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異世界転生は一度でいい!  作者: 大杉俊
二章 公国と化け物
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第87話 敗北と勝利


「俺は俺だ。お前はお前で、あいつはあいつ。それ以外の答えには何の意味もねぇよ」


 ひび割れた顔に浮かべた微笑。

 しかしコウは、その笑みに反して相当に追い詰められていた。


 状況を見ればそれも当然といえるだろう。

 吹き飛ばされた左手に傷だらけの身体、回復魔法で外面だけ修復した顔面以外のほとんどの箇所に致命傷を負っているといっても過言ではない。


 対するクレルも左腕を失ってはいるが、そのほかの部位に大きな傷はない。

2人の刀使いを犠牲にしてまで勝ち取ったにしてはずいぶんと小さい戦果だ。

  

 顔面が張りぼてでなければダラダラと冷や汗をかいていてもおかしくない状況である。

   

「ふ、ククッ……ハハハハ」


 不意に笑いだしたクレルに引きつった笑みを向けつつ、コウは脳細胞が焼き切れんばかりの勢いで思考を巡らせる。


 顔の傷こそ大雑把に直したが、残念ながら左腕を戻すだけの魔力は残っていない。

 使えそうな武器は手の届く範囲に転がっていないし、右手一本で組み付くには間合いも体力も足りない。


 クレルが存分に両手剣を振り回せるだけの体力を残している以上、ここからできることと言えば、コウの持てる口先の妙技を駆使し、クレルをどうにか言いくるめて引き下がってもらうことぐらいであろう。


 さして考えることも無く、その答えに達したコウは貼り付けた笑みの奥で小さくほくそ笑んだ。


 幸いにもこれまでの立ち回りから見てもクレルがコウに多大なる警戒心を抱いていることは確かであり、そこを突けば少しの可能性はあった。

   

「まさか、戦場のただ中で、それも、お前のような者の口からそんな言葉を聞くことになるとはな」


 しかし、超然とした微笑を浮かべ、そうつぶやくクレルの様子からは一欠片の恐れも感じ取れず、コウは自身の目論見が儚くもあっさりと打ち砕かれたことを理解した。


「だが、ならばお前のその目はどうなんだ?」


 コウは貼り付けた笑みを剥がし、クレルの問いの意味を考える。

 

 『その目』とは、すなわちコウが刀使いの一人から抜き取った右の眼球。

 『どうなんだ』とは、コウのその行為に対する是非を問うもの。

 

 話の流れから考えて、クレルはコウの先の言葉を『みんなちがってみんないい』精神に基づいた道徳的なものと判断したのだろうが、それはコウの考えとは少し違った。


「そりゃ生きてるうちはそうだろうけど、死んだら死体だろ? 死人に口なしっていうとあれだけど……」

 

 コウが言いよどんだのは、あまりにも独善的なこの答えがクレルの逆鱗に触れる可能性に気づいたからだ。

 その気づきに先だって思いついた『殺すには忍びない善人のふり作戦』という、今更過ぎる作戦に考えを巡らせるコウに向かって、笑みを納めたクレルは静かに声を漏らした。


「そうか……やはりな」


 納得したようなその言葉に、コウは猜疑の視線を向ける。

 脈絡の読めない会話に眉をひそめるコウを、クレルは恐ろしく冷たい目で見つめ返した。


「お前は、亡霊だ」


 瞬間クレルが踏み出した左足は、しかしコウへ向けられたものではなかった。

 彼が向かったのは自身から見て左側、撃ち殺した刀使いの傍らに転がる、コウに切り落とされた左腕だった。

 拾い上げた自身の左腕をベルトに挟み込み、代わりに取り出した長い革紐で左肘の傷口を縛ったクレルはくるりと踵を返す。

 

「お前がこの世界で何をするつもりなのかは知らないが、せいぜい足掻くといい。どうせお前にはろくな結末は訪れないだろうがな」

 

 まるで何もなかったかのように立ち去る最中、クレルは振り返らずその言葉だけをコウに残した。


 赤髪が霧中に消え、その足音がついに聞こえなくなってから、コウはため込んだ空気をゆっくりと吐き出した。

 

(……諦めた……って事かな、これは) 


 緊張の糸が切れた途端じくじくと痛みだした右目に、コウは引きつった顔をしかめる。


 やはり、他人の目玉を無理矢理取り付けるというのは身体によくなかったのだろう。

 

 思い出したように周囲を見回したコウは、左側に打ち倒された2人の刀使いの亡骸を見つけ、静かに息を吐いた。

  

「悪い、目玉借りたのに負けちゃったよ」


 顔も知らぬ刀使いの亡骸に語りかけたコウは、ベッドに寝転がるように石畳に身を投げ出した。 


 彼に、もう一度立ち上がるだけの力は残されていなかった。


 結局のところ、どれほど取り繕ったところで、コウという人間の持てる能力は人並みに過ぎないのだ。

 

