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異世界転生は一度でいい!  作者: 大杉俊
二章 公国と化け物
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第83話 プランB


 深い霧の中、巨大な鉄塊を引きずり回す轟音が響き渡る戦場で、一団と一人が対峙する。

 

 瞳の座った兵士たちの顔をひときわ鋭くにらみつけたコウは、直後、諦めたようにため息をついた。


 そのため息は自身のもくろみが大きく外れたことに対するものと言うよりも、崩壊寸前の部隊を的確に収拾した敵の指揮官の手腕に対する感嘆と言うべきものだった。


 プランA、セナとコウの連携により手早く戦力を削った後、ゼルドロ率いる刀術隊の強襲によって敵部隊を撃破する。

 

 その作戦の初期段階、セナによる奇襲からコウの登場までの流れはおおよそ完璧と言っていいものだった。


 吹き出す鮮血を頭からかぶり、一点もののコートを赤く汚してまで演出したおどろおどろしい狂気。

 

 にもかかわらず赤髪の老剣士ろうけんしは最小限の喪失だけで事態を収拾して見せた。


 突発的な事態にも動じない冷静さ、状況を即座に理解する判断力、そしてそれをいともたやすく実行する冷酷な思考回路。


 しかし、何よりコウの目を引いたのは赤髪の老剣士が振るう、見覚えのある両手剣だった。


 セナの左足に突き立っていたものとほとんど同じその剣に、コウは赤髪の老剣士が夜戦でセナを打ち倒した戦士であると確信した。


 さて、それらの情報を基に、コウは再び状況を吟味する。


(……うん、やっぱり分が悪いな)

 

 少しの間、考えを巡らせたコウは、諦めたように一つため息をついた。

 しかし、もちろんそれは勝利に対する諦めではない。


 迫り来る重装歩兵の長剣からみをかわしつつ、コウは高らかに指笛を鳴らす。


 一拍の息継ぎを挟んだ、鋭い2連符。

 

 その音を合図に、作戦は大きく方向を変える。


 馬鹿みたいにうるさいセナの走行音に紛れて聞こえる複数人の足音。

 直後、霧の中から滑るように現れたゼルドロは、跳び下がってきたコウをひょいとよけ、あきれたようにつぶやいた。


「予定より、ちと早くないかのう」


「悪い、思ったより手強そうでな」

 

――

 

対峙する小男の吹き鳴らした、甲高い指笛の音から遅れること数秒、クレルは自軍の隊列右後方から上がった悲鳴に顔を向けた。


 その時クレルの瞳に映ったのは、路地を塞ぐバリケードの隙間から突き出す長槍が、兵士の脇腹を深々と貫く光景。


 クレルがその光景の意味することを理解した時、大通りに面したほぼすべての路地から次々にギラリと光る槍の穂先が突き立てられた。

 あちこちから上がる悲鳴にクレルは鋭く指示を飛ばす。


「側面防御だ! 素早く陣を組め、落ち着いて防壁を崩せ!」


 クレルの怒号に、兵士たちははじかれたように隊列を組む。

 

 どこか1カ所でも隊列が乱れれば、そこを起点に隊列を分断され、包囲殲滅される。


 その可能性にいち早く気づいたクレルの指示は


 そのとき、クレルは背中を這う強烈な寒気に、反射的に身体をひねった。


 騎馬の上でのけぞるように身をかがめたクレルの鼻先をかすめる、赤く染まった分厚い刃。

 その奥に見える、切り飛ばされた馬の頭。


 瞬間、クレルはあぶみにかけていた右足を大きく蹴り上げた。


 血塗れの男の腹に吸い込まれるようにめり込んだ右足の確かな感触に、クレルはその足を強く蹴り出す。


 しかし、男はその派手な吹き飛び方に反して大きなダメージを負っている様子はない。

 

 クレルが蹴り出す瞬間に合わせて、男もまた馬の身体を蹴り、自分から飛び下がっていたのだ。


 その衝撃に、息絶えた馬の身体ががくりと崩れ落ちる。

 蹴りをかわされた反動も相まって半ば滑り落ちるように落馬したクレルは、しかし、素早く空中で身をひねり、膝をつくこともなく両足で着地する。


 顔を上げたクレルが見たものは、吹き飛んでいく男の不気味な笑みと、その左手からこぼれ落ちた、キラリと光る1枚の金属板。


 瞬間、クレルは大きく飛び退きながら大声で叫んだ。 

 

「2班、横隊(おうたい)防御!」


 兵士たち2班の先頭は最前列から数えて5列目にあたる。

 横隊防御とは、横並びに並んだ兵士が隙間を空けずに大盾を合わせる、最前線の兵士が行う基本的な防御陣形であり、5列目でこれを行うと言うことはすなわち、彼らより前に残された4列を切り捨てることになる。


 クレルが盾の間に滑り込むようにして下がったと同時に、前方4列はその中心から瞬間的に広がった閃光に撃ち抜かれた。


 雷撃、兵士たちの誰もが想定していなかった魔法による攻撃。


 あっけにとられた2班の盾兵隊の前で、霧の奥から現れた年老いた刀使いは転がる屍の山にフンと鼻を鳴らした。 

 

――


 プランB、コウの提示したそれは、複数の路地に囲まれた大通りという立地を生かした攪乱かくらん作戦である。


 この作戦の欠点は、側面攻撃部隊に対する敵の対応が早かったり、的確だったりした場合、前線正面がプランAに比べて手薄になるということ。

 

