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異世界転生は一度でいい!  作者: 大杉俊
二章 公国と化け物
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第55話 静かなる馬車隊


 革命宣言から一月と少し、朝の活気の中で、ハタツミの大通りを騎兵隊に護衛された10台の幌馬車ほろばしゃがゆっくりと進む。

 戦争を目前にしてなお商団の馬車が絶え間無く往来するこのハタツミにおいて、その光景は違和感なく日常的なものだった。

 街道を歩く人々の中には仰々しい騎兵隊の姿に驚いたように顔を上げる者もいるが、ごく一部の極端に世事に疎い人間以外は馬車に掲げられた旗印を見て、納得したように興味を失う。


 ウォズワンド商会、並み居る商会の中で唯一、ハタツミ国防軍との正式な取引を勝ち取ったその大商会の名はハタツミ中の人々に知れ渡っていた。


 ウォズワンド商会の隊商キャラバンならば、国防軍の騎兵隊が護衛についてもそれほどおかしいことではない。

 かくして、ハタツミの日常風景に溶け込んだ馬車隊は、朝の活気の中を抜け、人もまばらな街道へと到達する。


——


「あだっ!」


 ほろを揺らす悲鳴は、街道の荒い路面で馬車が跳ねた拍子に木箱ごとひっくりかえったセナが放ったものだ。

 戦闘となれば理不尽なほどの身体能力を発揮する彼女も、普段の日常生活では意外とドジな失敗をしでかす。


「おっと、大丈夫ですか?」


 慌てたそぶりもなく形式的に心配の言葉をかけるクロバは、ガタガタと揺れる馬車の中で平然と足を揃え直立不動を保っているのだから、セナにも少しは見習ってほしいものである。

 

「おい、あんまりドタバタするなよ。まだ人の目があるんだから」


 呆れ気味に注意したコウを、ぶつけた頭をさすりながら起き上がったセナは行き場のない恨みのような感情を乗せた瞳で睨みつける。


「うっさいわね、いつもなら背もたれがあるのよ」


 セナの言う『いつも』とは、すなわち彼女が普段生活している酒場バーの事。

 ということは、彼女は体勢を崩してひっくり返ったのではなく、座っていた木箱を酒場に置いてある大きな背もたれ付きの椅子と勘違いしたということだ。


 しかし、その勘違いにコウは疑問を覚えた。


 秋の肌寒い空気も、幌を透かす暖かい日差しも、荷台の後ろに積まれた木箱も、そして揺れるこの馬車自体も。

 同乗者と荷台の真ん中に転がるどでかい大剣以外、ほとんど酒場と類似点のないこの空間で、初歩的に過ぎる勘違いをするなど考えにくい。

 コウの抱いた心底どうでもいい疑問は、直後響いたしゃがれ声によって解消される。


「寝ぼけたんじゃろ、静かにせんといかんからのぅ⋯⋯」

 

 セナの向かいに胡座あぐらをかいて座るゼルドロもまた、睡魔をどうにか抑え込んでいるような細い目でつぶやく。

 そのような表情を見れば嫌味を言わずにはいられないのがコウという人間である。


「眠そうだな、年寄りってのは朝が早いもんだと思ってたけどな」


 そして、目を見開いたゼルドロが疲労感を滲ませつつ言い返すところまでが一連の流れだ。


「言いよるわい。お主が寝とる間もわしらは⋯⋯っと、もう阿保らしくなってきたのう」


 そんな愚痴をこぼす師範の隣では、ウチツネが全く同じ胡座の姿勢で夢の世界に旅立っているのである。



 さて、当然ながらこの10台の幌馬車部隊は単なる隊商キャラバンではない。

 コウたちの乗る先頭馬車を筆頭に、続く5台の馬車には流水花月流の剣士を中心とする戦士たちが、7台目には魔道士組合からよこされた一流の魔道士たちが15人ずつ搭乗しており、その後ろに続く3台の馬車の中身は食料や物資が搭載されている。

