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異世界転生は一度でいい!  作者: 大杉俊
二章 公国と化け物
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第89話 安らぎのベッド


 人間、弱っているときに見る夢というのは大抵ろくなものではない。

 何かに追われていたり、高いところから落ちたり、金縛りにあったり。


 しかし、一面の花畑の真ん中で大蛇に締め上げられる夢などそうそう見るものではない。


 自身に絡みつく巨大な熱源、すなわち、セナの四肢からどうにか抜け出したコウは、ベッドの上でゆっくりと身を起こした彼女に小さくため息をついた。


 どうやらセナの上機嫌は酒に当てられた一過性のものではなかったらしく、現に今もベッドに腰掛けたコウに猫のようにまとわりつく彼女は、これ以上無いほどに穏やかな笑みをうかべている。


 戦いの中で忘れていた人のぬくもりを思い出したのか、あるいは結んだ主従関係に何かよくない誤解をしているのか。


 いずれにせよ、くるくると手足に絡みついてくる様など、飼い主にじゃれつく子猫そのものな訳だが、残念ながら彼女は子猫と言うにはあまりにも大きすぎた。


 セナにとっては些細な動作でも、その一挙手一投足は満身創痍のコウにとって天変地異に等しい衝撃をもたらす。

 

 揺さぶられ、締め付けられ、押し倒され、引き起こされ、投げ飛ばされ、受け止められ。


 さながら、餌の入ったおもちゃのようにもみくちゃにされながらも、コウはそれらを『朝のじゃれ合い』と一蹴して流れに身を任せる。

 無駄に抵抗しない方がけがをしなくてすむ、これはいわば遊園地のアトラクションのようなものなのだ。

  

「おはようございます〜、そろそろ朝の検査を……」

 

 そして、コウ達の目覚めから数分遅れて扉を開けたペルシアがぴしゃりと固まるところまでが1つのテンプレであった。


 ――


 『ハタツミ、霧の都の激闘』から2日、コウはまだベッドの上にいた。


 確かにコウの受けた傷はひどく、魔力の消耗を考えても1日は安静に過ごす必要があったと言えるだろう。

 しかし、コウの自己判断に関わらず、問答無用の絶対安静を言い渡したのは、運び込まれた彼の処置全てを請け負った主治医とも言える人物、他ならぬ魔道士組合組合長であるペルシアであった。


 単純明快に世界一心優しいペルシアはコウの身を案じる善意でそう口にしたのだろうが、彼女の意思はそのまま魔道士組合の大部分を占める『ペルシア様親衛隊(本義の親衛隊ではない)』の総意として、幾重にも張り巡らされた監視網をハタツミ王城周辺に敷かせることとなった。


 手負いのコウが魔道士達の目をかいくぐれるわけもなく、またその網を突破せねばならないような取り立てて急ぐ用事もない。


 結果として、コウはペルシアの徹底的な介助(とセナの徹底的なまとわりつき)の元、王城の一室で極上の軟禁生活を送っていた


「ふぅ、ひとまず身体の傷は問題ありませんね」

 

 朝の検診を終えて、安堵したように微笑むペルシアに、コウはベッドの上で身体を起こし、それとなく問いかける。


「それじゃ、そろそろ外に出ても――」


「ダメです! 絶対に!」


 しかし、コウの言葉を待たずして声を張り上げたペルシアの焦りに引きつった表情に、コウは慌ててぶんぶんと首を横に振り、弁明の言葉を探す。


 さて、先日全身に重傷を負ったばかりの人間が急に身体を動かせばどうなるか、それは想像に難くない。


 首筋に走った激痛に顔をしかめたコウに、ペルシアの焦りはパニックの領域に達した。

 

 てんやわんや、事態は収拾が着かない段階に到達した。

 部屋の片隅でただ爆笑しているセナを含めても状況は最悪に近い。


 そんな時に限ってやってくるのが、コウを取り巻くやたらと性格の悪い仲間達というわけだ。

 

