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異世界転生は一度でいい!  作者: 大杉俊
二章 公国と化け物
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第93話 最後の化け物


 ふちの金細工が美しいティーカップに、同様の細工が施された磁器のティーポット。

 

 使い慣れたそれらの道具を用い、何千回、何万回と繰り返したその動作を、一切の怠惰なくこなしたクロバは、その出来栄えに笑みを浮かべつつカップをアルトの前に差し出した。

 

 卓上に置かれたそれに視線を落としたアルトはゆっくりとカップを取り上げ、淹れ立ての紅茶の香りをひとしきり楽しんだ後、ひとくち口に含むと、満足したように顔をほころばせた。


「やっぱりあなたの淹れた紅茶は格別ね」


 穏やかで優雅な、至福のひととき。


 見解の相違なく、2人にとって全くそうであると断言できるほどの満ち足りた時間に、クロバは静かに腰を折った。

 

「感謝の極み……いえ、少し仰々し過ぎますね。ありがとうございます、くらいがちょうど良いでしょうか」


 身を起こしながら放たれたクロバの軽薄な物言いにクスリと笑みを浮かべたアルトは、その顔を盗み見るように視線を向けながら面白そうにつぶやいた。


「あなた、ずいぶんとおしゃべりになったわね」


 そう言われて初めて、クロバは自身がコウやセナに対する調子のままで主に対して口を開いていたことに気づいた。

 

「……申し訳ありません、なにぶん、あちらではコウ様のひねくれた会話に延々と付き合わされていたものですから」


 言い訳の色が強いクロバのその言葉に、笑みを浮かべたまま再び紅茶に口をつけたアルトは、その一口を飲み込むと同時に、ため息交じりの声音で口を開いた。


「そのままで良いわ、新鮮で楽しいじゃない」

 

 間を開けずもう一口、今度は時間をかけて味わうようにゆっくりと飲み下し、鼻腔を抜ける香りと余韻に静かに目を閉ざす。

 

 アルトが再び口を開いたのは、窓の外に見える草花のざわめきに気がついた時だった。

 

「あら? お客様かしら」

 

「そのようですね、それも大人数の」


 アルトのつぶやきに、窓を見るでもなく頷いたクロバは、続けて尋ねた。


「迎えに出向いた方がよろしいでしょうか?」


 その意訳的な問いに、アルトはしかし、首を横に振った。

 

「放っておきなさい。それよりも、せっかくのお茶の時間を楽しみましょう」


 その言葉と共に、アルトはいつの間にか飲み干したカップをクロバの鼻先に突き出し、肘掛けに肘をついて微笑みかける。


 久しぶりに目にした、主人の砕けた態度に、クロバは隠しきれない笑みを浮かべつつ応えた。

 

「それでは、もう一杯」

 

――


 見渡す限りに広がるバラの花畑。

 その一角で、うごめく無数のつるバラを前に防御陣形をとる中装歩兵の集団。

 

 ダークエルフの騎士達、その中心で指揮を執る男の名は、テルテス・ハイデリヒ。


 黒薔薇くろばら部隊の隊長を務め、剣技、魔術の両方でロックと互角の実力を持つ彼は、自身の目の前に広がる光景を信じられずにいた。


 エーデルヴァイン家の屋敷を目指し、広大なバラ園に踏み込んだ黒薔薇部隊は、程なくして何らかの魔術により唐突に動き出したバラ達と交戦状態に突入した。


 ゲオルギウス公爵の邸宅での一件から、その事態は彼らも想定していた。


 しかし、その上でなお、相対した蔓バラの魔法はテルテスの予想を上回るものだった

  

