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異世界転生は一度でいい!  作者: 大杉俊
二章 公国と化け物
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第48話 変人の国ゼルカトリア


 ハタツミ国王の崩御とそれに伴う王政の瓦解(がかい)。その知らせがゼルカトリア公国首都、アトラブルクに届いたのは、革命の達成から約1週間後のことだった。

 ゼルカトリアにとってハタツミの一時的な弱体化を意味するそれは、コウ達の予想通り、紛れもない好機。

 同日中に開かれた、主要貴族によって行われる円卓会議えんたくかいぎでは、ハタツミ王国に対する侵攻案が、賛成14、反対3、欠席1という大多数を元に議決されることとなった。


——


 そして物語はその翌日、ある伯爵の屋敷の前から始まる。


 陽も暮れ、街灯に灯りがともり始めてもなお、この街から人の波が消えることはない。活気ある街並みは時として、夕闇の情緒を消し飛ばしてしまう。

 さて、その人波から抜け出した一人の男は足早に館の門をくぐり、前庭をすり抜けて大扉の前に立つ。


「ふぅ⋯⋯」


 人混みを抜けて一息、あるいはこの扉の先に対するため息。

 どちらにせよ、男はその一息で気持ちを切り替え、大扉に取り付けられた大型のノッカーに手を伸ばす。


 おそらく、扉の奥で待ち構えていたのだろう。


 男が打ち付けたノッカーから手を離すよりも早く、大扉が静かな、擦り付けるような音とともに開く。

 顔を出した女給は、少しだけ引きつった表情で口を開いた。


「ロック・フリント様ですね、お待ちしておりました。こちらへ」


 言うや否や、ロックを館の中に引き込んだ女給は慌ただしく扉を閉め、館の廊下を足早に歩み出した。


——


 ロックが女給の不自然な様子に合点がいったのは、彼女に案内された部屋の扉に手をかけようとしたその時だった。


「もう結構!」


 室内から響いた、怒声とも取れる張りのある大音声とともに、ノブに手をかけようとしたロックの手は空を切る。

 慌てて一歩退いたロックの目の前に飛び出してきたのは、浅黒い肌に白い長髪を纏めたダークエルフの青年。ロックも知る黒薔薇隊の隊長、テルテス・ハイデリヒであった。


 テルテスは、その視線を一瞬ロックの頭へと向け、忌々しげな表情を見せる。

 テルテスが視線を走らせたのはロックの髪。ドルフの象徴たる、まだら模様の髪の毛だった。

 しかし、若いとはいえテルテスも子供ではない。フンと一度鼻を鳴らした後、彼は儀礼的に一礼し、ロックの横をすり抜けるように、足早にその場を去った。


 ダークエルフとドルフ、ともに忌まれ、迫害される2つの種族を配下に置く奇特な伯爵、クレル・ドランパルドは、奇抜な赤髪をかき上げながら、扉の前で唖然とするロックに向かって朗らかに声をかけた。


「おお、来たかロック。さ、入りたまえよ」


 年齢を感じさせない軽やかな動作で机に足をあげるクレルに対して、ロックは苦笑いとともに話しかけた。


「伯爵、そんな格好ばっかしてると、終いには腰、痛めちまいますよ」


 ロックのこの言葉はクレルの身を真剣に案じてのものだったのだが。


「私が腰を? ふむ、丁度いい。これまで痛めたことはなかったが、人生で一度ぐらい経験してみるのも悪くない」

 

 同じく真剣な表情で、整えられた真っ赤なヒゲをいじりながら放たれたクレルの言葉は、ロックの思惑とは掛け離れたものだった。


「⋯⋯それで、今日の要件はなんですか?」


 クレルとの馬鹿話に早々に見切りをつけたロックは、少し間を置いて問いかける。ストレスから多少ぶっきらぼうな口調になってしまったが、クレルに気にする様子はなかった。

 分かっているとでも言いたげな表情で両手を広げるという、意味のわからないジェスチャーをした後、クレルは机の引き出しから2つのグラスと酒瓶を取り出しながら口を開いた。


