第57話 ウサギ狩りのクレル
コウによる、村1つを壊滅させた奇襲攻撃から2日。
焼き払われたフライア村の跡地はゼルカトリア公国軍の野営地となっていた。
その立ち並ぶテント群の中央にある、他と比べて厳重な警備が施された参謀本部の中では、重厚な長机の向こうに座る3人の貴族に向かってドルフの男がまだらの髪をかきあげ、苛立ったように声を荒らげていた。
「ですから何度も言ってるでしょう。俺が村に着いた時にはもうそこら中の家に爆薬が仕込まれてたんですよ」
その男の言葉に苛立ちが見え隠れするのは、今日この問答が途方もないほどに繰り返されているからだ。
そして、この問答は長机の左に腰掛けるヘレフォード伯爵の言葉によってまた振り出しに戻る。
「しかしね、ロック・フリント隊長。君がもっとうまくやっていれば村が跡形もなく焼けることはなかったんじゃないのかね?」
再三の展開に、ロックは大きくため息をついた。
結局のところ、この問答の目的はロックに責任を押し付けることにあるのだ。
ハタツミ征服後の戦利分配で優位に立つべく、不利益になる要素をできるだけ排除する。
そこに戦死者達への配慮はなく、またそれ故に彼らはその責任を絶対に受け入れない。
諦めにも似た感情とともにロックは口を閉ざした。
訪れた静寂はしかし、即座に打ち破られた。
「お言葉ですがヘレフォード伯爵。あの時はまだロック隊長に指揮権はありませんでした。責任は先行隊にあるかと」
今の今まで一言も喋らずに押し黙っていたフランが、要点だけをまとめた簡潔な意見を述べる。
「⋯⋯君は何の権限があって口を挟んでいるのかね?」
ヘレフォードは、ロックに向けていた非難の視線をフランへと移し問いかける。
ロックが制止する間も無く、問いかけられたフランは活力の感じられない声音で答えた。
「はい、報告義務に基づいてここに呼び出されましたものですから」
その屁理屈とも取れるフランの物言いに、ヘレフォードは怒りにまなじりを吊り上げて口を開く。
しかし、ヘレフォードが声を上げるよりも早くテントの入り口がばさりとはためいた。
紅色の長髪をなびかせ、テントに一歩踏み込んだクレルは、それまでの全てを聞いていたかのように口を開いた。
「ふむ、ヘレフォード伯。あまり私の部下をいじめないでくれるかな?」
突如現れたクレルに、長机の正面に座る男は静かに口を開いた。
「ドランパルド伯爵、何の用だ」
ドランパルド伯爵、クレル伯爵と称するより硬いその呼び方は、男が自身の立場を明確に表したが故のもの。
クレルは、長机に座する3人の中で1人だけ侯爵という地位を持つその男に丁寧に一礼した。
「申し訳ないアルフレート侯爵。しかし、つまらない責任問題で私の部下を引っ張り回すのはやめてもらえないかね?」
しかし、その声は後半になるにつれて棘を増していき、頭を上げたクレルはアルフレートからヘレフォードへと視線を移すと嫌味たっぷりに続けた。
「はっきりさせておくがね、先の戦いで村が焼けるのを止められなかったのは、つまらない自尊心に囚われた無能な先行隊の隊長がロックに指揮権を譲らず、あまつさえ敵の急襲に対して馬鹿正直に突入し、部隊のほとんどを無為に死なせてしまったからだ。そして、先行隊は君のところの部隊だろう? ヘレフォード伯」
小馬鹿にしたようなクレルの物言いに、ヘレフォードは再びまなじりを釣り上げて叫ぶ。
「クレル貴様! 私の失態だとでも言うつもりか!」
そして、クレルはヘレフォードの怒号を真っ向から迎え撃った。
「言うつもりだヘレフォード。まあ、そもそもお前が能無しだから部下が使えないのも仕方ないが、その責任を他方に押し付けることはやめてくれ、迷惑だ」
もはや、嫌味ですらない。
遠慮もへったくれもないクレルの罵詈雑言に、ヘレフォードは額に青筋を浮かべて押し黙る。
