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異世界転生は一度でいい!  作者: 大杉俊
二章 公国と化け物
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第54話 お洒落なコート


 魔道士組合の夜、魔法辞典に記された不穏な一文を見なかったことにしたリグルとリムカはそれぞれの席に戻り、静かな夜を過ごしていた。


 といっても、静かすぎる夜だ。


 単に、お互いがしばらくの間口をきかなかったというだけだが、恐怖が落ち着いた後、それは重苦しい静寂として二人の間に残ったのだ。


 きっかけさえあれば簡単に破れるようなちょっとした静寂。

 しかし静寂を打破するとして、リグルは少し部が悪い。

 何もしていないリグルと違い、リムカは裁縫をしているのだ。


 食事と風呂も終わり、あとやることといえばベッドに潜り込んで早々に眠ることぐらいだが、リグルが与えられた二段ベッドの下段にはリムカが腰掛けてしまっている。 

 退いてくれという勇気もないリグルは、裁縫に勤しむ姉の姿をただぼうっと眺め、そしてここにきてやっとある違和感に気づいた。


 リムカの趣味は裁縫ではなく編み物だったはずだ。


「お姉ちゃん、それ、何作ってるのさ?」


 不意に抱いた疑問は無意味な緊張感を上回ってリグルの口から放たれ、顔を上げたリムカは待ってましたといった表情でこれ見よがしに両手に持った布を広げる。


「ふふ、やっと聞いてくれたわね。これはね、コウさんに頼まれたの」


 ぱさりと広がったそれは、異様なデザインの厚手のコートだった。

 ロングコートより少し短いくらいの裾と、首元のファー。

 形としてはリグルも良く知る、山岳方面からやって来る冬季キャラバン隊のものに近い。

 しかし、ファーも含めたその全体は、緑色を中心にした同系色のタイルを無秩序に並べたような、機械的なデザインで統一されていた。


「⋯⋯すごい、変わった模様だね」


 服のデザインなどほとんど知らないリグルは、自信満々にコートを掲げるリムカにどう言えばいいのかわからず、当たり障りのない感想を言葉にする。


「変わってるよね、『すぷりったーめいさい』っていうらしいんだけどね——」


 幸いにもリグルの感想は、リムカの心情と合致したようで、ひとまずリグルは胸をなでおろした。

 そして、それから延々と続くリムカの愚痴に、リグルは溢れそうになったため息を、気合を入れて飲み込んだ。


——


「っと、できた!」


 ポケットが多い、作りが複雑、縫い目を隠す工程が難しいなどなど。

 30分近く続いたリムカの愚痴が止まると同時に、彼女は高々とコートを掲げて声をあげた。

 その横顔はそうそう見ないほどの達成感に満ち溢れており、今の今まで愚痴を聞かされていたリグルも自然と笑みをこぼす。


「よ、よかったね」


 しかし、先程からうんうんと相づちを打っていただけのリグルの舌は思うように回らず、つっかえながら単調な言葉を放つにとどまる。

 そんなリグルの言葉が不服だったのか、ちらりとリグルの方に視線を飛ばしたリムカは当然のようにつぶやいた。


「じゃあ、明日の朝一番にこれをコウさんのところに持っていってね、リグル」


「う、うん」


 威圧的ではないが絶対的。姉弟特有の不文律とでも言うべき上下関係が働き、リグルはリムカの言葉に首を縦に振った。


「んー⋯⋯わぁ、もうこんな時間じゃない!リグルも早く寝なさいよ」


 そして、それまでのやり取りなどなかったかのようにコートを壁にかけ、ぐんと1つ伸びをしたリムカは時計を見て、驚いた声をあげた。

 そもそも、リグルが眠ることができなかったのはリムカがリグルのベッドに座っていたからなのだが、やはりリグルにそれを指摘する勇気はない。

 憎まれ口のひとつも思いつかず、足早に洗面所へと向かうリムカの後ろ姿を眺めていたリグルは、彼女のやけに引っ張れたスカートの裾に違和感を覚えた。


 時を同じくして自身のスカートの引っ張れに気づいたリムカが裾を払い、その動きに連動するように壁にかけられたコートがぴょんと跳ねる。


