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異世界転生は一度でいい!  作者: 大杉俊
二章 公国と化け物
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第46話 本の虫



 元騎士長、シャルロット・へレスティアの処遇については、国民の間でも賛否が分かれることとなった。

 やはりそこは国王の手先、国民を苦しめていた張本人の手下であるならば、やはり断罪してしかるべきだという意見と、ゼルカトリアとの戦争が近い中で、国内でも指折りの実力者である彼女を排斥してしまうのはどうなのかという意見。

 当初これらの意見はほぼ半々であり、最終的な決定者になるはずのコウが王城地下に引きこもっている現状では論争は泥沼化するかと思われたのだが。

 結局のところ、決め手となったのはシャルロットがこれまで国民に対して積んできた献身と努力。すなわち誠意が裏切り者のレッテルを押しのけて彼女を窮地から救ったのだ。


 決して、彼女の美貌がハタツミ国民男性の気持ちを傾けたなどという事実はないはずだ。


 革命から5日、ゼルドロとともに志願兵の育成に励むシャルロットの姿は、この数日で見違えるほど活力に満ちており、また兵士からの評判もいい。

 やはり、素早く技巧的な流水花月流の刀術は上級者向きであり、シンプルかつパワフルな騎士団の剣術の方が初心者には向いているのだ。


「まったく、やってられんわい」


 かくして、任命当初より格段に仕事量の減った、国防軍剣術指南役ゼルドロは、今日も今日とてセナの酒場で愚痴をこぼしていた。


「おや? どういう心境の変化ですか? 少し前までは『面倒だ、面倒だ』とぼやいていたではありませんか」


 その背中に声をかけるのは、相変わらず窓際のテーブルに座るクロバである。

 ハタツミの交易に関する機密文書を臆する事なくテーブルに広げて、疲労の見え隠れする口元を歪める彼もまた、コウの理不尽な采配によって苦労しているうちの1人である。


「まあ、面倒は面倒なんじゃがな。うちの流派の宣伝としてはこれ以上のことはないじゃろ」


 厳格で聡明な指導者の姿は見る影もなく、


「まあ、宣伝効果としては十分でしょう。魔術が主流のこの時代に、場末の寂れた剣道場なんて、普通は話題にも上りませんから」


 慇懃いんぎんで思慮深い執事などそこにはいない。

 

「うちはこれでも国内一の実力派集団とか呼ばれとったんじゃぞ?」


 疲れ切り、体裁を気にする余裕もなくした2人の無意味な雑談は、階段を降りて現れたセナの一声に幕を閉じた。


「はぁ⋯⋯おはよ」


 あくび混じりの朝の挨拶にクロバが非難の視線を向ける。


「おはようございます。というより、もう昼ですが」


 客より後に現れた店主に対する不満としてはオブラートに包まれ過ぎているような言葉と共にクロバはセナに向き直り、ゼルドロは右手の親指で扉を指し示しながら非難の声をあげる。


「朝が弱いのは仕方ないがな、開けっ放しはちと不用心すぎじゃろう」


 対するセナは、寝癖も加わってめちゃくちゃな髪を長い指でかき混ぜながら面倒臭さそうにつぶやいた。


「いいのよ別に。取られるようなものないし、部屋にまで来たら帰れないし」


 『帰れないし』という言葉はいかんせん抽象的な表現であったが、彼女の寝室に乗り込んだ暴漢がどのような最後を遂げるかをありありと想像したクロバとゼルドロは揃って苦笑いを浮かべた。


「そういえばさ、コウはどうしたの?」

 

