第60話 狩猟部隊と回り道
闇夜の森、なんの変哲もないその木は、ただ北方に視界がひらけているという理由からロックに選ばれた。
フランの魔道索敵によって発見された敵部隊は2つ、そしてこの索敵は敵に感知された可能性が高い。
であれば敵隊は合流ないし伝令によって連携を取ろうとする可能性が高く、仮に敵が伝令を選んだ場合、それを撃破すれば、相当な時間相手の両部隊を孤立させることができる。
そのような考えを元に、ロックは方々で自軍が奮闘している中、太い枝に腰掛けて敵方面を監視していた訳だが、敵が出てくる気配はない。
(読み違えたか? いや、伝令が無い分には問題ないんだが)
効果的だが兵士を選ぶ仕事。
単独での戦力と索敵能力を考えて、ロック自らが出向いた持ち場であったが、どうやら彼の徒労に終わりそうである。
1つため息をついた後、ロックは警戒体勢を解いて木の幹に足をかけようとした。
その時、不意に前方の藪が揺れた。
100メートル、ロックの索敵能力からすれば早々入られることのない間合いに突如現れた人影に、ロックは小さくない驚きを覚えた。
少し小柄なその男が身にまとう、背景の草木と見分けのつかないチグハグな配色のコート。
それを踏まえても索敵に集中していたロックに気づかれることなく100メートルにまで詰め寄った人間の脅威度は高い。
ロックは静かに引き金に指をかけ、術式の詠唱を開始する。
選んだ術式は、ロックが砲器を手にしてから一度として外したことのない、百発百中、必殺の術式。
「拡針弾」
ロックが最後の一句を言い終わると同時に、砲器の銃身に刻まれたエングレーブが赤く輝いた。
——
前方の樹上から発生した魔力の流れに、コウは顔を上げた。
前方100メートル、地上8メートル辺り。木々の枝葉に隠れ、こちらからはその姿を確認はできないが、何者かがこちらに向かって、おそらく攻撃魔法を発動しようとしている。
(この視界と距離で見つかるか⋯⋯)
コウも単身で行動する以上、索敵には十分に注力していた。
それを超えて一方的に発見されたとすれば、それは戦士としてのスペックの差というより他ない。
しかし、居場所が分かってしまえば遠方からの攻撃を回避する事はたやすい。
足を止める事なく走りながら、コウは反撃の為、コートの内側に隠された術式鉄札に手を伸ばす。
さしものコウも、まさか瞬きするほどの間に赤々と輝く魔弾が眼前を覆い尽くすとは思っていなかったのだ。
信じられないほどの速さで飛来した魔弾を前に、コウは足を前に滑らせ、スライディングするように上体を仰け反らせて回避する。
鼻先をかすめて飛翔する魔弾。
しかし、その魔弾の持つ魔力に違和感を覚えたコウは、右手に握りしめた鉄札を、即座に起動させた。
〜〜そもそも、魔道書と違い表面積の少ない術式鉄札に複雑な術式を刻む事はできない。
これまでにコウが使った鉄札も『雷属性』の解放による『放電』、『火属性』の解放による『爆発』と、非常にシンプルな術式の形。
そう考えれば、コウが今回使った鉄札も『風属性』の解放による『突風』と見ることができるだろう。
しかし、前者2つが攻撃用の術式であったのと同様に、コウが手の中で起動した鉄札にもまた、樹上の標的を確実に叩き落とす為に選んだ攻撃用の術式が刻まれているわけで〜〜
鉄札から全方位に放たれた強烈な突風に、コウは吹き飛ばされるようにして魔弾から距離をとる。
原理だけ見ればハタツミ王城でシャルロットが見せた高速移動と同じ。
ただ、制御出来ていないというその一点の差により、シャルロットが扱ったものよりはるかに速い初速でコウは地表を滑る。
しかし、その速度に追いついて、魔弾の表面から次々に突き出した棘がコウの右半身をかすめる。
激突と表した方が近い速度で木の幹に叩きつけられたコウは霞む視界の中で、飛来した魔法の抜け目なさに舌を巻いていた。
仮にこの魔弾が直撃していたとすると、急所を外したとしてもハリセンボンよろしく展開された無数の棘によって致命傷を受ける事は確実、それに加え、先ほどの詠唱時間からは考えられないほどの弾速である。
魔法の前兆が見えていなければ不可避と言っていい攻撃。
(だが、避けれたんならこっちのもんだ)
驚愕から立ち直ったコウは、衝突の衝撃にくらむ自身の意識に喝を入れ、懐から取り出した鉄札を投げつつ、攻撃者の方向に向かって走り出した。
