいは感情の欠落。

 それらを疑うほどに心を読めない彼女が唯一見せたあからさまな感情表現。


 価値観も倫理も感情も、何もかも歪ませる戦争の中で、彼女ほど純粋な愛情を持っているものはいない。


 言ってしまえば初心な恋心に当てられたというだけなのだが、だからこそ、自分にとっての真の愛を知るクロバには同情できる所があった。

  

 自分の感情が何かも分からぬまま、想い人と引き離される。

 それを少しでも可哀想だと感じた時点で、クロバは自身の自分に対する評価を改めねばならなかった。

 

(彼女の恋愛をお手伝いするのも、やぶさかではないのかもしれませんね)


 ちょっとした悪巧みに笑みの色味を変えて、クロバは再び階段を下る足を踏み出した。


――

 

 ハタツミ王城、3階、大部屋。

 

 押し開けた扉から正面に見える巨大な窓と、その先に突き出したバルコニーがもたらす開放感にクロバは深く息を吸い込む。


「お疲れぇ〜」


 不意にかけられた舌足らずなその声に視線を向けると、そこにはすでに出来上がっているセナの姿があった。

 

 どこからか持ち込んだ古ぼけた赤茶色のソファーは、豪華絢爛な王城の家具と見事なまでに不釣り合いで、右手に握られたと共に、相当に場違いである事は否めない。


 とはいえ、それをたしなめるような者がいるわけでもなく、むしろいかなる場所でも自分のスタンスを崩さないセナのやり方は、豪胆、肝が据わっているとも言える。

 

 ソファーの肘置きにもたれかかり、片手でくるくると首輪を回すセナに、クロバはわざとらしく肩をすくめて見せた。

 

「よろしいのですか、それ、契約の証なのでしょう? 随分簡単に外してしまってるみたいですが」


 しかし、そのからかいが失敗であった事をクロバは直後、思い知る。 

 

「なによ、とらなきゃ洗濯も出来ないじゃない」


 さながら牙を光らせた狂犬のように。


 ぎろりと目を見開いたセナの表情に、クロバは取り繕った笑みで頷いた。

 

「……ええ、清潔なのは良いことです」

 

 随分と都合の良い契約ですね。


 喉元まで出かかったその言葉をにこやかな笑みで飲み込み、クロバはふてくされるセナをなだめる作業に入った。


――


 物事の全てが自分の手のひらの上で予定通りに進んでいく状況ほど素晴らしいものはない。


 自分の思い描いた通りに物事が進んでいく様子ほど楽しいものはない、よしんば多少のイレギュラーも、大局が予定通りならちょっとした味付けとして楽しむ余裕すら生まれる。 

 ロックとの会談を終え、城に戻ったコウは、上機嫌で大部屋の扉を蹴り開けた。

 

「そいやっと! いや〜、やっぱりここの眺めは最高だなぁ!」


 その無駄に高いテンションが好意的に受け入れられるものでないことに気付いたのは、集合場所に指定したはずのその部屋から無言の出迎えを受けた後の事だった。

 

 気恥ずかしさと大窓から差し込む西日に、たまらず視線を泳がせたコウ。


 目的なく揺らいだ視線が、その空間で最も目立つものに吸い寄せられるのは当然の事で。


 コウは、テーブルに突っ伏し、眠たそうに目をこするセナの横顔に目を留めた。

 純白の肌はなめらかで、さっき受けたはずのやけどの跡は見受けられない。

 

 恐るべき再生能力にあらためて感服しつつも、コウは目の前のセナの姿に見入っていた。


 首筋から腰に掛けて柔らかく曲がる背中。

 

 猫背をこれ程美しく見せる人間が、彼女の他にいるだろうか。


 そして、その細く引き締まった肉体を際立たせる、細く長い手足。


 それを追うように、視線を滑らせたコウは、ついにそれを目にした。


 美しいその右手、長い指に軽く握られた黒革の首輪。

 誓いの証であるはずの、彼女の首輪。

 

(え? 外しちゃうの? それ)


 その疑問を言葉にしなかったのは、セナより奥の窓辺に座るクロバが向ける微妙な目線に気付いたからだ。

 辟易した様子のその視線は、言葉にせずとも巻き起こった理不尽な出来事をコウに理解させた。

 

 触らぬ神にたたりなし。


 セナへの問いを飲み込んだコウは、会話の矛先をクロバへと向けた。

 

