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異世界転生は一度でいい!  作者: 大杉俊
二章 公国と化け物
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第82話 火蓋



 平野の果て、ハタツミ王都へと続く太い街道を前に組まれた兵士たちの隊列は4列200人にも上る。

 王都攻略という大規模な作戦を前に、兵士たちの士気は高い。


 その兵士たちの間を縫うようにして足早に先頭を目指す人影は、隊列の先頭付近に一騎の騎馬を見つけると、声を潜めて呼びかけた。 


「伯爵⋯⋯おい、クレル伯爵」


 荒い言葉遣いも、2人の関係性と、一切気づく様子のないクレルの反応を考えれば無理のないものだろう。


「ん? おお、ロック」


 偶然にもロックの方を振り返ったクレルのこの言葉に、ロックは大きくため息をついた。


「わざわざどうした?」


 馬上からそれはそれは不思議そうに半笑いの顔を向けるクレル。

 一挙手一投足からロックの心情を見透かしたようなクレルの笑みに、ロックは滅入る気持ちを抑えて口を開く。


「ああ、死地におもむく上官様に、手向けの言葉をと思いましてね」


 ロックが思いついた台詞の中で最も皮肉の効いたその言葉に、クレルはククッと喉を鳴らした。


 普段と変わらない、とりとめもないやり取り。


 少しの間をおいてロックは静かに問いかけた。 


「本当に俺たちはついて行かなくていいのか?」


 敬語や忖度、言葉を飾るありとあらゆる要素を取り払ったロックの率直な問い。 


「ククッ、魔法の使えないお前達などただの軽装近接兵に過ぎないだろう、持久戦向きではない」


 そう笑うクレルに、ロックは表情を曇らせた。


「まあ、それはそうだが⋯⋯」


 ロックが言わんとしている事は、その当事者たるクレルも理解しているはずだ。

 その上で彼が何も言わない以上、ロックから確信を口にするしかない。


「全部、侯爵の思惑通りでいいのか?」


 今回の作戦は、クレルが完全な権限を持っていた先日の夜戦と違い、指揮権がアルフレートにある。

 クレルは霧中前線での代理指揮官として配置され、作戦全体の指揮は本部が直接行う事になっているのだ。

 

 勝利は作戦指揮官たるアルフレートの功績となり、敗北の責任はクレルに押し付けられる。


「まぁ、これ以上、政治的な駆け引きに付き合っていても時間の無駄だからな。祖国などどうでもいいが、敗戦国の貴族になるのはしゃくに触る」


 しかし、ロックの不満とは対照的に、クレルの答えはあっけらかんとしたものだった。


「幸いにも、部隊編成の権限は私にある、まあそれも負けた時のための口実だろうが⋯⋯どちらにせよ、勝てば私に徒労以外の損は無い」


 エゴを人型に固めたような人間

 彼の身を案じるということがいかに馬鹿げた事か。

 こみ上げてきた笑いを呼気と共に吐き捨て、ロックは薄い笑みを浮かべてクレルの顔を見上げた。


「ふん⋯⋯死ぬなよ、伯爵」


 


「ククッ、私がり上げた編成だぞ? 少なくとも信頼の加点を加えた狩猟部隊おまえたちを入れる余地がない程にはな」


 嫌味ったらしいクレルの言葉に、もう一悶着起こるかと思われたその時、隊列全体に張り詰めた緊張すら緩める気の抜けた声がロックに向かってかけられた。


「隊長、こんなところにいらっしゃいましたか」


 無表情でそう問いかけるフランに、ロックは怪訝そうに問い返す。


「どうした?」


 誰にも告げずにクレルを見送りに来たロックを見つけたという事は、フランはかなりの優先度でロックを探していたという事になる。

 それだけ重要な用があったか、もしくは問題が起こったか。どちらにせよ、たいていの問題は1人で解決できるフランが一目散にロックを探すという事は滅多にない事であり、ロックはそれなりの緊張感を持ってフランの答えを待った。


