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異世界転生は一度でいい!  作者: 大杉俊
二章 公国と化け物
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第86話 銃と腕、ヘーゼルの瞳


 中折れ式、単発長銃(ライフル)


 左手にそれを構え、右手一本で両手剣を振り回すクレルの戦闘スタイルは、それまでの流れを大きく変えるだけの威力を秘めていた。


 切り払い、突き、柄での打撃。

 遠心力や重力、両手剣の重量そのものを利用して振り抜き、無理な制動をかけずに手首の回転や腰のひねりを使って構えを戻す。

 ドイツ流剣術にも似たその動きは、両手用の武器を片手で扱うために最適化された剣技といって過言ではない。


 とはいえ、クレルにウチツネやセナのような、人間の域を超えた怪力があるわけではなく、その斬撃は両手で剣を振るっていた時のものに比べればやはり鈍く、軽い。

 

 その弱点を埋める、というより、その弱点を補ってあまりある活躍を見せるのが、クレルの左手に握られた長銃(ライフル)であった。

 

 近接戦闘において、一瞬で無限とも言える距離を制圧する銃という武器は、それだけで相手の選択肢を大きく狭める事ができる。


 単純な話、踏み出す兆候を見切られただけでアウトなのだ。


 両手剣を片手で振り回す緩慢な動作であっても、左手に握られた銃という保険によって、その攻撃は極めて回避の難しい一撃に化ける。

 

 そして何よりも、その圧倒的な兵器を運用する人間、すなわちクレルに驚異的な観察眼が備わっていることが問題なのだ。

 

 クレルは容易に引き金を引かない。


 それは、どれだけ手際よくやっても2秒はかかる再装填の隙をコウに晒さないためであると同時に、クレルの観察眼と銃の脅威を最大限に生かすための戦略でもある。

  

 コウの仕掛けるフェイントに、クレルは眉1つ動かさず銃を構える。

 その銃口が向けられているのはコウの眉間ではなく、重心から読み取ったコウの次の一歩。

 常にコウの一歩先に向けられ続ける長銃(ライフル)は、装填された1発の弾丸のプレッシャーを用いてコウの行動を大きく制限する。

 

 クレルが引き金を引くのは、確実に当たる確証が持てたとき。つまりコウが撃たれない前提の行動をとったときである。


 そんな立ち回りをする相手に対してできることと言えば、できるだけ流れを悟らせぬよう、絶え間なく戦闘スタイルを切り替えるしかない。

 当然そのような綱渡りの攻防が長く続くわけもなく、返しに詰まって追い詰められるたび、コウは術式鉄札を使って強引に仕切り直しを図るしかない。


 術式鉄札を投げるたび、明確に魔力を消耗していくコウに対して、撃たずとも大きな優位を引き出すクレル。

 攻撃もままならず、次々に手札を消費させられる今の状況は、コウにとって全く望ましくないものだった。

 

 しかし、コウに全く勝機が無いかというと、それも違う。

 明確な優劣がつき、防戦一方になってなお、コウは全ての手札を晒した訳ではない。


 そしてそれはクレルも察知している事であり、それ故にこの勝負は、どちらが先に隙を見せた方が負ける、根比べに近いものだった。 


―― 


 そして、コウにとっての好機はすぐに訪れた。


 何度目かの攻防のあと、ゴキブリじみた変則的な足さばきで距離をとったコウは、その人影を見つけた。 


 クレルの後方、霧の奥から現れた2人の刀使い。

 ゼルドロが送り込んだとおぼしき彼らは、クレルの後ろ姿を見つけると同時に刀の柄に手をかけて地面を蹴った。


 コウにとって予想外だったのは、その瞬間、クレルがコウを見据えたまま大きく跳び退いた事だ。

 向かってくる2人の刀使いに背面から飛び込むなど、本来なら自殺行為に等しいが、ことクレルの場合は話が違う。

 

 猛烈な踏み込みとともに放たれた一太刀を、振り向きざまに合わせた両手剣でいなしたクレルは、足を引っかけて1人目の男をその場に転ばせる。

 その背中に両手剣を突き立てながら、向かってくるもう一人の男に長銃(ライフル)を向けたクレルは、ためらうことなく引き金を引いた。


 胸の真ん中を撃ち抜かれた2人目が脱力したように倒れ込み、同時に1人目の背中から両手剣を引き抜いたクレルは銃に弾薬を込めながら振り返る。


 クレルが2人の刀使いを始末するのにかかった時間は3秒を下回る。


 しかし、その時間はコウが距離を詰めるのに十分な時間だった。


 その時、コウとクレルの間合いは実に絶妙だった。


 鉈の間合いの少し手前、両手剣による防御は間に合わないが、長銃(ライフル)は装填を終えている。

 

 1発の弾丸をいなせるかどうかが勝敗に直結する、シンプルかつ決定的な攻防。


 瞬間、クレルが構えた銃身はまっすぐにコウの心臓を狙っていた。

 安易に頭を狙わず、どの方向にも回避困難な胴体の中心を狙う。土壇場にあって、クレルはどこまでも冷静だった。 


 しかしその射線上に突き出されたコウの左手にクレルは一瞬、小さく眉根を寄せた。


 腕の骨をクッションにして弾丸を止める。


 左腕を盾として使い潰すコウの作戦に、クレルは躊躇無く引き金を引いた。


 耳を打つ爆発音と、銃口の光、左手を打つ熱と痛みは、コウの予想通りのもの。

 

