第59話 夜戦勃発
暗闇に沈む森の中、屈強な男たちが身にまとう甲冑はギラギラと月の光を反射している。
その、神秘性も戦略性もないギラついた光を冷めた目で眺めていたロックの耳に、後方からクレルの陽気な声が届く。
「景気良くやってくれよ、何事も、始まりが肝心だからな」
フランに念押しするクレルに、ロックは疲れたように問いかけた。
「最大出力にすると、こっちの位置にも見当つけられちまいますよ」
懸念を口にしたロックに対し、クレルは悪意のにじむ笑みを浮かべ、今更と言った口調で答える。
「何をいう? そのための彼らじゃないか」
そう言うクレルの視線の先にあるのは、夜間の奇襲作戦であるにも関わらず、目立つ金属鎧を着込んだアルフレート侯爵直属の騎士隊だった。
練度はどうあれ、夜戦にも奇襲作戦にも精通していないことが丸わかりの連中をクレルが引き抜いてきた事に、ロックは最初こそ疑問を覚えたが、今となってはその魂胆が手に取るようにわかる。
クレルは本隊から引き抜いて来た彼らを、使い捨ての囮程度にしか考えていないのだ。
実益を兼ねた嫌がらせ。
いかにも偏屈なクレルが思いつきそうな作戦であろう。
渋い顔でそのような考えを巡らせていたロックに、フランは活力のない顔で覗き込むような仕草をする。
しかし、その仕草にロックが反応するよりも早くフランはすっと背筋を伸ばすと、普段となんら変わらない、活力のない表情で口を開いた。
「それでは⋯⋯」
ポツリとつぶやいたフランはくるりとロックらに背を向け、横に立つ大樹に立てかけられた武器袋から一本の長杖を取り出す。
先端に大型の宝玉が取り付けられ、もう一端は鋭く削りこまれたダークウッドの魔法杖。
フランはそれを両手でしっかりと握り、地面に深く突き刺すと、その宝玉に手を乗せて術式の詠唱えいしょうを始めた。
囮として連れてこられただけの騎士達には分からないだろうが、魔道に通じたものならば、その魔法触媒を見て目を丸くすることは想像に難くない。
宝玉は本来魔力の圧縮や増幅、加速させるための触媒である。
しかし、前線で様々な魔法を使い分ける必要のある魔道士にとっては、勝手に術式に影響する宝玉は邪魔以外の何物でもなく、それ故に杖に組み込まれることは少ないのだ。
戦意みなぎる騎士達の無知な視線に晒さらされる中。
彼女だけがまるで別世界にいるかのように落ち着いた、あるいは活力のない表情で詠唱を続ける。
「——魔道索敵」
長い詠唱を締めくくるその一句と同時に、宝玉の中の術式が一気に増幅された。
直後、完全な半球を描いた魔力の波が猛烈な速度で森の中を駆け抜ける。
木の葉の一枚一枚すら正確に記録しながら広がるその魔力波は、瞬く間に森の半分にまで達した。
『魔道索敵』
魔力を圧縮し、加速させて発射する事により、少ない魔力で極めて広範囲の索敵を可能とするその術式は、代わりに発動地点を察知されやすいという欠点を持つ。
クレルが言ったようにハタツミ側の夜襲部隊への奇襲を狙うのなら、使ってはいけない類の術式だが、夜襲そのものを抑止する為に使っておくことの意味は大きい。
少なくとも、守備隊が配置されたその日から敵の夜襲がくるなどという都合のいい展開に、ロックは一欠片の期待もしていなかったのだ。
しかし、そんなロックの思惑とは裏腹に、観測を続けていたフランは驚きなど微塵もない、落ち着いた声で報告した。
「⋯⋯はい、見つけました」
「おお! 初日からアタリを引いたか」
クレルの楽しげな声に、ロックは放心したように口を開いた。
「⋯⋯冗談だろ?」
——
宵闇の中、木々の間を塊となって駆け抜ける数十人の人影。
道着に袴という、夜戦に適しているのかどうか分からない装備に身を包んだ部隊は、一目で手練れと分かるほどに洗練された動きで立ち並ぶ木々の隙間を抜けていく。
その部隊の先頭に立って駆けていたコウは不意に足を止めた。
唐突なコウ動きに対してもタイムラグなく、部隊は音もなく静止する。
「ぬ? ぬわっと!」
若干名、飛び抜けた体躯を持つ侍顔の男がつんのめっていたが、それは大した問題ではない。
部隊を止めたコウはじっと前方の暗闇を見つめ、そして口を開いた。
「⋯⋯これ、バレたな」
コウの漏らしたその言葉に、彼のすぐ後ろに控えるクロバは即座に問い返す。
「バレた、と言いますと⋯⋯」
しかし、クロバの問いかけを、コウはピンと立てた人差し指を自分の唇に当てる、『静かに』のジェスチャーをして制した。
この世界に来て初めてやったジェスチャーではあったがその意図は通じた。
張り詰めた静寂の中で、コウは正面からやって来た魔力の波の残滓ざんしに意識を集中する。
索敵魔法が魔力の波をぶつける事で敵を探す性質上、その起動地点は索敵された相手からでも察知することができる。
加えてコウの持つ、この世界では珍しい魔力の流れを見る目が合わされば、魔力波の揺らぎから敵軍の規模までも割り出すことが可能だ。
(200⋯⋯いや、300メートルくらい前か⋯⋯数は、20⋯⋯あ、これもしかして100以上いるか?)
