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異世界転生は一度でいい!  作者: 大杉俊
二章 公国と化け物
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第76話 霧の中の死神


 数歩先も霞むような深い霧の中、軽装鎧に身を包んだ1人の男が懐から一本の杖を取り出す。


 男は手の中でくるりと一度その杖を回すと、その先端を霧の奥へと突きつけるように構えて術式の詠唱を始める。


 男が詠唱するのは、夜間の照明や狼煙の代わりに使われる、小さな光の球を飛ばす、基本的な光球魔法。


 男の詠唱に合わせて、杖の周りに数列の光の術句じゅくが走り、杖の先端に光の球が形成される。


 その直後、杖の先端に集められた光は不意に2度ほど瞬いた後、杖を囲む術句じゅくと共に、かすれるようにして宙に溶けた。


「⋯⋯あーあ、これじゃ、1班の奴らが帰れないわけだ」


 ポツリと、独り言のようにつぶいた男の声は誰に向けられたものでもない。

 しかし、霧の奥から現れた1人の騎士が、男に向かって無遠慮に問いかけた。


魔力障壁まりょくしょうへき、とか言ったか」


 その騎士の問いに、男は頷きながら答える。


「ああ、この中じゃ魔法はまともに使えないよ」


 魔力障壁。

 全ての魔法を遮断、あるいは阻害する万能の防御壁は、対抗たいこう術式で攻撃魔法を相殺する一般的な防御手法と違い、攻撃魔法の属性を見極める必要がなく、あらかじめ展開しておくことができる。

 しかし、魔力障壁はその穴のない防御性能と引き換えに、絶大な魔力消費と長大な術式という大きな2つの欠点を抱えていた。

 特に後者に関しては、味方の攻撃すら遮断してしまう点と合わせて、実戦においての実用性を著しく失わせる要因となっていた。


 絶対的な防御力と引き換えに、己の牙すらも封じる諸刃の剣。

 

 その魔法は今では考慮すらされないほどに廃れた技術になっていた。


 昨日、探索と遊撃を目的に編成された魔道士24名からなる第1探索班が、しかし、1日待ってもただの1人も帰還しなかったことを受けて、魔道士4名、騎士4名の少数精鋭で編成された第2探索班が今ここで会話をしている彼らなのである。


 しばし話し合った後、隊を率いる立場にある騎士は、魔道士らの中核である軽装の男に指示する。


「俺たちはこのまま奥へ進む、お前達は伝令と共に帰還しろ。どうせこの中で魔道士は役に立たない」


 しかし、男は騎士の指示に首を横に振った。 


「馬鹿言うなよ、敵の術式の中に魔道士なしで乗り込む方が自殺行為だ。それに、俺は護身用に剣術の勉強もしてるんだ」


 本来なら隊長の命令を否定することは、軍隊ではありえない。


 しかし、騎士と男は10年来の友人であった。


 腰の鞘から抜き出した短刀をくるりと回した男に向かって、騎士は呆れたように鼻を鳴らした。


「⋯⋯後悔しても知らんからな」


——


 大通りにつながる狭く薄暗い路地。

 霧に包まれた街の中で、全くと言っていいほど視界の通らないそこには、しかしうっすらと1つの人影があった。


 木箱に腰掛け、ぼんやりと大通りを眺めるコウの前で、大通りを騎士の一団が通り抜ける。


 騎士風の鎧に身を包み、片手剣と盾を持った男が騎士1人、同様の鎧に、少し小ぶりな両手剣を持った戦士が2人、大盾と槍を担いだ重装兵が1人、そして、他に比べて軽装の男が1人。


(一番後ろのは魔道士か?)


 最後尾を歩く男の他とは違う風態にコウは一瞬眉をひそめたが、

 

 それ以上の後続がいないことを確認したコウは、するりと路地から抜け出し、


 完璧なタイミングで振り返った最後尾の男と、バッチリと目が合った。


 ここまで気を使った上でコウがあっさりと発見されたのは、不運というより他ない。


「後ろだ!」


 軽装の男があげた鋭い声に、間髪入れずに踵を返した2人の両手剣使いの反応はコウの予想以上のものだった。


 飛び下がった軽装の男と入れ替わるように、2人の男がコウの前に立ちはだかる。


 無駄のない構えと足捌きは、一目で彼らがかなりの実力者であるという事を予感させる。


 いかにコウが霧中の市街戦に慣れていると言っても、精鋭と呼べる手練れ2人を同時に相手することは難しい。


 その状況を打開するべく、コウはひとまず左側に立つ、両手剣を横に構えた男に向かって駆け出した。


 コウは踏み込んだ左足に体重を乗せ、沈み込むように上体を下げる。

 コウのその動作を見抜いた男は、素早く踏み込みながら横に構えた両手剣を起こし、沈み込むコウを追って逆袈裟に振り下ろす。


 コウの縦軸での回避を読んだ男の攻撃は、しかしコウの予定通りのものであった。


 男が構えを変えた瞬間を見計らって、コウは後ろに残した右足を鋭く前に蹴り出した。


 放るように突き出した右足の作用によって、コウの動きは単なる屈み込みから急加速するスライディングに化ける。

 