 しかし直後、全身に叩き付けられた全く予想外の衝撃に、コウは大きく吹き飛ばされた。

 

 幸運にも、コウが叩き付けられた場所は斬り殺された刀使いの上であり、頭をぶつけるようなことはなかったが、全身を走る焼け付くような痛みにコウは顔をしかめる。


 コウが、見開いているはずの目が全く見えない事に気づいたのはその直後だった。 

 

「ククク……引っかかったなぁ」


 くぐもった、脳に直接反響するような声が、コウの耳に届いた。

 

 ――


 規格外の散弾の発射に耐えきれず、さながら腔発を起こした砲身のように裂けた銃口。

 使い物にならなくなった長銃(ライフル)を投げ捨てたクレルは、撃ち倒したそれに向かって満足げな笑みを浮かべて語りかけた。

 

「散弾など、考えもしなかっただろう」


 肘の手前まで消し飛んだ左手と、至近距離から散弾を浴びた血塗れの全身。

 ぐちゃぐちゃに潰れた顔面を押さえる右手だけが無事と言っていい有様のコウには、抵抗どころか身じろぐ力すら残されていないように見える。


 つかつかとその足下まで歩み寄ったクレルは、倒れ伏すコウの様を見下ろしてふむと首をひねった。


「……なんだ、既視感があるなぁ……そうだ、あの雌犬と同じだ」

 

 にやりといやらしい笑みを浮かべたクレルは続けざまにコウに語りかける。

 

「ククッ、ペットは飼い主に似るというやつか? あるいは、所詮お前もあの女と同じということか?」


 その言葉の直後、もう一歩踏み込んだクレルに向かって、コウの右足が鋭く跳ね上がった。

 

 金的を狙う強烈な蹴りは、しかし、視界のない中で放たれた当てずっぽうの代物。


 あえなく空を切った右足を、クレルは右手で握る両手剣で容赦なく切り落とした。


 苦鳴にも聞こえるうめき声を漏らすコウに向かって、クレルはしらけたような顔で語りかける。


「くだらない事をするな、私は少なからずお前を認めているんだ。最後に獣に成り下がってどうする?」

 

 のぞき込むように顔を寄せたクレル。

 その時、顔を押さえるコウの右手から漏れた淡い光に気づいたクレルは、はじかれるように上体を起こした。


 しかし、クレルに倍する速度で跳ね起きたコウは、右手で拾い上げた鉈をクレルの左腕に叩き付けた。


 骨にまで達する強烈な斬撃に、クレルは顔をしかめてコウを見やる。

 

 崩れきった顔面の上に不気味に形成された不完全な筋組織。


 視力を回復するために、必要最低限のパーツのみを再生したとしか言いようのない歪な眼窩に、煌々と輝くヘーゼルの瞳。


 その瞳の色に、クレルは見覚えがなかった。


 左腕を切り飛ばされ、脇腹にまで達したコウの鉈を振り払うように引き抜いたクレルは、力任せにコウの胴体を蹴り飛ばす。

 元々口があったとおぼしき場所から派手に血を吹き出し、咳き込むように身体を揺らすコウに対して、クレルは左腕の止血も忘れ、まじまじと視線を向けた。


 クレルは、魔法に対してそれほど詳しいわけではない。

 しかし、戦場で頻繁に目にする回復魔法の緑がかった光は見なれていたし、知識として、眼球といった緻密な器官の再生には、多量の魔力を必要とすると言うことを知っていた。


 あれほどの短時間で、クレルが気づかぬほどの魔力消費で眼球を再生させることは考えられない。


 思い至った1つの可能性、その想像に従ってクレルは視線を動かす。

 

向けられた先は、先ほどまでコウが倒れていた場所。片目がくりぬかれた、刀使いの亡骸。  

 

「お前……(シカバネ)の目を……」


 それまでの思考から、その光景が意味することを瞬時に理解したクレルは、知らず知らずのうちに声を漏らしていた。


 ひょいと上体を起こし、再び顔を押さえたコウの右手から、回復魔法特有の緑がかった光の奔流がほとばしる。

 魔力切れか、あるいは温存か、数秒の後に右手を話した後のコウの顔は、完全に元通りというわけではなかった。


「死人に目玉はいらないだろ、使って何が悪い」


 所々が陶器のようにひび割れた顔をゆがめ、笑みらしき表情を作ったコウ。

 彼の言葉に、クレルは我知らずのうちに問いかけていた。


「……お前は、何だ?」


「何だって何だよ、俺は俺で、それ以外の何者でもねぇよ」

 

 緑がかった光を放つ右手を滑らせ、左手と右足から流れ出る血を止めたコウ。

 その指の間に見える術句じゅくの刻まれた金属片だけが、ひどく現実味のない光景にリアリティを与える。

 

 彼は、呆然と立ち尽くすクレルに向かって再び口を開いた。

 

「俺は俺だ。お前はお前で、あいつはあいつ。それ以外の答えには何の意味もねぇよ」



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