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異世界転生は一度でいい!  作者: 大杉俊
二章 公国と化け物
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第84話 ウォークライ


 赤髪の老剣士にコウが連れ去られた直後、ゼルドロは2つの選択肢に頭を悩ませていた。


 コウを追いかけ、加勢すべきか、コウを信じて戦線の維持に徹するべきか。


 常識的に考えればこの劣勢の中、もう1人が戦線を離れるなどあり得ないのだが、いかんせんこの戦線を支えていたのはコウの個人の活躍による面が大きい。


 肝心要の突破力を失った現状、このまま戦闘を続けても事態が好転する見込みはない。


 ならばコウを連れ戻すべくゼルドロも後を追うべきかというと、それもまた完全な正解ではない。

 赤髪の老剣士の力量が未知数である以上、ゼルドロとコウの2人がかりでも時間がかかる可能性がある。

 ゼルドロが抜ければ戦線は3分と持たない。正面が崩れればそのしわ寄せは側面攻撃部隊へと向かうわけで。


(勘弁してくれんかのぅ……わしはややこしい戦略は苦手なんじゃが)


 深々とため息をついたゼルドロは、頭の中の難題を棚上げし、並び立つ盾兵隊の隊列を割って現れた、屈強な重装歩兵へと刀の切っ先を向けた。


 ほかの盾兵に比べてひときわ重装甲な鎧を着込んだ男は、おそらくそれが男の出せる最高速度であろう遅々とした足取りでゼルドロの前に歩み出ると、わずかなのぞき穴しかない黒鉄の鎧兜の奥から低い地響きのような声を発した。


「余計な手間をかけさせるな、異端の剣術使い共が……」


 男の口調の端々ににじむ、流水花月流の刀術に対する明らかな侮り。

 癇かんにさわる男の物言いにゼルドロは刀の切っ先を下げて答えた。


「侵略者の分際でごちゃごちゃ吠えるんじゃないわい……このうすのろ木偶の坊め」


 売り言葉に買い言葉、あざ笑うように鼻を鳴らしたゼルドロに対し、重装の男はそれまでの動きからは考えられないような速度で右手に持ったモーニングスターを振り下ろした。


 モーニングスター、棍棒こんぼうの先端にトゲつき鉄球を配置したその武器は、刃の効かない金属鎧に対して高い攻撃力を発揮すると同時に、生身の身体にも十分に致命傷を与える事ができる。