 その間に張り詰めた、キラリと反射する一筋の光に、リグルは慌てて声をかけた。


「ちょっと待って!」


 しかし、リグルの声は少しばかり遅かった。いや、間が悪かったと言うべきか。


 リグルの声に、リムカは再びスカートを払いながら振り返った。


 コートの背中からスカートの一部を縫い止めるように掛かった糸は振り返ったリムカの体に巻き取られるように張り詰め、そしてスカートを払った衝撃は確実にその布地へダメージを与える。

 直後、向き合った2人の耳に、『バリッ』という大きな音が響いた。


 リムカのちょっとしたミスと、コウのよこしたやたらと頑丈な糸が生んだ悲劇。 


 それは、傷ひとつないリムカのスカートに反して、彼女の笑顔と2人の睡眠時間を吹き飛ばしていった。


——


 翌朝、セナの店。


 コーヒーと緑茶ととワインの香りがないまぜになったその空間には、最近にしては珍しく、革命軍時代の重鎮が顔を揃えていた。


「まったく、いいご身分じゃのう。こちとら早朝から姫騎士様と堅っ苦しい朝礼を済ませてきたというに⋯⋯」


 その中で、ついさっきやってきたゼルドロは、熱いはずの緑茶を一息に流し込み、荒く息を吐きながらどかりとカウンター席に腰を下ろす。

 彼のいう姫騎士様とはシャルロットのこと。

 睨みつけるようなゼルドロの視線の先では、隣の席で優雅に足を組んだコウがしたり顔でコーヒーをすすっていた。


「ふっふっふ、管理職ってのはこうやって優越感に浸れるからいいんだよ」


 しかし、そんなコウに苦言を呈したのは、カウンターの奥でだらしなく足を組むセナだった。


「あんたはただクロバに仕事押し付けて遊んでるだけでしょ?」


 珍しく袖付きのシャツとベストまで着込んだ、バーテンダーらしい格好で座る彼女は、しかし、一向に仕事をする気配を見せない。

 コウのコーヒーもゼルドロの緑茶も、それぞれが持参した道具で淹れたものであり、ひいてはセナが右手に持っているマグカップもコウの淹れたコーヒーなのである。


 それだけ自堕落な事をしていながらも、ちゃんとした格好で座っているだけで、優雅に見せようとしているコウよりさまになっているのだから世の中は不公平である。

 いや、長い足を持て余したように組むセナと、雰囲気作りのために足のつかないカウンターで足を組むコウとでは比較にもならないか。

 意識して初めて湧き上がる気恥ずかしさに、組んだ足を解きながらコウは口を開く。


「遊んでねぇよ、大事な会議にはちゃんと出てるっての」


「⋯⋯おかしいですねぇ、戦争を目前にした国家には、大事でない会議なんてないと思うんですが」


 しかし、コウの言葉の直後、皮肉ったような声と共にドアベルの音が響く。

 コウに向けられた、慇懃無礼そのものの会釈と共に扉をくぐったクロバは、ケラケラと笑うセナに改めて丁寧に一礼する。


 〜〜店のオーナーに対する礼儀を忘れない彼の所作を見ていると、あしらわれている自分が本当に馬鹿にされているような気分になるから不思議なものである〜〜


(地獄耳め⋯⋯)


 横目に睨むコウの視線の先では、慣れた手つきでクロバが紅茶を淹れる。


「そうそう、装備の支給と防壁建築の方が完了したようですよ」


 その手を一切止めず、口調だけは思い出したふうを装って告げたクロバの報告に、壁際で座禅を組んでいたウチツネはカッと目を見開き、口を開いた。


「防壁が? もう出来上がったでござるか?」


 座禅とは本来雑念を捨て去るための瞑想であり、ウチツネの実行している『集中して聞き耳をたてる修行』ではないのだが、今更彼にツッコむ者もいない。


「まぁ、半分以上ハリボテだからな、防壁ってのは——」


 しかし、続くコウの防壁談義は再び鳴ったドアベルの音に押し止められた。


「おや? 君たちはいいご身分だね。朝からティーブレイクなんて⋯⋯いや、コーヒーブレイクかな?」


 颯爽さっそうと戸をくぐるヘイズメルは、ゼルドロと似たようなセリフを吐きながらコウの前にどかりと、大きな鍵のついたジュラルミンケースのような金属製のカバンを置いた。