「そういえばクロバ、あの捕虜、どうだった?」


 どんな人物か、どんな収穫があったか、何か気になることはあったのか。

 それら全てをざっくりとひとまとめに問うた質問に、クロバはわざとらしく肩をすくめる。 


「いやはや、なかなかに疲れました」


「カウンセラーにでもなった気分ですよ、自由というか、あの方は自分の立場というものを一欠片も理解する気がないようです」


 困り顔でそう述べたクロバは、最後に1つ笑みを浮かべて付け加えた。


「が、確かにあなたの読み通り、面白い人ですよ、彼女は。何というか……意外性のある方です」   


 それはつまり、ただ常識のない自由人というだけではないのか。


 クロバの言葉を総括した結果、コウが導き出した結論はそんな身も蓋もないものだった。

 しかし、それを問うよりも優先すべき事柄を、コウはクロバとのとりとめのない会話の間に見つけていた。 


「さてと、それで、あんたが来てるってことは、早くもアレの解析が終わったって事かな?」


 そう言いながら向き直ったコウの視線の先には、魑魅魍魎ちみもうりょうとも言える面子メンツの中で、なんとも居心地の悪そうなペルシアの姿があった。


「は、はい……あ、いえ! 全てが分かったという訳ではないのですが、ひとまず現段階までに分かった事の報告を」

 

 バルコニーに置かれた木椅子に浅く腰掛け、落ち着きなく視線を右往左往させる彼女の姿には、魔道士組合組合長の威厳などこれっぽっちも見いだせたものではない。


 とは言え、冬場と言っていいこの時期、日も落ちかけたこの時間に大窓とバルコニーが目玉のこの部屋を快適に満喫できているのは、ペルシアによる熱結界の魔法のおかげである。

 高難易度の結界魔法を、あれほどの緊張状態で長時間維持することができること自体、相当な力量の持ち主である証明と言えるだろう。


 そんなことを考えながらペルシアの向かいに腰を下ろしたコウは、不意に右肩を襲った重量感に危うく転びかける。


 いつの間にか迫っていたセナがコウに思い切りもたれかかったのだ。


 重い、邪魔だ、退け。


 それらの言葉を聞くはずもなく、振り払おうとする腕に、瞬く間にまとわりついてくるセナにため息をつきながらコウはペルシアに向き直る。


 そこには、いつの間にか集まっていた好奇心旺盛な連中に囲まれ、ちょっとした発表会の様相を呈する現状に困惑するペルシアの姿があった。 


 コウ、セナ、ゼルドロ、クロバ。


 4人を前にあたふたとするペルシアが落ち着きを取り戻すのを待たず、無情にもリムカの手によって、布で包まれたそれが運ばれてくる。


 注がれる4つの熱視線に、しかし、ペルシアはすんでの所で深呼吸をし、平静を取り戻した。

 

 平常心であれば見事な物で、手早く包みを解いたペルシアは、期待に目を輝かせる4人の前で、じらすようにゆっくりとその布を取り払う。

 

「これが、彼女たちが使用していた『法器ホウキ』と呼ばれる魔道具です」


「「おお〜」」


 覆い隠されていたそれが晒された瞬間、各々が声を上げた。


 それを知っていて、実戦で相対したコウですら、この距離で見ると自然と声が漏れる。


 それほどまでに、その一丁は見事な物だった。

 

 金属と木材、引き鉄と銃身。

 どこまでもシンプルな物理的構造に反して、施された装飾は、芸術品として作られた物をも上回る。

 

 全面を緻密なエングレーブによって装飾された長銃、形としてはマスケットが最も近いだろうか、いや。 


「マスケット……ってより種子島だな」


「何よそれ?」


 耳元から放たれたセナの声に顔をしかめつつ、コウは説明の言葉を探す。

  

「銃の名前だよ、あ、いや、名前じゃないのか……まぁ、火縄銃って旧式の鉄砲だよ」


 もっとも、遙か昔の記憶である。コウの知識自体はっきりしているものではなく、右往左往する説明はさらなる混乱を招いた。


「あなたの基準で物事を語らないで下さい、こんな物見たことありませんよ」

 

「そもそも『じゅう』だの『てっぽう』だのって言うのは何じゃ?」


 クロバ、ゼルドロ。

 立て続けに放たれた、もっともなのその問いに、コウは小さくため息をついた。


 とは言え、この程度のことはなれたものだった。


 文化も風習も知識も根本から違う異世界において、常識という物は大抵の場合通用しない。

 常日頃から蔓延するカルチャーショックに対処するため、転生者という者は往々にして高度な説明能力トークスキルを獲得しているものだ。


「あー、あれだよ、ここら辺に火薬と鉄の玉が入ってて、ピッて押したらズドーン、みたいな、分かるだろ?」

 

「分かるか! まったく、口下手にもほどがあるじゃろう」

 

「あんたって、自分が気になってること以外ホントに興味ないわよね」

 

 次々に突き刺さる辛辣な言葉にコウが打ちひしがれている最中さなか、クロバはにこやかに口を開く。

 

「騒がしくてすみません、続きを、お願いします」

 

