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異世界転生は一度でいい!  作者: 大杉俊
二章 公国と化け物
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第70話 狩人達の会談



 

 夜戦は、ゼルカトリア側の勝利で幕を閉じた。

 ハタツミ側の目的である本陣への夜襲は未遂に終わり、夜襲を防ぐために展開されたゼルカトリア側の部隊は多大な犠牲を払いながらもその目的を完遂した。


 戦闘1つ1つを見れば、ほとんど全敗と言っていい結果だが、大局的に見れば勝利を収めたと言える。

 クレルの常勝指揮官たる手腕の光る、特徴的な勝利と言えるだろう。


 しかし、それが戦局に多大な影響を及ぼすことはなかった。


 夜戦の翌日、ゼルカトリア軍の足取りは、それまでとなんら変わらない、遅々としたものであった。


 敵が森に潜んでいるかもしれないという考えを捨てきれない兵たちの足取りは重く、その不安を取り払うだけの力を司令部は発揮できなかった。

 

 敵がいないことの証明は難しい。


 そしてやはり、夜襲を防いだという目に見えずらい戦果は、事実として死亡した20名余りの騎士の命の前にはとても大きな声で言えるものではない。


 もっとも、その道理をクレルが考慮するかは別であるが。


——


 ゼルカトリア軍本陣、休憩所大テント。


 本来ならば兵士たちの憩いの場になっているはずのそこは、今や人っ子一人寄り付かない『変人の巣窟』と呼ばれる様になっていた。


 それもこれも、クレルらが暇さえあればここに居座っているからなのだが。


 昼過ぎ、司令部への報告を終えたクレルは、同じく報告を終えたロックとフランと共に、休憩所内の椅子に腰掛けて愚痴を漏らす。


「まったく、夜襲を止めて前線まで押し返したのに小言を言われるとはな」


 不満を隠そうともしないクレルの態度に、ロックは苦笑いを浮かべて応える。


「そりゃ、仕方ないですよ。なんせ本隊から借りた部隊を全滅させちまったんですから」


 この結果を手に、賞賛される以外ないと考えていたクレルには驚くばかりだが、あいにくロックはこの手のクレルのトリッキーさには慣れていた。


「それは夜戦にギラギラの甲冑を着てくるような能無しどもをよこした司令部やつらの責任だろう⋯⋯」


 指揮官としては問題のある発言であるが、クレルとはこういう人間である。


「まあ、あんたも指揮してやらなかったんだからおあいこでしょう」


 ロックにできる反論といえば、正論をなぞることくらいのものだ。


「なぜ私が無能どもの指揮をせねばならないんだ? あんなものは使い潰すことに意味があるんだろう? 教育しようとするだけ無駄なことだ」


 そう断じたクレルは深く息を吐いた。そのため息が、不毛な言い合いを無理矢理に終わらせるためのものであった事は、続くクレルの言葉によって明らかとなった。


「フラン、地図を出せ」


 クレルの言葉に従い、フランは一枚の地図を卓上に広げる。

 夜戦の舞台である森が大きく記されたその地図に、クレルはどこからか取り出したインクと羽ペンを使って次々に印を書き込む。

 ゼルカトリア軍本陣からほど近い森の南端付近に2つの点、そして森林の中央北寄りにくるりと丸を描いてクレルは指し示した。


「昨日の会敵地点かいてきちてんがこことここ、で、おそらく敵が陣を敷いていたのはこの辺りか」


 その言葉の後、クレルはインクボトルを地図の北方の延長上に置き、机に指を這わせて長さを測りながら続ける。


「ハタツミ王都までの距離を考えて、少数部隊を強引に撤退させれば一夜で帰れない事もないが、部隊を再編成してここまで戻って来るには最低でも4、5日はかかるだろう」


 そこまで喋ったクレルは羽ペンをインクボトルに放り込むとニヤリと微笑を浮かべながらロックを見つめる。

 その視線に、ロックはクレルの後を引き継いで口を開く。


「あぁ、フラン、現段階のこっちの侵攻状況を教えてくれ」


 ロックの言葉に、羽ペンを取ったフランは、地図に複雑な線を書き込みながら口頭で報告を始めた。


「はい、斥候部隊せっこうぶたいの進行状況ですが、現段階で安全が確認できた領域はここまでですが、まだ報告に上がっていない分と、日の入りまでの残り時間を加味すると、今日1日で森林の3分の1を踏破する予測です」


 フランが報告を終えた時、地図上には複雑に森林の地形を区分する二本の線が書き込まれていた。


「3日で森を抜ける算段か⋯⋯まったく、居もしない敵に怯えて戦果が無駄になるのは癪だが、この調子でも奴らが部隊を再編成するまでには森を抜けられそうだな」


 一点物の地図に躊躇なく筆を走らせるクレルとフランを、呆れたように眺めるロックの視線をよそに、2人はなおも議論を続けていく。


「ですが、本当に彼らは撤退したのでしょうか? 夜襲が失敗したとはいえ、撤退するほどの被害を与えたとは思えませんが」


 フランの率直な問いにクレルはさも当然の様に答える。


「撤退したに決まっているだろう? 奴らの少数精鋭戦略は、一兵でも失えば相当な痛手となる諸刃の剣だ、その強硬策を実現させているのは、我々が相手をした女やロックが相手をした小男を含めた、飛び抜けて強力な数人の兵たちを柱にした、管理された戦闘態勢にある」


