第74話 地中からの死
前線テントにて、集った斥候小隊の面々から事態の説明を受けたクレルは、新人兵士と思しき青年が差し出した金属製の円形の容器を受け取ると納得したようにつぶやいた。
「なるほど、爆弾か」
クレルのその発言に、第3斥候小隊の副隊長であるモラウという男は緊張した様子で口を開く。
「や、やはり、知っているのですか?」
その問いに、クレルは金属製の容器を眺め回しながら問い返した。
「やはり?」
短い、一言の問い。
それを理解したモラウは弾かれたように口を開く。
「⋯⋯ぁあ、いえ! その⋯⋯何といいましょうか」
モラウの立場を考えれば仕方のない事であるが、非礼を恐れるあまり言葉を濁した彼の応答は返ってクレルの気分を害する事になる。
「ああよせ、貴様らのつまらん気遣いで論議が滞るのは我慢ならない」
金属製の容器から視線を外し、煙を払うように右手を煽ぎながらそう呟いたクレルは、外した視線をモラウへと向け、煽いでいた右手をまるで握り込んだワイングラスを回すように動かしながら笑みを浮かべて続ける。
「貴様らに敬われようと、侮られようと、私にとっては虫けらの断末魔に等しい」
馬鹿にしたような笑みではないが、穏やかな笑みでもない。
まるで、常識を知らぬ子供にそれを教えるように、クレルはゆっくりと言葉をつなぐ。
「敬語や忖度など必要ない。私の問いに、お前達が無意味に言葉を選ぶ必要はない」
あまりにも高圧的なクレルの態度に、しかし、腹をたてるものは居なかった。
辺境の出が多い第3斥候小隊の兵たちは、それ故にクレルの、過去に残した尋常でない戦果や逸話を知っている。
後ろに控える若い兵士は当然の事、直接クレルを囲む部隊長クラスの者たちですら、目の前に立つ、ある種伝説に近い男の放つ妖気にただ息を飲むばかりであった。
(ビビらせてどうすんだよ⋯⋯)
とはいえ、ロックがため息に溶かした落胆の通り、クレルの言葉は彼自身の望みに反して声を上げる事すら出来ない静寂を作り出す結果を招いていた。
その状況に一石を投じたのは、遅れてテントの入り口をくぐった、1人の大柄な男。
「⋯⋯では、そうさせてもらおう」
第3斥候小隊、小隊長シエド。
直接指揮から戻ったシエドの姿に、クレルは不気味な笑みを彼へと向ける。
その視線に1つ頷いたシエドは、身じろぎひとつせず、太く重い声で語り出した。
「フライア村でハタツミの奇襲攻撃を受けた時、爆発物を多用した相手の攻撃に対し、そこにいるロック・フリント殿が見事な指揮で被害を最小限に抑えたという話を聞いていたのでな、こちらの方面に学があるのではないかと思って呼ばせてもらったんだ。彼の直接的な上官にあたるクレル殿なら同様に知識があるのではないかと思ってな」
唯の一度も詰まる事なく、要点だけを掻い摘んだ説明はクレルの要求通りのもの。
「ふむ、なるほど」
不気味な笑みを納めたクレルは、それまでとはまた違う笑みを浮かべて頷く。
ロックは、クレルのその笑みがロック自身や狩人部隊に向けられる笑みと同等であることが見て取れた。
それは、クレルの中で1つの格付けが終了した事を示していた。
「ふむ、私もこれを見るのは初めてだ、しかし、これがどういう意図で作られたものなのかは分かる」
シエドに向き直り、金属製の容器を眺めるような仕草をしつつ、クレルは彼らの問いに応えた。
「これは設置型の対人爆弾だ」
一拍の間を置いて、そう断言したクレルの言葉に、斥候小隊の面々に動揺が走る。
その様子の一切を無視し、クレルは容器の表面についた、外周よりふた周りほど小さい蓋のような円盤部分を指し示して説明を続ける。
「ここがスイッチになっているな、おそらく、踏み抜く事で信管を押し込む作りなのだろう」
そう言った直後、クレルはそれを何のためらいもなく押し込んだ。
その瞬間、テント内に広がった動揺は、彼らの職を考えればもはやパニックと言ってもいい。
ある者は仰け反り、ある者は息を詰め、またある者は目を見開く。
緊張が走る天幕の中、クレルただ1人が驚いた様子もなく手を動かす。
「爆発⋯⋯しない?」
「不発か?」
動揺を隠せない斥候部隊の面々の前で、ガチャガチャと容器をいじくり回していたクレルはついぞその蓋を外し、引き抜きながら続けた。
「と、いうよりダミーだな。見ろ、空だ」
彼の言葉通り、蓋を外された容器の中は何かが入っていそうな空洞こそあるものの、容器を構成する金属以外の爆薬のような物は見当たらない。
斥候小隊の面々が容器の中を凝視する中、ロックはこの時、クレルが持ち上げた蓋の裏にも信管を取り付けるためであろう軸が付いている事に気付いていた。
さて、他の隊員が阿鼻叫喚している間、ただ無言で爆弾を見つめていたシエドは、クレルの言葉に疑問の声をあげた。
「ダミー⋯⋯それを埋める理由は何だ?」
その問いに、クレルは一瞬ニヤリと口の端を釣り上げるような笑みを浮かべる。
しかし、彼は瞬きする間にその笑みを治め、珍しく真面目腐った表情で眉間にしわを寄せた。
「さてな、仮にも商国であるハタツミだ、爆薬不足という事は考えにくい、かと言ってわざわざ殺傷力を無くして容器だけを埋める利点を私は知らない⋯⋯これだけでは何とも言えんな」
しかし、容器の底面を見ながらそうつぶやいていたクレルは直後、人の悪い笑みを浮かべてテント内の斥候小隊の面々を見回す。
程なくして、クレルは後方に控えた若い兵士、爆弾をここに持ってきた兵士を指差して愉快そうに声をあげた。
「ただ、1つ言えるのは君が幸運だったという事だ」
その言葉の直後、クレルは手招きでその兵士を呼びつける。
動揺を隠せない様子の兵士は、しかし、瞬く間に鋭くなっていくクレルの眼光を前に、2度目の手招きで弾かれたようにクレルの前へと飛び出した。
「ここを見たまえ」
その襟首を掴み、クレルは金属製の容器の底を、それを持ってきた兵士の鼻先に突きつけるように示した。
円形の底部の中央から少しずれた位置に開いた、小さな穴。
一見するとそれだけだが、よく見るとその穴の奥には固定されていない小さな金属片のようなものがあった。
「弁が降りているだろう? 持ち上げたり動かしたりした瞬間、支えが外れて信管に火がつく仕組みだ。よかったなぁ、中身が空で」
クレルの説明に、数秒遅れて理解した兵士の顔がみるみるうちに青ざめていく。
その様子にひとしきり笑い声をあげたクレルは、なおも動揺を隠せない兵士に含みのある励ましの言葉をかける。
「しかし、本当に幸運だったなぁ、この手の量産兵器は作りが単純だ、一度のミスで死にはするが、やり方さえ覚えれば解体事態はさして難しく——」
その時、クレルの手の中に金属の容器から、金属の鈍い音が響いた。
『あっ』とでも言いそうな顔で静止するクレルに、ロックはいよいよ彼の関係者である事が恥ずかしくなっていた。
「——3つ目の信管、3重トラップか⋯⋯これの設計者は性格が悪すぎるだろう?」
同意を求めるようにロックへ向かって振り返ったクレルは、言葉に反し、目元に抑えきれない笑みを浮かべていた。




