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異世界転生は一度でいい!  作者: 大杉俊
二章 公国と化け物
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第94話 魔法が解けて

「お帰りなさい、早かったわね、尋問はうまくいったの?」


 アルトの問いに、静かに部屋の扉を閉めたクロバは気まずい笑みを浮かべた。

 

「はは……慣れないことはするもではないですね、適当に痛めつけるつもりだったのですが、思いのほかあっさりと事切れてしまいまして」


 クロバのこの上なく物騒な釈明に、アルトはさして落胆した様子もなく頷く。


「そう、何も聞き出せなかったのね。まあいいわ、せっかくですし一緒に考えましょう」


 アルトが口元に浮かべた笑みは、クロバへの信頼の証。

 彼が手詰まりになるようなへまをやらかした事は一度も無く、そしてそれは今回も変わらない。

 言葉に詰まる様子もなく、クロバは手始めに襲撃者についての見聞を述べた。


「はい、それではまず本日の襲撃者についてですが、彼らは皆、ダークエルフの騎士でした」


 アルトがぱっと目を開いたのは、クロバが口にした言葉が意外な珍しいものだったからだ。


「まぁ、黒い耳長族ね」


 ダークエルフ、ゼルカトリア公国の中、ひいては人間族が中核をなすアースガルドのあらゆる国家で迫害され、日陰の歴史を歩んできた亜人族の中でもドルフの次に数が少ない種族。


「ええ、そしてこの国の中で、ダークエルフのみによって構成された騎士隊、もとい部隊は1つしかありません。かの有名なクレル・ドランパルド伯爵が率いる黒薔薇部隊だけです」


 続けたクロバの言葉に、アルトは考え込むようにこてっと首をかしげた。

 

「クレル・ドランパルド……ああ、そういえば評議会の方々が騒いでいたわね、そんなに有名なのかしら?」


 アルトの可憐な仕草に最低限の節度を保った笑みを浮かべつつ、クロバは自身の発言に訂正を加える。


「あぁ、いえ、誰もが知るというものではありませんが……知る人ぞ知る、という類いのもので……」

 

 クロバが一瞬悩む素振りを見せたのは、彼自身の見聞もまた断言できるほどに確かなものではなかったから。

 

「戦争、特に中小規模の戦闘で彼の右に出る指揮官はいないと聞きます。西部の混沌で好き勝手していたのも彼ですし、先日の戦闘でコウ様を半死半生にしたのも彼です」


 最後の一文のみ、自信たっぷりに言い切ったクロバに、アルトは目を丸くしてつぶやいた。

 

「コウ様、彼が手ひどくやられるなんて、相当な実力者なのね、そのドランパルド伯爵は」


 アルトのコウ様呼びに心の奥で異議を唱えつつ、クロバは滞りなく会話を続ける。

  

「両手、片手を自在に行き来する大剣術はかなりのものだったようですよ、噂では秘密兵器も隠し持っていたとか」


 アルトの耳元に顔を寄せ、含みを持たせてささやきかけた『秘密兵器』。

  

「大剣を片手で? 残念ね、1度見てみたかったわ」


 しかし、意外にもアルトが食いついたのはクロバが意図した一文前の言葉だった。


 そして、主が不満をこぼすたび、その要求を達成しようと思考を巡らせるのは執事のさが


 何の気なしに記憶をたどったクロバの脳裏に浮かぶのは、嬉々として敵兵を叩き潰す、ひょろりと高身長な女剣士のシルエット。


「あー……あはは、でしたらもっとすさまじい方がハタツミにおられますので、次の機会にお連れしましょう」


 耳の奥に響くセナの狂気的な哄笑を思考の外に追い出しつつ、クロバは仕切り直すように口を開いた。


「おっと、少々話がそれてしまいましたね、本題に戻りましょうか」

 

「まって」


 瞬間、ぴしゃりと放たれたアルトの言葉に、クロバは多少の緊張感を覚えつつ、続く言葉を待つ。

 

「長くなるなら紅茶を入れてよ」


 いたずらっ子のような微笑みを伴ってかけられたアルトの言葉に、クロバはほうと胸をなで下ろした。


 ――


 手抜かり無く迅速に用意された3杯目の紅茶。

 そろそろ1日のカフェイン摂取量の目安を気にし始める頃合いではあるが、満面の笑みでカップに口をつけるアルトの横顔を見れば、クロバに苦言を呈する精神力など残されるはずもない。


