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異世界転生は一度でいい!  作者: 大杉俊
二章 公国と化け物
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第67話 辺境伯の館

 クロバに案内された薔薇バラ園の中の館。

 あるはずのない場所に立つその館は、リグルやリムカのような子供でなくとも立ち入ることをためらうほどに、ひどく不気味なものだった。


 扉を開けた正面にある踊り場は、下手をすればハタツミ王城のものより広い。

 左右二つの階段で上下のフロアが分けられた広間は、鮮やかな赤を基調とした気品ある装飾に彩られてはいるが、明かりに乏しく薄暗い。


 その中で最も目を引くのは屋敷の外観からは想像もできないほどに高い天井と、その壁面に飾られた、見上げるほどに大きな絵画であろう。


 椅子にちょこんと腰掛けた少女と、その後ろで微笑む両親。


 本来なら心温まる一家の絵はしかし、威圧感を放っている。


 あまりの雰囲気に、コウとヘイズメルは顔を見合わせる。

 しかし、ここまで来た以上、引き下がるなどという選択肢が取れるはずもなく、逡巡の後、2人はリグルとリムカを背後に庇いつつ、クロバに促されるままに屋敷へと踏み込んだ。


 4人に続いて静かに扉を閉じたクロバは、燕尾服の襟を正してから1度、うやうやしく一礼し、館の中に呼びかけた。


「ただいま戻りました、お嬢様」


 クロバに声を張った様子はない、それこそ、このような屋敷の扉ならば容易に遮断される程度の声量である。

 しかし、コウの予想に反し、クロバの声に応えるように、その人物は2階の扉を開けて現れた。


「お帰りなさい、クローバー⋯⋯あら、お客様ね」


 燭台を片手に現れた少女は、2階の踊り場から5人を見下ろす。

 ロウソクの揺れる光に照らされたミディアムの金髪は、さながら金糸のごとく輝く。

 幼い顔つきから考えて年齢はリグルと同じ、12、3歳程であろうか。

 しかし真っ赤なドレスを無理なく着こなし、優雅に一礼する彼女の姿は、とてもリグルと同年代には見えない。


「こんばんはお客様、私はエーデルヴァイン・リッツ・アルトリア、このエーデルヴァイン家の当主ですわ」


 その言葉に、コウは彼女の整った顔立ちが、背後にそびえる絵画に描かれた少女と瓜二つである事に気づいた。


 視線を往復させ、絵画と本人を見比べるコウ。

 しかし、彼の中で芽生えた疑問が形になる前に、コウはアルトリアの視線が返答、つまり、名乗り返す事を求めていることに気づいた。


「⋯⋯あ、ああ、コウ⋯⋯フラット、ハタツミの⋯⋯領主か?」


 未だなれないその名を口にし、コウは居心地が悪そうに頭をかいた。


——


 初対面の挨拶もそこそこに、コウは1人、晩餐の席へと通された。


 長机の両端に向かい合うように座ったコウとアルトリアの前に、奥の扉から現れた女給が手慣れた様子で料理を並べる。


 骨つき肉の煮込みと赤いスープに大きなパン。


 貴族にしてはワイルドな夕食であろう。


 しかし、コウはそれに手を付けず、アルトリアに問いかける。


「それで、こんなとこまで連れて来られたのは何の用事があってのことなんだ?」


 コウのその言葉は、目的が見えない彼女らの行動に対する違和感を拭いたかった、というより、芝居掛かったやり取りに嫌気がさしたと言うべきか。


「あら? 用があるのはあなたの方ではなかったかしら?」


 目を丸くして笑みを浮かべるアルトリアに態度を変える様子はない。

 しかし、その態度からコウはアルトリアの思惑を正確に察知した。


「⋯⋯なるほど」


 しばしの逡巡の後、コウは彼女の思惑に乗っかる判断を下した。


「そうだな⋯⋯実は俺たち、ゼルカトリア公国と戦争をしてるんだがな、今日の⋯⋯いや、昨日の夜襲に失敗しちゃってさ」


 アルトリアの後ろに控えるクロバの視線にめげず、コウはわざとらしい口ぶりで会話を進める。


「さっさと戦争を終わらせるだけの決定打が欲しいんだが、何かいい手はないか?」


 筋書き通りのやり取り、少なくとも彼女にとっては理想通りの問いかけだったのだろう。

 満足げな笑みを隠しきれないアルトリアの口ぶりには、見た目相応の子供らしさがあった。


「ふふっ、そういうことでしたら、手を貸して差し上げてもいいわよ」


 彼女がゼルカトリア公国の辺境伯である以上、どう聞いても国家反逆罪に問われる重大な発言なのだが、彼女にそれを気にする様子はない。


「では、その代わりに——」


 しかし、続いたアルトリアの要求を、コウはパッと手を挙げて押しとどめた。


「ちょっと待った」


 アルトリアの思惑通り話を進めたのは無意味な寸劇をさっさと終わらせるため。

 交渉という確固たる目的ができたのならば、コウに相手の言葉を黙って聞いている理由はない。


「もちろん戦争が早く終わるに越したことはないが、別にそれだけが俺たちの勝ち筋じゃない。最初から最後までみっちり戦い抜いて勝つプランだってあるし、それは夢物語や希望的観測なんかじゃない、至極しごく現実的な物だ」


 ハタツミの動向を握っている以上、コウにも譲れないラインがある。


「主導権は俺にある。対価を要求するなら、その前提は忘れないようにしてくれよ」


 高慢にそう締めくくったコウに対し、アルトリアの後ろに控えるクロバは瞳に強い嫌悪感を宿す。

 自身の主人を侮辱されたと感じたのだろうが、主人本人は全く意に介していない様子で笑みを浮かべている。


「ふふっ、もちろんそれは分かっているわ、でも、祖国を裏切る事になるこちらの都合も考えて下さらない?」


 要するに、この交渉の争点はアルトリアが国を裏切るリスクとコウの差し出す対価が釣り合うかどうかなのである。

 その前提があったからこそ、コウはアルトリアの話を遮ってまで釘を刺したわけだが。

 彼女の口調から感じとった違和感をコウは何の気なしに言葉にした。


「つっても、そんなに大きな事だとは思ってないみたいだな」


 しかし、アルトリアの思考はコウの予想のはるか斜め上を行っていた。


「⋯⋯そうですわね、確かに、国なんて大した価値はありませんわ」


 国家を裏切るリスクなど最初から彼女の頭にはなかったのだ。

 しかし、そうなってくると彼女の要求の幅は予測できない。

 ひょいと肩をすくめ、『言ってみろ』と態度で示したコウはアルトリアの要求を待った。

 コウの態度にニンマリと笑みを浮かべたアルトリアは


「私の要求は2つ、1つはハタツミが戦争に勝った後も、この由緒正しきエーデルヴァイン家を残すこと」


 家を残す。

 時代小説などでよく見るその要求は、当人からすれば重要な問題ではあるが、要求された側からすればさして損失になるわけでもなく、活躍に対する対価として処理できるため都合のいい、許容しやすい条件である。


「もう1つは、あなたの愛」


 しかし、さも当然のように続けられた、あまりにも突飛な第2の要求に、コウは首をかしげた。


「⋯⋯は?」


 聞き間違いである方が自然な、何一つ話の流れと合致しない一言。


「私はあなたの愛が欲しいの」


 幼い少女の口から放たれたその言葉は、続く波乱の幕開けとなる一言であった。


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