「まあ、聞いているかもしれないがね、今度のハタツミ侵攻作戦でお前の狩人隊かりうどたいを使おうと思っている訳だよ」


 『何で仕事机から酒瓶が出てくるんだよ』という質問を飲み込み、ロックは慎重に問いかける。


「はあ、まあそれはいいんですけどね⋯⋯」


 しかし、ロックの質問が形になる前に、その部屋を強烈なアルコール臭が満たした。 

 クレルがワイングラスになみなみと注いだその液体は、通常ならショットグラスなどで飲むような強烈な蒸留酒だ。

 差し出されたグラスを返しながらロックは質問の続きを口にした。


「さっきのいざこざ、テルテスに留守番させる気じゃないでしょうね」


 テルテス・ハイデリヒという非常に好戦的な男があれ程の怒りを露わにするのは、往々にしてお預けを食らったときくらいのものだ。


「ああ、今度の戦争は私とお前らだけで行くつもりだが?」


 当然のように言い放ったクレルに、ロックは大きなため息をこぼした。


「⋯⋯あー、円卓議会おえらいさんからは、最大戦力で当たるように言われてるんじゃないですか?」


 クレルが狩人隊と呼ぶ狩猟部隊ハンターズは、その部隊の特殊性から単なる私兵隊以上の権限を持っている。こと情報に関しては円卓議会えんたくぎかいから直接のルートまであるのだ。

 しかし、どちらかといえば慣例的に、ロックはそう聞かざるを得なかった。


「何を言ってるんだロック? つまらない事を聞くな」


 そしてクレルの憤慨したような言葉。

 どっかりと両脚を机の上に投げ出し、ぐるぐるとグラスを振り回しながらクレルは大仰にうそぶいた。


円卓議会やつらの言う通りにするなんてとんでもない。奴らの言う逆をやるから面白いのだろう」


 クレル・ドランパルド伯爵。


 別名、変人クレル。


 彼の元で気が休まる日など来るはずも無いのだ。


——


 闇に飲まれる廊下を一人の男が歩いていく。


「くそっ、あの自由人め」


 そう吐き捨てたロックの表情は、その強い口調とは裏腹にひどく疲れているように見える。

 当然であろう。クレルから『柔軟な反逆心』についての長ったらしい講義を受けたロックが自身の屋敷に戻ったのは、それこそ人波も消え失せた深夜1時前の事だったのだ。

 屋敷といってもクレルのものと比べれば相当に小さい。住み込みの使用人はおらず、仕事場に居住空間を後付けしたようなつくりの館は、夜中ともなればロック以外の人はおらず、それ故に闇と静寂に包まれている。


 はずだったと言うべきか。


 上着を脱ぎながら自室の扉に手をかけたロックは、その部屋の内から漏れる光に眉を細めた。


(諜報員か、それとも単なる空き巣か⋯⋯)


 私兵隊とはいえ国内でも特殊な部隊の隊長を務めるロックの立場からすれば、前者の可能性も十分にあり得る。


 しかし彼の緊迫した逡巡は、やがて違和感へと変わる。


(扉の隙間から漏れ出す光がやけに強い⋯⋯)


 廊下に向けて線を引くほどに漏れ出す光はロウソク1本程度のもではない。

 それこそ部屋中の灯りを全て灯しているような、いや、それ以上に強い光。

 とても侵入者がする事とは思えない。


 侵入者の可能性が薄れ、より柔軟な思考を取り戻したロックは、ある一人の人物に思い当たり、慌てて扉を開いた。

 途端、解放された光が視界を覆い反射的にロックは顔を背ける。


(これがもし侵入者の狙いだとしたら、まんまと術中にはまっちまった訳だが⋯⋯)


 そんな事を頭のどこかで考えながら再び顔を向けたロックの視界に、こちらを振り返る、一人の若い女性の姿が映った。

 黒を基調とするフリルブラウスにロングスカート、頭の下の方で団子にまとめられた黒髪、感情とやる気が抜け落ちたような表情で振り返ったその女性はロックの率いる狩猟部隊ハンターズに最近配属された副隊長、もとい隊長補佐であった。


「ああ、隊長。お帰りになっていましたか」


 別段驚いた様子もない、狩人隊で唯一の人間族の女性は、扉を開けたロックに静かに声をかけた。


「フラン、まだ帰ってなかったのか」


 無用な緊張を強いられたロックがほっと息を吐き、と同時に、視界の上端で爛々と輝くそれが目に入る。

 シャンデリアだ、この館を建てた際の最大の失敗。客間でもない、自室兼仕事部屋の天井にぶら下がる無用の長物に光が灯されているのはロックが知る限り初めてのことだ。


「ええ、点けてみました⋯⋯少し暇を持て余していたものですから」


 シャンデリアを見上げるフランの表情は変わりはない。

 