——
ロックも初撃を回避されたことに驚きを感じなかった訳ではない。
しかし、ロックは一切手を止めることなく照準を合わせ、追撃の術式を詠唱する。
予想外とはいえ想定内。
これまで外したことのない魔法であっても、それが外れた際の第2第3の追撃は常にロックの思考にある。
ただ、今回に関しては、ロックの想定が生かされる事はなかった。
彼の想定より早く攻撃体制を取り直した男が投げた鉄片。
その鉄片が含んだ魔力を感じ取ったロックは追撃を中止し、地面に飛び降りてそれを回避する。
ロックが地面に足をつけた直後、上方から爆発音と熱風、そして焼けた木の破片が降り注ぐ。
男が投げた武器は、恐らく狩猟部隊の扱う砲器に近い設計思想を持っている。
砲器にはその銃身に加速術式が刻まれている。
それには扱える魔法が射出形式のものに限られる代わりに、高位の加速術式を詠唱無しで魔法に組み込めるという利点がある。
対して、男の投げた鉄片は、触媒を一度の使用で消費してしまう代わりに術式の詠唱そのものを省略しているように見える。
原始的にも見えるが、目的に対して非常に洗練された戦術。
こちらに向かい、一直線に走ってくる男を改めて脅威と認識したロックは、後方に大きく跳躍しながら迅速に戦闘体勢をとった。
肘をたたみ、体に沿わせるようにして右手一本で砲器を保持する。そのまま左手をベルトに伸ばし、取り付けられた鞘から逆手にナイフを抜き放つ。
ナイフで相手の一撃をいなし、すぐさま魔法で反撃する構え。
万全の体勢で男をを迎え撃ったロックは交錯の刹那、男の攻撃に違和感を覚えた。
突撃の速度と大きく振りかぶった腕のしなりを余すことなく乗せた一撃は、男の握る小ぶりな刀には向いていないように見える。
しかし、ロックは得体の知れない危機感に従い、飛び下がることでその一撃を回避した。
男の斬撃は、強烈な破砕音を響かせながら一切の抵抗を感じさせず木の幹をえぐる。
断ち切るとはまた違う打ち砕くような切り口を残し、地面に触れる寸前でピタリと止まった大振りの刃を前に、ロックは背中を伝う冷や汗を感じる。
あのような斬撃をナイフで受けていたらどうなっていたか分かったものでは無い。
感覚や直感に否定的なロックも、この時ばかりは自身の感覚の鋭さに感謝した。
——
コウとロック、不意に始まった2人の死闘は、コウ優勢の一方的な展開となった。
袈裟斬り、切り返し、一歩踏み込んでの柄打ちと回し蹴り、一拍おいての猛烈な叩き斬り。
息もつかせぬ連続攻撃に時折混ざる全力の一撃。
単純にそれだけであればロックに見切る事は容易い。
しかし、大げさとも取れるコウの剣筋と歩法は、ロックに攻撃の弱と強
の判別を困難にしていた。
互いの身体能力や魔法技術に大きな差はない。
ただ実戦経験と練度の差によって自身が追い込まれていることをロックはまざまざと感じていた。
もっとも、それで諦めたり自棄を起こしたりする程ロックも馬鹿ではない。
叩き斬りをどうにか身をひねってかわし、追撃の切り上げに強引にナイフを合わせたロックは、相手を突き飛ばすようにして距離を取る。
生まれた一瞬の隙に、ロックは間髪入れずに術式の詠唱を開始した。
相対するコウが驚きの表情を浮かべたのも無理はないだろう。
本来、近接戦闘の最中に術式を詠唱するということはあり得ない。
意識を集中せねば扱えない術式はそれだけで注意散漫になり、加えて近接戦闘で何より重要な呼吸のタイミングを容易に読まれてしまうからだ。
仮に使うとしても初撃狙いであらかじめ詠唱しておくか、もしくはヘイズメルのように、接近戦にも組み込めるまで隙を減らすしかない。
しかしロックのそれは、なんのひねりもないただの詠唱であり、コウからすればチャンス以外の何物でもない。
目潰し、肘打ち、足払い。
一層苛烈さを増すコウの攻めに、ロックは防戦一方になりながらもどうにか術式を完成させた。
「空白煙弾!」
ロックが地面に突きつけた砲器から放たれた魔弾は、地面に着弾すると同時にとんでもない量の煙をあげる。
戦闘の只中でロックが選んだのは煙幕の魔法。
しかしその直後、コウの後方から吹き荒れた突風によって、膨れ上がった煙の全てが千々に吹き飛ばされた。
ロックの魔法を視覚妨害と呼んだコウが完璧なタイミングで投げた風属性の鉄札が起動し、ロックの煙幕を封じる。
