第51話 新たな得物
セナの怒りをなんとか押しとどめ、ウォズワンドとの間で新たな名前の呼び方を模索していたコウに助け舟を出したのは今の今まで気を失っていたウチツネであった。
いやただ起きがけにつぶやいた一言が「むぅ⋯⋯やはりセナ殿は手強いでござるなぁ」だっただけなのだが、ウォズワンドが『殿』という呼び名を大層気に入ったのだ。
最終的にウォズワンドはコウを『フラット卿』、セナを『セナ殿』と呼ぶことになった。
なんとも貴族的な『卿』という言葉に違和感がないわけではないが、コウ・フラット公という、なんともリズミカルかつ非常に違和感のある呼び方が解消されただけでも御の字と考えるべきだろう。
『公』、『卿』、『殿』、三種類の敬称が入り乱れるややこしい言語環境は、言葉に限らず、世界各地から商団と共にやって来た文化を尊重というお題目で統合しなかったハタツミのお国柄らしい。
だからこそ、直剣と騎士剣術が中心のこの国に、今もまだ刀鍛冶と刀術が残っている訳だが。
親善試合の翌日、クロバの嫌味からどうにか逃げ切ったコウはセナと2人、地図を片手に城下町へと繰り出した。
職人街の一角、周りのあからさまに店舗的なショーウィンドウの列ぶ武器工房に比べれば相当に質素な、レンガ造りの二階建てから、ただ一振りの刀を象った看板が飛び出しているのみのシンプルな建物。
コウは改めてウォズワンドから手渡された地図と場所を確認する。
どうやらここで正しいようだ。
「ふーん、刀鍛冶屋ってどんなとこかと思ったけど案外普通なのね」
特段の事情もなく、ただ暇つぶしについて来たセナの呑気な声を背中に受けながら、コウは扉のノブに手をかけた。
「こんちわー、ウォズワンドの紹介できたんだけど——」
扉を開け放ち、朗らかに声をあげたコウの態度は、礼節を欠いているとはいえ、それほどおかしなものではなかったはずだ。
しかし、コウの言葉に返されたのは、聞き間違いようもない怒号であった。
「てめぇかこの野郎! よくもこんなややっこしい注文書をよこしてくれやがったな⋯⋯ってぇ!?」
怒鳴り声をあげ、片手に図面を握りしめて奥の部屋から飛び出して来た肩幅のいい男は、しかし、コウの顔を見るなり表情を変えた。
「兄ちゃんじゃね〜か〜!」
怒りなど何処へやら。一瞬にして満面の笑みを浮かべた男の顔には見覚えがあった。
「ああ、役場の時の」
剣資格を取ってすぐのコウに、シラトネ事業組合役場で絡んで来た酔っ払いのオヤジ、目の前で豪快に笑う赤ら顔の男は間違いなくそのオヤジだった。
「思い出してくれたかい兄ちゃん! カーッ! 嬉しいねぇ!」
なおも喜びをあらわにするオヤジ。
実際のところ、オヤジとの出会いはそれっきりであり、コウとしてはこれほどの笑みで出迎えられるような覚えは無いのだが。
しかし、怒鳴られるよりはずいぶん良い。
コウはこの偶然に少しばかり感謝しながらオヤジと共にセナを引き連れ、奥の部屋へと足を進めた。
——
外観の素朴さとは裏腹に、オヤジに連れられて入った鍛冶場は3つの炉が列び、10人近い職人が所狭しと作業に励む活気のいい職場だった。
そんな鍛冶場の一角、窓際に備え付けられた小さな机の前に並んで腰掛けたコウとセナの前に、一振りの刀のような武器を片手にオヤジが腰掛ける。
「わりぃな、騒がしくて。刀はうちしか作れないもんでな。戦争ってんで注文が溢れてんだ」
戦争になると繁盛する。
武器職人である以上仕方のないことだが、やはりその感覚は背徳的であろう。
「気にしないよそれぐらい⋯⋯それよりも、さ」
しかし、そんなことは今のコウの眼中にない。
コウはただオヤジが左手に持つ一振りを見据えて先を急かした。
「まあ、あれだ。昨日の夜、やっとこさ形になったのがこれだ」
そんなコウの姿を前に、オヤジはニヤリと笑うと勿体ぶるようにゆっくりと言葉をつなぎながらその刀を持ち上げる。
そして、オヤジはコウの目の前で、持ち上げた刀を鞘走らせた。
形状としては剣鉈に近い。
反りの少ない刀身に対して、若干逆反りの曲線を描く末広がりの柄などそのものだろう。
とはいえ、その全長は一般的な直剣より少し短いが、それでも片手で扱う剣鉈としては十分に長く、それ故にその刀身は通常の剣鉈より幅広で分厚い。
片手用刀剣として、かなり大きなその形状は、しかし、コウにとっては何よりも見慣れた物。
前世の、そのまた1つ前、闘争と苦痛の渦巻く世界で振るい続けた、ただ一振りの愛刀。
「なに? これ」
まじまじとその大鉈を眺めたセナがつぶやく。
やはり、初めて目の当たりにするものには相当に歪に見えるのだろう。