のたうち、跳ね上がり、襲い来るバラの蔓は、その1本1本が一流の剣士に匹敵する速度と技を持っていたのだ。


 剣をかわし、盾をくぐり抜け、隊列を組む黒薔薇部隊を前に、虎視眈々と好機をうかがうように間合いをとる蔓の群れ。


 単なる条件反射でなく、明確な意思を持って統率された行動を見せるそれらは、単なる術式によって制御された魔法の域を大きく逸脱していた。


 絶え間なく押し寄せる、その1本1本が手強い蔓の群れに対し、黒薔薇部隊は密な隊列を組むことで応戦しつつも、全く前進出来ずにいた。

 そして、その停滞は隊員の心から余裕を奪い、消耗は少しずつ集中力を低下させる。


「おい! 左だ!」

 

 テルテスの叫びも空しく、防御陣形の隙間をぬって隊列の中に滑り込んだ1本の蔓は、一瞬気を抜いていた後列の騎士の足に巻き付き、その太さからは考えられない程の力で騎士の身体を引き倒した。

 ろくな抵抗も出来ずに引き倒された騎士は、すさまじい勢いで地表を滑り、前列の騎士たちをなぎ倒しながらうごめく蔓の群れに飲み込まれていく。


 絡み合った蔓バラの奥から断続的に聞こえる悲鳴と、隊列の穴に群がる無数の蔓。

 

「列を崩すな! 少しの隙間でもこいつらは隊列の奥まで滑り込むぞ!」


 テルテスの怒号に、我に返った騎士達が崩れた陣形を立て直すまでの間、部隊が受けた被害は死者2名、負傷者4名。

 わずか数秒というその時間に比べてあまりにも大きかった。


 想像を超える脅威、甘すぎた対策。


 テルテスは、脳裏をよぎった退却の2文字を噛みしめたまま戦局を見つめる。

 

 焦燥感を募らせるテルテスの耳に隊員の悲痛な叫び声が響いた。


「隊長! 次の指示を! このままでは屋敷にたどり着く前に全滅します!」

 

 その声に、テルテスははっと顔を上げた。


 明確な対策などない、攻撃が途切れる様子もない。

  

 しかし、絶望的な状況でなお、戦意を失っているものは1人もいない。


 彼らにそうさせるのは、テルテスの人徳ゆえではない。

 憎しみに武器を取った時点で彼らはそれを理解していた。

 

 逃げたところで帰る場所など無いのだ。


 テルテスは覚悟を決めた。


 それは200人の仲間を失う覚悟であり、独りよがりな八つ当たりを人生最後の目的とする覚悟。


 遙か遠くに見える屋敷の影をにらんだテルテスは、視線を眼前の脅威へと向け、隊に向かい、大音量で叫んだ。


「全員、密集陣形を取れ! 火炎魔法準備! 突破口を切り開くぞ!」


 その声量と気迫は、感情など無いはずの蔓の群れすら一瞬たじろがせたように見えた。


「「了解!」」


 快活な返答と迅速な行動。

 テルテスの命令に、部隊は素早く陣形を組み替えた。


 それまでにまして密集し、並べた盾の隙間から剣と持ち替えた杖を突き出す。


 その先端から放たれた火炎の噴流は、瞬きするまもなく群がる蔓を焼き払った。

 

 魔力の温存などかなぐり捨てた、片道を歩みぬくためだけの戦法。

  

 その作戦の意味を隊員達は即座に理解した。


 再び進み出した黒薔薇部隊の足取りは力強く、そして鬼気迫るものだった。

 

――


 テルテスの予想は的中していた。


 蔓の群れは、黒薔薇部隊の強行突撃に対し、明確な意思を持って攻撃方法を変えた。

 それまでの近接攻撃主体の集団戦法から、遠距離から一息に火炎を突破する一撃戦術へ。


 火炎を突き抜けて隊列へと突き立つ突撃は、もはや至近距離から火のついた投げやりを叩き付けられているのに等しい。

  

 盾を弾き飛ばしかねないその攻撃に対し、黒薔薇部隊は多大な犠牲を払いつつ前進する以外の選択肢を持たなかった。


 魔力が尽きた後は地獄だった。


 数名の隊員が強引にバラの中に飛び込み、切り刻まれながらも部隊が前進するための隙間を作る。

 