「おう、馬鹿者。調子はどうじゃ?」


 無遠慮に扉を開け放ったゼルドロと、その横で真っ白な百合の花束を片手に陰湿な笑みを浮かべるクロバ。


「最悪だよバカヤロウ……」


 何のひねりもない返答しか返せなかったのは、それだけコウが困窮していたという事である。


 ――


 場が一旦の落ち着きを取り戻し、くだらない雑談とどうでもいい花束の贈呈を終えた後、不意に訪れた静寂に、ゼルドロはコウの顔を見ながらしみじみとつぶやいた。


「にしても、よく考えたもんじゃのう、その右目は」


 ゼルドロの視線が注がれていたのはコウの右目、クレルとの戦いの最中に取り付けたヘーゼルの瞳。

 

「視神経をつなぐというのはかなりの難易度と聞いたことがありますが」


 クロバのその言葉に、ペルシアは跳ね起きた。

 

「そうですよ、目というのは人体部位の中でも特に調整の難しい、精密でズレの許されない部位なんです。それをわずか十数秒のうちに、それも全身ボロボロの状態で狂い無く取り付けるなんて」

 

 死体の目を抉って取り付けるなど、普段のペルシアなら卒倒しそうな内容の話だが、魔法が絡むと彼女は人が変わったような積極性と胆力を見せる。


 3人の質問に、コウはしかし首を横に振った。


「あの時は最低限視界がほしかっただけだからな、ここまでうまく付いたのはたまたまだよ」


 実際、右目をつないだとき、コウが求めていたのは最低限の視界であり、色や精度など、の細かい要素にそれほど注力したわけではない。


 にもかかわらずこの右目が以前の物と比べても遜色ない機能を維持できたのは完全な運であり、技術という面で見ればむしろ、コウが気を失っている間にペルシアが処置した左目の方が高度である。


 新たな目に付け替えるのではなく、眼窩に残った潰された目の残骸から失われた目の部分を再生し、元の神経を利用して眼球を構成する。


 神経をつなぐ工程を大幅に省けるとしても、他人の目を、本人の調整もなしに一切違和感の無い状態で再生するなど、コウの力量では考えにくいレベルのすご技である。


 そう返そうとしたコウの声は、静かなゼルドロのつぶやきに遮られた。

 

「……しかし、あいつの目がそこにあるというのは慣れんのぅ」


 コウにとって、この右目は名も知らぬ1人の兵士の亡骸から拝借しただけの物にすぎない。

 しかし、その兵士はゼルドロにとっては大切な愛弟子の一人であり、コウと比べて彼の抱く憂いは大きく深いものであるはずだ。


「悪い悪い、別にかまわんよ、あの場にいた誰もが死は覚悟していたし、死んだ者も奴一人ではない。それに、奴はお前を助けるためにわしが指示して向かわせたんじゃ、結果として主が生きているなら奴も本望じゃろうし、恨んでいるとすれば責任はわしにある」

 

 薄い笑みを浮かべながら、そう場を取りなしたゼルドロは、むしろその言葉で自分を納得させようとしているように見えた。

 

「さて、あいつの目を使ったからには、勝利の美酒を墓にかけてやりたいもんじゃが、そこんとこどうなんじゃ? 総司令官殿」


 明確にトーンを変えたゼルドロの口調に応じて、コウもまた口元に悪巧みを思わせる笑みを浮かべ彼の問いに答える。


「それについては安心してくれ、ここまで来ればこっちのもんだ、勝利は約束されたっつっても過言ではない」


「わーお、自信満々ね」


 ベッドの半分を占領するセナの気の抜けた声に、コウは笑みを崩すことなく堂々と応える。


「当然、なんてったってこっちは俺の立てた作戦通りに進んでるんだからな」

 

 コウのその言葉に疑問の声を上げる物はいない。

 作戦を知る者も、作戦を知らぬ者も、皆一様にコウの言葉に無条件の信頼を置く。

 そうさせるだけの実績と存在感を、コウはこれまでの戦いで示してきたのだ。


 そして、その手の迫力を持つ者はコウ一人ではない。


「そうそうコウ様、そろそろお暇をいただきたいのですが」


 不意に切り出されたクロバの言葉に、コウはその真意を敏感に察知して問い返す。 


「それってのは、あっちの国に戻るって事か?」


 慇懃な笑みを浮かべて、クロバは静かに答えた。

 

「はい、あちらの方もそろそろ頃合いかと思いまして」

 

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