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異世界転生は一度でいい!  作者: 大杉俊
二章 公国と化け物
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第75話 地雷原



 悪意的な爆弾の解体法に難儀するクレルの様子に見切りをつけたロックは、会議の只中にあるテントから抜け出し、大きく1つため息をついた。


 立場上慣れてはいるが、それでも多数の人間に囲まれる状況にいい思い出のないロックにとって、会議は嫌が応にも息がつまる。


 気晴らしをかねて、ロックは大きく背筋を伸ばし、空を仰ぎ見た。


 雲ひとつない、とまではいかないが程よく突き抜けた青い空は故郷の空と何1つ変わらず、落ち込みかけたロックの心を少しばかり軽くする。


 そして、空高くから目を落とせば、必然的に見渡す限りの平野の中で最も異質なそれが瞳に映し出される。


 遠く霧に沈んだ大都ハタツミ、ロックの想像していた商業国家の活気とは程遠い、冷たく静かなその都市は、まるで死んでいるようにも見える。

 

 しかし、その中には確実に敵となる存在が潜んでいる。


 霧の中からこちらへと手を伸ばすおぞましい怪物の幻影に、ロックは小さく身震いした。


 つまらない妄想を振り払うように、ロックは大きく息を吸い込む。


 瞬間、肺の隅々までを満たす冷たく乾いた空気は冬の始まりを予感させ、当初の予定と比較して大幅に遅れた作戦に軽い焦燥感すら覚えさせる。


 リフレッシュの為の深呼吸で再びため息をつきそうになったロックは、吐き捨てるように強く短く息を吐き出し、無数の靴跡が刻まれた地面に足を踏み出した。


 最初期と比較して耳に届く爆発音は減っている、しかし、全く聞こえないわけではない。


 にも関わらず、陣地の設営に走り回る兵士の数は多い。

 

 死の恐怖を押さえつけたような顔で走り回る兵士達を横目に、ロックはふと視線を己の足へと向けた。


 当然ながら、ロック自身が爆弾を踏まないという保証はない。

 

 一歩一歩に死の可能性が付きまとう、そんな状況で、しかしロックは自覚することすらなく平然と歩みを進めていた。


 もちろん、彼が歩いている道はすでにいくつか足跡の刻まれた、ある程度安全の確保された道である。


 しかし、それでも爆弾を踏む可能性がない訳ではない。


(いつから、こんなに殺伐とした頭になっちまったんだろうな⋯⋯)


 自分自身に向けた哀れみのため息を、ロックは飲み込むことが出来なかった。


 死を許容できていない人間が初々しく見える程に冷めきった自身の心に、ロックは苦い笑みを浮かべた。


——


 狩猟部隊しゅりょうぶたい、または狩人隊かりうどたい

 ダークエルフを中心とする黒薔薇部隊、エルフを中心とする白百合部隊と共に、塩戦争後期に行き場を無くした亜人達を集めて作られた狩猟部隊は、クレルによって設計された奇襲と暗殺、そして遊撃に特化した部隊である。

 『特化』という言葉の意味を疑いたくなるような概要であるが、事実として狩人隊はそれらに『特化』していた。


 砲器ホウキによって遠距離から超高速で放たれる魔法は、敵に捕捉される前の先制攻撃で絶大な効果を発揮する反面、それ以降の状況に明確な優位を持たない。

  

 正面戦闘をしようものなら他のほとんどの部隊には歯が立たず、常に側面や背面に回り込まねばならない戦法の特性上、不意の会敵率も高く魔道士部隊でありながら近接戦闘が頻発する。

 

 結果として、狩猟部隊の兵士に求められた能力は、魔道士としての魔法適正と突発的な戦闘を突破する為の単独戦闘能力、そして、不利な状況をいち早く察知し、他の全てを見殺しにしてでもその場から逃げ延びる、判断力と決断力であった。


 そして、狩猟部隊は軍で唯一、戦場に背中を向けて逃げることが許された部隊であり、味方を見殺しにしても咎められない部隊である。


 これまで何人もの敵兵を殺し、助けを求める仲間に背を向けてきたロックの中で、自身の命の価値は恐ろしく低い物になっていた。


 容赦無く殺し、冷徹に見捨てる。


 その、見捨てられる対象が自分自身であったとして、何を恐れる必要があるのだろうか


——


「隊長」


 さて、そんな事を考えながら歩みを進めていたロックは不意に後方からかけられた声に足を止めた。


 落ち着いた、静かで、感情に乏しい声。

 間違えようのないその声に、ロックは身構える事なく振り返り、そして目を疑った。


 黒いドレスとも表現できる、狩猟部隊公式仕様の多機能な軍服に身を包み、恐ろしく感情のない瞳と艶やかな黒髪を持つその女性は見まごうはずもなく狩猟部隊の副隊長であるフランだ。