 セナのような回復力も無ければ、ウチツネのような怪力も無い。

 魔力の量もペルシアはおろか、本職ではないシャルロットのそれをも下回るだろう。


 技で、道具で、ごまかし続けてきた地力の差は、全てを使い切った最後に浮き彫りになる。

 

 自身の血で濡れる石畳の上で、ほとんどの兵士と同様にただ死を待つだけの身となったコウはしかし、それほど悲観的ではなかった。

 

 できることは全てこなした、後はなるようになる。


(死んだって、またどこかの世界で目が覚めるだけだしな)

 

 長く忘れていた冬場の寒気が骨にしみる。

 息を吐くたび体内の熱が奪われていくような錯覚に、コウは薄い笑みを浮かべつつ目を閉じた。


――


 次に目が覚めたとき、コウの視界に写ったのは絢爛豪華な装飾の施された白い天井だった。

 はて次はどんな世界に生まれ変わったのか。そんなことを考える間もなく、もぞもぞと何者かがうごめく気配にコウははじかれたように身を起こした。


「うぐっ!」

 

 瞬間、脳天から足先までを突き抜けた激痛にコウはたまらず声を漏らし、それと同時に跳ね起きた彼の視界には、その衝撃で目を覚ました、シーツの中ですら映える白い肌と髪を持つ女性の姿が映る。


 コウの眠るベッドの傍らで、もたれかかるようにして船をこいでいたセナは、顔を引きつらせてうめくコウの姿を認めるとするりとベッドに乗り上げ、右手をコウに向かって伸ばす。


 ドカンと派手に響き渡った打撃音は、セナの右手がベッドに付属するヘッドボードを捉えた音。


 俗に言う壁ドンである。

 違うのは、その『ドン』の部分に巻き込まれた場合、致命傷を負う可能性があることと、それを実行する彼女の瞳が宿す光が、怒りなんだか殺意なんだかわかったものではないが、とにかく強烈な眼光を宿していると言うことだ。

 

「あんたさ、ほんっといい加減にしてくれる?」


 不満に満ちたセナの声音に、彼女が瞳に宿した感情が殺意でなかったことにコウはひとまず安堵する。

 人知れず胸をなで下ろしつつ口を閉ざすコウを前に、セナの表情は淡く崩れた。


「死ぬなって言ってんのよ、あたしを置いてさぁ」


 潤んだ瞳に赤く上気した頬。

 それがベッド脇の丸テーブルに置かれたワインボトルの内容物から来るものであると瞬時に理解したコウは、無駄な勘違いに時間を費やさず、テンポよく返答した。


「悪い悪い、それより、戦況は?」


 雰囲気もへったくれもない台詞ではあるが、コウがまだこの世界に生きている以上、今最も気にするべきは自身が用意した戦場の状況である。

 しかし、その質問は半ば答えの分かりきったものであった。

 

「あたしがここで飲んでるのよ? 当然勝ったに決まってるじゃない」


 丸テーブルの隣に置かれた椅子に座り直し、さも当然のように言い放ったセナ。

 おそらく彼女の辞書には『勝って兜の緒を締めよ』などという言葉はみじんも載っていないのだろう。


 ケラケラと笑い声を上げるセナを尻目に、コウはぐるりと辺りを見回す。

 端正な細工が施された丸テーブルに戸棚、床の端から端まで届く赤い絨毯に、夜の暗い空を写す巨大な窓。

 

 そして、部屋の隅に山のように置かれた、セナの持ち込んだであろう、酒関連の品々。

 

 酒に強くもないくせに酒盛りでもしようかという物量ではあったが、ひとまず目をつぶり、コウは結論を急ぐ。

 コウ自身が座っている馬鹿でかいベッドを見ても、ここがハタツミ王城であることは明らかだった。


 その結論に至ったとき不意に浮かんだ根本的な疑問を、コウは苦笑いとともにセナにぶつけた。

  

「……それで、俺ってどうなってここに来たんだ?」

 

 コウの問いに、セナは赤い顔にふてくされたような表情を浮かべて答える。 


「あたしが敵をみんなすりつぶしてたら、後ろからジジイが突っ込んできたのよ、そのまま走り抜けてったから無視したけど、戻ってみたらおじいちゃんとウチツネが騒いでたの、『あの男が逃げてきたのにあんたが戻ってこないのはおかしい』って」


 少々ややこしいが、彼女の言う『ジジイ』はクレルを、『おじいちゃん』はゼルドロを指す。


「それで、気になって見に行ったらあんたが道の真ん中に倒れてたから、担いで、お城まではこんれ〜、それで、ペルシアちゃん達に看てもらっらのよ」


 ついに呂律ろれつすら回らなくなってきたセナに、ワインボトルの傍らに飾られた花瓶の水を飲ませつつ、コウは難解なセナの話を頭の中で整理する。

 ひとまず、快勝と言っていい決着に至ったことに笑みを浮かべつつ、コウは1つの心残りに小さくため息を漏らした。


「そうか……あの爺さんは逃がしちゃったか」


 そんなコウの心情を知ってか知らずか、花瓶から口を離したセナは思い出したように笑い声を上げた。 

 