「いえ、先ほど調整が終わった隊長用の砲器ホウキの試射をしましたところ、誤って西側テントを爆破してしまいました。つきましては、本部への釈明に隊長にご同行いただきたく」


 眉ひとつ動かさずに淡々とそう述べたフランに、ロックはいよいよ頭を抱えた。


 なぜロック用に調整された砲器ホウキの試射をフランがするのか、そしてどんな失敗をしたら試射でテントが吹き飛ぶような事になるのか、最後になぜその釈明にロックを呼ぶ必要があるのか。


「クッ、ハハハハ、頼られているじゃないか⋯⋯ククッ、隊長冥利につきるというものだろう⋯⋯えぇ? ロック、クハッ」


 言葉を失うロックと、笑い転げるクレル。そして2人の反応に首をかしげるフラン。

 整然と並ぶ隊列を背景に、ささやかな時間は過ぎていった。


——


 町並みは霧に沈み、一月前まで道行く人々の喧騒が響いていたはずの街路には規則正しい軍靴の靴音が響く。


 街道から都市内部へと、さしたる問題もなく進行したクレルの部隊は、作戦予定地点に設定された死守すべき前線へと到着した。


 道中の襲撃を警戒していた兵士たちは口に安堵の言葉を漏らすが、当然これで作戦が終わるわけではない。 


 彼らが気を緩めた一瞬を狙いすましたように、突如として響き渡った、金属を引きずる様な轟音が部隊を包み込んだ。


 瞬間、最前線を張る兵士たちの間に走った緊張は想像の比ではない。

 無闇に声を上げるものはいないが、四方八方から響き渡る轟音に隊列は崩壊寸前だった。


 そんな兵士たちをよそに、クレルはいたって冷静に耳を済ます。


 あちこちから聞こえてくる轟音のパターンと順序、そこに覚えた地図の情報を重ね、音の出どころを割り出す。


「右だ、防御陣を組め」


 クレルの不意の指示にも即座に対応できる優秀な盾兵たち。

 しかし、いち早く動いた彼らは、さぞ困惑した事であろう。

 その路地はうず高く積まれた木箱と砂袋のバリケードによって塞がれていたのだから。

 

「来るぞ、構えろ!」


 そして、クレルの言葉を裏付けるように、そこら中に反響して出どころの掴めなかった轟音は、角を曲がったのか急速にバリケードの向こうに収束する。


 この時、冷静に耳をすませる度量のある者がいれば、近ずいて来る音があまりにも速すぎる事に気づいたかもしれない。


 直後、金属質な走行音に変わって強烈な爆音が空気を揺らした。


 路地を塞ぐバリケードをぶち破って現れたそれは、相対した盾兵のことごとくを肉塊へと変えた。

 

 濃霧と土煙に遮られた視界の中、何が起こったのかを正確に見ることができたものは少ない。


 とりわけ鍛えられたクレルの目がどうにか捉えたのは、土煙の合間に一瞬映った、猛烈な速度で巨大な何かを振り回す人影と、それに触れた盾兵が大盾ごと引きちぎられる様にして絶命する壮絶な光景だった。


 数秒後、落ち着いた土煙の向こうにその光景を目にしたクレルは、その特異な惨状に襲撃者の正体を確信する。


 最前列にいた十数名の盾兵は、そのことごとくが叩き潰され、弾けた様に血を撒き散らして死んでいた。


 一般的な血だまりは1つもない。放射状に広がった鮮血は、さながら真っ赤に咲いた花の様であった。


 辺り一面に咲いた赤色の花、その中心に立つ襲撃者の人影。


 白シャツ黒ズボン、おおよそ戦い向きとは思えない格好に、ひょろりと高い背。

 返り血にまみれた彼女が片手で振るうのは、錆びついたあまりにも巨大な大剣。


 白髪と白い肌、その全てが前回と寸分違わなかったからこそ、クレルは彼女の変化にいち早く気づいた。


 クレルを睨む彼女の苛立ちと理性を宿した瞳、そして首に光る黒革の首輪。


(狂った雌犬が首輪を⋯⋯)


