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異世界転生は一度でいい!  作者: 大杉俊
二章 公国と化け物
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第52話 首斬り鉈


 訓練場の中、夜風に吹かれながら2人の剣士が打ち合う。

 1人は長剣を操る美麗な女騎士、もう1人は切っ先鋭い大剣鉈を振るうみすぼらしい平服の青年。

 突き、払い、受け、切り返し。先程から続く一進一退の攻防。


「それにしても、器用なものですね⋯⋯」


 その戦いを眺めながら、壁際にすくっと立つクロバはため息まじりにつぶやいた。

 

 鉈とは本来、山歩きに適した道具。

 藪払やぶはらいや薪割りに適した道具であり、剣鉈についている切っ先も基本的には動物の解体の為のもの、戦闘に使うのは非常事態のみだ。

 コウのそれが戦闘向きに大型化、調整されているとはいえ、刃に対して内向きに反った柄で刺突や防御を行うコウの動きは、クロバの言葉通り器用というより他ない。


「じゃが、ちょいとらしくないのう」


 しかし、クロバの隣に座り込むゼルドロは鍔迫り合うコウとシャルロットを睨むように見つめ、ぼそりと不満げな声を漏らした。

 

「らしくない⋯⋯と言いますと?」 


 クロバの問いに、ゼルドロは思い出したように顔を上げる。


「ん? ああ、おぬしは奴の戦いを見るのは初めてかのぅ」


 ゼルドロのその言葉に、クロバは再びコウの戦いぶりに目を向けた。

 右半身に構え、剣鉈の切っ先を相手に突きつけて次の行動を探る。

 シャルロットが斬りかかれば刀を合わせ、下がれば詰めて牽制する。

 剣士の立ち回りとしては妥当なコウの動きを前に、クロバはゼルドロに改めて問いかけるような視線を向ける。


「まぁ、見ておれ。久方ぶりの得物じゃて、調子を合わせておるんじゃろ」


 そして、ゼルドロのその言葉を裏付けるように、コウの立ち回りは少しずつ変化していった。


——


 最初にそれに気づいたのはセナだ。


「ねえ、あいつ、さっきより下がってない?」


 ゼルドロから見て、クロバを挟んだ反対側に腰掛けるセナは、それまでの心底つまらなさそうな表情を一変させ、直立するクロバの袖を引っ張りながら問いかける。

 そしてその直後、セナの見立てが正しいことを証明するように、コウはあからさまに戦法を変えた。


 剣戟の最中、ガチンと打ち合ったコウとシャルロットは互いに後退する。


 シャルロットは数歩、コウは数メートル。

 

 跳躍とも取れる後退で大きく距離をとったコウはするりと足を滑らせ、体の正面をシャルロットに向け、まるで血を落とすように剣鉈を左右に払った。


「うん、やっぱりいい感じだな」


 刀身を月明かりに透かすように掲げながらそうつぶやいたコウの姿は、とても戦いの最中とは思えないものだった。

 

「じゃあ、そろそろ本格的に⋯⋯」


 その言葉の直後、コウはシャルロットの目の前にいた。 


 あまりにも急な接近に、シャルロットは剣を構え、防御の体勢をとる。

 その防御を待っていたかのように、コウは縦に構えられた剣の中程に、大きく振りかぶった鉈を叩きつける。


 瞬間、片手武器によるものとは思えないほどの衝撃と轟音ががシャルロットの両腕から全身に響き、視界いっぱいに激しい火花が散る。


「くッ⋯⋯!」

 

 苦鳴とともに大きく退いたシャルロットの視界の左端にかすめたのは、まるで靴の裏で滑るようなステップで回り込むコウの姿。


 反射的な恐怖を理性で押し殺し、シャルロットは大きく左足を引き、おそらくコウがいるであろう場所めがけて長剣を袈裟けさに斬り下ろす。


 この瞬間、彼女の思考には寸止めなどという発想は微塵もなく、そこにコウがいたならば誰が止める間も無く一刀両断されていたことであろう。


 しかし、依然としてシャルロットの袈裟斬りは空を切り、その視界の奥に、大きく飛び下がったコウは再び突撃の構えを見せていた。


——


 縦横無尽に駆け回り、突撃と離脱を繰り返してシャルロットを翻弄するコウの戦法を前に、外野勢はかなり盛り上がっていた。


「一撃離脱戦法ですか⋯⋯一対一の白兵戦では初めて見ましたよ」


 驚きと呆れの混在したような表情でクロバはつぶやく。

 


「なぁにあれ!? あれって意味あるの?」


 その横で興味津々に戦いを見つめるセナの興奮した問いかけに、クロバははてと首をかしげながら答える。


「ええ⋯⋯いや、一撃離脱戦法は弓騎兵や魔道騎兵が行うからこそ意味があるのであって、近接戦で意味があるとは思えませんが⋯⋯」


 実際クロバもコウの意図は分からず、それ故に彼の答えは常識に照らし合わせただけの陳腐な代物であり、だからこそクロバはセナの問いに答えながらもゼルドロに向かって救援要請の視線を投げかけていた。


「まあ、なんじゃ⋯⋯奴らしいといえば奴らしいな」


 クロバの救援要請はこころよく受理され、クロバと入れ替わるようにつぶやいたゼルドロは、ぐっと伸びをして、改めて口を開いた。


「十分な間合いを取って立ち位置を調整し、好機と見れば縮地しゅくちの勢いを上乗せした、鉈ならではの強烈な一撃を一方的に打ち込み続ける、ウチツネに教えとった優先戦術そのものの戦法じゃろうて」


