第8話 くだらない戦い
太陽が天頂に登る頃、チグハグな街並みの中でもひときわ異彩を放つその古風な建物、その中で相対する四人の剣士、周りを囲み座して見守る大勢の門下、というなんとも異常な状況の中でも全く臆さずに放たれる声——
「それではただいまより、コウ殿対ジク、セナ殿対ヤゼンによる立会いをとり行います。一同、礼!」
門下の中でも特に若いその少年の号令で、コウ達の資格をかけた戦いは始まった。
手渡された木刀をくるりと回しながらセナはその軽さに辟易としていた。もともと乗り気でやってきたのではなく、半ば強引にコウに連れ出された形のセナは正直に言って資格など別にほしくはなかった。それが今は出たくもない舞台に連れ出され、見たくもない真剣な眼差しで見つめられ、大嫌いな観衆の中に立たされている。
(全く、ほんっとに鬱陶しいわ。こんなものでしか実力を測れない剣術なんて)
そんな心情でいっぱいのセナは、この戦いを楽しむつもりなど全くなかった。
「はじめっ!」
開幕の宣言と同時に一歩の距離を詰めたセナは自分の間合い、つまり獲物と腕を合わせた間合いギリギリから木刀を横薙ぎに振り抜いた。
ヤゼンと言う名のセナの相手はそれに対して最小限の動きで回避するべく半歩下がる。上体をそらすことなく足捌きのみで躱すその動きは、反撃までを最速で行うために洗練された完璧な動きであった。
余裕ある表情でセナの攻撃をかわしたヤゼンは反撃で勝負を終わらせるべく前へ踏み出そうとし——
直後、その表情は驚きに染まる。
ヤゼンが足を踏み出そうとした時、その喉元にはすでにセナの二撃目が迫っていた。
周囲に動揺が走る。
それは間一髪で刀をかわしたヤゼンに対する安堵ではなく、尋常ならざる速度で繰り出されるセナの連撃に対する驚愕だった。
ヤゼンは流水花月の中でも指折りの実力者だった。その男の師匠であるゼルドロから見ても十分と言える、無駄を削ぎ落とした最速最小限の動きに、奔放に振り回されるセナの乱暴な剣戟が速度で優っている。これはすなわち、セナがヤゼンに速度で完全に優っていることの証明だった。
しかしヤゼンもバカではない。躱せないとみるや刀を打ち合わせ、セナの間合いと速度を殺す作戦に切り替える。
誘い込まれたことにも気づかずに。
ヤゼンは打ち合わせた木刀のあまりにも軽い感覚に違和感を覚えた。そしてその違和感はセナの瞳を見た瞬間確信に変わる。
ヤゼンの剣圧に逆らわず、木刀をたたみ込むように受け流しながらセナは、これまでにないほどの近距離に踏み込む。
切っ先が肌をかすめる間合いから前髪が触れ合うほどの至近距離に飛び込んだセナはそのままの勢いで木刀の柄をヤゼンの鳩尾に突き込んだ。
ヤゼンとセナ、双方の突進の勢いが合わさったその一撃は勝負を決するのに十分な威力であった。
くぐもった呻き声を上げながら倒れたヤゼンを見つめるセナの顔に喜びの色はない。「なんだ今のは!」「あのヤゼンさんが⋯⋯」などという周りのどよめきすらセナにはバカバカしい茶番に聞こえる。
下らない。
セナの心にはその感情しかなかった。
セナは最初から勝負などしていなかった。セナはそもそも、最初からカウンターで倒すつもりだった。相手に打ち込ませるため、攻め込ませるための牽制。ヤゼンは活路を開いたつもりだったがその行動は完全にセナの予定通りだったのだ。
それどころかこのヤゼンという名の男は、セナの牽制ですら受けきることもままならなかった。
(こんなにもくだらない、戦いも知らない連中に何ができるってのよ?)
(命ぐらいかければ少しはマシになるのに)
落ち込んだ思考の中でそんなことを考えていたセナは、不意に上がった歓声に視線を上げた。もちろんそれは横で戦っているはずのコウの方だ。しかし——
そこには、なんともおかしな光景が広がっていた。