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異世界転生は一度でいい!  作者: 大杉俊
二章 公国と化け物
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第72話 狩人の思考


 ゼルカトリア軍、野営地。


 日が落ちるまで続いた作戦会議を終えたロックは、クレルの護衛の名目で陣地後方の個人用テント群に向かっていた。


「まあ、要するにだ、南部の発泡酒は北部に比べて雑味が多いという事なんだが——」


 もっとも、クレルがロックの方を振り返って発した言葉の通り、作戦会議のほとんどはクレルによる名酒品評談義だったのだが。


 さて、そんな調子で歩く2人の前に現れたのは、不審な様子できょろきょろと辺りを見回す見知った人物の後ろ姿だった。


「これはこれはヘレフォード伯、随分と遅くまで会議をされていたようですなぁ?」


 クレルの身の毛もよだつ微笑みと共に放たれた言葉に、ヘレフォードは弾かれたように振り返ると、一目でわかるほどの動揺を示した。


「なっ、ク、クレル伯爵! き、君こそ、こんな時間まで何をしていたのですか?」


 普段の態度からは考えられないヘレフォードの態度にロックは眉をひそめたが、クレルはそれを一切気にする様子もなく続ける。


「なに、司令部から直々に預かった部隊を使い潰してしまった件、私も反省しましてね、先ほどまで部下と共に反省会を開いていたのですよ」


 顔色1つ変えずに嘘八百を並べ立てるクレルにロックは内心呆れ返っていたが、ヘレフォードにそれを見抜く余裕はない。


「あ、ああ、あははは⋯⋯それは素晴らしい心がけですな⋯⋯いや、今朝は私も少し言い過ぎました、クレル殿の機転がなければ今頃本陣は敵の夜襲に焼かれていたかもしれませんからな。ははは⋯⋯それでは、私はこれで」


 狼狽した様子で言葉を連ね、慌ただしくその場を去ったヘレフォードの後ろ姿に、ロックはいよいよ違和感を覚えたが、クレルは陰湿な笑みを浮かべるに止まった。


「クククッ、なんだ奴の態度は、司令部ではあれほど威張っていたのに1人になるとあの様か、まったく無様なものだなぁ」


 ロックの目にはヘレフォードの態度がとてもそれだけの物とは思えなかったが、わざわざ考えるだけのものではないと思い直し、早々にヘレフォードに対する興味を失ったクレルに続いて歩き出した。