「しかし、間合いで負けている以上、ジリ貧でしょう?」


 助けを求めた身でありながら臆面もなく反論するクロバの態度に、ゼルドロが顔をしかめたのは勿論のこと、セナすら苦笑いを浮かべる。


「まぁ、普通はそうじゃな」


 しかし、クロバの言葉も筋が通っている。

 シャルロットの長剣よりコウの剣鉈の方が短い以上、コウが自身の間合いに接近するよりも先にシャルロットのみが攻撃できる瞬間が存在する。

 そうなれば一撃離脱もへったくれもない。

 間合いを詰める回数が増えるほど不利がかさむ。 

 

 しかし、相変わらず一撃離脱戦法を通し続けるコウをじっと見たクロバは、思い出したように顔を上げた。


「ああ、そうでした⋯⋯彼の経験は私達とは別格でしたね」


 前後左右に滑るようなコウのステップは、よく見ればどれも違う軌道を描いていた。

 あるものは着地点からずるりと滑り、またあるものは着地点でピタリと止まる。

 ゆっくりと踏み出したように見せて、氷上を滑るように加速する。

 矢のように鋭く蹴り出したかと思えば中程で地面を蹴り、唐突に軌道を変える。


「奴の歩法は1つ1つ別物、最初から全部じゃ⋯⋯まったく、奴はどれほどの流派を学んできたのやら⋯⋯」


 転生者である以上絶対に存在する経験の差。

 他に特筆すべき能力のないコウにとってそれは、唯一振り回せる強力な刃であった。


——


 一撃離脱を繰り返すこと十数回、シャルロットの反応が鈍ってきた頃合いを見計らって、コウは勝負に出た。


 とはいえ、再び突撃することには変わりなく、コウは大きく体を開きながらシャルロットの左側面に回り込む。


 対するシャルロットは素早く左足を引き、コウの体勢からやってくる斬撃を予測して剣を縦に構え、防御の体勢をとる。

 コウの持つ数多の攻め手に対して思考が飽和した頃に、一度見たパターンを見せられ、反射的にとった防御の構え。


 本来なら一度見た攻撃パターンに自然に体が反応するのはいいことなのだが、シャルロットにそれを瞬時に利用できるほどの冷静さは無く、何より防御的な思考に陥っていることが仇となった。


 構えた剣に伝わる不自然な感触に、シャルロットはハッと目を見開いた。


 自身の剣の刀身を掴むのは、何より警戒していたはずのコウの左手。


「あああ!」


 トラウマ的な恐怖心から、シャルロットは力任せに剣を振り下ろす。

 瞬間、パッと離れたコウの左手に安堵するのも束の間、自身の剣がコウの左手によって、撫でるように軌道を変えられていることに気づいたシャルロットは、はっと顔を上げる。


 光のない、ただかがり火の揺らめく炎をその表面に写す無機質な瞳が、シャルロットの恐怖心を掻き立てる。


 剣を右にそらし、左に一回転しながら一歩踏み込むコウ。

 シャルロットの右足に絡めるように踏み込まれたコウの右足に、退路を断たれたシャルロットは、顔面に迫る大きな剣鉈の柄を必死に首を傾けることでかわす。


 しかし、彼女の回避はそこまでだった。

 

 過ぎ去った柄の後に迫る剣鉈の巨大な刃を、シャルロットは動くこともできずに見開いた目で見つめる。

 


「よし」


「そこまで」


 刃が喉に触れるその寸前、コウの満足気な声とゼルドロの冷静な宣言が続けてシャルロットの耳に届いた。


——


「は⋯⋯はああぁ⋯⋯」


「えーと⋯⋯お疲れさん」


 へたり込むシャルロットに、コウは迷った挙句、なんのひねりもない労いの言葉をかける。

 対するシャルロットは、剣鉈に打ち込まれた箇所がボロボロに砕けた自身の長剣を撫でる。


「怖い奴だな、お前は」


 そう言ったきり黙ってしまったシャルロットを前に、コウは新たに言葉をかけるべきか迷っていた。

 しかし、素晴らしい言葉を思いつくわけもなく、自身のボキャブラリーに早々に見切りをつけたコウは、特に考えることもなく伸ばした左手でシャルロットの腕を掴み、助け起こした。


 まさか、それだけで青い顔をされるとは思わなかったのだ。


 とはいえ、立ち上がった後の彼女はしっかりしており、何を気に入ったのか、ひとしきりコウの左手を触りまくってから力なくつぶやいた。


「⋯⋯ふぅ、これで左手恐怖症にならずにすみそうだ」

 

——

 

 決着から少し後、訓練場のかがり火のそばではクロバがボロボロに欠けたシャルロットの長剣を興味深そうに眺めていた。


「なるほど、元騎士長様が操ってこれなら、ある程度の練度の騎士の剣は数発で折れそうですね」


「ああ、鉈のいいところはやっぱり叩きつけた時の威力だからな」


 クロバの評価に、コウは自慢気に語る。

 やはり自分が長年愛用してきた武器を評価されるのは、使い手にとって嬉しいことなのだ。 


「しかし、鉈ですか⋯⋯」


 クロバの困ったような声に、


「何だよ?」


 コウは刃こぼれ1つしていない剣鉈の刃をなぞり、笑みを浮かべながら問いかける。


「いえ、救国の英雄が振るう武器が鉈というのはちょっと⋯⋯」


 クロバのこの意見は、英雄視される事によって国を動かしているコウにとっては耳の痛いものだった。


「いいだろ別に、それにこっちの方が首飛ばしやすいんだよ」


「ですから、その発想が英雄的でないと言ってるんですよ」


 コウとクロバの子供と親のようなやり取りに、セナは堪えきれず、派手な笑い声を上げた。 


「んふふふっ⋯⋯だってそれ首斬り鉈だもんね、かけらも英雄的な名前じゃないもんね⋯⋯アハハッ」


 


 

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