第9話 剣の素質
どよめきの先にいた二人を見たセナは一瞬、それが剣術の試合であることを忘れた。
軽やかにステップを踏みながら相手の攻撃を躱すコウは余裕の表情で踊るように逃げ回る。そう、逃げ回るだけ。
「アイツ、ふざけてんじゃないの?」
ふざけている。そう確信しながらもあえて疑問の形をとったのはセナ自身、真剣に戦ったわけではなかったからなのだが。
全く反撃をせずに逃げ回っていたコウは不意に立ち止まり対戦相手の青年、ジクに向かって左手を突き出し挑発するように煽いだ。
猛然と斬りかかるジク、迎え撃つコウは刀をだらりと下げてニヤニヤと笑みを浮かべる。
「ぜァァァ!」
ジクが咆哮とともに木刀を振り下ろす。空を裂きながら振り下ろされたそれはたとえ木刀といえど直撃すればタダでは済まない威力を感じさせた。
「そいっ」
コウが間の抜けた掛け声を響かせた瞬間——
世界が静止する。
コウに刀を振り下ろした体制のまま動きを止めたジク、振り下ろされた刃を左手でつかむコウ。
そう、掴んだのだ。振り下ろされた刀を。
「フハハハハ、まだまだよのう!」
芝居掛かった魔王のような口調で語るコウと悔しそうな表情で刀に力を入れるジク。
しかしその刀はピクリとも動かない。ドヤ顔で刀を掴むコウの表情にも余裕はないがそれでもコウの方が力で優っていた。なおも必死の形相で斬りかかるジク、その瞬間——
「そこまで」
ゼルドロの鋭い声が響いた。
「もういいでしょう、お二人の実力はようわかりましたわい」
そう噛みしめるように呟いたゼルドロはしかし、こう続けた。
「コウ殿、貴殿に流水花月の資格を与えることはできませぬ」
その発言に訝しげな表情を見せたのは何もセナだけではない。コウの実力がジクに大きく優っていたことはその場にいた大半の人間が理解していた。
「何故だい?」
冷静に、教師のような口調で問いかけるコウのその質問に一切の不信感がなかったことの方がセナにとっては驚きであったが。
「貴殿からは刀に対する恐怖が感じられない。それは今は貴殿の強さでしょうが、その強さは本物の刃の世界では寿命を縮めるだけではないですかな?」
ゼルドロの説明は根拠を持たないものであったが、その眼が、その噛みしめるような口調が、その人物の人生を写すようで反論をためらわせた。
「貴殿のためを思ってのこと、理解していただけましたかな?」
「⋯⋯ああ、そうだな」
ゼルドロの問いに一言応じたコウはそのまま踵を返し、道場から立ち去った。
ゼルドロを見つめるコウの表情は後ろにいたセナからは分からなかったが、振り返る一瞬、ほんの少しだけ視界に映ったコウはどことなく、淋しげな表情をしていた。
「セナ殿、貴女の実力は剣術資格を付与するに十分と判断いたした。流水花月の証を発行したいのだが時間はお有りかな?」
ふっと視線を移してそう問いかけたゼルドロの質問に。
「また今度ね」
わずらわしそうに答えながら走り出したセナを止めることができるものはその場にいなかった。