 自身の言動を棚に上げて、ぬけぬけと説明を促すクロバに、ペルシアは小さく苦笑し、しかし直後、真剣な表情に早変わりして口を開いた。

 

「この魔道具は恐るべきものです、まず前提として素材。持ち手はバミ樫の芯、金属部分はペリルドット魔鉱で作られているということ、それから――」


 急な早口でまくし立てるペルシアに、コウは慌てて口を挟む。


「ちょっと待て、そのバミガシとペリドットってっとっと……ペリなんとかってのは何なんだ?」


 ヒアリング能力に自信のあるコウですら聞き逃す程の早口。

 それに気付いたペルシアは顔を赤面させ慌てた様子で続けた。


「あ、ごめんなさい、ついヘイズと話している感覚で……ええと、バミ樫は最高級の指示棒、魔法の杖に使われる極めて高い魔力伝導性を持った素材で、ペリルドット魔鉱も一部の大型魔道装置などに使われる純度の高い金属、どちらも非常に希少で高価な素材です」


 結局慌ててしまったが為に早口は変わらなかったが、それでも丁寧な説明は理解の手助けになる。


「ああ、バミ樫なら聞いたことがあります、確か、杖1本で何百ゴールドの値がつくとか」


 クロバの素早い補足説明を合わせ、ペルシアが言わんとする事を理解したコウは、自身の見解が正しいのか確かめるために要約する形で問いかける。


「なるほど、とても大部隊に支給できるような代物じゃないって事だな。それで、仕組みの方は?」


 コウの問いに小さく頷いたペルシアは、それまでより随分落ち着いた様子で続けた。   

「ええと……原理としてはコウ様の術式鉄札に近いようですね、詳しいことはまだ分かりませんが、本体に刻まれた刻印に魔力を流し込み、特定の魔法を発動させる仕掛け、という様子でしょうか。大きさだけあって扱える魔法は術式鉄札より数段高度なもののようです」


「なるほど、それがあの霧の中で魔法を発動できた理由ですか」


 クロバの言葉に、ペルシアは今度はしっかりと頷いた。

 

「はい、しかし、発射された魔法そのものは『霧』の効果で大きく威力を落としますから、『霧』の対策にはなりません、防御の見直しは必要ないでしょう」


「確かに、結構熱かったけど気絶する程じゃなかったわね」


 気の抜けたセナのその言葉に方々から苦笑が漏れる。

 それもそのはず、本来なら大やけどのダメージを結構熱かったで済ませてしまう人間の言葉など信用できるわけがないのだ。


 しかし、その余韻に浸ることなく、ペルシアは法器ホウキの中程に刻まれた刻印を指し示しながら続けた。

  

「特筆すべきはこの部分、ここに刻まれた術式は他のものと完全に独立した構造になっていて、どうやら直前に使用した術式を再発動できるようになっているようです」

 

 先ほどの早口といい、食い気味な説明の切り出し方といい、どうやらペルシアは早くここの説明をしたかったようである。


「何じゃ? 刻印魔法っちゅうのは元々すばやく発動出来るものなんじゃろ? 何でそんな機能がついとるんじゃ?」


 ゼルドロのもっともな問いに、ペルシアは静かに首を振った。


「この刻印は詠唱して使用した魔法の再発動も可能なんです、つまり、あらゆる魔法を咄嗟に2連射できると言うことです。もっとも、この術式の構造では本体に大きな負荷がかかりますから、緊急時の奥の手といった扱いだと思いますが」

 

「制約はあるがめちゃめちゃ効果的だ、俺も今日会った奴に煙幕連射されて逃げられたもん」


 コウの実体験に基づく発言に、ペルシアは大きく頷き、身を乗り出して。

 

「はい! これは驚くべき術式です! あらゆる魔法を代用しうる術式! まだまだ改良の余地はありますが、これ程斬新な構想の術式は」


 以前述べたように、ペルシアはこの国の女性陣の中でも飛び抜けて素晴らしい体つきをしている。

 彼女ほどの肉体の持ち主が、それほど激しい動きをすれば、当然ながら性格として内向的なペルシア本人にとって好ましくない現象が発生するわけで…… 

 結局の所、何が言いたいのかと言えば。


 揺れる物は揺れる。


 そしてそれを見ないのが紳士のたしなみであり、その点に関して常識人が集ったこの場がどうなったのかというと。

 

 コウにもたれかかっていたセナを含め、4人が一様にペルシアの顔を見つめながらのけぞるという、なんとも間の抜けた光景が出来上がった訳だ。


 一瞬きょとんとしたペルシアも、覚えたであろう重量感に視線を下向ければ即座に答えにたどり着き、みるみるうちに顔を紅潮させる。


 仮に、ここにヘイズメルがいたとすれば、発狂したのではないか。


 そんなことを考えながら、コウはこれ幸いと、爆笑するセナの腕から抜け出したのだった。


 

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