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異世界転生は一度でいい!  作者: 大杉俊
二章 公国と化け物
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第97話 こぼれ落ちた雫


 飛び降りるには高すぎる窓からさし込む夕陽は、深い霧越しに、ぼやけた光を室内に落とす。


 赤い絨毯はより赤く、部屋中にあしらわれた金細工はより鮮やかに煌めく。


 ハタツミ王城、その一室。


 捕虜の収容所としてあり得ないほどに上等なその部屋の窓辺に腰掛け、フランはぼんやりと霧に沈む街並みを眺めていた。


 ノックの音に振り返ったフランに、ティーセットを片手に静かに扉を開いた青年は落ち着いた笑みを浮かべて小さく頭を下げた。


「お待たせいたしました」


 クロバと名乗ったその男は、軽やかな足取りで窓際に置かれたテーブルのそばに歩み寄ると、小さな身振りでフランに椅子に座るよう促す。


 これといって断る理由もなく、促されるままテーブルに向かって腰掛けたフランの前で、クロバは手際よく紅茶をカップに注ぎ、小さな焼き菓子ののった皿と共にフランの前に並べた。


 振る舞われた紅茶に静かに口を付け、焼き菓子を口に運ぶフラン。

 鼻腔を満たす茶葉の香りを楽しみつつ、次第に口いっぱいに広がる焼き菓子の甘みを堪能する。

 

 最後にもう一度ティーカップを傾け、その半分ほどを飲み下してから、フランは思い出したようにつぶやいた。


「捕虜というものはもう少し理不尽な目に遭う物だと思っていました」


 その言葉に、困ったような笑みを見せたクロバは、自分のカップを片手にフランの向かいに腰を下ろしながら頷く。


「ええ、私もそう扱う方が自然だとは思うのですが、コウ様……我らの首領から、あなたのことは丁重に扱うようにと申しつけられておりますので」


 彼のその言葉に、フランは先ほど目にした、小柄な男の姿を思い返す。


 ロックの手を取り、引き起こしたオッドアイの少年、いや青年。


 継ぎ接ぎだらけのコートを着込み、いやに大きな鉈を腰に下げた彼の浮かべる笑みは、ただ楽しげなだけではない、どこか凄みのあるものだった。


「それに私、どうも拷問や尋問の類いが得意ではないようで、この間も、有益な情報を引き出す前に動かなくなってしまったものですから」


 目の前でそううそぶく男の笑みも、記憶の中のそれに比べれば陳腐なもの。

 不気味な笑みを浮かべるクロバに、フランは反応に困り、当たり障りのない言葉で答える。


「そうですか」


 フランの反応が期待外れだったのか、どこか拍子抜けしたような顔で息を吸ったクロバは、しかし吐く息と共に表情をさっぱりと切り替え、余裕ある笑みを浮かべて軽やかに口を開く。


「さて、そういった事情で尋問は出来ませんが、紅茶を飲みながらあなたとお話をすることくらいは私の自由です。尋問ではなく、あくまで私個人として、あなたたち狩猟部隊の事をお聞きしてもよろしいでしょうか」

 

 なんとこの男は狩猟部隊の事を知っているのだという。

 少なくとも表立った記録の残っていない狩猟部隊を知っていると言うことは、この男はかなりの情報通であると言うことだ。


 あるいは、ゼルカトリアの反逆者か。


 多少の驚きを覚えつつ、フランはカップに残った紅茶に再び口を付ける。


 フルーティーな香りと、微かに残る甘み。

 砂糖もミルクも必要無い、完成されたその味に、フランは返す答えを決めた。

 

 無闇に情報を漏らしたくはないが、ばれてしまっているのならしょうが無い。

 

「いいでしょう、おいしい紅茶を頂いたのですからそれくらいは許します。しかし、こちらが不利になる情報はお話ししませんよ」


 フランとしては普通に受け答えしたつもりだったのだが、クロバは表情を一瞬硬直させ、直後、ぎらりと鋭い眼光を浮かべ、威圧するように再び笑みを浮かべた。

 