 早い話、この幌馬車隊は隊商キャラバンに偽装した戦闘部隊である。

 護衛の騎兵も含めて総勢100と少しの兵隊は、コウが1人で十分に指揮できるギリギリの数。そこにハタツミの持つ最高戦力を投入した、文字通り、ゼルカトリア公国の兵士達と『一騎当千』に渡り合うための少数精鋭部隊なのだ。

 

 旧騎士団の保有していたなけなしの情報網と、クロバ率いるオールマイティーな執事軍団の連携により、ゼルカトリアの首都アトラブルクを数万人規模の侵攻軍が出発したという情報が入ってきたのが今日の早朝6時。目立たないように伝令を飛ばし、優秀なゼルカトリアの諜報員から隠れながら準備していた馬車に全ての乗組員が集合し、出発したのが午前9時である。


 ここでちょっとした計算をしよう。

 ゼルカトリア公国の首都アトラブルクからハタツミ王国の王都ハタツミまでの距離は早馬で7日ほど、様々な要因を考慮して早馬の移動距離を1日あたり80キロメートルと仮定すると、両都市間の距離は約560キロメートルほどと推察できる。

 

 そして、両国間の実質的な境界線となっているフライア村までの距離比は約4対3、やはり過去に何度かゼルカトリアに領土を譲渡していたハタツミ側の方が若干短い。


 敵大部隊の1日の移動距離を歩兵を基準に30キロとすると、アトラブルクからフライア村までにかかる期間は10日と少し、大軍隊という事と自国領内をパレードのように行軍するであろうことを踏まえれば、11日ほどかかるだろう。

 その軍隊と同時にアトラブルクを出立した早馬が7日間走ってハタツミに情報を持ち帰ったとすると、ゼルカトリア軍がフライア村に到着するまでに残された時間は約4日。

 早馬に匹敵する機動力を誇るウォズワンド商会虎の子の幌馬車隊で駆ければ、1日の猶予を持ってフライア村に先着できるという寸法である。


 たった1日の猶予、だからこそ敵の情報網をかわし、不意をつくことができると言う訳だ。


 ——


 街道に入ってから2時間ほど、馬車隊は分かれ道を直進して森に入る。

 ここからフライア村まで続く林道は本来、隊商キャラバンが通るような道ではなく、鞭を振るう御者の声からも多少の緊張が伝わってくる。


 しかし、誰よりも緊張しているのはこの馬車の最後尾に座る2人のエルフ、リグルとリムカだ。

 彼らにとって、馬車とは奴隷商に連れ去られた記憶を呼び起こす、恐ろしいものであるはずだ。

 それにも関わらずフライア村に対する交渉材料として同行を頼んだコウに二つ返事で応じたのは家族に会いたいという思いがあるからだろう。

 そんな葛藤もあってか、馬車に乗ってからというもの一言も喋らない2人の気を紛らわせるため、コウは早めの昼食時間を設けることにした。


「よし、じゃあちょっと早いが昼飯にするか」


 そのコウの言葉に、セナは自身の後ろのほろを持ち上げ、外の風景を眺めながら文句を言う。


「えー、ここで? 休めるようなところないわよ?」


 周囲は延々と続く森林、何を基準にするかによるが、彼女にとってここは休憩できるような場所では無いらしい。

 しかし、彼女の言葉は根本から見当違いな代物だった。


「何言ってんだよ、休憩なんてしないぞ?」


 クロバに配られたリンゴをかじりながら、コウはセナの問いをはねつけた。


「は?」


 キョトンとした顔で問い返すセナにコウは改めて説明する。


——そもそも、早馬ほどに速度の出ない馬車で早馬と同じ距離を1日で移動するためには移動時間を長くするしかない。

 食事時間はおろかトイレ休憩も無いのが今回の行軍計画である。

 用を足したければ走行中の馬車から飛び降り、道端で手短に済ませた後全力疾走で馬車に追いつくしか無いのだ——


「という訳で、今日から三日間は、一日中馬車に乗り通しだ。この馬車に関しては、水浴びも洗濯も俺の洗浄魔法でまかなう。次に止まるのは⋯⋯そうだな⋯⋯真夜中ぐらいだろうな」


