第7話 二人の交渉人
「どうされたんでござるか?」
道場の門をくぐって早くも道に迷ったコウ達に声を掛けたのはセナより頭一つはある大男だった。
「ああ、アンタさっきの」
セナの言葉にコウもはっと思い出す。その男には見覚えがあった、階段を上っている時に上から転がり落ちてきた男だ。かなりの距離を転げ落ちたのに、コウ達とほとんど変わらない時間で階段を駆け上がるとはとんでもない体力の持ち主らしい。
「あいや、申し遅れた。拙者はウチツネと申す、よろしくお願い奉る」
とても爽やかな笑顔でそう名乗った侍マンに対して、コウは明るく、セナは素っ気なく名乗り返した。
「俺はコウな、よろしく」
「セナよ」
コウはここで実名で名乗ったセナにかなり驚いていたが、そんな事はおくびにも出さずに笑顔で続けた。
「俺ら顔に傷のある爺さんについて来いって言われたんだけど見失っちまったんだよ」
「傷⋯⋯ああ、師範のことでござるな」
ウチツネは少し考えたそぶりを見せた後、これまた笑顔で頷いた。
「師範なら今は中庭におられるはず、拙者が案内いたそう」
そう言うやいなやウチツネは踵を返し、ズカズカと歩き出した。
(この道場は客を待つって習慣ないのかねぇ)
二人は同じようなことを考えながらも先を行くウチツネを小走りで追いかけた。
十分後——
「あいや、迷ってしまったでござる」
三人は母屋にしか見えない建物の前にたどり着いた。
「あのなぁ」
「あいや待たれよ」
辛抱たまらずコウが声をかけた瞬間、目の前の障子がするりと開いた。そこに立っていたのは顔に刀傷とシワを刻んだ白髪の男、ウチツネの言う師範だった。どうやらウチツネの間違いは無駄にはならなかったようだ。
「随分遅かったですな」
渋いトーンで話す男に対してコウが文句を言おうとした時、ウチツネがこれまた笑顔で言葉を放った。
「おお師範! いいところに、中庭にはどうやっていけば良いのでござりましたか?」
この発言に、ウチツネを除くその場の全員が頭を抱えることとなった。
————
「それで、どのようなご用件ですかな?」
応接室に通された二人の前に腰を下ろしながら傷の男、ゼルドロは問うた。
「単刀直入にいこう。剣術資格ってのをくれ」
コウのこの藪から棒な質問に対して、ゼルドロは一切の動揺を見せずに答えた。
「それは入門希望ということでよろしいですかな?」
「違うな、どっちかっていうと道場破りみたいなもんだな」
一切悪びれるふうもなくそう言ったコウに、ゼルドロもまた動揺を見せずに先を促す。
「師範を倒せばお金も時間もかけずに資格がもらえる、そうだろう?」
コウのこの超利己的な物言いに、ゼルドロは盛大に笑い声をあげた。
「たしかに、ワシを倒せばそちらの実力は証明されますな。実力がある人間に資格を与えない理由もまた無し。しかし⋯⋯」
茶をすすり、余裕の笑みを浮かべてゼルドロはコウを見つめる。
「それをワシが受けるメリットがない」
ゼルドロの損得を計るその発言に、主導権が逆転する。
「⋯⋯じゃあ受けないのか?」
『受けない』はあり得ない。名門である以上は流派としてのプライドが存在する。一流を名乗る流派の師範ともあろう人物が、名も無き道場破り風情の挑戦から逃げたとあっては流派の評判は内面的にも外面的にも失墜する。
「いやいやそうは言っておりますまい」
そんなコウの考えを見透かしたかのように半笑いで否定の意を示すゼルドロ。それに続けるようにパチリとシワだらけの手を打ち合わせながらゼルドロは続ける。
「こうしましょう、今からあなた方二人にはウチの門下と戦ってもらいまする、資格を与えるかどうかはその腕を見てワシが判断しましょう。もちろん判定が不服ならその時はワシに挑んでもらえばいい、どうですかな?」
ゼルドロのこの提案にコウは内心、感心していた。確かに一度でもコウ達の戦いを見ればおおよその実力は把握できる、実力さえ分かれば勝てそうなら不合格に、負けそうならば合格にするだけでゼルドロは自身の負うリスクを大幅に減らすことができる。その上——
「いいぜ、それで」
コウ達が断る理由もないのだから。
この一件でコウの中のゼルドロの評価は脳筋の師匠から油断ならない交渉上手に変化したのだった。