 とはいえ、やはりそれは棍棒であり、そして相手は重装である。

 常日頃から袴の門徒達に剣術の中でも速度に優れる刀を教えているゼルドロには、想像以上であっても対処できないほどの早さではない。


 振り下ろされるモーニングスターを1歩横にずれることでかわしたゼルドロは、反撃に、目にもとまらぬ連続剣技を男に浴びせかけた。


 首、脇、膝。

 本来鎧の継ぎ目になっているはずのそこに切り込んだ刃が伝えた堅い衝撃に、ゼルドロは眉をひそめた。


 男は、飛び下がって距離をとったゼルドロに対し、自身の鎧を見せつけるように両手を広げてみせた。


「俺の鎧はレイピアの切っ先をも通さん、お前に勝ち目がないことを理解したなら、とっととその頭を差し出せ」


 ゼルドロを侮りきった男の、高慢な要求。


 その言葉は、積み重なっていたゼルドロの苛立ちに火をつけた。


「……その鉄くず、ぶち抜いてやるわい」


 ゼルドロの放った強烈な殺気に男は身構えた。


 広くとった足幅と、大きく引き絞った刀身に這わせた左手、誰が見ても明らかな一点突破の構えに、重装の男は左手の大盾を前面に構えて備える。


 瞬間、男はゼルドロの姿を見失った。


 一切のよどみのないゼルドロのなめらかな踏み込みに、男は身じろぐことすらできなかった。


 瞬間、男は自身の頭を打ち抜いた強烈な衝撃にがくりと膝をついた。


「流水花月流抜刀術、『逆柳さかやなぎ』」


 ゼルドロの、帯から左手で逆手に引き抜いた刀の鞘による打撃は、完全に男の意識の外であった。


「兜を揺らして頭をぶち回したんじゃ、そうそう立ち上がれんわい」


 立ち上がろうと足に力を込めた重装の男は、直後、ゼルドロの言葉通り再び膝をつく。


「……卑怯な」


 もうろうとする意識のなか、どうにか絞り出した男の悪態に、ゼルドロは大きく鼻を鳴らした。


「ふん、誰が馬鹿正直に斬りかかるか、お前のような下らん侵略者風情など、叩き殺してやるだけで十分じゃ」


 ぶち当てた鞘の鯉口を滑らせ、甲冑の隙間に鞘そのものを挟み込んでから刀を鞘に戻す。


 てこの原理を利用して固めた関節と、金属による振動の反響。


 叩き付ける訳でもなく、組み付くわけでもない。


 しかし、刀を納めるほんの些細な衝撃で、男の首は鈍い音を立ててへし折れた。


 ゼルカトリア軍の中では名の知れた男のあっけない死に、兵士達の間に動揺が走る。


「ふむ……この技も便利じゃし、後で適当な名前でもつけるかのう」


 そんな敵兵の姿を眺めつつ、くだらない言葉を漏らしながら鞘を再び帯に留めたゼルドロは、背後から放たれた、それはそれは野太い怒号にびくりと肩をすくめた。


「ムウゥワアアアア!!」


 霧に包まれた街に響く、勇ましすぎる雄叫び。


 その体躯は2メートルにも達し、その筋肉は彫刻と見間違うほどに分厚い。


何より重厚な鎧に身を包んだ縦兵隊を相手にしたとき、抜刀機能を失い、半ば棍棒と化したウチツネの大太刀はすこぶる相性がよかった。


 一太刀のもとに、7名もの重装盾兵を吹き飛ばしたウチツネは、雄叫びとほとんど変わらない、とんでもない声量で叫んだ。


「負けるなものども! コウ殿が戻られるまでの間、我らが戦線をつなぐのでござる!」


 自軍の鼓舞と敵軍へのプレッシャーを戦果に入れた場合、ウチツネほどに優秀な兵士はいないだろう。


 勇猛果敢な戦いぶりを見せるウチツネの姿に、ゼルドロは1つの英断を下す。


「……まあ、奴ならほっといても帰ってくるじゃろ」


 全ては場の空気に任せて。


 コウの救援と前線指揮の両方を放り出したゼルドロは、いそいそと近場の敵兵に斬りかかっていった。 


――


 路地裏で激闘を繰り広げる、王国騎士団を中心に編成された側面攻撃部隊。


 彼らが優位に戦えるの最初の奇襲から敵が陣を立て直すまでのほんの一時にすぎない。


 バリケードが破られれば、そこは前線と変わらない、兵力がものを言う正面切っての戦闘に様変わりする。


 その路地もまた早々に敵に押し込まれ、ジリ貧の消耗戦を行わざる終えない状況に陥っていた。


 しかし、全ての神が彼らを見捨てたわけではない。


「騎士様、交代です」


 不意に自身の後方から飛び出してきた男の姿に、それまで敵兵を抑えていた騎士は驚いてバランスを崩す。 