「君が要求した面倒極まりない魔道具が完成したのでね、私が自ら持ってきてやったのさ」


 尊大な言葉と共にヘイズメルはカバンの鍵を開ける。

 普段なら嫌味のひとつでも言ってやりたい態度だが、コウは黙ってカバンが開くのを待った。

 カバンの中には、クッションに囲まれるようにして金属製の道具が3つ並んでいた。 


「これが鉄札てっさつ、こっちが魔鉄まてつ、それでこれが⋯⋯なんだったかな?」


 鉄札、魔鉄と呼ばれたものに大した特徴はない。鉄の札と球体である。

 しかし、ヘイズメルが最後に指差したものは他の2つと違い、特徴的な形をしていた。

 直径30センチといったところか、潰れた円柱のような本体は鉄で出来ており、その上には直径10センチ程度のスイッチのような部分が飛び出している。

 例えるなら、平たい鍋のようなその物体をコウは次のように呼称した。


「地雷な、で、出来は?」


 淡々としたコウの問いかけに、ヘイズメルは同じく淡々と答える


「爆薬を入れての実験はまだ試行回数が足りていないが、ひとりでに暴発するような事はまずない、他はほぼ完璧な出来といっていい」


 事務的なその言葉は、あるいは、この兵器の恐ろしさをどこかで感じ取ったからかもしれない。


「さて、私からはこれで以上だ⋯⋯では、君たちも入りたまえ!」


 重苦しい空気もそこそこに、振り返ったヘイズメルは少しばかり柔らかい口調でドアの外に呼びかける。

 その声の直後、ゼルドロから数えて本日4度目のドアベルの音が鳴る。

 扉をくぐって現れたリグルとリムカにコウは椅子から立ち上がる。


「おお、おお! いい出来じゃんか!」


 足早に2人の元へと駆け寄ったコウは、リムカが差し出す、見事なスプリッター迷彩のコートを手に取った。正面からじっくりと眺め、振り返りながら袖を通す。


「どうよこれ」


 問いかけるコウに、セナは目を丸くして答えた。


「へぇ、変わったがらね」


 セナの答えに、コウは意気揚々と口を開いた。


「スプリッター迷彩っていう、本来は輪郭ぼかしのための迷彩なんだけどな。金属鎧を着込むよりは分かりにくいし、何よりこの直線的な図柄が色々服の中に仕込む時にカモフラージュになってくれるんだよ」


 満足のいく一着に多少浮き足立っていたのだろう。

 ひとしきり喋り終え、リムカに礼の言葉を言おうと振り返ったコウは、これでもかと顔をそらすリグルとリムカが少しやつれていることに今更になって気づいた。


「ぐっふ!」


 そして直後、後ろからセナの、コーヒーを吹き出したような声が耳に届く。

 再び振り返ったコウの目には、コーヒーにまみれて悲惨な状況になったセナと、それぞれに顔をひきつらせた面々がまじまじとこちらを見ていた。

 誰しもの顔に浮かぶのは笑みであり、クロバですらそれを抑えきれていないということは不意をつかれたということであろう。


 先の瞬間からセナが噴き出すまでに起こったことといえば、コウが振り返ったことのみ。


 今更ながらコートの背面を一切確認していなかったことに気づいたコウは、おそるおそる脱いだコートに目を向ける。


「なんじゃこりゃ⋯⋯」


 モダンなスプリッター迷彩の映えるコートの背面には、渋いダークブラウンの、目つきも鋭いクマの顔のワッペンがでかでかと縫い付けられていた。

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