しかし、コウの予想に反して魔力の残滓は非常に朧おぼろげなものだった。
やって来た魔力波はその強度に比べて、内包する魔力の絶対量がとても少なかったのだ。
(魔力を圧縮してたのか? ⋯⋯技術か、いや、道具か⋯⋯)
一瞬、未知の魔法に興味を惹かれたコウだったが、彼は即座に意識を切り替え、現状の打開策について思案する。
索敵された以上、夜襲の計画は失敗したものと考えていい。
敵の規模は分からないが、森の中に配置するような部隊ならばおそらくはそのほとんどが近接兵、索敵魔法の威力から高位の魔道士も混じっていることが分かる。
対するこちらの兵力は、クロバ、ゼルドロ、ウチツネにコウと流水花月流の剣士28名を加えた近接陽動きんせつようどう部隊と、ヘイズメルが選び抜いた46名の一級魔道士と護衛の騎士8名、そしてセナを加えた拠点強襲きょてんきょうしゅう部隊の2部隊。
近接陽動部隊が会敵する分にはそれほど問題はないが、魔道士が中心の拠点強襲部隊が森の中で敵団と遭遇するのはまずい。
であれば作戦は決まっている。
索敵魔法の魔力波に晒されてから10秒と待たずに、ぱっと振り返ったコウは余裕ある笑みを浮かべて作戦を告げた。
「よし、部隊をそこの茂みに隠して迎え撃とう。ゼルドロとウチツネに指揮を任せて俺は部隊の側面から裏に回る。俺達が時間を稼いでる間にクロバは西の別働隊に撤退を知らせて来てくれ」
——
夜戦に適した装備の差は大きい。
現にゼルカトリアの部隊は自ら索敵をしておきながら、茂みに潜伏していたゼルドロらに先手を取られる事になったのだから。
しかし、フライア村の時とは違い、ゼルカトリアの騎士達の対応は素早かった。
そもそも仕掛けたのがゼルカトリア側なのだから対応出来ないわけがないのだが、それを踏まえても奇襲に対する対処としての騎士達の動きは賞賛に値する。
そしてこの戦闘は、この戦争において事実上初めての、真っ向からの完全な白兵戦となった。
激戦の最中、立て続けに4人のゼルカトリア兵を討ち取ったゼルドロが苛立ちの滲む表情で振り返った。
「おう、ウチツネ、そろそろ動けんかのう?」
ゼルドロのはるか後方、戦場の後端で
「むむっ、しばしお待ちを⋯⋯」
そう言ったウチツネは腰だめに構えた刀に手をかけ、大きく足を開いた姿勢で硬直していた。
その構えに隙はなく、相対したゼルカトリア兵も怖気付くほどの気迫にあふれているが、しかしそれは完全な勘違いである。
コウの手によって抜刀術を教え込まれたウチツネは、最も重要な1つの技術を教わっていなかった。
それすなわち『抜刀』。
これまで大振りな木刀での訓練と実戦を積んできたウチツネは、丹精込めて鍛え上げられた鋼の刀身を、鉄鞘から鞘走らせる動作をただの一度も経験したことがなかったのだ。
刀を渡されれば普通すぐにでもそれを抜いて試してみたいと思うのが人の性だろうが、ウチツネに関して言えば図太いのか抜けているのか、今日ここに至るまで刀が鞘に収まっているものということを知らなかった節がある。
隙のない構えは抜刀寸前で刃がつっかえたことによる硬直、鬼神の如き気迫はそれを強引に引き抜こうと歯を食いしばっているだけ。
そして、力任せというものはほとんどの場合において、ろくな結果を生まない。
「むむむむ⋯⋯む?」
べきべきと耳障りの悪い音が響き、ぱっと開いたウチツネの手の中では、まるで飴細工のように折れ曲がった刀の鍔が、手のひらの形のままに押しつぶされた金属の鞘にめり込んでいた。
大太刀『大和ヤマト』
ウチツネのためにコウが2ヶ月の歳月を費やして作らせたそれは、ついに一度の日の目を見ることもなくその刀としての寿命を終えた。
意気消沈したウチツネに、ゼルドロは励ましの言葉をかけようとした。
「ウチツネ⋯⋯」
しかし、流石のゼルドロも、この状況には黙り込んだ。
——
