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異世界転生は一度でいい!  作者: 大杉俊
二章 公国と化け物
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第81話 残された選択肢


 ハタツミ王都、BAR『たまり場』。


 早朝と言うには少し遅いが、未だ起きてこない店主の名誉を考えると、この店においてこの時間は随分と早い時間になるのだろう。


 ハタツミ王都からゼルカトリア公国首都アトラブルク、片道7日の道のりをたったの6日で往復したロックは、長旅の疲れなど臆面にも出さず、翌朝7時きっかりに酒場に現れた。


「おはようございます、コウ様」


 恭しく一礼するクロバ、慇懃無礼が服を着て歩いているような彼の態度に、懐かしさとも安心感ともつかない得体の知れない感覚を覚えかけたコウは、早急に話題を変えることで自身の思考をリセットする。

 

「おう、それで、頼んだものは出来てんだろうな?」


 即物的なコウの言葉に嫌な顔1つ見せず、クロバは慇懃な笑みのまま当然のように頷いた。


「もちろんで御座います、たとえ一晩の時間しかなくとも、そしてそれが主人の思考能力を疑うようなわけのわからない代物だったとしても、不備なく要望に答えるのが執事の仕事ですから」


 嫌味たっぷりにそう切り返したクロバの言葉に、コウは不快感を隠すことなく舌打ちする。

 そして、その様子を一切気にすることなくツカツカとコウのそばまで歩み寄ったクロバは、片手に持ったトランクの中からコウがクロバに依頼した物、冊子の束を取り出し、コウに手渡した。


 受け取った冊子の束から一冊を取り出し、ペラペラと流し読みするコウの隣でカウンター席に腰掛けたクロバは、一挙動で軽やかに上体を返すと、窓の外の風景を眺めながら感嘆したように囁いた。


「それにしても、あなたも面白い作戦を考えたものですね」


 窓の外の風景といっても、この店があるのはなんと言うこともない、小さな路地である。

 目に入る風景は向かいの民家か何かの壁と扉で全てであり、たかだかそれだけの風景の中で変化を認識できるものはおそらく1つしかない。


「ん? ああ、霧のことか?」


 薄く霞む風景をチラリと見たコウの空返事に、クロバは饒舌に賞賛の言葉をかけた。


「幻想的で、美しく、そして効果的。まったく素晴らしい出来です、まさかあなたにこれ程のセンスがあるとは思いませんでしたよ。ああ、勘違いしないでください、今のは心からの賞賛ですので」


 激烈に皮肉の効いたクロバの言葉に、コウは心の片隅に芽生えかけた友情に近い感情が跡形もなく弾け飛ぶのを感じ、安心したようにため息をついた。


——


 午前10時を少し過ぎた頃、酒場に集まったのは、ゼルドロ、セナ、ウチツネといったいつもの見慣れた面々にシャルロットを加えた国防軍の中枢。魔道士組合の連中はいないが、それは集められた理由を考えれば当然のことだった。