 「うん! グッジョブよ、さすがクローバーね」


 コウと引き合わせてからというもの、時たまアルトの言動に現れる軽薄さは、クロバに新鮮味とも不安感ともつかない不思議な感覚を抱かせる。

 

 数秒の沈黙。


 呆けていたクロバは、アルトが醸し出す『話の続きを催促する空気』に遅ればせながら気づき、白々しく切り出した。

  

「さてと、重要なのはここから、彼らが評議会の意思でここに来たということです」


 黒薔薇部隊の隊長、テルテスの言葉を根拠にクロバは持論を展開する。


「彼らの実力は確かなものでした、現にバラ園を抜けこの館まで到達できたのですからそれは保証できます。しかし、その実力に反して彼らの部隊は大きな損害を出していた、それはつまり事前の用意におこたりがあったということです」


 興味津々に耳を傾けるアルトに、クロバは努めて丁寧に語る。

 

「事前の作戦立てや偵察は戦闘の基本です、それをおこたった、というより省いた時点で、彼らには勝利より優先するべき事項があったと予想できます」


「勝つためだけの部隊ではないという事ね」


 アルトの言葉に軽く頷き、クロバは核心に迫る問題を出した。


「それではなぜ、敗北を考慮した攻撃部隊にわざわざ評議会の名を名乗らせたのでしょうか。彼らは頭を失った烏合の衆、非正規部隊、つまりはテロリストとして扱っても何ら違和感はありません」


 考え込むアルトに、クロバは頃合いを見計らってヒントを示した。 

 

「にもかかわらず名乗らせた、つまり正規部隊として運用したということは、その名前に意味があると考えられます」


「パフォーマンスね」


 はっと顔を上げ、分かったと手を打ったアルトの言葉に、クロバは深々と頷いた。

 

「さようでございます」

 

「名誉の戦死、あるいは誉れある凱旋、どちらにせよ、この混乱の元凶である我々に評議会が手を打ったという事実は、扱い方次第で容易に国民をひとまとめにするだけの力がありますから」


 クロバの補足説明に、椅子に深く座り直したアルトは納得した様子でつぶやいた。

 

「なるほど、無理をしてまで乗り込んできたのは私達に感づかれる前にその構図を形にするためという訳ね」

 

「はい、今頃国内は大騒ぎでしょう」

 

 嘲るような含み笑いの込められたクロバの言葉に、アルトはニタッと笑みを返す。


 全てが予定調和にも思える完璧な時間。


 比喩として、魔法にかけられたようなその時間は、ありふれた童話と同様に終わりを迎える。

 違うのはその次、魔法が解けたその先が平穏ではなく狂気というところであろう。

 

 楽しい時間は終わり、素晴らしい時間が始まる。


「でも、そうね……民衆が活気づくのは、少し面倒ね……」


 ため息交じりにそうつぶやいたアルトの声には、それまでの幼さはなかった。

 明らかに変化したその空気に、クロバもまた冷たい微笑を浮かべて応える。


「幸いにも、襲撃者の中に生存者はいません、広告としての効果は最低限にとどまっておりますので、情報操作を行えば事態は沈静化するかと思われます」


 クロバの提案は、選択肢としては最も順当なもの。


「いいえ」


 しかし、それを制したアルトは、静かに笑みを浮かべ、クロバに顔を向ける。

 

「せっかくの機会ですし、へし折ってあげましょう、彼らの心の拠り所を」


 まるで切り出された宝石をロウソクの火にすかしたかのように、深紅の光を複雑に乱反射させる彼女の瞳は、冷徹に思考を制御しているはずのクロバにすら衝動的な高ぶりを覚えさせる。

 

「では、この計画の首謀者はいかがいたしましょうか?」


 一瞬の間を置いて放たれたクロバの問いに、アルトは完全に興味を失った様子で視線を外した。

  

「放っておきなさい、わざわざあぶり出してまで殺す必要も無いわ」


「どうせ結末は変わりませんもの」

 

―― 


 その夜、人々が寝静まったゼルカトリアの町並みに『音』が響いた。


 麻袋が砂地を滑るような音。

 木々の葉のざわめきに似た音。

 何かが砕ける小さな音。


 子供達は昔話の怪物を思い出し深くベッドに潜り込んだ。

 大人達は窓に張り付き、姿の見えない音の正体を懸命に探った。


 だれも、外に出ようとは思わなかった。


 次の日の朝、通りに出た人々は、一様に唖然と空を見上げた。


 都市の真ん中にそびえ立つ城塞にも似た大屋敷。

 ゲオルギウス公爵の館は、隙間無く巻き付いた蔓バラによって赤く彩られていた。



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