クレルのあまりの言い草に、言い返す言葉すら吹き飛んでしまった様子だ。
「ふぅ⋯⋯私の言い分はこれだけだ。さあ、お前達も行くぞ」
満足げなため息をついたクレルは、アルフレートに軽く会釈すると即座に踵を返す。
我に返ったヘレフォードの怒声を背中に受け、ロックとフランを引き連れたクレルは足早に参謀本部を後にした。
——
参謀本部からの帰り、クレルはロックに向かって労うような笑みを向けた。
「いやぁ、災難だったなぁ、ロック」
「チッ⋯⋯まったく、勘弁して下さいよ」
ロックの舌打ちも仕方ないと言えるだろう。
何せ、先のいざこざも大元を辿ればクレルが本部から勝手にとってきた命令書が原因である。
真剣に労いの言葉を掛けられたとしても納得できないのに、明らかに面白がっているクレルの表情を見れば、多少の怒りを覚えてもおかしくはない。
しかし、クレルを前に多少の不満で声を上げていては身がもたないというものだ。
「はぁ⋯⋯そうだ、フラン」
強いため息の後、ロックは思い出したように後ろを歩くフランに向かって声をかける。
「お前は、あまり貴族達に楯突くな」
ロックのこの言葉に、フランは不服そうに口を開く。
しかし、ロックは右手を上げ、フランの言葉を制して続けた。
「お前が言いたいことはわかる。さっきもお前の意見は正しいものだった。だがな、あの場面でお前が目をつけられる必要は無かったはずだ」
自分を庇おうとした者を非難するのは気がひけるが、さきの一幕もクレルが割って入らなければどうなっていたかわからなかったのだ。
ロックは多少の居心地の悪さを抑え込み、淡々と言葉を放つ。
「無駄に敵を作るな。お前は俺たちとは違う。伯爵が死んだら奴らの下につくこともあるかもしれないだろ」
「⋯⋯気をつけます」
やはりフランの声に感情はない。
しかし、彼女が言葉を発する前に出来た微妙な間が彼女の納得していない本心を表しているように思え、ロックは再びため息をついた。
「なぁ、君らは何故私が死ぬ前提で語らってるんだ?」
そして、クレルのもっともな言葉にロックとフランはそれとなく視線を逸らした。
——
舞台変わって参謀本部。
そこでは、先ほどクレルにいいように罵られたヘレフォードが行き場のない怒りをなんとか飲み込もうと四苦八苦していた。
「ええい、忌々しい! あの男は我々に嫌がらせをする事以外考えていないのではありませんか?」
もっとも、ペン立てが倒れるほどに強く机に打ち付けた拳を見るに、彼の努力は効果がなかったようだが。
「やめなさいヘレフォード伯爵、侯爵の前で痴態が過ぎますぞ」
なおも苛立ちを隠せないヘレフォードをたしなめたのは、さきの一幕で静観を貫いていたダウブルフ伯爵だった。
無論、ダウブルフが静観に徹していたのは、ヘレフォードの部隊が冒した失態に彼が無関係だったからだ。
ヘレフォードからすればダウブルフの他人事のような言葉は神経を逆撫でするようなものであったが、彼は強く息を吐き出し、その怒りを押さえ込んだ。
しかし、クレルの挑発はそれだけで腹の虫が収まる程度のものではなかったようで、
「⋯⋯申し訳ありません侯爵、しかし、なぜ奴の横暴を黙認するのですか?」
普段のヘレフォードなら考えられない侯爵に対する苦言に、反対に座るダウブルフは目を見開く。
その2人に挟まれたアルフレートは閉ざしていた瞳をゆっくりと開き、ヘレフォードに向かって口を開いた。
「ヘレフォード伯爵、お前、塩戦争は知っているな?」
あまりにも突飛なアルフレートの問いかけに、ヘレフォードはつっかえながらも答える。
「は、はあ、西部山脈の岩塩坑の利権をめぐる中小貴族どもの紛争でありますな」
しかし、ヘレフォードの答えにアルフレートは首を縦に振らなかった。
「ふむ、都市部に住む我らからすれば遠い地の揉め事だからな。その程度の認識であるのも仕方ないだろう」
