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異世界転生は一度でいい!  作者: 大杉俊
二章 公国と化け物
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第95話 残された者の選択


 冷たい風、白く霞む吐息、人だかりの中から漂う、暖かいスープの香り。

 それら全てをまるで意に介さず、彼女は普段と変わらない足取りで兵士のたむろする焚き火場を抜ける。

  

 ハタツミ王都を前に、広大な平野を挟んで陣を敷くゼルカトリア軍。

 扁平に広がる布陣の一角、明かりのない、小さなテントの前に立ったフランは、そのとばりにするりと手をかけた。


 瞬間、油を差し忘れた歯車のようにギシギシと動きを止めた自身の右手に、フランははてと疑問を覚えた。


 何をためらっているのか、ためらうことがあるのか、私はためらったのか。


 ピタリと動きを止め、考え込むフランを現実に引き戻したのは、とばりの奥から投げかけられた、聞き慣れた男の声だった。 

 

「誰だ」


 ぶっきらぼうなその声に、凍り付くように固まっていたフランの右腕は再び動き出し、なめらかな動作でとばりを払う。


 薄暗いテントの中、小さな椅子に腰掛けていたロックは、入り口から差し込む日の光に顔をしかめ、フランの姿を確認後、興味を失ったように視線を外した。

 

 兵達が朝食をとる時間だ、起きていても不思議ではない。

 しかし、フランが見た限りでは、テントの隅にまとめられた寝具の袋に使われた形跡はない。


ねむられていないのですか」


 フランの声は、薄暗がりの奥に吸い込まれるように消えた。

 訪れた沈黙にフランは言葉を発することが出来なかった。


 人の心に疎いフランでも、クレルの死にロックが心を痛めていることはたやすく理解できた。

 その上で、自身が覚えた喪失感と、ロックが抱いている感情に大きな違いがあることもフランには理解できた。 

 

 視線を外したきり、静かに虚空を見つめるロック。

 

「……ああ」


 その言葉に滲んだ微かな震えに、フランは、これまで覚えた事の無い感情が喉元にまでこみ上がってくるのを自覚した。


 開いては閉じ、息を吸っては、吐く。

 言葉を発するには至らない、無意味な呼吸が繰り返される。

 まるで陸地に打ち上げられてあえぐ魚のようだと、フランは自分の有様にきりりと奥歯をかむ。

 

 そんな、普通ではない彼女の挙動に、ついにロックが何事かと目を向けた時、フランは反射的に、喉につっかえていた言葉を吐き出した。


「少し日に当たられたほうが良いのではないでしょうか」

 

 違う。

 これは違う。

 こんなことは、私が言いたかった言葉でも、言うべき言葉でもない。


 舌が覚えた違和感に表情を曇らせるフラン。

 しかし、ロックはそんな彼女に向かって、気まずそうに口元をゆがめた。

 

「あー、いや……悪い、大丈夫だ。別にそういうのじゃない」


 大丈夫とは何だ、そういうのとはどういうのだ。


 明らかに無理をしているロックの声に、あふれ出しそうになる言葉を飲み込みフランはただ無言でロックの言葉を待つ。


「ただ……俺たちの今の立場は伯爵が死んで相当に悪くなったはずで……奴らが計算高い貴族なら次に片付けたいと思うのは俺たち狩猟部隊だろうから――」


 ロックがそれを言い終えるより前に、フランは後方から聞こえた何者かの足音に振り返った。


「ロック・フリント殿、至急司令部へ、アルフレート侯爵がお呼びです」

 

 軽装鎧に身を包んだ伝令兵の呼びかけに、ロックはふんと鼻を鳴らして笑みを浮かべた。

 

「……な、まあそういうこった」


 ――


 クレルの指揮した精鋭部隊の敗北は、ゼルカトリア軍に想像以上の影響を与えていた。


 不慮の事故でクレルが死に、正気を失った一握りの生き残りだけが真実を知る証人となった後、まことしやかにささやかれた謎に満ちた化け物の噂に、兵士たちの士気はみるみるうちに低下していった。


 異国の土地、地雷の重圧、恐ろしい噂。


 軍隊が崩壊する要素をまんべんなく取りそろえた状態で、今なお兵士達が霧に包まれた大都市に血走った眼を向けていられるのは、ひとえに十分な食事が取れているからに過ぎない。