「集まったな」


 彼らの顔をぐるりと見回し、そう言って頷いたコウはゆっくりと立ち上がる。


 あかりの消された室内は外の濃霧と合わさって薄暗く、部屋を満たす空気は重く冷たい。


 何処となく悪の組織の密談を思わせる雰囲気、その空気感のままに、コウは不敵な笑みを浮かべて語りかけた。


「よーし、それじゃ、今から『霧のみやこ大作戦』の概要を説明するぞ」


 国の命運をかけた作戦の名にしては随分とゆるいその字面に、セナは大きく欠伸あくびした。

 コウの言葉に続いて、その傍から歩み出たクロバは、早朝自身が持ってきた冊子の束をテーブルの上に置いた。


「それでは皆さん、こちらを一冊お取りください」


 『霧の都大作戦のしおり』

 表紙にそう記された十数ページの小冊子が皆の手元に行き届いた時、場を満たした空気は呆れ返った虚脱感というより他ないだろう。


「こーゆーのって戦争が始まる前に配るんじゃないの?」


 隙間なく並ぶ文字に目を白黒させる、読書嫌い特有の反応を示しながらセナは誰にともなく問いかける。


「いや、普通配らんじゃろ」


 隙間なく並ぶ文字に目を細めて顔を引く、老眼特有の反応を示しながらゼルドロはセナの問いに呆れたように答える。


「遠足でもあるまいし、そもそも作りませんよ、私も昨日コウ様に頼まれた時は気でも狂ったのかと思いましたから」


 隙間なく並ぶ文字には目もくれず、慇懃な微笑を浮かべ、道端の犬のフンでも見る様な目で見つめてくるクロバを、コウはじろりと睨み返す。


「うっせ、分かり易い方がいいだろうがよ」


 最初の怪しい空気感などとうに捨て去ったコウの言葉に、クロバは周りを見回す。

 難しい顔で小冊子とのにらめっこを続ける面々を一瞥して、クロバは再度、慇懃な笑みをコウへと向けた。 


「ふむ、これって分かり易いですか?」


 事実としてコウに助け舟を出す者はいない。

 自身の不利を理解したコウは、クロバの問いに答える事なく顔を背けた。


「⋯⋯えー、今回の議題は次の戦闘、大規模な市街戦についてだ」


 その言葉とともに、コウはテーブルに巨大な地図を広げる。

 ハタツミ王都の半分にいくつかの情報が書き足されたその地図は、以前クロバが使っていたものを拡大したものだった。


 さて、そのまま説明を続けようとしたコウに向かって、セナは配られた冊子をパタパタと振りかざしながら疑問の声を上げる。


「これの意味は?」


 最もな疑問である。そして、それに対する答えは先ほどクロバによって否定された『分かり易くなると思って』以外には存在しないのである。


「4ページにおんなじ地図があるだろ、そこにメモとかできるだろ」


 ヤケクソ気味のコウのセリフに、笑いを噛み殺した様な顔で俯いたセナ、それ以上の質問がないことを確認して、コウは話を進めた。



 数十分の時間をかけて行われた、緻密な作戦説明。



「てな感じで、Fラインが突破された時は第4区画まで後退してから、さっき説明したプランBに移行すれば、ノリと勢いでどうにかなるって訳だ」


 おおよそ戦場におけるあらゆる可能性が、基本となるA、B、2つのプランとノリと勢いで解決される、簡潔きわまりない作戦説明が終わりに差し掛かった頃、眠たそうにカウンターに突っ伏していたセナが、それまでの前提をひっくり返すような質問を投げかけた。 


「でも、ほんとにそんなに大勢来るの?」


 コウによって説明された作戦は、ゼルカトリア軍の大部隊の進軍を想定した奇襲殲滅作戦。


 可能性に思い到る事はあっても、大した情報もないまま、敵がこちらにとって都合のいい戦場に出向く戦法を取る事は、セナにとって現実的ではないように思えたのだ。


「まあ、まず間違いないだろうな」


 しかし、コウはセナの問いに対し、確信を持って答えた。


「というのもな、相手方はすでに2回、偵察に部隊を送っているわけだ。まぁ、それで分かった情報っつっても、せいぜいこの霧の中で魔法が使えないことぐらいだろうだろうが——」


