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異世界転生は一度でいい!  作者: 大杉俊
二章 公国と化け物
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第65話 あたしとあの子の殺し合い


  

 しかし、態度の割に飲めないのがこの2人。

 セナの話が終わっても、ワインボトルは半分程しか空いていなかった。


 部屋の隅から運んできた椅子に腰掛けたコウは、グラスに残った一口分のワインを飲み干し、コトリとテーブルに置いてから口を開いた。


「へぇ、じゃその少年はお前が殺した貴族の息子って訳か」


 コウの言葉に、グラスとボトルを置いた小さな丸テーブルを間に挟んでベッドに腰掛けるセナは、ボトルを満たす暗いかげに視線を落としながら頷く。


「そう、貴族狩りの時に逃がしてあげた子供、親を殺された復讐ってやつよ」


 ここでいう貴族狩りとはセナが騎士団にいた頃に請け負っていた仕事、国王に反発する派閥に所属する貴族の暗殺を指す。

 言論統制のようで聞こえは悪いが、ハタツミ程の大国を1人の国王の支配下に置くのであれば、多少の暗部も必要であろう。

 何より面と向かって貴族達を恐喝したコウのやり方に比べれば幾分か頭のいい戦略だ。


 自分の政略の適当さを棚上げし、コウは結論を急いだ。


「で、お前はその憎しみの詰まった目が忘れられずにビビっちまったと」


 しかし、コウの目論見はあっさりと否定される。


「まさか」


 その一言とともにボトルからふいと顔を上げたセナの表情を、コウは形容することができなかった。


「本当にそんな顔してたわけないでしょ」

 

 虚ろに過去を見るような瞳と、いつもの笑みが消え失せた唇、そこからただ淡々と連ねられる言葉に、コウは強い違和感を覚えた。


「あの時、槍に貫かれた瞬間、あの子の顔には恨みも憎しみもなかった。ただ、痛いってだけの涙と、死ぬのが怖いって顔と、そのどっちもが入った悲鳴だけ」


 思い出すようにゆっくりと言葉を紡ぐセナに、コウは自身も彼女の緊張に呑まれていくことを感じながら口を開いた。


「じゃあなんで——」


「夢なんてその時の印象でどんな風にも変わるものよ、夢の中のあの子は、多分あたしの⋯⋯あたしの中のあの子は、そうやってあたしを見るような存在に⋯⋯」


 しかし、その問いを遮るようにして放たれたセナの声は、俯いていく体の動きとともに消え入るように小さくなっていき、


「死ぬと思った」


 一瞬の静寂を経て、顔を上げたセナは、おもむろにそう切り出した。


「あの時、あと半歩でもあたしが前にいたら、あと数センチあの子が持ってたナイフが長かったら、あたしは首を切られて死んでた⋯⋯」


 そうつぶやいた彼女の目は、すでにコウを見ていなかった。


「もちろんそれまでも死んでたかもしれないようなことは何度もあったし、まだ小さな子供だった頃は死ぬ一歩手前まで行ったことだってあったわ」


「でも、そう感じた相手はみんなその時のあたしより何倍も強くて、理不尽で、バカみたいな力の差を感じながら負けるそれを、あたしはどこか他人事ひとごとみたいに感じてた」


 彼女が見つめるのは、はるか過去の自身の記憶。


「傷口から溢れ出る血も、冷たくなっていく手足も、自分が死んでいく感覚さえも、あの日までのあたしにはなんでもなかったの」


 まじまじと自身の手を見つめる彼女の瞳には確かに、そこを伝う血の赤が映る。


「あんな子供でもあたしを殺せる、それは、それまでのどんな相手より怖かった」


「あの時、人殺しが殺されるってことは、自分の全てを否定されることだって気づいたの」


 まっすぐにコウに向けられた彼女の視線は、やはりコウを捉えてはいなかった。


「そんな怖さに気づいて、初めて自分が生きてるってことが実感できた」


 夜の窓を抜ける青い光と揺れるカーテン。

 コウの目には、目の前に座るセナが、さながら幽霊のごとく薄れ、青白い光を放っているように見えた。


「それまでも、相手を殺した時に達成感を感じたりはしたけど、そんなに気持ちいいものじゃなかった。でも、あの日から今日までの殺し合いはそれまでの物とは全然違った」


 脈絡のない言葉は、しかし、めまぐるしく流れる彼女の記憶の表面を映しているに過ぎない。


「実力の差が生死の差を分ける訳じゃない。どれだけ剣が下手くそでも、相手を殺せない訳じゃない」


「そこにある差は命の強さだけで⋯⋯ううん、それだって決定的な差にはならない」


「ただ同じように命をかけて戦う殺し合いに、差なんて関係ない」


「自分が生きるためにすべてを使って戦う殺し合い、それは他の何よりも平等で、だからあたしはそうしてきたの」


 セナは両手を前に伸ばし、合わせるようにして握りしめる。


「だからあたしはあの子を殺した、あの子に槍を突き刺した門番を突き飛ばして、串刺しにされた体を引き摺り下ろして、その首をへし折った」


 伸ばした腕がぶつかり、ベッドの上に音もなく倒れたボトルから溢れ出した赤黒い液が白いシーツに触れた瞬間、鮮やかな紫色に変化していく。

 その光景に、コウはセナが確かにこの世に存在していることを改めて確信した。


「それが、あたしとあの子の殺し合いのすべてよ」


 張り詰めていた空気は力なくテーブルの上に降ろされたセナの両手と共に薄れていく。

 セナの肉体が、急速に実体を取り戻し、その存在を確かにしていくような錯覚。

 その光景に、コウは知らず知らずのうちに安堵の息を漏らした。


「なのに、今日のは違った」


 しかし、セナのその言葉と共に空気は変わった。

 部屋を満たしていたワインの香りが濃厚な血の匂いに変質し、コウは腰を浮かせて咳をこらえる。


 彼女の瞳は再び虚空を捉え、その唇は、しかし今度はわななくようにして言葉を放つ。

 