アルフレートは両手の指を組み合わせ、祈るような形で握り込みながら続ける。
「だがな、塩戦争の実態は、公爵どもの派閥争いも絡んだ、20年以上に及ぶ血みどろの戦争だったのだ」
そう語った彼の額に一筋の汗が伝っていることに気づいたヘレフォードは目を見開いた。
「奴は、クレル・ドランパルドはその塩戦争において、ただの一度も負けたことのない常勝指揮官だった」
常勝指揮官。
おおよそ聞きなれないその単語に、ヘレフォードは背筋を伝う冷や汗を認識する。
「こと戦争において、奴の言葉はどれほど突飛なものであっても無視はできない」
静かに慎重に言葉を選びながら、アルフレートは次のように締めくくった。
「奇策の権化、『ウサギ狩りのクレル』の名は、我々評議会の中でもあまりにも有名なのだ」
公国評議会序列11位、アルフレート・マクロフ。
彼にそこまで言わしめたクレル・ドランパルドという男に、ヘレフォードとダウブルフは今一度認識を改めた。
——
クレルら3人を包んでいた何処か締まりのない空気は、前方からやって来た台車とそれがもたらした強烈な死臭によって張り詰めたものへと変わる。
血と糞と肉の腐った臭いが合わさったそれに、クレルは鼻をつまみながら忌々しそうに口を開いた。
「あいも変わらず、参謀本部は無策の派兵を続けているのか、いや、まあ人海戦術と言えばそうだが」
初戦から2日、ゼルカトリア軍は焼き払われたフライヤ村の跡地に陣を張り、部隊を徐々に森林部へと進行させていた。
無論ゼルカトリア軍としては森林部などさっさと抜けてしまいたいのだが、戦場はそう思い通りにはいかない。
「その点ハタツミの指揮官は相当な手練れだ。数の暴力で進行する我々に対し、少しづつ前線を下げながら、爆弾やトラップを織り交ぜたゲリラ戦で着実に兵力を削ってきている」
続けたクレルの言葉通り、ハタツミ軍が取った戦略は少数精鋭による徹底的なゲリラ戦法。
それも、領土を犠牲に確実な奇襲を繰り返す、ゼルカトリア軍からすれば面倒この上ない戦術だった。
しかし、ロックはクレルの言葉を訂正する。
「いや、兵力を削るというより、惨殺することそのものが目的でしょうね。参謀本部に陣取る彼らには分からないでしょうが、味方が悲惨な死を迎えるというのは、実際に戦う兵士達が精神的に追い詰められ——」
より戦場に効果を示すのは少しの命より全体の士気。
その基本に基づいたロックの言葉は、しかし目前に迫った台車に阻まれた。
台車とすれ違う。
台車に被せられた血に濡れた布の隙間から見える、蛆がわき、蠅のたかる死肉は相当に悲惨な有様だった。
「しかしあれだな、生々しい惨殺死体も高慢ちきな貴族どもの部下だと思うと心が躍るな」
唐突なクレルの猟奇的発言に、2人から非難の目が向けられたのは言うまでもない事だろう。
しかし、このままではまた居心地の悪い静寂がやってきてしまう。そう思いなおしたロックはクレルの雑談に付き合うことにした。
「しかし、それをするならば自軍に一切被害が出ないように立ち回る必要があるでしょう。こっちが戦果を挙げちまったら奴らの戦術は半分以上効果を失う」
「ふむ、だから完全なゲリラ戦にしないのだろうな。その分遅滞的な要素が強まるが、倒錯的な行動には思えない奴らの指揮官にはこの時間稼ぎを活かすビジョンが見えているのだろうな」
しかし、そうつぶやいたクレルの視線がふっとロックに向いた瞬間。
ロックはここまでの会話が盛大な前振りであることに気づいた。
「それで、どうしようってんですか?」
懲りない、懲りてくれない。
「クク、ゲリラ部隊にゲリラを仕掛けられるような部隊など、お前達しかいなじゃないか」
どこか楽しげなクレルの言葉とともに、雑談は作戦会議へとシフトしていった。