 いかに男が手練れといっても、初めて見る体捌きにコンマ1秒遅れずに反応できるほどの判断力は持ち合わせていない。

 高速で沈み込むコウの体を追いかけ、力を込めた斬り降ろしは、ついぞコウの肉体を捉えることはなく、石畳に弾かれて派手な音を立てる。


 直後、コウは男の足に自らの足を引っ掛けるようにして男の股下で停止した。


 それは2人目の男に対する牽制であると同時に、1人目を逃さないための布石。


 コウは逆手に持ち替えた剣鉈(けんなた)を、男の股座またぐらから脳天に向かって一直線に切り上げた。


 逃さぬように足を踏みつけ、全身の筋肉を活かして伸び上がるように放たれた斬撃は、剣鉈の重厚な刃も相まって鎧の背面を占める鎖帷子を容易に切り裂く。


 人体のちょうど真ん中、正中線せいちゅうせんを綺麗にたどった剣鉈は、頭骨にぶつかり、滑るように首元から抜けた。


 その際に吹き出したおびただしい量の鮮血は、切り口の正面にいた2人目の男に降りかかり、男はとっさに飛び下がりながら左手で顔を覆う。


 もちろんこれは偶然の産物などではなく、コウが考えた手順の1つに過ぎない。


 止まることなく踏み込んだコウは2人目の男の腕を掴む。


 飛び下がった瞬間を掴まれた男は体勢を崩し、続くコウの引き倒しに抵抗することが出来ない。


 コウは男を引き倒しながらその脇下に順手に持ち直した剣鉈を突き込む。

 

 心臓をひとつき、傷口からあふれ出した血をかわすように剣鉈を引き抜いたコウは、残る3人の様子を再び確認する。


 大盾の重装兵を先頭に、片手剣と盾を持った騎士と軽装の男が続く。

 

(やっぱり、油断とかないよなぁ)


 後方からの急襲で2人屠ったにも関わらず、動揺のそぶりも見せずに体勢を立て直した敵部隊の練度は、やはり非常に高い。


 敵部隊の力量を改めて感じたコウは、迫る重装兵の足元に無造作に鉄札てっさつを投げつける。


 足を引き、投てきの直撃をかわす。


 魔法攻撃がありえないこの濃霧の中で、重装兵がとる対処はそれだけのはずだった。


「そこから離れろ!」


 軽装の男の怒鳴り声に、反射的に重装兵はその身をかわす。

 しかし、盾兵の重装備ではやはり身軽な動きは出来ない。


 爆式鉄札ばくしきてっさつの爆発は重装兵の左足を巻き込んで派手な土煙を巻き上げた。


 爆音に霞む音の中で、コウはかすかに男の苦鳴を聞いた。


 しかし、本来ならその苦鳴は聞こえるはずではなかったもの。


「あー⋯⋯オッケー分かった分かった」


 誰に聞かせるでもなくそうつぶやいたコウの声には、多少の苛立ちが含まれていた。


 直後、コウは鋭く地を蹴った。


 素早く上体を沈め、強烈に前傾させて足を地面に噛ませるように蹴り出す。

 中距離を最も素早く詰めることが出来る歩法でコウは巻き上がる土煙を突っ切る。

 

「お前が一番めんどくさいんだな」


 軽装の男の足元まで迫ったコウは、腕を伸ばし、身体の回転でかち上げるように剣鉈を振り上げた。


 とっさに短刀を合わせたのは見事な反応だった。


 しかし、軌道を変えたコウの斬撃に対処することはできず、絡め取られるように男の手から短刀はすり抜ける。


 付け焼き刃の技は、己の命を危険に晒すだけに過ぎない。


 刃を返し、さらに一歩踏み込んでコウは男の体に剣鉈を振り下ろした。


——


 友を殺された怒り、部下を殺された怒り。

 そんなものは、騎士の脳裏には微塵もなかった。


 彼の思考は、目の前に立つ(なた)使いの尋常でない実力に対する驚愕に満たされていた。


 爆煙を越えて瞬間の鉈使いの異様な踏み込み。

 蹴り出した足も、着地した足も、何1つ見えないまま唐突に距離だけが詰まったような鉈使いの踏み込みは、間近で見ていた騎士には反応することもできなかった。


 相手との間にある絶対的な実力差を騎士は改めて理解する。


 だからこそ、騎士は自身の誇りや矜持(きょうじ)を捨て、ただ鉈使い倒すという1つの目的のために友の死すら利用できたのかもしれない。


 斬られながらも鉈使いの胸ぐらに掴みかかった魔道士の男。


 それは彼が友に残した最後の好機。


 血しぶきと土煙に紛れて、騎士は鉈使いの背後に回り込む。


 鎧を着込んでいる様子のない鉈使いに対して、剣の一撃は間違いなく致命傷を与えるだけの効果を発揮する。


 魔道士の男に気を取られていた鉈使いがそれに気づいた時、騎士の放った斬撃は回避不可能な距離にまで迫っていた。


 しかし騎士の斬撃は空を斬った。

 

 騎士は振り下ろされた自身の剣の、側面に当てられた鉈使いの左手を信じられないものを見るような目で見つめる。


 刃が達する直前、その場で素早く半回転した鉈使いは、その空いた左手で払いのけるように騎士の斬撃をずらしたのだ。


 自身の全力の斬撃を容易くいなされたことで、騎士の動作は一瞬止まる。


 天高く振り上げられた(いびつ)な鉈の姿を騎士が認識した時、彼にできる選択肢は盾で受け止める以外になかった。


 響き渡る轟音。


(——ッ! 重い!)