夜戦開幕から15分。
完全な乱戦になってもなお、重装騎士達を確実に撃破していく剣士達を見るに、ハタツミきっての実力派と謳われた流水花月の名は伊達ではないと言えるだろう。
とはいえ兵力の差は大きい。
続々と追加される増援に押され、ハタツミ側は少しずつとは言え後退を余儀なくされていた。
そして仲間が苦戦しているその状況は1人の男の闘志に再び火をつけた。
「決めたでござるよ師範、拙者は不殺の道を行くでござる!」
そう言いながらウチツネは大太刀を振り抜く。
鞘に収まったままのそれはしかし、ゼルカトリアの騎士が着込んだ重装鎧をたやすく砕き、その胴体に深々と食い込む。
直後、猛烈な速度で打ち出された騎士は、穴の空いた風船のように宙を舞い、ゼルドロのすぐ横に立つ大樹の幹に派手な音を立てて叩きつけられる。
大きく凹んだ大樹の幹からボロ切れのようにするりと滑り落ちた騎士の安否を、ゼルドロは顔を歪めながら確認する。
ピクピクと痙攣する騎士に息はあるようだが、ゼルドロは満足げな表情で残心をとるウチツネに、こう問いかけずにはいられなかった。
「一応ゆうておくがなウチツネ、不殺は『斬り殺さない』っちゅう事だけじゃないんじゃぞ?」
なんだかんだと言っても、ウチツネという男は戦場に風を巻き起こす。
ウチツネの参戦によってハタツミ軍勢は瞬く間に士気を上げ、一騎当千の大奮戦の元に大きく戦線を押し返したのだ。
——
20分前。
暗闇の中、ぞろぞろと陣形を組んで前進する騎士隊の後ろ姿を、ロックはため息を飲み込んで見送る。
(奴らの頭には『松明を使うと目立つ』以外に隠密行動の知識はないのか⋯⋯)
ロックは少しでも隠密のノウハウを教えておけばよかったと考えたが、すぐにそれは時間の無駄だと思い直した。
そんなロックの思案を知ってかしらでか、フランはくるりと振り返ると、普段と何1つ変わらない疲れたような無表情で問いかける。
「隊長、どうなさいますか?」
やはり、戦地には似つかわしくない、聞いているだけでやる気のなくなるような声に、ロックは1つため息をついた。
「はぁ⋯⋯計画に変更はない、俺は単独で奇襲をかける。お前達は副隊長の指示に従って展開しろ」
しかし、ロックはその1つのため息だけで邪念を振り払い、狩猟部隊ハンターズの隊員、つまり自身の直属の部下に対して再び作戦を説明する。
ただ1人を除き、ロックの言葉を聞く隊員達の顔に油断はない。
彼らの寄せる信頼と覚悟に応えるべく、ロックは1つの命令を口にした。
「全員、覆いを外せ」
ロックの鋭い声に、隊員は背中に下げた細長い布包ぬのづつみに手をかける。
ゆるくS字に曲がった木製の持ち手から真っ直ぐに伸びる金属の管。
曲面には撃鉄と引き金が取り付けられ、その全体には精密なエングレーブが施されている。
被せられた覆いが取り払わて現れたのは、いわゆる『銃』であった。
ロックも自身の布包ぬのづつみをほどき、取り出した一丁を突き出して口を開いた。
「忘れるな、この『砲器』を作り出したのはドワーフの技術とエルフの叡智、そして、俺たちドルフの歴史だ」
戦闘の喧騒は遠く、そこに響くのはロックの言葉のみ。
「俺たちは憎しみで引き金を引くわけじゃない、俺たちの誇りのために引き金を引くんだ」
そう言ったロックは隊員達の顔を見渡す。
そのほとんどに強い覚悟と闘志がみなぎっていることを確認したロックは、ただ1つの不安要素であるフランへと目を向けた。
活力は無くとも、油断もない。
それでひとまず納得したロックはニカッと唇を吊り上げて叫んだ。
「よし、行け! 俺たちが狩人と呼ばれる所以ゆえんを奴らに見せつけてこい!」
ロックの激励に隊員達は一斉に頷き、踵を返す。
森の中へと消えた彼らの後ろ姿を見送ったロックは、自身も作戦を遂行するべく、静かに森の中へと姿を消した。