 ともあれ、ヘレフォードの登場によって場の空気が変わったことは確かである。


「あー、クレルさん」


 ロックはその変化に乗じ、夜戦の後から言いそびれていた一言の謝罪を言葉にした。


「フランが随分と迷惑をかけたみたいで、すんませんでした」


 振り返ったクレルの頬に薄く残る、皺しわとは違う三本の線。


 回復魔法による処置も、遅れれば完全に元どおりとはいかない。


 フランを庇って戦い、その時に負った傷をなぞりながら、クレルはロックにニヤリと笑みを向けた。 


「ククッ、気にするな、彼女の判断も間違いではない」


 しかし、クレルは目元にのみ笑みを残し、考え込むようなそぶりを見せて口を開いた。


「しかし、なんと言おうか⋯⋯態度に反して、フランは随分と人間じみた考え方をするようだな」


 含みを持たせたようなクレルの発言に、ロックはその言葉を繰り返した。


「人間じみた、ですか?」


 ロックの疑問に、クレルは芝居掛かった口ぶりで答える。


「遠距離からの先制攻撃で様子を伺い、相手が強いと見れば仲間を撤退させて一騎討ちに持ち込む⋯⋯仲間を思い、それでいて己の犠牲は顧みない、人間味に溢れた選択だ」


 直後、クレルは瞳に含ませた部下を想う笑みを、冷たい嘲笑へと変えた。


「だが、熊に一騎打ちを挑む狩人はいない」


 愚かさを笑うように一度鼻を鳴らしたクレルは、ロックを振り返って問いかけた。


「その点で見れば、我々は人間とは程遠い判断を下すものだなぁ? ロックよ」


 面白がっているような目つきで一瞬ロックを見据えたクレルは、ロックの答えを待たずにまくし立てた。


「私なら、本陣まで引き込んで確実に殺せる隙を探す。お前も部下の身を案じて撤退させるようなことはしないだろう?」


 クレルの、自軍や部下への被害を顧みない冷酷な言葉に、


「⋯⋯そうですね」


 しかし、ロックは頷いた。


「俺が殺すのが一番確実な選択なら、俺が殺せる隙を作れるように隊員あいつらに指示を出す」


 冷酷なその選択は、いかなる情や固定観念にも左右されない、冷静な選択でもある。


 ロックの言葉に満足げに頷いたクレルは、笑みを収めて続けた。


「そうだ、重要なのは相手を殺す事。戦場の狩人が殺すのはもっとも重要な対象であり、確実に殺せなければ我々が存在する価値はない」


「であれば、手段を選ぶ必要はない」


 淡々とクレルは続ける。


「で、あれば、仲間も敵も、人と思う必要はない⋯⋯ククッ」


 その言葉を言う瞬間、笑みを抑え切ることが出来ないところが、クレルの最大の欠点であり、ロックが彼から一線を引く理由でもある。


「まあ、少なくともその考え方ができない限りは、フランもまだまだだという事だ」


——


 ロックは一部隊の隊長として珍しく、個人用のテントを与えられている。

 彼に限らず、ロックの率いる狩猟部隊は隊専用のテントを与えられているのだが、それは特別待遇という訳ではない。

 人間族とドルフという異種族間の確執に配慮されたものであり、さらに言えば、その根底にあるのは人間主導の差別意識である。


 ともあれ、クレルを送り届け、自身のテントへと戻ったロックは、誰もいないはずのテント内で蠢く人影に、ため息をつきながら声をかけた。 


「おい、なぜここにいる?」


 ロックの声に、人影はテントの入り口からすぽんと顔だけを出して答えた。


「隊長、お帰りになりましたか」


 全くの無表情で抑揚の薄い声を発するフランに、ロックは再びため息を吐いた。


 フランはロック率いる狩猟部隊の一員ではあるが、彼らと違い人間族であり、なおかつ女性である。

 部隊のテントに入れる訳にもいかず、かと言って彼女の性格では他の兵士と馴染めるとも思えず、ロックは彼女の処遇について頭を悩ませていたのだが。

 軍の配慮か、はたまたクレルの根回しか、フランもロックと同様に、人間族の女性兵用の区画の中で個人用のテントを与えられていた。

 その一点において、フランは多人数テントにありがちな点呼などに縛られない、自由を手にしていると言えるだろう。


「それで、なぜここにいる」


 しかし、それと彼女がここにいる事とはまた別の話である。


「いえ、隊長が再装填リロードを使ったと言っていたのを思い出したものですから」


 一切の動揺もなく答えたフランの言葉は、『だからなんだ』と言いたくなるものだったが、彼女にそれ以上の説明をしようとするそぶりはない。


「ですが、これはもう使えませんね」


 そそくさと話題をすり替えたフランは、壁際の木箱に立てかけられたロックの砲器ホウキへと目を向けた。

 焼け焦げ、ところどころ変形した砲器ホウキへと。


 再装填リロード

 砲器ホウキの基部に刻印されたその術式は、発動することにより直前に使用した魔術を再び発動状態にできるという、極めて特殊なものである。

 しかし、その刻印は圧倒的な使い勝手の代償に、発動時、強烈な発熱と共に焼き付いてしまうという欠点を持っていた。


 その代償は再装填リロードに使用した術式の複雑さに比例して発生する。


 簡単な術式を再装填リロードする場合は発熱程度で済むが、中難易度以上の術式を再装填リロードした場合、酷い時には砲器ホウキそのものが砕ける事もありえるのだ。


 ロックが使った『空白煙弾ブランクスクリーン』は術式としてはそれほど複雑なものではないが、それでも使った砲器ホウキはパーツの交換ではどうにもならないほどに破損していた。


 その、焼き付いた砲器ホウキを見つめるフランの視線に、ロックは一瞬、哀れみのような感情を垣間見かいまみた気がした。


 その瞬間、ロックはつい先ほどクレルと交わした会話を思い出していた。


(仲間も敵も、人と思う必要はない⋯⋯か)


「フラン⋯⋯」


 ロックがこぼしたその声に、フランはふいと振り返る。

 実際、ロックはそこから先を言葉にするつもりはなかったのだが、彼は自身に向けられたフランの仄暗い瞳に突き動かされるように口を開いていた。


「⋯⋯俺は、お前のやり方が間違っているとは思わない」


 とはいえ、クレルとロックの会話を知らないフランからすれば、ロックのこの言葉はあまりにも唐突なものである。


「はい?」


 そして、当然ながらフランの返答は疑問符の付いたものであった。


 しかしこの瞬間、ロックにはフランの疑問に答えるだけの余裕はなかった。


「人間を人間として扱う、確かにその考えは、戦闘中の選択肢の幅を狭めるかもしれねぇが、きっとそれは悪いことばかりじゃない」


 言わなければならない、伝えなければならない。

 先走るその感情がロックの口を動かしていた。


「実際に、お前が副隊長に就いてから、俺たちは部隊として機能し始めた。どいつもこいつも一匹狼気質の強いあいつらを、お前はきっちりとまとめている。それは、やっぱりお前の、俺たちにはない能力だと思う」