 鉈使いの繰り出す叩きつけは、その小ぶりな武器からは想像も出来ないほどに重いものだった。


 たまらず膝をつき、剣を持っていた右手も押し当てることでなんとかその斬撃を受け止めた騎士。

 立ち上がることも、斬り返すことも即座にはできない、完全な防御体制に追いつめられた時、騎士は鉈使いの男が笑ったように見えた。


 立て続けに5回、繰り返された鉈使いの叩きつけ。


 斬りつけた方が反動でふらつくような強烈な一撃を、しかし鉈使いは間髪入れずに繰り返す。

 時に体をひねり、時に体を回し、揺らいだ体幹を様々な体術で即座に立て直す鉈使いの技量に、しかし騎士は歯を食いしばって耐えることしか出来ない。


 鉈使いの目的を悟った時、騎士は自身の持つ盾の内側から響く、ピシリという音を聞いた。


——


 盾ごと斬り殺した男の体からなんとか剣鉈を引き抜いたコウは、自身が振るった剣鉈を眺めながら、小さく溜息を吐いた。


 しかし、そのため息は、あれ程の無茶をしたにもかかわらず刃こぼれ1つしていない強靭な刀身に対する感嘆によるものではない。


 その刀身の側面、血塗れのそこに無数に張り付いた、質感の違う金属片。

 強引きわまりない叩きつけによって盾や鎧から分離し、刀身側に圧着された金属片は、1つ剥がすだけでも相当に骨が折れる。


(⋯⋯絶妙に割れそうな盾を持ってたこいつが悪いんだ)


 頭の中で全く意味のない言い訳を繰り返しながら、コウは歩き始める。


 その足は左足を失い、這いずるように逃げる重装兵の方へと向けられていた。


 首元の鎧の隙間に刃を突き入れ、鎧を避けてその首を切り落とす。


「これで終わり、と」


 立ち上がり、血を拭った剣鉈を無理やりさやに押し込む。


 濃霧に埋め尽くされた空に、しかしかすかに見える青空を見上げ、背伸びをして、コウは改めて一息ついた。


——


 ハタツミ城下、セナの家一階、BAR『たまり場』


 いつからか、店主の手によって書き殴られたような看板が扉に下がるようになったその店は、街が霧に包まれた今もそれまでと変わらない安定した賑わいを見せる。


 最も、その賑わいのほとんどは、普段から騒がしいござる侍のウチツネとリグル&リムカのちびエルフコンビが醸し出す喧騒に他ならないのだが。


「しかし、よくもこんな策を思いつくのう、おぬしは」


 そんな中、カウンター席に腰掛けて焼酎に近い風味の蒸留酒を舐めるゼルドロが放った上機嫌な言葉に、一仕事終えたばかりのコウはペキペキとヘラで剣鉈にこびりついた金属片を剥がしながら答える。


「まあ、こっちは魔道士少ないからな、正面きって戦えるような人数差じゃないし」


 単調な割に結構な力のいる作業に眉根を寄せるコウに、しかしゼルドロは遠慮することなく声をかける。


「にしても、結局おぬし1人で皆倒してしまうのだからつまらんな、久々に血が(たぎ)ってきおったと言うのに」


「実際ギリギリだぜ? 今日も魔道士は3人逃したしな」


 コウの弱音にも聞こえる返答に、ゼルドロは目を丸くして唇を吊り上げる。


「なんじゃ、厳しいならわしが手伝ってやろうか?」


 柄にもなくヘラヘラと笑うゼルドロを横目で睨みながら、コウは返す言葉を考える。


「まあ、『霧の中で戦い慣れてます!』『霧の中なら誰にも負けません!』っていうなら代わってもらいたいけどな」


 裏声でふざけながら言ったコウの言葉は、ゼルドロのつぼに入ったようで。


「ははは、霧なんぞこの国では数える程しか見とらんわい!」


 笑いながら吐き捨てるようにそう言ったゼルドロは、盃に残った酒を一息(ひといき)にあおる。

 そんな老剣士の姿に、コウもワインでも開けてやろうかと酒の置かれた棚に手を伸ばす。

 しかし、いつ次の侵入者が来るか分からない現状ではおいそれと酔う訳にもいかない。

 

(つーか、勝手に開けたらあいつに何されるか分からないもんな)


 その直後、脳裏をよぎった白髪の女店主の姿ににやりと唇を歪めたコウは、ここの2階でベッドに横たわっているであろう彼女の姿を思い浮かべしみじみとつぶやいた。


「まあ、あいつに元気になってもらうのが一番いいんだけどなぁ」


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