 そんな中、もたらされた本国大混乱の知らせは、司令部に大きな衝撃を与えた。


 補給が尽きれば軍が終わる。

 突如としてあからさまになった時間制限に、司令部は2日後に総攻撃を計画する。


 ハタツミが動いたのは、ゼルカトリア軍総攻撃を目前に控えた、前日の朝であった。


 精神攻撃や、疫病、感染症を狙う戦術として、投石機を用い糞便や死体を敵地に放り込む事が無いわけではない。


 しかしハタツミが行ったそれは完全に常軌を逸していた。


 前線に投げ込まれた死体の塊。


 切り刻まれ、叩き潰されたそれらは腐敗し、異臭を放っていた。

 いくつか混ぜ込まれた、兜の付いた生首だけが、かろうじてそれらがゼルカトリアの兵士であることを示しているような狂気の産物に、士気の落ちた兵士たちは皆一様に震え上がった。

 

 その上、まことにたちの悪い手土産まで用意されていたのだ。

 

 大地に打ち付けられ、べしゃりと広がった腐肉の山の中に、チカリと瞬く金の輝き。

 金細工を血に染めた、丸筒の入れ物の中に仕込まれた1枚の書状には次のように記されていた。


 〜歓迎しよう、1人の使者を〜


 ――


 ゼルカトリア軍司令部大テント。

 

「我々はこの書状を、ハタツミ側に交渉の意思があるものとして認識した」


 そう述べたヘレフォードのしかめ面は、異臭を放つ紙切れに対するもの。


 対して、血と汚物と死臭、戦場の臭いになれきったロックの浮かべるあきれ顔は、あからさまなそれを前に、真面目くさった顔をして会議を行う貴族らに向けられたものだった。

  

 どう考えても罠だ。


 時間も場所も指定せず、曖昧な表現で1人で来いとだけ綴られた文面。

 決戦を前に結束を固める兵士たちに、交渉の余地をちらつかせることで揺さぶりをかける狙いであろう。 

 はねつければ穏健派の間で波風が立ち、出向いたところで無残に殺され城壁に死体が吊されるだけ。


 そしてそれは、例えどれ程戦争に疎い貴族らであっても、少し頭をひねれば察することが出来る程度のあからさまなものだ。

 

「今更になってこのような文書を、それもあんな形で送ってきたことに不満はあるが、この不毛な戦争を終わらせる事が出来るなら我々も手段は選ばない」


 にもかかわらず、再び口を開いたヘレフォードの口ぶりには言葉の内容ほどの不満は感じられない。 


「それが優秀な人材を失うリスクを孕むものだとしても、結果としてこちらの損害を最小限に抑える事が出来る可能性があるならばならば、我々は最も優秀な交渉者を使者に送ろうという考えに至った」


 台本でもあるかのようにつらつらと言葉を引き継いだダウブルフ。

 彼らの前置きを踏まえて、アルフレートは仰々しく口を開いた。

 

「その使者に君を任命しようと思う」


 そう締めくくったアルフレートの言葉に、ロックは心の奥底でため息を漏らした。

 

 それらを全て理解した上で、この貴族らはこれを目の上のこぶを切り落とすために使おうというのだ。


 クレル亡き今、狩猟部隊が司令部の直轄にあるうちに、その隊長であるロックを大義名分の元に排除する。


 拮抗した戦場を認識できず、ただ自分たちの利益のためだけに軍を動かす。

  

 辟易する愚かしさ。


 つばを吐き捨てる代わりに、ロックは喉元に引っかかっていた言葉を口に出した。

  

「あー……撤退なんかは考えませんか?」


 本国が大混乱に陥った原因は、偽札の横行それ自体より、それを抑える治安維持部隊の不足による面が大きい

 ここでハタツミ攻略を強行するよりも、一端兵を引き国家の安定にまわる方が効果的なはずだ。


 しかし、本国大混乱の知らせを耳にしたその時から頭の片隅にあったそれを、ロックがこれまで口にしなかったように、この案が通らない事をロックは察していた。

  