 強行軍もはなはだしいが、時間的な余裕がない以上、そうするより他ない。

 リグルとリムカにも慣れてもらうしかない訳だ。 


「むちゃくちゃすぎるわよぉ〜」


 楽しい馬車旅行でも想像していたのだろうか。突きつけられた現実にセナは素っ頓狂な悲鳴をあげた。


——2日後——


 予定通り出発から3日目にして幌馬車隊はフライア村に到着した。

 2日目など、ほとんど日の出から日の入りまで走り通しだっただけあって、馬小屋に座った馬たちはその全てが首すら動かそうとせずに荒く息をついている。


 馬小屋にあぶれた最後の一頭を柵につないだコウは、崩れ落ちるように座り込んだその馬の横にかがみこみ、顔のすぐ前に水桶を置く。

 コウが手を下げた瞬間、馬は首を器用に伸ばして水桶に口をつけ、ゴクゴクと喉を鳴らして水を飲み始めた。

 じっとりと汗に濡れる馬の首筋に、コウはおっかなびっくり手を伸ばしながら声をかけた。


「よくやってくれたな。ナイスガッツだ」


 今回の無茶きわまりない行軍を成功させた立役者は間違いなくこの馬たちであり、3日間ひたすらに騒ぎ続けた挙句、到着して早々、観光気分で村に繰り出して行った同乗者達に比べればはるかに好印象である。

 しかし、されるがままに水を飲み続ける馬の態度はコウにとって予想外のものだった。

 コウは昔から動物に懐かれたことがなく、馬も犬も猫も、下手をすればコウが近寄っただけで吠え立てたり逃げられたりしていたのだ。


 巨大な馬の頭を支える相応に太い筋肉の感触は新鮮で、しばらくの間コウは当初の目的を忘れ、一心に馬を撫で続けていた。


「失礼、あなたがコウか?」


 不意にかけられた聞き覚えのない声に、コウは振り返った。

 エルフらしい尖った耳と短い金髪、そしてエルフらしからぬ広い肩幅と筋肉たくましい肉体。


「村の者が世話になった。村長代理のミゲル・トラスだ、改めて礼を言いたい」


 そしてミゲルと名乗った男の後ろについている、見知ったエルフの姉弟に、コウは改めてリグル達の性がトラスであったことを思い出した。


——


 ミゲルによって、コウは小高い丘の上に建てられた村を一望できる東屋あずまやに案内されていた。

 座布団の1つもない木の床に向かい合って座った2人の前に、どこかから走ってきたエルフの少女がちゃぶ台と椀を置く。

 見た事もない接待に、さあさあ何が出てくるのかと待ち構えていたコウは、注がれた透明の液体が水であると気付いた時、勝手ながらひどく拍子抜けしてしまった。

 そんなコウの表情を読み取ってか、ミゲルは渋い顔で口を開いた。


「大したもてなしが出来なくて悪い。なにぶん、見ての通りの有り様なものでな」


 ミゲルの言葉通り、コウの想像以上に大きなその村は、しかし悲惨な状態だった。

 中央に立つ大きな平屋を中心として広がる村は、その建物のほとんどに大きく目新しい修繕の跡がある。

 そして、ここに案内される道中で目にした、等間隔で地面に建てられた真新しい木の杭。


「村長代理ってのは⋯⋯」


 答えは見えていたが、コウは問いかけた。


「ああ、村長は先の襲撃で亡くなられた。村の男達も多くうしなった」


 リグルからは人さらいの集団と聞いていたが、実際にはそれ以上のことをやっていたようだ。

 この状況でさらわれてたエルフの女子供の全員を連れてきていたらと考えると、やはりリグルとリムカだけを連れ帰ったコウの判断は正しかったようだ。

 1人胸をなでおろすコウに向かって、ミゲルは軽く咳払いする。


「それで、何か要件があるのか?」


 ミゲルのその問いに、コウは申し訳なさそうに頷いた。


「ああ、単刀直入に言わせてもらうが⋯⋯」


 半ば以上復興した村を見れば申し訳なくもなると言うものだ。


「お前達、この村捨ててくれ」


 何せ、コウの要求は彼らのこの一月の努力、ひいては彼らの先祖が積んできた努力さえ無にかえすような代物だったのだから。

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