 ウチツネ、ゼルドロといった例外を含めても、軽装高機動の刀使いが大挙して押し寄せる全身ガチガチに防具を着込んだ重装歩兵を抑えることは難しい。

 

 しかし、その不利を補ってあまりあるほどに、魔道士のいないこの戦場において、コウの放つ術式鉄札じゅつしきてっさつは効果的だった。

 

 さて、魔道士たちが手も足も出ないこの霧の中でコウの鉄札てっさつがなぜ機能するのか、その理由は単純明快、コウの鉄札(てつさつ)には術式が物理的に刻印されているからだ。


 そもそも、霧の魔導書(グリモア)は高濃度の純粋な魔力をばらまくことで術式の発動を阻害する魔法。霧の形をとっているのはばらまいた魔力を敵に利用されないためである。


 紙に書いた文字をインクで塗りつぶすように、魔道士が組み上げた術句を空間を埋め尽くす魔力がかき消す。 


 しかし、鉄の札に刻みつけられた溝はどれほど高濃度の魔力でも埋めることはできない。


 簡単な構造ながら、コウの術式鉄札じゅつしきてっさつはこの戦場を支えるだけの威力を秘めていた。

  

――


 部隊の前方を焼く爆炎に、浮き足だった兵士たちの悲鳴と怒声が響き渡る。

 しかしクレルがそれにうろたえることはない。

 何よりも、クレルは事前にその情報を知っていたという所が大きいだろう。 


(なるほど、あれがロックの言っていた男か)


 先日、ロックが対峙したという小柄な鉈使いの話を思い出し、クレルは男のずば抜けた力量に納得した。

 それと同時にクレルの中で男に対する警戒度が大きく上昇したと言うこと。

 

 本格的な排除策を考え初めて十数秒、1つの妙案を思いついたクレルは、近くに立つ若い副指揮官ににこやかな表情で声をかけた。

 

「なあ君、あの男、やっかいだと思わないか?」


 いやにフレンドリーなクレルの様子に、話しかけられた副指揮官は素っ頓狂な声を上げた。

 

「なっ! いえ、はい! そう思います!」

 

 要領を得ない副指揮官の反応にもいやな顔1つ見せず、大きくうなずくクレルに、副指揮官の戸惑いはますます大きくなる。

 

「そうだな、向こうにだけ魔法を使われるなど、面倒なことこの上ない」


「そこでだ、私があの男をここから引き離しておこうと思うんだが、どうだ?」

 

「そんなっ……隊の指揮はどうされるのですか!?」

 

「そんなものは君がすればいいだろう、なに、援軍が来るまで30分とかかるまい、奴さえいなくなればこの程度の戦線はたやすく抑えられるだろう」


「いや、しかし――」


「なんだ? なら君が代わりにあの男を抑えるか?」

 

 クレルとしては、若く、経験不足であろう副指揮官に無駄な緊張をさせないための気遣いのつもりだったのだが。

 食い下がる副指揮官を黙らせた最後の一言など、明らかに脅迫であった。


――


 対峙する、両軍。

 向かってくる兵士を鉈の一振りで袈裟に切り捨てたコウは、返す刀で左手に握った爆裂を敵の盾兵隊に向かって投げつける。


 爆発に巻き込まれた隊列に穴が開き、そこになだれ込む流水花月の刀使いたちによって前線の穴はこじ開けられ、隊列を切り崩して一歩前進する。


 これだけ派手に立ち回っているのだから、コウも当然自分が狙われることは警戒していた。


 しかし、それでも。


 群がる刀使いたちを蹴散らして現れた赤髪の老剣士の姿には、コウも驚きを隠せなかった。


(え? 指揮官じゃなかったの?)


 そのような言葉をこぼす間もなく、猛然と突撃してくる老剣士の両手剣にかろうじて刃を合わせたコウは、その重みに大きくバランスを崩した。

 

 同年代とおぼしきゼルドロのそれを、明らかに上回るとてつもない剣圧。


 なおも勢いを増す老剣士の剣圧に、コウは押し返されるように大きく後じさった。


 とはいえ、コウもいつまでも呆けているわけではない。


 相手の呼吸を読み、最適なタイミング切り返したコウは、下げた右足をしっかりと踏み込み、老剣士の突撃を跳ね返す。


 しかし、コウの反撃はその意気込みに反して空を斬った。

 

 コウの考えなどお見通しとばかりに完璧なタイミングで一拍を置いた老剣士は、満足したような笑みを浮かべ、直後、満を持して踏み込んだ。

 柄からかち上げた老剣士の両手剣が、体重の乗ったコウの斬撃を斜め下から受け止める。


 踏み込みを逆手にとられたコウの両足が地面から離れる。

 

 さすがのコウも肝を冷やす、とんでもなく不利な状況。 


 すかさず切り返したクレルの斬撃に対して、コウは刃を押しつける事しかできなかった。


 刃を合わせたまま両手剣を振り抜かれ、叩き付けられるようにして地表を滑ったコウは全身を襲う痛みに耐えて顔を上げる。


 前線から大きく離され、霧に隠れて仲間の姿は見えない。

 ある意味で、戦闘の最前線から切り離されたこの場所で、赤髪の老剣士はコウに向かって語りかけた。

 

「ククッ、少し付き合いたまえよ」


 やたらと楽しげな老剣士の言葉に、コウは地面を蹴って立ち上がる。

 

「元気すぎだろ、じいさん」


 その際、憎まれ口を忘れずに挟むあたりに、コウの人間性がうかがい知れるというものだ。 

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