 自身が始末した敵兵らの練度から、取り逃がした兵士らが持ち帰った戦果を予想しつつコウは続ける。


「相手方がまともな指揮官なら、明らかに時間稼ぎを狙ってる俺たちに対してこれ以上時間をかける真似はしないはずだ」


 そう断ずるコウの脳裏に浮かぶのは、森林の夜戦にてコウの追撃から見事に逃げおおせたドルフの男と、セナを斬り伏せたという赤髪の老騎士の姿だった。 


 ただ、コウの心の中に彼らに対する恐れは欠片もなかった。


「そして実際に、時間的な余裕はもう無い」


 あるのは一定の警戒と、そして自身が用意した策に対する絶対的な信頼。


「作戦が最終段階に突入すれば、俺らはどうやったて勝てるんだ」


 かつて、自分自身をこれほど信頼できた人間が他にいるだろうか。


「奴らが次に大規模攻勢を選択しなかった時点で俺たちの勝ちは決まったようなもんだ」


 一国の命運を自分1人に賭けて、何1つ様子の変わらない人間が他にいるだろうか。


「奴らの次の攻勢でこの戦争の勝敗が決まると言っていい、事実上の決戦だな」


 しかし、この無謀とも言える自信と余裕こそ、人並みの能力しか持たないコウが、ハタツミという国までもを率いている理由なのだ。


「本来なら俺とセナだけで片付けたかったんだが、もしもって事があるからな、今回はお前らみんなに手伝ってもらおうと思う」


 コウのその言葉に、嫌な顔を向けるものはいなかった。 


「手伝うも何も、わしらはお主が出るなと言わなければ勝手に戦っておったわ」


 事もなげにそう言ったゼルドロに、コウはいやらしい笑みを向ける。


「へ〜、霧の中で戦ったことなんてなかったんじゃないのか?」


 以前とった言質げんちを単なる揚げ足取りに利用する、コウのつまらないちょっかいにゼルドロはふんと鼻を鳴らした。


「それがなんだと言うんじゃ? お国のためなら、例えそこが地獄だろうとわしらに出向かぬ理由は無いわい」


 若者が言えば蛮勇と笑われるようなセリフも、老齢の剣士が口にすればそれで十分な説得力を持つ。


「うわぁ、でたよ愛国者。苦手なんだよなぁ、そういうノリ」


 そんな中で繰り出された、『うへぇ』という感情を余さず顔に出したコウ言葉は、まさしく失笑を買うものだった。


 無遠慮にひとしきり笑ったセナは、ずいと向けられたコウの視線に、慌てて取り繕ったような顔で答える。


「まぁ⋯⋯あたしは、あんたが命じるならなんだって」


 彼女の首に光る黒い首輪の事もあり、居合わせた皆からコウに微妙な視線が向けられた事は言うまでもない。


 その微妙な空気を破ったのは、テーブル上の地図に視線を落としたゼルドロの何かに気づいたような声だった。


「それはそれとしてのう、この最前線に書いてある『ゼ』というのは⋯⋯」


 ゼルドロが指し示した場所、戦闘予定地点のすぐそばに記された一文字のマークにコウは平然と答える。


「おう、ゼルドロの待機場所」


「⋯⋯地獄であろうと出向くがな、やたらとしんどいのは御免被ごめんこうむるぞ、わしは」


 お国の為なら何処へでも。

 そう言っていたゼルドロの熱意は、先に見えた多大な労働を前に、瞬く間に冷めていった。


——



「コウ、少しいいか?」


 さて、今の今まで沈黙を貫いていたシャルロットが神妙な面持ちでコウにそう切り出したのは、作戦会議が終わってすぐの事だった。

 当然ながらその仰々しい様子に、気を回したゼルドロはさっさと店の扉をくぐり、セナはそそくさと2階に消える。


「どうぞ、続けてください」


 そんな空気を物ともせず、太々しくその場に居座ったのはクロバだけだった。



 シャルロットの話というのは、彼女が任された義勇兵の訓練の事だった。


 結論から言うと、兵士たちの訓練が間に合わなかったのだ。



「すまない、私の力不足だ」


 その言葉と共に頭を下げるシャルロットを前に、コウとクロバは顔を見合わせた。


 常識的に考えれば、1月足らずでただの市民を第一線で使える軍人に育てるなど不可能な話である。


 コウが彼女の立場にいれば、ふっかけられた無理難題に怒りすら覚えるはずだ


 その上で律儀に頭を下げるのは、シャルロットの人並外れた責任感が故であろう。


 コウは、そんな彼女の責任感に1つの活用法を見出した。


「いいよいいよ、もともと義勇兵はデモンストレーションみたいなもんだったし、お前がそいつらの分、活躍してくれればいい話だしな」


 あっさりとした返答と、含みのある要求。


「ちょっとエグい作戦だけど、お前なら問題なくできるよな」


「なるほど、アレを試されるのですね」


 ニヤリと口の端を吊り上げたコウと、薄ら寒い笑みを崩さぬクロバ。

 普段と何1つ変わらぬ2人の様子に、シャルロットは得体の知れない恐怖を覚えた。



——


 消耗戦を餌に持久戦を狙うクレルと、時間稼ぎを餌に決戦を狙うコウ。

 互いに導き出した最良の戦略は、奇しくも1つの決戦に向けてその照準を定めていた。

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