 確実に死ぬと分かってなお、隊員達は進んでその身をバラの中に投げ出したのだ。

 

 屋敷の扉の前にたどり着いたとき、満足に戦える隊員はわずか30名に満たない有様だった。


 扉の前へたどり着いた瞬間、それまでの猛攻が嘘であったかのようにピクリとも動かなくなった蔓バラは、柔らかい風を受けてざわざわとそよぐ。


 まるで戦いなどはじめから無かったように、隊員達の死がまるっきり無駄であったかのように平然と振る舞うバラの花畑に、テルテスは胸を埋め尽くす怒りを打ち払うように、強く扉を蹴り開けた。


 屋敷の中に光はなかった。

 締め切られたカーテンは日の光すら通さず、テルテスが蹴り開けた扉から届く光だけが、目の前の空間がある程度の広さを持つことを示していた。

 一見して人気ひとけはなく、先のバラ園がなければ廃墟にすら見間違う静けさ。

 その様子を、テルテスは鼻で笑った。


(馬鹿らしい、気づいてるんだろ)


 躊躇無く踏み込んだテルテスに遅れて、隊員達は次々と扉をくぐった。


 テルテスが空間の中程にさしかかったとき、不意に前方に光が灯った。

 はじかれたように身構える隊員達を制し、光へと近づくテルテス。


 その光は燭台にともされた火の光であった。


 そしてそれをテルテスが理解した時、さらに奥に同じ光が灯った。

 新たに生まれた光は連鎖するように四方八方へと広がっていった。


 燭台、壁掛けランタン、そしてシャンデリア。


 瞬く間に広間は十分な明かりに照らされた。


「いやはや、まさかあのバラ園を越えられるとは思いませんでした。それも、これ程の人数が」


 テルテスは上方からかけられた声に振り返った。


 広間の奥半分を占める大きな階段。  


 その上段から彼らを見下ろす燕尾服を身にまとった青年は、慇懃な笑みを浮かべて一礼した。

 

「初めまして。私は、ヴァン・リッツ・クローバー。エーデルヴァイン家に使える、しがない1人の執事でございます」

 

 顔を上げたクロバは、テルテスに向かって困ったような顔で問いかけた。


「お客様の相手をしたいのはやまやまなのですが、今お嬢様はお茶の時間にございます。今日の所はお引き取りいただけませんか?」


 ふざけた物言いだ、テルテスが怒りをあらわにするのも当然と言えるだろう。

 多大な犠牲を払ってやってきた相手に『邪魔だから帰れ』などと言って怒らないはずがない。

 その怒りを飲み込んで、テルテスは抜き放った直剣の切っ先を階段上のクロバへと向け、努めて冷静に宣告した。

 

「エーデルヴァイン家とその従属者よ、お前達は評議会の意思に反し、公国に大きな混乱をもたらした。そして公国のため、戦場で命を捧げた戦士達の魂を冒涜するものだ」


 怒りを呑み、ぎりぎりの平静の上で放たれたテルテスの宣告を、クロバは鼻で笑った。


「ええ、それはもちろん存じておりますとも。しかし、ここはエーデルヴァイン家の屋敷でありますし、あなた方が私にとって不躾な侵入者であるという事実は変わりません、どうか今日の所はお引き取りを……」


「弁明する気は無いんだな」


 そうつぶやいたテルテスの声は怒りに震えていた。


「はぁ……引き下がる気はありませんか」


 そうつぶやいたクロバの声は呆れ返っていた。


「では、こちらも強引な手段に出るほかありませんね」


 その言葉と共に、クロバが長剣の柄に手をかけた瞬間、テルテスははじかれたように駆け出した。


 彼我の距離10数メートル、それも単純な平地ではなく、階段を含む高低差のある位置関係ではあるが、それでもなおテルテスはクロバが長剣を抜き放つよりも速く自身の直剣が届く間合いまで踏み込んだ。