そのまま風による加速を受けて追撃を放とうとするコウの前で、ロックは何食わぬ顔で口を開いた。
「再装填」
たった一言の詠唱と同時に再び引き金を引き絞る。
その瞬間、持ち手から引き金にかけて刻まれた2つ目のエングレーブが白い光を宿し、直後銃身から放たれた魔弾が再び煙を巻き上げる。
コウに、3枚目の風属性の鉄札はなかった。
不意打ちを警戒し、大きく煙を避けて下がるコウ。
しかし、7秒前後の時間をおいてコウが直接発動した風術式に吹き飛ばされた煙幕のなかに、ロックの姿はなかった。
「⋯⋯逃げられたか」
力量差を察し、奥の手まで使って逃げに徹したロックの判断は見事というより他ない。
「にしても銃か⋯⋯これまた面倒なのが出てきたなぁ」
しかし、彼の襲撃と離脱がコウに強烈な印象を残した事は想像に難くない。
——
さて、上記のような戦闘もあり、コウが敵部隊の後方から姿を現したのは、その部隊が壊滅した後のこととなった。
藪から歩み出たコウにいち早く気づいたゼルドロは、ニヤリと嫌味な笑みを浮かべて声をかける。
「遅かったのう、こっちはもう片付いたわい」
「いや〜、ちょっとめんどくさいのに絡まれてな」
それに対し、コウは言い訳に近い言葉を臆面もなく口にしながらヘラヘラと笑みを浮かべる。
「しかし、結構こっちに来てたみたいだな」
そうつぶやいたコウは、足元に転がる敵兵の死体をまたぎ越して歩く。
死屍累々の戦場には、予想された敵戦力のほとんどが投入されていたようだった。
——
暗闇の中を音もなく駆ける黒衣の一団。
そのうちの1人、狩猟部隊隊員のブランドンは少し前を走るフランに棘のある言葉を投げかけた。
「フラン副隊長、この際はっきりさせておくが、我々はあんたを信用してない」
「はい?」
突拍子も無い発言に、フランは能面のような無表情に疑問符だけを浮かべて答える。何を隠そう、行軍の時にフランと言い争いをしていた男こそ、このブランドンなのだ。
「隊長の命令だ、あんたの指示には従う。だがな、ぽっと出の、それも人間に副隊長の座をかっさらわれて、心中穏やかじゃない連中も多いってことだ」
とはいえ、それが言い争いになっているかと言うと疑問が残る。
「そうでしたか、皆さんの内情には気を使っているつもりでしたがまだまだ配慮が足りませんでした、ありがとうございますブラックさん」
「⋯⋯俺の名前はブランドンだ」
往々にして、ブランドンの苦言や皮肉はフランに微塵も相手にされていないのだ。
「はいはいそうですね分かりました、止まってください」
しかし、今回の返答はそれまででも類を見ないほどに雑なものだった。
ブランドンの言葉がまるで雑音か何かのように遮ったフランはブンブンと手を振って部隊に停止の指示を出す。
「突然、なんだ?」
乱雑に言葉を遮られたブランドンは怒りを飲み込んでフランに問いかける。
しかし、心底どうでもいいような顔でブランドンの言葉を無視したフランは前方の一点に向かって指をさした。
ぞろぞろと集まってきた隊員が激発寸前のブランドンをどうにかなだめすかし、揃ってフランの指差した方向に視線を飛ばす。
はるか前方、藪を5つほど挟んだ先に見えたのは先行した数人のゼルカトリア側の騎士の姿。
距離と藪により、はっきりとは見えないが、チラチラと見える鎧の光の動きは争っているようにも見える。
直後、瞬く光の1つが高々と宙に舞った。
同時に最も遠くの藪が打ち払われ、その全貌が明らかとなる。
大樹と見分けがつかないほどに巨大な大剣を片手で振り回す長身の女。
騎士達の鎧がくすんだ月明かりを反射する中、キラキラと輝く白髪を持ったその女によって、先行した騎士が次々と叩き潰されていく。
「撃つか?」
それを敵と認めた瞬間、ブランドンは砲器を構え、それまでの怒りを微塵も感じさせない様子でフランに問いかけた。
彼だけでなく、その場にいる狩猟部隊の全員が即座に砲器を構え、フランの指示を待つ。
対するフランは数秒の逡巡の後、静かに口を開いた。
「いえ、あれは確実に仕留めなければなりません」
フランのその表情は普段となんら変わらない、覇気のないものである。
「巨人狩りの陣形で部隊を展開します。サインに合わせて一斉砲撃、確実に止めを刺しましょう」
しかし、底なしに暗い彼女の瞳は確実に白髪の女、セナの姿を捉えていた。