「んふふっ、でもさ、あんた何したの? あのジジイ、相当やばい顔してたわよ」

 

「やばい顔?」

   

 抽象的な表現に問い返したコウに、セナはおちょくるような笑みを向ける。

 

「やばい顔してたわよ〜、これまで見た誰よりもやばい顔してたわ」 


 さて、たちの悪い酔っ払いの語り口ではあるが、聞き返す頃には何の話か忘れているのはお約束。

 ボキャブラリーの欠如したセナの言葉から、なんとなくコウと剣士2人の努力も完璧な無駄にはならなかったのだと納得することにしたコウは、セナの飲みかけのワイングラスに手を伸ばした。


――

  

「そうそう、最初の話に戻るけどさ」


 しばしの要領を得ない談笑の後、不意に改まった様子でそう切り出したセナは立ち上がり、壁際に積み上げられた酒瓶の山からガサゴソと何かを探し出した。


 最初の話、それが何であったのか。

 酒でぼやけた頭をフル回転させて考え込むコウに向かって、セナは新たな問いを投げかける。


「コウ、キープボトルって知ってる?」


 ボトルキープ。

 バーやラウンジなどで、ボトルごと買った酒を保管しておいてもらい、飲みきるまで店に預けておけるサービス。


(だとすると、キープボトルはボトルキープでキープされたボトルのことで……)


 酒もあり、ゲシュタルト崩壊気味に混乱するコウの首に、セナはするりと手を回す。

 呼吸が感じられる程の距離に急接近され、息をのんだコウは同時に頭の後ろで響いたカチリという音を聞いた。


「今からあんたはあたしのそれよ」


 『セナ・フラット』

 簡潔にそう記された、小さな金属のプレートがついたシンプルなチェーン。

 

 自身の首にぶら下げられたそれをにらみながら、コウは忌々しげに問いかけた。


「何だよこれ、どういう意味だよ」


 セナは精神的な束縛によって平静を保つタイプかもしれないが、コウはその手の束縛に対して言いようのない不安感を持つタイプである。


「あたしがほしいとき……要するにあたしがあんたの命をもらうときまで、あー……まあ、なんていうか、あたしがあんたをぶっ殺すまでの間は、勝手に死んだらゆるさないってことよ」


 何を言いよどんでいるのかは知らないが、どんどんと物騒さを増していくセナの言葉に笑いをこらえながらコウは問い返す。


「じゃあそう言えばいいだろ、わざわざこんなのつけなくってもさ」


「……あんたが塔から滑り落ちたときも言ったでしょ、ほんのこの間の事よ、あれ」

 

 実例を伴った実にいい回答に、コウは返す言葉を失った。


「それを見るたびに思い出して、あんたの命があたしのものだって事」


 コウの首に下がったプレートをなでながらそうつぶやいたセナに、コウは渋々首を縦に振った。


「分か――」


「危なくなったら逃げること、手足を犠牲にとか考えないこと、食事は身体にいいものを食べること――」


 その答えにかぶせるように、指折りに縛りを数えだしたセナを、コウは慌てて制止する。


「まてまてまて! それはさすがに厳しいって!」

 

 戦い方はおろか、日常生活にまで及ぶディープな束縛に待ったをかけたコウに、セナは以外にもあっさりとうなずいた。

 

「じゃあ、そうね……最低限、笑って帰って来ること」


 しかし、そんな言葉をまっすぐに目を見ながら言われてしまえば、さしものコウでも罪悪感を覚えずにはいられなかった。 


「無茶していいのは笑って帰ってこられる範囲だけ、今日みたいな事は2度と無いようにしてよ、お願いだからさ」


 コウの死を心の底から恐れるような、怯えるような表情で訴えかけるセナ。


 そんな彼女の姿に、コウは衝動的に彼女の身体を抱き寄せていた。

 ぎこちなくその背中をさすりながら、コウはなだめるように声をかける。

 

「……わかったわかった、約束するよ」

 

 声を上げることもなく、されるがままにコウに身を預けるセナ。 

 しばしの静寂の後、放たれた言葉は過ぎていく時間を憂いてのものか。


「それはさておきさ、確かキープボトルには保管期限があったよな」 


 本当に、流れをぶち壊すような言葉をためらいなく口にするコウ。

 

「んー? うちの店ではキープは無期限よ、だってあたし以外キープなんてしないもの」

  

 対するセナにとっても、最早背中をさするコウの手は体のいいマッサージに過ぎない。


 その構図は、飼い主が猫をあやしているそれとなんら変わらないものだろう。


 ちなみに、セナの酔いが覚めたのは花瓶の水を半分ほど飲み干した後のことだった。



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