「……ええ、構いませんよ。そもそもあなたが何を言おうとこちらの作戦に影響することはありませんし、あなたの使っていた魔道具は我が国の優秀な魔道士達が解析していますので」


 しかし、そんなことを言われてもどうしようもない。


「ほう」


 相づち1つ。

 余りにも素っ気ないように見えるフランの返答に、ついにクロバは言葉に詰まった。

  

「……はぁ、なんと言いましょうか……ぴくりとも揺らぎませんね、あなたは」


 数秒の間を置いて、諦めたようにつぶやいたクロバは、そのまますくっと席を立った。

 そのまま出て行くのかと思い、素早く皿の上に残った焼き菓子を取り上げたフランの左手を、すっと視界の端から現れた手が押しとどめる。

 顔を上げたフランに、クロバは観念したように肩をすくめた。 


「いいでしょう、私も無意味に時間を浪費するつもりはありません……しかし、1つだけ、個人的に感じた違和感について聞かせて頂いてもよろしいでしょうか?」


 フランの傍らに立ち、空になったカップに再び紅茶を注ぐクロバ。

 2杯目の紅茶をフランに差し出したクロバは、今度は椅子に座ることなく彼女の傍らに立ち続けた。


 凜々しく、無駄なく、どこか妖しい立ち姿。


 それが彼の本来の姿であると理解したフランは、紅茶に口を付けつつ視線でクロバに先を促す。


 視線の意図を正確にくみ取り、クロバは静かに切り出した。


「あなたはなぜ、あの場所に現れたのでしょうか?」


 フランとクロバはさっきの一件が初対面、質問の意味はたやすく理解できた。


「見え透いた罠に飛び込んだ隊長を助け出す為です」


 フランの返答に、クロバは少し表情を曇らせた。

 

「ええ、それは分かりますが、余りにも無謀ではありませんか?」


「結果として隊長は無惨に殺される事無く、会談の後に生還する事が出来るのですから、私の目論見もくろみは達成されています」


 そう言い返したフランの言葉にも、クロバは再び首をひねる。

 

「ですから、私が言いたいのはつまり……他に手段はなかったのか、という話です」

 

 意見の食い違い、論点のずれ。

 かみ合わない会話に、フランは1度クロバの意見に耳を傾ける。

  

「魔道士であるあなたが、それも1人でこの霧の中を応援に向かうのは、どう考えても非合理的です」

 

「彼をどうしても救い出したかったのなら、何もあなた1人で後を追う必要はありません、部隊の仲間であれ、それ以外の誰かであれ、より確実……いえ、可能性がある手段を取れたのではないですか?」


 確実という言葉を訂正したのは、フランがそのような策に出たとしても制圧できるだけの自信、あるいは予定があったからだろう。

 


「それでは意味がありません。私たち狩猟部隊はいま非常に危うい立場に立たされています。隊長がこの使者を引き受けたのも、自らが犠牲となって部隊に猶予を残すため、大がかりに行動すれば上層部からの目はより厳しくなってしまいます」


 そして、そう答えたとき、フランはクロバの問いの意図を理解し、静かに息を吸い込んだ。


「なるほど、そちらにも複雑な事情があるようですね」


 分かっていたはずだ、ロックの望みを、彼の覚悟を。


「それでは、もう一度問います、あなたはなぜあの場所に現れたのでしょうか」


 なぜ、そう、なぜ。   


「助けるにも、見捨てるにも、あなたのとった行動は中途半端と言わざるを得ない、その曖昧な回答に至った理由を私は知りたいのです」

 

 なぜ、私は彼を追いかけたんだ。

  

「……」


 沈黙を破るのはフランの返答でなければならない。

 クロバの問いに対する返答、自分の意図を示す理屈。

 

 5秒、10秒。


 そんなものは、いくら待っても出てこなかった。 


 代わりにフランの頭を満たすのは、驚きと、動揺。


 考えられないような失敗、余りにも明らかな失策。

 

 考えれば考えるほど、自分のとった行動が、何の根拠も勝算もない無様なものであったと思い知らされる。


 フランはうなだれるように頭を垂れた。


 カップの水面に映る自身の顔は、これまで見たことがないほどに震えていた。

  