「撤退だと? ふざけるな! 我々がこの戦争にどれだけつぎ込んだと思ってるんだ!」


 声を荒らげてまなじりを吊り上げるヘレフォード伯爵の想像通りの返答に、ロックは肩をすくめる。


 打算的とすら言えない、賭博で負ける人間の思考。


 さすがにその言い方に違和感を感じたのか、ヘレフォードを制したアルフレートは、諭すような口ぶりで次のように述べた。


「ここで引けば何もかも水の泡だぞ、ともすればクレル……君の主人の死すらも無に帰するのだ」


 アルフレートの、他人の弱みを突くたちの悪い話術。


 彼のその言葉が呼び覚ましたのか。


 その時、ロックは脳裏をよぎった古い記憶に意識を傾けていた。


『主導権を握られた戦場、それはしつらえられた処刑台だ』


 いつかの情景、戦場のただ中でなお笑みを浮かべるクレルは、夕闇の彼方に見える敵陣からこちらへと伸びる隊列の明かりを馬鹿にしたように見下ろしていた。

 

『防衛側ならいざ知らず、攻撃側が主導権を奪われたなら、その戦場はすっぱりと諦めて退いてしまったほうがいい』


 きつい酒の瓶を片手に、全く酔った素振りも見せず、クレルは自身の私兵らに向かってそう語っていた。


『たとえ、そこにどれ程の命をつぎ込んだとしても』


 逐次に兵力を投入する敵軍を前に、ただ単調な迎撃作業が続く夜。

 その時、まだ新兵に過ぎなかったロックは、クレルの言葉を単なる戦略の1つとして理解していたが、数多の戦場を乗り越えこの場に立つ今のロックにはその真意が理解できた。

 

『これから浪費する命に比べれば、安いに決まっているのだからな』


 それは、クレルの死生観だった。


 死と生、0と1。


実力も過去も関係なく、死者と生者の間に彼は明確な線を引いた。


 死者を冷酷なほどに切り捨て、生者のために生者を指揮する。


 だから彼は強かった、失った仲間を笑えるから、死体だと蹴飛ばせるから、


 引きずられず、切り捨てることが出来るから、


 立ち止まらず、進み続けることが出来るから。


  

 人として、それは間違っているのだろう。しかし、それでも、自分の利益しか考えない貴族どもに比べればいくらかましだ。


 思考の水底から浮かび上がり、顔を上げたロックは、自身を囲む貴族らの顔を一瞥する。


 ここにいる連中は、敗北などみじんも考えていないのだろう。


 それどころか、どこか勝ち誇ったようにも見えるその視線に、ロックは知らず知らずのうちに拳を握りしめていた。

  

 勝ったとでも思っているのか、クレルに勝ったとでも。


 こんな連中のためにクレルは死んだのか、こんな連中に絶望してクレルは死んだのか。

 

 馬鹿らしい、ああ、馬鹿らしい。


 激発された怒りは、しかし言葉として形になる前に拳に込めた力と共に解かれた。


 違う、死んだのはクレルだ。


 誰のためでもなく、誰のせいでもなく、勝てると踏んで乗り込んだクレル自身の考えが甘かっただけのことだ。


 こんな連中に、クレルが殺せる訳はない。

 こんな連中のために、クレルが死ぬことはない。


 ロックは我知らずのうちに、口元に薄い笑みを浮かべていた。


 ロックが使者の命を断った所で、彼らが狩猟部隊を見逃すことはない。ならば、ロックの死が隠れ蓑にして、優秀な部下達が生き残る時間稼ぎをするというのも手であろう。


(どのみち他の手なんて思いつかなかったんだ。なら、クレルを殺した化け物とやらの顔をもう一度見てやろうじゃないか。

 

「結構、了解、分かりました。では私がその任を遂行しましょう」

 

 ――


 与えられたのは1枚の書状と1頭の馬のみ。ハタツミへと向かう街道にロックが立ったとき、陣地にはいつもと変わらぬ殺伐とした風景が広がっていた。


 見送りなど期待するべくもない。


 ただでさえドルフは嫌われている上に、悪名まで付いたロックに向けられるのは好奇と嫌悪の混じった視線か、恐れ怯える、化け物を見るような視線だけ。

 

 近づくものなど数えるほどしかいない。


「隊長」


 その数えるほどの者の内の1人、静かで、落ち着いた彼女の声に、ロックは朝の出来事を思い出す。


 今朝のフランは明らかに挙動不審だった。

 壊れた人形のようにカクカクと口を開け閉めする姿は、普段と変わらない無表情と相まってこの上なく不気味だったが、その直後放たれた、彼女らしからぬ遠回しな言葉は、ロックに自分がどれだけ心配されているのかを思い知らせるものだった。