なおも不思議そうな顔をするセナに対して、オヤジは空いた手でバサリと設計図を開くと、その左上に記された名称を読み上げた。
「っとぉ⋯⋯『首斬り鉈』だな」
遊びも飾りもない、極めてシンプルで暴力的な名称に、セナは唇の端を吊りあげる。
「うわぁ、物騒な名前」
ことさら楽しそうにつぶやいたセナにコウは一応補足の言葉をかける。
「まあ、今のところな。新しい名前を思いつくまでは首斬り鉈でいいだろ」
鉈を鞘に収めたオヤジから受け取り、再び己の手で鞘走らせる。
重厚で、しかし片手で無理なく振るえる絶妙な重さと重量配分に、コウは思わず笑みをこぼした。
「んふふ、笑ってるわよあいつ」
後方から聞こえるセナの笑い声を無視して、コウは軽くその大鉈を振り下ろす。
中心から少し先端寄っている重心はコウの腕力と遠心力によって滑らかな加速を生み出し、その切っ先はぶれる事なく空中に直線の軌跡を描く。
風をきって振り下ろされた大鉈は中空でピタリと止まる、振り下ろしたその手にぐっとかかる大鉈の重みが過不足なく次の斬撃への力へと変わる。
「ほう」
見事な仕上がりに思わず嘆息の声を漏らしたコウに、オヤジはため息まじりに愚痴をこぼした。
「ったくよう。そんなでかい刃ぁなんざ作ったことないってのに、その上重さと重心まで指定して来やがってよう。おかげでずいぶん苦労したぜ」
軽く語ってはいるが、部屋の隅にうず高く積まれた鉈の失敗作であろう物から見ても、親父の苦労は相当なものであったはずだ。
「ありがとなオヤジ」
苦労を見せず、ただ結果を示す職人らしいオヤジの態度に、コウは感謝の言葉で応えた。
「へっへっへ、まあ、そいつぁ試作品みたいなもんだ。これから兄ちゃんの要望に合わせて微調整してくが、なんかあるかい?」
はにかむような笑いを浮かべ、しかしすぐに職人の顔に戻って問いかけたオヤジの言葉にコウは首を横に振る。
「いや、完璧だ」
驚くべき事にこの大鉈は一切の調整が要らない程に完璧にコウの手に馴染んだのだ。
はるか昔とはいえ相当な期間振るい続けたからこそ、寸分の狂いすら過敏に気にかかるだろうと思っていたコウにとって、その振り心地は正しく驚きだった。
なおも数度、ぶんぶんと大鉈を振り回したコウは満面の笑みで振り返った。
「いや〜、いい! これだけいいと試しにちょっと振り回してみたいもんだよな」
その言葉が表すものが、単なる素振りではないことは誰の目にも明らかであり、セナはニヤニヤと楽しそうな笑みを浮かべた。
——
同日夜、騎士団訓練場。
等間隔に並べられたかがり火が照らす訓練場には兵士たちの影はない。
ハタツミ騎士団には夜中まで訓練をする習慣はなく、本来ならばかがり火に火を灯すことすらないのだが、この日は少しばかり様子が違った。
親善試合の時と同様、訓練場の中央で向かい合う男と女。その彼らを囲うように、執事服や袴姿のいくつかの人影が揺らめいている。
「じゃ、そろそろ始めるかのう?」
そのうちの袴姿の人影、ゼルドロは、中央で向かい合う2人に声をかけた。
その片割れはコウ、新調した首斬り鉈を片手に、力むことなくだらりと構える姿は、対峙したことがない者から見れば馬鹿馬鹿しいが、1度でも対峙したことがある者からすれば恐ろしい構えだ。
そして、コウと対峙する女は後者。
だからこそ彼女は油断なく構えを取り、そして口を開いた。
「待ってくれ、なぜ私なんだ?」
対峙する元騎士長、シャルロット・へレスティアは堂々と、しかし不満たっぷりにそう問いかけた。
「なんだ? 文句あるのか?」
出鼻をくじかれたような顔で問い返したコウに、シャルロットは一旦構えを解きながら声を上げる。
「いや、さっきの話を聞いた限りでは、セナとコウが闘う流れだと思うんだが⋯⋯」
直前の説明と今の状況の差に対するシャルロットの問いに対する答えは、彼女らを囲む人影の1つから発せられた。
「しかたないじゃない、コウがやだって言うんだから」
それこそシャルロットの何倍も不満たらたらな口調でセナがつぶやき、
「しょうがないだろあんな超弩級大剣使いと闘ったって。俺の知り合いの中じゃお前が一番普通の剣士なんだよ」
疲れたような顔でコウが補足説明を入れる。
2人のその表情からも、今のこの状況が相当な議論の末に導き出された答えであることは明らかだった。
「いや、2人がそれでいいならいいんだ⋯⋯」
自分が発した問いが余計な事だったと自覚したシャルロットは慌てて構え直し、再び緊張感が場に満ちる。
「よいか? では、始め」
ゼルドロの簡単なその宣言と同時に、ハタツミ騎士団親善試合エキシビジョンマッチは開始された。