 

 腕のしなりと腰のひねり、固定した手首と鋭い踏み込みから放たれるテルテスの突きは重甲冑すらも真っ向から貫く。

 しかし、テルテスがとった突きの構えを前に、クロバは一切の防御行動をとることなくゆっくりと長剣を鞘走らせていた。


 見えていないわけではない、クロバの瞳はしっかりとテルテスの両の眼を捉えている。


 その様子にテルテスは言いようのない恐怖を覚えた。


 切っ先がクロバの身体に突き立つ直前、テルテスは剣を大きく翻した。

 円を描くように切っ先を回し、刀身の下をくぐり抜けて構えを入れ替える。


 右側から横薙ぎに、胴体を一閃する斬撃は、確かにクロバを捉えた。


 クロバの身体は両断され、切り落とされた両腕と共に抜き放たれた長剣が会談を転がり落ち派手な音を立てる。


 しかし、剣から伝わったその手応えに、テルテスは背筋を走るぞわりとした寒気を覚えた。


 肉を裂く柔らかさ、内臓がはじける感触、骨を断つ衝撃。

 そのどれ1つとして、切り捨てたはずのクロバの肉体からは感じとることが出来なかったのだ。


 まるで霞を切り払ったような虚ろな手応え。

 

 テルテスが飛び下がろうとしたその時、彼の身体を強烈な衝撃が貫いた。


「あれは、お嬢様からいただいた大切な刀剣ですよ」

 

 頭の中に響いたクロバの声は、強烈な痛みにかき消された。

 テルテスが目にしたのは自身の両腕と腹を貫く、赤く巨大な何か。

 円錐状のそれがどこから突き出したものなのか、間近にいながらテルテスには判別できなかった。


 朦朧とするテルテスの意識はどうにか、自身の横を通り抜けるクロバの足音を認識した。


 懸命に振り返ったテルテスの視界は、拾い上げた長剣を注意深く眺めるクロバの姿を捉えた。


 傷1つ無い彼の身体は、しかしテルテスの意識に残らなかった。

   

 刀身の中央が大きくくりぬかれた歪な剣。それが、テルテスの視線と意識を強く引きつけた。

 

 刀身にぽっかりと空いたその穴に、クロバの右腕から流れ出した血液が流れ込んでいく。


 テルテスの血とは明らかに違う、赤く透き通った、まるで宝石をと化したような輝き。


 クロバが長剣を振りかぶった瞬間、その刀身を満たす血液がひときわ強く輝いた。

  

「目障りです、さっさと、消えて下さい」


 その言葉と共に、クロバは長剣を振り抜く。

 緩慢な動作、しかし、テルテスはそれがもたらす結果を感覚的に理解できた。


 切っ先から吹き出した血の奔流は巨大な刃を形成し、のこる隊員達を一太刀の元に皆殺しにした。

 

 かわせるものなどいなかった、盾を迂回し、逃げた先を追従し、時に湾曲し、時に分裂して襲いかかる刃は、1人として隊員を逃がすことはなかった。


「化け物め……!」


 テルテスが絞り出した、憎悪がこもったその言葉に、クロバは振り返ると首をかしげた。


「化け物? そのような低俗なものと一緒にしないで下さい」


 瞬間足先から溶け落ちるように消えたクロバは、階段の上に再び現れ、テルテスを見下ろして続けた。 

 

「私はお嬢様の血液。尊いその身を汚さぬよう、切り離され研ぎ澄まされた血液なのです」


 その口ぶりには、どこか誇らしさすらにじむ。


「さあ、無駄話はこのあたりにしましょう、貴重な時間を無駄にしたのですから、あなたには死ぬ前にある程度の利益を還元していただかなければなりませんので」

 



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