 確かに思い詰めすぎていたのかもしれない、どのみち考えても仕方の無いことのために最後の睡眠時間を割いてしまったのは今から考えるともったいなかったかもしれない。


 ロックが振り返った時、そこには普段と変わらぬ、圧倒的無表情で両の目に無気力な光をたたえたフランの姿があった。

 

ロックが声をかけるよりも早く、つかつかと歩み寄ったフランは小脇に抱えた布巻ぬのまきをロックに差し出す。

 

「これを」


 簡素かつ抑揚に欠ける声。

 どこか落ち着くその声に、ロックは小さく笑みを浮かべる。


(見送りがいるってのも、案外悪くないな)


 そんなことを考えつつ、手早く布巻を解いたロックは、現れたそれに小さくため息を漏らした。


 法器ホウキ、ロック専用に調整された、まっさらな法器ホウキ


 これから向かうハタツミ王都が魔法を無力化する霧に包まれている以上、こんな物を持っていたとしても何の意味も無い。


 とはいえ、それはロックにとって剣士の剣、無ければ落ち着かない事も確かであり、つまらない軽口を言うこともなく、ロックは素直にそれを受け取ろうとした。

 

 それを見つけたとき、ロックは目を見開いた。

 

 法器ホウキのストックに取り付けられた、所有者を示す小さなネームプレート。

 まっさらなはずの法器ホウキのそこに刻まれた幾つもの傷を、ロックは誰に言われるでもなく理解した。

 

 狩猟部隊の面々、その全員が刻みつけたあかし


(手向けの花束じゃあるまいし……馬鹿な事しやがって)


 こみ上げてきた熱を飲み込み、ロックは受け取った法器ホウキを担ぎ、ひょいと馬の背にまたがった。


「後のことは頼んだぞ」


 顔すら向けず、そうつぶやいたロックに、するすると滑るような足取りで彼の前に回り込んだフランはゆっくりとかぶりを振った。


「その命令には承服しかねます」


 馬上から見下ろすロックの目をしっかりと見つめ返し、フランは当たり前のように告げる。

 

「私には隊長は無理です、あなたがちゃんと帰ってくれば良いのです」


 そこに生まれた一瞬の間は、ロックが笑みを浮かべるのに要した時間であった。


「馬鹿が……分かってる、そんなこと」


 ロックのその言葉に、ピクリと目の端を震わせたフランは直後、こてんと首を倒して口を開いた。

 

「今、馬鹿と言いましたか?」


 真顔でそう聞き返すフランに、ロックは1人、ケタケタと笑った。


 周りの視線など気にならなかった。


 ロックはただ、自身の心の奥底で、乾ききった器が満たされていくような、不思議な幸福感に身を任せていた。


――


 ロックの予想に反して、ハタツミの街並みは静かだった。


 奇襲を警戒し、霧に包まれた大通りの両端に気を張り巡らせていたロックの努力は、結果として徒労に終わった。


 それは不意に現れた。


 凍り付くような静寂を貫く、鈍い金属の音。


 近い音源に、反射的に足を止めたロックは、深い霧の向こうから歩み出たその姿を捉えた。


 ひょろりと高い背、白いシャツと黒いズボンに、ひときわ目を引く銀のバックルの首輪。

 どこか男性的なその服装に反し、白い肌に映える薄紅色の唇と切れ長の目は、雪のように白い髪の毛と相まって雪の妖精を思わせる神秘的な美しさすら感じられる。


 そして、積み上げた美の全てを台無しにするのは彼女が右手に引きずる鉄の塊としか言いようのない巨大な大剣と、彼女自身の発するおぞましい気配であった。


 その時、ロックは彼女こそが夜戦にてクレルとフランが交戦した不死身の化け物であると確信した。


 直後、ロックの姿を認めた女は、目を輝かせて笑みを浮かべる。

 