 しかし、だからこそ。

 唐突な言葉でありながらも、ロックの強い意思がその言葉に重みを与えたことは確かだろう。


 さて、今まで感情だけで喋っていたロックだったが、ここで不意に冷静な思考を取り戻した。

 もっとも、その原因は、どれほど言葉を連ねても顔色1つ変えないフランを見ていて不安になってきたという、何とも格好のつかないものなのだが。


「まあ、お前はお前の信じるようにやればいい、そういうことだ」


 柄にもなく感情のままに喋った気恥ずかしさも混じり、ロックは頭を掻きながら苦い顔で付け加えた。


「⋯⋯だが、昨日みたいな無茶は、もうするなよ」


 しかし、ロックが最後に付け加えたその言葉に、フランは予想外の反応を示した。


「隊長⋯⋯」


 つかつかとロックの目の前まで歩み寄ったフランは、彼の両頬に手を添え、息遣いすら聞こえてくるような至近距離で、ロックの瞳を正面から見つめる。


 そのままロックの顔を引きつけるようにしてフランはさらに顔を寄せ、そして、すっと目を閉じた。


 ロックが声を出す間も無く。


 ゴチンと、鈍い音を立ててフランはロックの頭に己の額を押し付けた。


 息を詰めたロックの耳に届くフランの吐息。

 額に感じるフランの体温と、頬に添えられたひんやりと冷たい彼女の両手。


「⋯⋯なんだ?」


 単純なその問いを放つまでに、ロックは10秒近い時間を要した。


「いえ⋯⋯熱でもあるのかと思ったものですから」


 そのままパチリと目を開き、恥じらう様子もなく至近距離からかけられた言葉に、ロックは驚き半分、疑問半分で口を開く。


「熱⋯⋯だと?」


 その問いに、やはりフランは顔を離す事なく平然と答える。


「はい、私の好きなようにしろと言いながら、昨日のような事はするなと、そのような簡単な矛盾に気づかないなんて、普段の隊長では考えられない事です」


 感情のままに言葉を紡いでいたロックにとって、その矛盾は自分でも理解できていないものであったが、一向に顔を離す様子のないフランを納得させるには、その場しのぎであったとしても、それらしい理由を作らなければならない。


「あー、それは——」


 しかし、その問いにロックが答えるよりも先に、テントの入り口がばさりと揺れた。


「簡単な事だ、ロックは愛しい副隊長殿に危うい目にあって欲しくないのだよ」


 若干しわがれた、やたらと楽しそうな笑い声。

 その声が耳に届いた瞬間、ロックは猛烈な勢いでフランの頭を押しのけ、振り返った。


 ちなみに、その際押しのけられたフランの漏らした「ぐぇっ」という予想外の声について、ロックはたとえどんな至近距離であったとしても『聞いていない』事になってる。


「茶化さんでくださいよ」


 苦い表情でつぶやいたロックに向かって、テントの入り口に立ったクレルはこれ以上ないほどの笑みを向けて答えた。


「何を言う!? 私の大切な部下たちが親交を深めようとしているのだぞ、茶化さずには居られんだろう」


 これほどまでにクレルの性格の悪さがわかる言葉は他にないだろう。


「で、あんたは何しに来たんですか?」


 兎にも角にも、早急な話題転換を狙ってロックはクレルに問いかけた。


「なに、昨日の奮戦の祝杯がてら、こいつをお前と飲み交わそうと思っていたのだが」


 丸みを帯びた茶色い瓶を振りながら、クレルはロックに突き飛ばされたフランの様子をうかがう。

  ロックの不安をよそに、起き上がったフランはクレルの期待に応えた言葉を放った。


「それでしたら、ささやかな勝利のお祝いに、お夜食でもいかがでしょうか?」


 ほくほくと笑みを浮かべて懐を弄るクレル。

 しかし、ロックはフランの言葉を聞いたその瞬間、以前フランに振る舞われた『夜食』というものを思い出していた。


「⋯⋯おい待て、お前の言う夜食ってのは——」


 はっと気づいたロックが声をかけるよりも早く、クレルの調子のいい笑い声が響く。


「ククッ、なるほど、そういうことなら私も最高の一本を空けるとしよう」


 その言葉と共に、クレルは懐から別の、それはそれはどす黒い液体を湛えた、一本の酒瓶を取り出した。


「北部の名酒、『巨人殺し』だぁ」



 その後、巨大なふかし芋と一滴でも酔い潰れそうなほどに強烈な酒を両手に始まった夜会は、翌朝の日の出近くまで続いた。


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