 その騎士の身体を力強く受け止めた見目麗しい黒髪の女性は、状況が飲み込めず荒く息をついていた騎士の身体を引き起こし、その目を見据えて語りかけた。


「今までよく持ちこたえてくれたな、ここは私たちに任せて下がれ、4番街に医療班が待機している」


 騎士団の皆が憧れる騎士長、シャルロットのねぎらいは、満身創痍の騎士にも立ち上がるだけの力を与える。


 ふらつく足取りで歩いて行く騎士の後ろ姿を苦い思いで見送ったシャルロットは、視線を再び前方に向ける。

 そこにあるのは、数人のゼルカトリア兵を前に単独で圧倒するクロバの姿だった。


 単純な斬撃速度だけならば、シャルロットの知る誰よりも早いのではないか。


 そう思えるほどに、彼の剣技はすさまじいものだった。


 何より目を引くのは、その戦い方であろう。


 踊るように相手の攻撃をかわしながら、素早い斬撃で相手を翻弄し、防御が薄れた箇所を容赦なく切り落とす。


 腕や足、時に首をも一撃で切り飛ばすクロバの戦いぶりは、残虐なように見えてその実、効果的に敵の力を奪う効果的なもの。


 しかし、シャルロットは、クロバのその太刀筋に少しの違和感を覚えてた。


 それが本来の太刀筋ではないような、付け焼き刃の剣技であるような感覚。


 少なくとも、軽やかに踊るような足取りと淡々と戦闘能力を奪うような太刀筋が相性のいいものではないことは確かだった。


 シャルロットがそのような思考を巡らせているうちに、相対する敵兵の全てを片付けたクロバはくるりと振り返り、剣を鞘に戻す。


「さて、こちらも片付きましたし、次の場所に向かいましょうか」


「そうだな……いや、すまない、任せきりになってしまって」


「フフ、かまいませんよ。この程度、何の障害にもなりませんから」


 クロバがそう笑った直後、大通りの方からウチツネの放った野太い雄叫びが2人の耳に届いた


「向こうもそろそろ佳境のようですし、我々も急ぎましょうか」


――


 正面戦線の遙か後方。

 戦線の喧噪も届かないその場所では、コウと赤髪の老剣士が激しい剣劇を繰り広げていた。


 変則的な足取りで攻撃を仕掛けるコウに、赤髪の老剣士は無駄のない前後運動と両手剣の間合いを完全に生かした牽制で対応する。


 似通ったやりとりが何度か繰り返された後、始まったつばぜり合いの最中、赤髪の老剣士は感心した様子で声を漏らした。 


「なるほど、ロックが尻尾を巻いて逃げ帰った相手はお前か」


 こんな時に話しかけられるなどと思っていなかったコウは、返答の言葉に詰まる。


「覚えているだろう? ドルフの男だ」


 なおも会話を続けようとする赤髪の老剣士を無視し、コウはつばぜった刃を滑らせて老剣士の肘を狙う。

 しかし、コウのもくろみを察したのか、滑らせた刃をはじいて距離をとった老剣士は、芝居がかった口調でなおも話し続けた。


「おっと、手強いな。さすが、あの狂った雌犬を飼い慣らすだけの事はある」


 明らかな軽蔑の色が込められたクレルの言葉に、コウは強い不快感を覚えた。 


 普段なら歯牙にもかけない挑発に対して覚えた強烈な憎悪に、コウ自身少なくない違和感を覚えながらも剣呑な声を上げる。


「……雌犬じゃねえ、あいつにはちゃんとセナって名前があるんだよクソジジイ」


 相手のことをよく知らない以上、返す口撃は悪口の域にも達していないような稚拙なものであり、老剣士も余裕綽々にぐるりと剣を回しながら応える。


「そうか、ならばお前も私をクレルと呼びたまえ、ああ、伯爵でもかまわないが」


「……俺は名乗らないからな」


「ククッ、名乗らなくてもかまわない。『コウ』だろう? あの夜、痛めつけた女がお前の名をうわごとのように繰り返していたぞ」


 あの夜、正気を失っていたセナがコウの名前を呼んだはずがない。

 大方先ほどの戦闘の最中にコウの名を呼ぶ誰かの声を盗み聞き、動揺を誘う目的で組み合わせた作り話だろうが、それでも聞いていていい気のする話ではない。


 クレルの人を馬鹿にしたような笑みコウは小さく眉根を寄せた。 

 にらみ合うクレルとコウ。


 一触即発、まさしくその言葉がふさわしい、ピンと張り詰めた空気。


 瞬間。


『ムウゥワアアアア!』


 戦場の至る所に、ウチツネの雄叫びは分け隔て無く響き渡った。

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