 するりとなめらかに唇を這う赤い舌は、獲物を見つけた捕食者のそれを思わせる物だった。


 瞬間、飛び退きながらナイフの柄に手をかけたロックは、猛烈な速度で迫る彼女の姿に目を見開く。


 濃霧のなかでの視界はせいぜい15メートル。


 しかし、それでもロックが飛び下がり、地に足をつけるまでの間に間合いのほとんどを詰める踏み込みはとても人間業には思えなかった。


 着地して早々、体勢を整えるまもなく迫る巨大な鉄塊に、ロックはかろうじてナイフを合わせ、相手の斬撃に潜り込むようにして回避を試みた。


 その衝撃は、剣戟がもたらす領域のものではなかった。


 受け流すぎりぎりの角度で合わせたはずの刃は、その重量と速度に小枝のようにへし折れ、振り抜かれた大剣は強烈な風圧を伴って潜り込もうとしたロックの身体を引き起こす。


 残されたナイフの柄のほんの一点。

 そこを起点に力を伝えた彼女の大剣は、まるで空間ごと投げ飛ばすようにロックの身体を吹き飛ばした。


 肩が外れてもおかしくない衝撃と共に打ち上げられ、上下不覚に陥るほどに回転しながらロックは石畳へと打ち付けられた。


 取れた受け身は最低限。激しく打ち付けた背中から目もくらむような痛みが全身に駆け巡り、視界が激しく明滅する。


 その状況で、ロックが追撃の叩き付けをかわすことが出来たのは、彼の手に冷たく、暖かいそれがあったから。


 地を滑るように転がり、飛び散る石畳の破片を弾いて跳ね起きたロックは、右手で引き絞るように構えた法器ホウキに、左足に留められたケースから素早く抜き出した2本目のナイフを取り付ける。


 銃口の下に付けられた長い刃は銃口と共に真っ直ぐに相手を捉える。


 バヨネット、人間相手なら有用なその武器も、目の前の化け物にはせいぜいキズ1つつけられれば良い方かもしれない。


「来いよ、その目玉、抉り抜いてやるからよう」


 その言葉に笑みを深めた女は、再びロックに向かって襲いかかる。


 打ち合えばへし折られて終わり。

 それを理解した上で、ロックは真っ直ぐに突撃した。


 瞬く間に詰まる間合い。

 大気を切り裂いて迫る大剣。


 それらを前に、ロックはただ真っ直ぐにバヨネットを突き込む。

 

 差し違えても、一撃を。

 交錯の刹那、ロックはただ、闘争の熱に笑みを浮かべた。



「待て、ステイ、ストーップ!」

   

 高らかに響いたその声と同時に、いくつかのことが起きた。


 1つは、ロックに迫っていた大剣に直撃した火球がその進路をそらしたこと。

 

 もう一つはそれによって体勢を崩した女の頬をロックのバヨネットが掠めたこと。


 最後に、すっころぶ女に巻き込まれて押し倒される最中、後方に何者かの人影が見えたこと。


 轟音をたてて石畳を穿った鉄塊の如き大剣に、一瞬遅れて背中から落ちたロックは女の身体が突っ込んで来る前に滑るように転がり、地面を蹴りつけるようにして起き上がる。


 地面に突き立った大剣の腹に腹から突っ込んでひしゃげた声を上げる女を横目に、素早く振り返ったロックの目が捉えたのは、彼らより十数メートル後ろで虚空に向かって剣を構える執事服をまとった青年の姿。


 状況が飲み込めず、混乱するロックの目の前で、執事の持つ剣がおぼろげに揺らいだ。


「なっ……!」

 

 ロックが息を詰めたのも無理はない、揺らぎの中から現れた人影はロックがよく知る人物だったのだ。


 黒い髪、表情のない顔と、けだるげな瞳。

 

「フラン! 何してんだ!」

 

 悲鳴じみたロックの叫びに、法器ホウキを構えた姿勢で硬直するフランは小さく奥歯をかんだ。


「すみません、隊長……」


 かける言葉もなく、フランの首筋に光る刃にロックは、手にしていた法器ホウキを投げ捨てる。

 一瞬フランの表情が揺れたように見えたが、ロックが目をこらすよりも速く、彼女に剣を突きつける執事が、ロックの背後に向かって声をかけた。

 

「ただいま戻りました」


 振り返ったロックはこちらに歩いてくる見覚えのある小柄な男の姿を認めた。

 

「おう、あれ? お前この間の」

  

 緑をベースにしたまだら模様のコート、腰に下げた大型の鉈。

 そのほとんどが見覚えのあるその男はロックに向かって握手でも求めるかのように手を差し伸べた。

 

「久しぶり〜、元気してたか?」

 

 ただ、ヘラヘラと笑うその男の、右目に輝くヘーゼルの光が、黒い左目と相まってロックにはひどく不気味に見えた。  

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