「あの時のあたしは、死ななかった」


 セナの言葉が漠然とした比喩でないことは、『あの時』のセナと直接刃を交えたコウには正確に理解できた。


「あの兵士たちには私を殺す術がなかった。それを⋯⋯それを殺して⋯⋯こんな気持ちになるなんて⋯⋯」


「痺れるほど甘くて、気持ちよくて、なんにも怖くなくなって——」


 その瞬間、合わせられたセナの視線はコウを通して、数時間前の森で起きた惨劇を見ているかのように遠く、虚ろに光る。


「一方的で、理不尽で⋯⋯気持ち悪い! あんなの殺し合いじゃない!」


 不意に声を荒らげたセナは、きつく自身を抱きしめながら震える声を漏らした。

 あまりにきつく握りしめた両手はセナの腕に食い込み、しかし彼女にそれを気にする素振りは無い。


「おい!」


 とっさに彼女の両腕を掴み、引き離したコウに、セナは怯えたような視線を向けた。


「違う⋯⋯違うのよ⋯⋯あたしは、あんなことがしたかった訳じゃない⋯⋯」 

 

 その時、コウは最初に感じた違和感の正体を理解した。


 後悔。


 セナの瞳に落ちた影は、我を忘れてゼルカトリア兵士を惨殺ざんさつしたことに対する激しい後悔だった。

 

 コウに彼らの姿を重ねたセナは、震える唇で言葉をつむぎ出す。


「許し——」


「まあ、お前がどう考えるかは勝手だけどな」


 その言葉を、コウは遮った。


「後悔することはないぜ、殺されたやつからすれば、どんな大義名分を並べたところでただの人殺しだ」


 怯えたセナの瞳を正面から見つめ、コウは彼女の心に語りかけるように言葉をかける。


「奴らも奴らで、それなりの覚悟を持ってそこに居たはずだ、それを殺したお前が謝っちゃ、何にも残らないだろ」


——


 少し、ひとりにして。


 1分近く震えるセナをなだめ続けたコウは、彼女のその言葉に従い部屋を出た。

 1階と2階をつなぐためだけに作られた簡素な階段は、後ろの建物に面した小さな窓が一つあるだけでひどく暗い。

 その3段目に座り込んだコウは、大きなため息をついた。


(まさか、ああなっちまうとはなぁ)


 狂気の笑みで敵兵をほふる姿は幾度となく見てきたが、あれ程までに動揺したセナの姿をコウは見たことがなかった。


 何度も転生を繰り返してきたコウは、そのほとんどの時間を戦いに費やしてきた。

 その人生の中で、コウは筋金入りの殺人鬼を何人も見てきたし、部下に置いた時の使い方も知っているつもりだった。


 しかし、セナのそれは、単なる『イかれた殺人鬼』と言うだけではないようにコウには感じられた。

 少なくとも支離滅裂な独白から垣間見えたセナの本心が、コウの心をひどくざわめかせたことは確かだ。


(哀れ⋯⋯なのか?)


 不意に心に浮かんだその言葉を、コウは否定することができなかった。


(殺人鬼を哀れむなんて、バカみたいだな)


 自嘲気味なその思考に一区切りつけたコウは立ち上がり、気持ちを切り替えて階段を下りた。


「おっ、ちゃんと揃ってるな」


 階下で待つ3人、クロバ、ゼルドロ、ウチツネ。傷の手当で遅れていたウチツネが合流していることを確認したコウはニヤついた笑みを浮かべながら声をかける。

 そんなコウにかけられた、慇懃いんぎんに過ぎるクロバの言葉に、コウはハッとした。


「おや? 随分と物憂げな顔をされていますね?」


 コウはその時やっと、動揺していたのが自分自身だったことに気づいたのだ。


(⋯⋯ああ、くそ。本当にバカみたいだ)


 気持ちを切り替えきれないような動揺など、コウの記憶には数える程しかない。

 その記憶の一つに、悪縁とすら言える殺人鬼の名前を加えなければいけない事に、コウは微妙な表情を浮かべながら八つ当たりをした。


「うるさい、関係ない」


 普段のクロバなら、いくらでも揚げ足を取れるような会話。

 しかし、クロバはその言葉を簡単に聞き流した。


「ええ、まぁ、そうですか」


 その口ぶりは、どうでもいいと言うような早口である。


 無理もない。


「それではこの状況を説明してほしいんですが」


 その時クロバの手足は椅子に縛り付けられていたのだから。


「ふ〜ん、あくまでもしらを切り通すつもりか」


 ひとかけらの動揺すら顔に出さないクロバに対し、コウは今度こそ普段通りのニヤついた笑みを浮かべながら続けた。


「裏切り者とは言わない、だが、隠し事はよくないよな?」





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