「……やはり、間違っていたのでしょうか」


 束の間の休息を経て、フランの口から放たれたその言葉は、しかし、クロバに向けられたものではなかった。 

  

「隊長の意思を尊重するなら、私はあのまま部隊に残り、隊長が残した時間をつかって部隊を導くべきだったのでしょう」


 聞いているように見えて、その実は自身の心に問いかけている、声に出した自問自答。

 

「でも、出来なかった」


 フランの独白を、ただ黙って聞き続けるクロバ。 

  

「あの時、ただ1人馬を歩かせ、遠ざかっていく彼の後ろ姿を見ていると、いても立ってもいられなかったのです」

 

「自分では止められなかった、気付いた時には法器ホウキを持って彼の後を追っていました」


 カップに映る自身の顔。

 自身の目の端に見えた見なれない光に、フランは目を細めた。

 

 瞬間、ぱたたっとこぼれ落ちた雫が、カップの水面に次々と波紋を作り出す。


 驚いて目元を拭ったフランは顔を上げ、クロバを見上げて自虐的につぶやいた。 


「いけませんね、託されたのに。そんな簡単な間違いも分からないなんて」

 

 しばらくの間を置いて、フランは、自分に向けられたクロバの視線が多分に笑みを含んだものに変わっている事に気付いた。


「あながち失策とは言えないかもしれません」


 含み笑いをかみ殺したような、なんとも言えない表情でそうほのめかしたクロバは、もっともらしい口調で説明を始めた。


「実際、あなたにコウ様が興味を示さなければ、彼はあそこで殺されるはずでした。たとえそこに、以前の襲撃と同規模の大部隊が駆けつけたとしても、それを殲滅することはたやすかったでしょう」


 真っ直ぐに見上げるフランの視線を真っ向から見返し、飄々(ひょうひょう)クロバは語る。

  

「それこそ結果論に過ぎませんが、あの場で彼が生き残る可能性があったのは、あなたが1人、彼を追って駆けつけた今回の場合のみ」


 言葉に合わせ、ピンと立てた右手の人差し指をフランの鼻先に突きつけたクロバ。


「要するにあなたは、見渡す限りの無理無茶無謀を乗り越え、たった1つの正解を選び抜いたということです」


 直後、その右手をぎゅっと握り、開きながらクロバはひらひらと両手を振りながら肩をすくめる。

 

「はっきり言って、それはあなたたちがいくら考えたところで分かりようもない、偶然であり奇跡ですが、この場合、1つだけ理由を付けることが出来ます」


 黙って待つフランに、クロバは十分にもったい付けた上で言い放った。

  

「愛ですよ」


 言葉として耳にしたことはあった。

 

「あい?」


 しかし、全く想定外の方向からもたらされたその言葉に、フランは繰り返しつつ首をかしげる。

 その反応を見越したように、わざとらしい表情を作ってクロバは続けた。

 

「純粋に、一途な愛というものは、時として今回のような奇跡をも引き起こします。あなたの今感じている、理屈では言い表せない感覚も愛特有のものです」 


「……理解できません」


 しばし考え込み、その上で首を横に振ったフランに。クロバは小さく苦笑する。

 

「確かめる機会はそう遠くないうちに来ますよ、あなたがここで静かに過ごしていればですが」


 それは、思い出したように付け加えられた牽制の一言であったが。


「なるほど、ではそうさせて頂きます」


 聞き入れた上で頷くフランには、全くもって効果がない。


 慣れと諦め、その双方からなる素早い切り替えでクロバは深く一礼し、くるりと踵を返す。

 歩み去るその後ろ姿に、少しためらった後、フランは小さく声を掛けた。

 

「あの」


 ティーカップを片手に、さらに残った最後の焼き菓子をつまみつつ、フランは振り返ったクロバに次のように述べた。


「次からは紅茶は一杯で十分です、あとお茶菓子はお芋が食べたいです」

 

「あははは、善処します〜」


 あまりにも自由。

 どこまでも自由。


 自覚なきその暴力は、ついにクロバから乾ききった笑い声を引き出した。

  

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