 数秒クレルを睨み続けた女は、不意に興味を失った様に視線を外すと、錆びついた鉄塊を引きずり、再び轟音を響かせながら反対の路地へと走り去る。


(飼い慣らされた番犬か⋯⋯めんどくさい)


 彼女を生かしておいた事に対する後悔と、現状取れる対抗手段。

 束の間静止し、考えを巡らせていたクレルは、数瞬遅れて凍りついた様に動きを止める兵士たちに気づき、呆れた様に声をかけた。 


「隊列を崩すな、さっさと殺された枠を埋めろ」


 敵本隊との正面戦闘を想定したこの部隊には、当然ながら負傷者や死者が出た時のための交換要員を多く配置している。

 一息に10人以上殺される展開こそ想定していなかったが、それでも対処法は変わらない。


 しかし、クレルの次の指示が与えられるより先に、さらなる悪夢が兵士たちを襲った。

 


 クレルの指示にいち早く駆け出した兵士は深い霧の奥に揺れる、黒い人影を見つける。

 彼が次に見たものは、まばたきする間も無く眼前にまで迫った黒衣の男の、薄い笑みだった。


 クレルの指示に遅れて、隊列の穴を埋めようと一歩踏み出した兵士たちが聞いたのは、崩れ落ちた仲間のあげた引き攣った悲鳴。


 地面に広がるそれらしい血だまりに気づいた時、まるで吸い込まれるように今の今まで鼓膜を揺らしていた悲鳴が途絶えた。


 膝から崩れ落ちた兵士の向こうから姿を見せた、継ぎ接ぎ柄のコートを着た男。


 見るからに小柄で、大した防具も着込んでいないその男は、しかし、そこに居るだけで兵士たちの足を止めるに足るだけのいびつな存在感を放っていた。


 凍りつく兵士たちのまえで、男はその歪な大鉈を、生き絶えた先兵の体からゆっくりと引き抜いた。

 

 直後、兵士の首が高らかに宙を舞う。


 鮮血を吹き上げながら、死体は前のめりに倒れこむ。


 身じろぎひとつせずに血を頭から浴びた男は、横薙ぎに振り抜いた鉈をゆっくりと引き寄せる。


 全身真っ赤に染まった男は、血まみれの口元を吊り上げてニヤリと笑った。



 兵士たちを飲み込む動揺と恐怖の波。

 あまりにも効果的な男の立ち回りに、クレルは相手の目的を理解した。


(⋯⋯なる程、)


 遠くの見えない霧に、轟音を鳴らして襲い来る女、そして男の不必要に首を跳ねるパフォーマンス。

 一流の兵士を恐れさせるだけの、狂気と暴力の絶妙なバランス。


 それなりに修羅場をくぐってきた人間の心の強靭さと脆さ、それを正確に理解していなければそうそう成功するものではないが、男はそれを理解していた。


「ああ⋯⋯ああぁあ!」


 そして男の思惑通り、クレルの隣にいた1人の兵士が恐怖に耐えきれず踵を返した。


 戦意を喪失した者の逃亡は部隊が崩壊する引き金。


 戦線崩壊、敵陣のそれも情報伝達の遅れる霧の中で起こるそれは、大隊規模の部隊ですら、全滅の可能性がある致命的な事態だ。


 ただ、もちろんそうならない為の対策も軍隊には用意されている。


 直後、地表すれすれから跳ね上がったクレルの大剣が深々と逃亡兵の背中を抉った。


「逃げるなぁ⋯⋯」


 逃亡兵の処刑。

 部隊の規律を守るため、一定以上の階級のものに認められた権利ではあるが、実際にそれを戦場で執行できる者は少ない。


 凍りつく兵士たちを前に、クレルは静かに口を開く。


「背を向けた者は、私が殺す」


 恐れ、怯み、すくみきった兵士たちの足を、なお戦場に縛り付ける術、それをクレルは知っていた。


 恐怖に対抗できるのは、同じく恐怖。


 2つの恐怖に挟まれた人間は、死にものぐるいで戦い続ける。


 少なくとも、狂って壊れるまでの間。


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