 では、ロックが何に驚いたかといえば、それは彼女の動きであった。


 ぶんぶんと腕を振り回してバランスをとりながら、まるで川の中の岩を渡るようにぴょんぴょんと跳ねながら近づいて来るフラン。


 殺伐とした戦場に似つかわしくない、というか、大の大人が人目も憚らずに出来る動きではない。

 何より、フランの印象とかけ離れたその行動は、ロックの口からひねりのない疑問を引き出す。 


「何をしている?」


 単純明快なロックの問いに、すとんと両足で着地したフランは普段通りの無表情で答えた。


「ふぅ、靴跡を辿れば爆弾を踏む心配はありませんので」


 呆れるほどに平然とそう言い切ったフランに、しかしロックは納得してしまった。


 確かに、今この場所で最も生存率が高い行動を取っているのは、間違いなくフランである。


 命令に縛られて足を動かす兵士達より、打算と確率に歩みを進めるロック自身より。

 フランの行動は、この場においてもしかすると一番まともなのかもしれない。


「ふ⋯⋯く⋯⋯はははっ」


 そう考えた時、湧き上がった笑いをロックは抑える事が出来なかった。


「何かおかしなことを申しましたでしょうか?」


「いや⋯⋯つまらない事で悩んでいた自分がバカらしくなってな」


 少なくとも、裏目裏目に落ち込んでいたロックの心情が、フランとの他愛ない会話の中で大きく好転した事は確かだった。


「ところで、転んだ場合はどうなんだ? 下手をすると誰も踏んでいない地面に飛び出す事になるが」


「⋯⋯転んだ先に靴跡があることを祈ります」


——


 数時間後、前線テント。


 伝令の知らせを聞いたロックがその入り口をくぐった時、テント内はすでに重苦しい空気に満たされていた。

 朝方の会議と同じ、斥候小隊の面々にクレルを含めた面々が一様に表情を曇らせている。


 そんななか、ロックはその集団の中心に立つ、屈強な大男達に囲まれてなお、眉一つ動かさないフランに問いかけた。


「フラン、どういう事だ?」


 ロックの性急な問いを、フランは正確に理解して答える。


「要点だけ掻い摘んでお伝えします」


 そう前置きをした後に、フランはかなりの早口で喋り始めた。


「私は先ほどクレル様の命令に従い、この爆弾の埋設範囲を索敵魔法を応用する事で測定しました」


 そう言いながらフランは卓上に広げられた周辺の地図に、このテントがあるあたりを中心に、大都ハタツミまでの3分の1程度の半径を持つ円を描く。


「測定の結果として分かった事は2つです。1つは、この爆弾は少なくとも私の索敵範囲より広範囲に埋設されている事」


 フランの描いた円は彼女の索敵魔法の有効範囲を示している。

 それ以上の範囲に渡って爆弾が設置されているとなると、迂回しての進軍は現実的な選択肢から外れる。


「もう1つは、この平野におびただしい数の爆弾が隙間なく埋設されているという事です」


 フランの言葉を数瞬遅れて理解したロックは驚きに目を見開き、直後、確認するように問いかけた。


「⋯⋯隙間なくというのは、比喩ではないんだな?」


 その問いに、フランは小さく頷いた。


「はい、少なくとも私の術式では個々を識別できませんでした」


 フランの言葉が終わるとともに、ロックがテントに入った瞬間と同じ、重苦しい沈黙があたりに広がる。

 その沈黙を破って、クレルは不満げな声をあげた。


「とまぁ、そういう事だ。奴らはこれでもかと罠を張って引きこもる算段のようだな」


「この爆弾、無力化する事は出来ないんですか?」


 ロックの率直な問いを、クレルは即座に否定する。


「不可能だな」


「この設置型爆弾、そうだな⋯⋯地下機雷ちかきらい地雷じらいとしよう。この地雷はタチが悪い、私は7割方ばらせるようにはなったが、他の兵士には不可能だ、教えられるような難易度ではない上、この埋設量だからな」


 ダミーの地雷を片手に、難しい顔でそう語ったクレルに、斥候小隊隊長であるシエドは思いついたように声を上げる。


「本隊の魔道士部隊が来れば、大規模攻撃術式で地表ごと吹き飛ばすことができるのではないか?」


 しかし、シエドのその提案にも、クレルは首を横に振った。


「無理だな、広すぎる。到底除去しきれる範囲ではない」


「まぁ。最低限の進行ルートを作るだけなら可能だろう、それでもかなりの時間と魔力を消費するだろうが」


 クレルにしては珍しく、代替案を出す形でシエドの意見を擁護したが、その案も最適と言えるほど素晴らしいものではない。


 なおも続く議論は、しかし、状況を好転させるに足りるものではなかった。


 そんな議論の最中、ロックはあるひとつの可能性に思い至っていた。


「ただ1つ、地雷が一切埋設されていなかったルートがあります」


 おもむろにフランがそう切り出した時、同時にロックも口を開いていた。


「唯一の例外は⋯⋯彼らが撤退に使ったであろう経路」


 地図に記された大都ハタツミの正門に続く一本の街道。

 フランはそこを指し示して続けた。


「はい、この道だけです」


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