「あれだけの力を持った女が暴れたんだ、あの女を含め、その柱の何本かは死ぬか、戦闘不能に陥っている事は確実だろう」


「奴らに、精鋭を失うリスクを抱えてまで不毛なゲリラ戦を繰り返す必要はない、むしろ⋯⋯」


 そこまで立て板に水の様に続いたクレルの言葉が唐突に途切れた。


「我々の足取りがあんな様になっている時点で、向こうの目論見は達成されているのかもしれんな」


 しばしの静寂の後、眉間にしわを寄せたクレルが放った言葉に、テント内は重苦しい空気に包まれる。


「まぁ、その辺りは考えても仕方のない事だ、それよりももっと直接的で有意義な話し合い⋯⋯もとい、報告会をしようじゃないか」


 それを打ち破るのはやはり、クレルのニヒルな笑みである。

 とはいえ、空気を変える一言が必ずしも全員にとって都合のいいものとは限らない。


「ロック、お前が再装填リロードまで使って逃げ帰ってきた凄腕の鉈使いの事だ」


 今回の場合、話題変更の人柱になったのはロックである。


「それは私も気になっていました、隊長を一方的にいたぶる程の実力者⋯⋯どんな人物か興味があります」


 ロックとしてはいたぶられたつもりは毛頭なく、フランの発言に関しては今すぐ訂正させたいところであったが、無が服を着て歩いているような彼女の表情を見て、言い直させたところで意味がないと思い直す。


「⋯⋯そうだな、正直、それほど長く打ち合った訳じゃないんだが⋯⋯」


 観念したロックはそう前置きして続けた。


「少なくとも、奴は俺を殺そうとしていなかったように見えた」


 記憶をたどりながら紡がれるロックの言葉からは、その集中のあまり、敬語、丁寧語が抜け落ちていたが、クレルにそれを気にする様子はない。


「ほう?」


 興味深そうなに先を促すクレルのその声に、ロックは難しい顔で応えた。


「奴の動きは、俺にどう対処するか迫る様な、俺の動きを探る様なものだった」


 束の間の静寂。


「だが、お前の手の内を探るために、その男は手を替え品を替えて攻め続けたのだろう? お前以上に自分の手札を晒しているんじゃないか?」


 クレルのその的を射た疑問は、ロックも幾度となく考えたところであった。

 

 ただ、それだけに、ロックは1つの答えを得ていた。


「⋯⋯あの男と、俺とでは、根本から手札の数が違うのかもしれない」


 心の底にわだかまっていたその考えを、ロックはゆっくりと言葉にした。


「奴の太刀筋にはどれ1つとして同じものがなかった、それは技の種類というより、根底にある息遣いから違う、全く別の剣技体系のようだった」


「多流派を使える剣士ということか?」


 クレルの多流派使いと言う言葉に、ロックは首を横に振る。


「いや⋯⋯」


 1つ1つ、理屈立てて人に説明することで、自分の心の底にあったわだかまりが少しずつ解れていくような感覚。

 2人に向かってと言うより、この時ロックは自分に対して、昨日出会った小柄な剣士の特徴を説明していた。


「奴の動きには、多流派使いと打ち合う時の違和感が1つもなかった」


 多流派使いが戦闘中、次々に技の流派を変えることは少ない。

 流派とはもともとそれ1つで完結した形態であり、技の1つから心構えに至るまで、そのどれもが互換性のない独自のものとして存在する。

 だからこそ、多流派使いが技や構え、呼吸法を変える時、そこには僅かな違和感が生まれる。


「剣の流派だけじゃない、奴の動きにはありとあらゆる武術の片鱗が見え隠れしていた。奴はそれを消化し、己のものにしていた」


 そう言葉にしながらも、ロックは自身の言葉の矛盾を自覚していた。

 

 武術とは本来その1つ1つが一生をかけて習得出来るかどうかという領域のものであり、それらを消化し、己のものにするということは、その武術それぞれが積み重ねてきた歴史そのものを追体験する事と同義である。


 とても1人の人間の一生で足りる様なものではない。


(人間の一生では到底⋯⋯いや⋯⋯まさかな)


 その時、ロックが思い至った1つの可能性は、彼の思考の中で即座に否定された。

 ロック自身その考えが突拍子も無いことは分かっていたし、その手の戯言をクレルに言おうものなら、一生をかけて笑い話にされる事はわかっていたからだ。


 しかし⋯⋯


「ふむ、不死者でもなければ到底間に合わないレベルの手練れか」


 そうつぶやいたクレルに、寸前まで同じ考えを頭に秘めていたロックは、水を口に含んでいれば吹き出したであろうほどの驚きを覚えた。

 しかし、そんなロックの気をよそに、何1つ動揺を感じさせない顔でフランが口を開く。


「確かに、その可能性は高いかもしれません」


 ロックがあり得ないと考えていたことを真剣な表情で議論するクレルとフラン。

 その時、ロックは不死などあり得ないと断じた自分の固定観念を、馬鹿馬鹿しいと思った。

 議論の場は、やはりあらゆる可能性を考慮するべき場所であり、この場にはそれを馬鹿にするような人間はいない。


 思い出した懐かしさのような感覚に、ロックは自分がひどく感傷的になっていることに気づき、意識して笑みを浮かべながら口を開いた。


「ははっ、まあ、砲器こいつが何かって事にも気づいてたようだしな」


 しかし、その言葉にクレルはピタリと笑みを収めた。


「⋯⋯まて、どう言うことだ」


 今日一番に真剣なクレルの口ぶりに、ロックは不信感すら抱きながら応える。


「初弾をかわされた後は、報告書に書いた術を仕込んだ投げ札で牽制されて懐に入られて、それ以降この銃口を向けるだけの隙は1つもありませんでしたよ」


「ふぅむ、そうか」


 そう一言応えた後、クレルは普段と変わらない、飄々とした様子に戻っていた。

 しかし、だからこそ、ロックはクレルが一瞬見せたその表情が意識の片隅に鮮明に残る事となった。


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