「別に構わんが、消すのもまた大変だぞ」


 つぶやいたロックの言葉をどう受け止めたのか。

 

「⋯⋯それで、伯爵様からは何を命じられたのですか?」


 脈絡なく切り替わったフランの言葉に、肩透かしを食らわされたロックは、げんなりとしながら答えた。


「明日じゃだめか? それにあまり言う事はないぞ」


 つぶやいたロックの声は切実なものだった。

 フランがそれの為だけにわざわざ夜遅くまで待っている事は理解していた。

 しかし正直なところ、ロックは相当に疲れていた。それこそ今すぐにベッドに潜り込みたいほどに。


「そうでした、夜食を作っておいたんです。それを食べながら話しましょう」


 しかし、思い出したようにピクリと眉を動かしたフランは、ロックの言葉を気にも止めず、足早に隣接する台所へと消えていくのであった。


——


「全く、あの伯爵もまためんどくさい作戦に呼んでくれたもんだ」


 フランの用意した夜食と言う名の巨大ふかし芋をかじりながら行われた報告会は、ロックの愚痴に終始した。


「そうですか。でも、それ程に今度の作戦は面倒なのでしょうか?」


 問いかけながら芋をパクつくフランに、ロックはため息まじりに作戦の概要を話した。


「ただでさえ軍力の低いハタツミの、それも革命直後の脆い政府を大軍勢で囲んで降伏させるだけの作戦だぞ? ろくな戦いもない、それこそ、遠足みたいなもんだ」


 ロックは別に戦闘狂ではないのだが、それでも一人の軍人として、自らが参加する意味合いの薄い作戦というものは気に食わない。


「はぁあ、なんでテルテスの方を連れて行かないんだろうな、伯爵は」


 しかし、何よりも腑に落ちないのはクレルが黒薔薇隊を参加させなかった事だ。

 ロックの指揮する狩猟部隊ハンターズは20人程度の部隊であるのに対してテルテスの率いる黒薔薇隊はおよそ200人前後。

 一般的な大隊には劣るが、狩人隊に比べればその規模は10倍近くあり、なおさら狩人隊が採用される必要はなくなる。


 実際のところ、クレルの言葉通り採用理由は、議会に反発したかったからだけなのだが、彼の性格を理解した上でもロックは簡単には納得することができなかった。


「はぁ、行軍だけでも一月近くかかるんだろうな」


 伝令の早馬リレーで1週間かかった道のりだ。本格的な行軍となるとかかる期間はその3倍以上になる。

 ロックは何よりも、その長さが面倒だったのだ。


「決まったことにあれこれ言っても仕方ありません。早速明日から準備を始めましょう」


 しかし、やる気のない表情に反して前向きな発言をするフランに、どちらかと言うと共感を求めていたロックは寂しい思いをするのであった。


 さて、会話が尽きるとフランの放つ独特の眼光は大変居心地の悪いものへと変わる。

 何を考えいるのか分からない視線というのは、向けられる側からすれば何を求められているのかも分からない訳で、ロックはフランから目をそらすようにして芋にかぶりついた。


 しかし、それは芋である。ただ蒸しただけの純然たる芋。


 夜食という言葉に多少なりとも期待していたロックからすれば、それは期待はずれもいいところであり、口内の唾液を奪い去ったその瞬間から、それは不満を生み出す悪しき産物へと姿を変える。


「しかし、蒸しただけの芋ってのも味気ないな、はっきり言ってまず——」


 ロックが口に含んだ芋を咀嚼しながらつぶやいたその時だった。


「失敬な」


 放たれたフランの言葉に、ロックは鳩が豆鉄砲を食ったような顔で固まった。

 直属の、それも年上の上官に対してこの言いようである。

 どう注意したものか頭を悩ませるロックに、フランは何食わぬ顔で続けた。


「失礼しました。しかし、隊長の先ほどの言葉は、あまりにもお芋に対する礼儀を欠いています」


 鋭い目つきというわけでもない、それ程に非難するような声音でもない。


「お、おう、すまん」


 しかし、何を考えているのか分からない、無感情の瞳で見つめられたロックは知らず知らずのうちに謝罪の言葉を口にしていた。

 そして彼はその夜。これまで考えたこともなかった『お芋に対する礼儀』について激しく頭を悩ませる事となる。

 


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