 反論の言葉を失った2人の前で、どっかりと椅子に腰を下ろしたセナは、思い出したようにクロバに問いかける。


「ああ、彼ですか。さて、どうしているんでしょうねえ」


 しかし、少し考えるようなそぶりを見せたクロバの言葉は、セナの予想に反するものだった。


「地下にこもってるんだっけ? あんたが餌やりしてんでしょ?」


 表現に難はあるが、セナは自身の知る事実をそのままクロバにぶつける。


「いえ、『飯は自分のタイミングで食べたい』と仰ってからは私もお姿を拝見していませんね。夜な夜な城内を徘徊している姿は目撃されているようですが」


 苦笑いと共にクロバの口から告げられたのは、コウの現状を知るものが誰もいないという1つの事実だった。

 その言葉に対するセナの反応に何を見たのか。

 ぽんと手を叩き、満面の笑みを浮かべたクロバは、ある1つの提案をした。


「せっかくです。皆さんで一度、彼の様子を見に行きませんか? ちょうどペルシアさんとの会合も控えていますし」


——


「わーお、すっごい」


 王城地下書庫、そそり立つ巨大本棚を前に、言葉に反してげんなりとした表情でセナはつぶやく。


「すごいです、こんなの見たことないです!」


 目を丸くして興奮気味に叫ぶリグルをなだめるリムカ。

 偶然なことに、彼らもペルシアの付き添いとして共に王城を訪れていたのだ。

 そこまでは不自然なことではない。


「凄まじいでござるな⋯⋯あいや、凄まじいでござる」


 何という強運だろうか。


 偶然にも王城に向かう道すがら、脇道から飛び出してきたウチツネはクロバ達と合流し、かくして国防軍重鎮は再び集結することとなったのだ。


「王城にこんな場所があるなんて! 私も知りませんでした!」


「落ち着いてくださいペルシア様! ああ! 走らないで! また転んでしまいますよ!」


 魔道士組合長コンビと共に。


「あの⋯⋯あなた方もわざわざ付き合う必要はないんですよ」


 走り回る先々で転びそうになるペルシアをかばうため、立ち並ぶ頑強な本棚に向かって繰り返し飛び込んでいくヘイズメルに、クロバは引きつった表情で声をかける。

 今回、彼女らを王城に招いた理由は国防軍との連携方法を再確認するためであり、わざわざコウの安否確認にまで参加する必要は無かったのだが、


「何を言うんだいクロバ君! ペルシア様がこれ程に喜んでいらっしゃるんだ! これ以上の善事はないさ!」


 ボコボコの顔面に清々しい笑みを浮かべるヘイズメルに、誰1人として声をかけるものはいなかった。


「で、奴はどこにいるんじゃ?」


 おもむろに問いかけたゼルドロの声が届いた訳ではないだろうが、彼の言葉と同時に、書庫の中心にうず高く積まれた本と資料の山ががさりと崩れる。

 その中から這い出してきた人影を前に、一同は絶句した。


「あ? お前ら何しにきたんだ?」


 無論、その人影はコウである。しかし、その姿は彼らの記憶にある不遜で自信満々な青年ではなかった。

 顔色は悪く、頬はこけ、目の周りには殴られたのかと思う程に深く、濃いクマが広がる。服装こそ真新しいシャツとズボンだが、その全体は埃をかぶり、全体的に薄汚れた印象を与える。


「なんていうか、ボロボロね」


 流石のセナも、悲惨なコウの姿を前にいつもの冗談は出てこないようだ。


「仕方ねーだろ。寝てないんだから」


 目の下のクマを見れば明らかだが、コウは自身の睡眠時間を削って莫大な資料を読みあさっていた。


「いつから?」


 それにしてもひどい顔をしている彼に、セナは何の気なしに問いかける。


「ずっと」


 短い、ただただ短いコウの言葉は、再び一同を絶句させるに足る衝撃をもたらした。


「⋯⋯で、探し物の方は見つかりましたか?」


 引きつった表情で問いかけるクロバの言葉は、しかし、的はずれな質問だった。


「見つかってたら寝てるっての」


 今にも潰れそうな声でつぶやいたコウに、クロバはいたって真面目な顔で問いかけた。

 

「しかし、弱りましたね。防衛やゼルカトリアに関する資料が1つもないとなると、対策のしようがありません」


 もともと外国商団の市場として発展してきたハタツミは、国民の国防意識が薄く、その手の書物はほとんど出回っていない。

 出回っている情報の全ては、商団と共に世界各地を回る訳で、

 ハタツミだけが持つ国家機密おくのてはこの書庫を探すより他にない訳なのだが。


「はぁ、せめて戦闘魔法の本の一冊でもあれ、ば⋯⋯」


 虚ろに視線を揺らしながら力なくつぶやいたコウの声は、その視線と共に止まる。

 彼の視線は、一同の左端。大変申し訳無さそうな表情で肩をすくめるペルシアに注がれていた。


「えっと⋯⋯」


 おずおずと口を開いてペルシアに、コウは頬をひきつらせながら問いかける。


「あのさ、もしかして⋯⋯」


 コウの言葉に、ペルシアは申し訳無さそうに頷きながら口を開いた。


「はい、魔術書の類は私の祖母の所にあると思います」


 一応述べておくが、これは今日に至るまでその可能性を少しも考えなかったコウの責任である


 手に持った本を放り投げ、コウはすぅっと息を吸い込む。


「はぁ⋯⋯はぁあ⋯⋯はー!」


 コウの放った全身全霊のため息は、地下室から張り巡らされた空気孔を伝って城内全体に響き渡ったという。


——


 王城の北側、城に近く、上流階級の豪奢ごうしゃな邸宅が建ち並ぶその区画は外縁部と違い、路地に入ってもその整然とした景観は崩れない。

 砂つぶ1つ見当たらないその路地にただ1箇所、他とは一線を画す、異形の建築物がどっかりと鎮座していた。


「えっと⋯⋯ここがばあちゃん?」


 コウがそう疑問に思ったのも無理はない。

 それは家というより、木。

 巨木を平たく押しつぶしたような、巨大な切り株に窓と扉、そしてもくもくと煙を上げる煙突をつけたような、なんともメルヘンな代物だったからだ。


「はい、ここが祖母の、ゼルシカ・リファルレンスの家です」


 しかし、コウの問いかけにペルシアは自信満々に答えた。


「わーお⋯⋯なんか最近変なものばっか見てるような気がするわね」


 切り株の家を見上げながらつぶやいたセナの表情も引きつっている。

 口々に驚きの声をあげる一同の横を急ぎ足で抜けたペルシアは、コンコンと扉を2度ノックし、中に向かって声をかけた。


「おばあさま!ペルシアです!」


 反応が見られなかったのか小窓に回り、ぴょんぴょんと飛び跳ねて中を確認する彼女の仕草はなんとも可愛らしいが、魔道士組合の長としては多少威厳にかけるか。


「ぺ、ペルシア様! ああ、そんな!」


 今にも鼻血を垂れ流しそうな顔で身悶えるヘイズメルを見るに、仲間の鼓舞という面では効果的なのかもしれない。


「みなさんこちらに!」


 さて、中を確認できたのか、こちらを振り向いて手招きするペルシアに従い、扉の前まで歩み寄ったコウはドアノブに手をかける。


「あの、呼吸には気をつけてくださいね」


 ペルシアのこの言葉の意味が理解できたのは、引き開けた扉から溢れ出した、前が見えないほどに濃く、強い香りを持った煙を胸いっぱいに吸い込んだ後だった。


「ペルシア、客を呼ぶんなら先に知らせときな」


 咳き込むコウの視界の外で、老婆の声が響く。

 そのしゃがれた声の主の姿をみようと顔をあげかけたコウは、尻に強烈な衝撃を感じ、室内に押し込まれた。

 ばっと振り返った先では、ニヤリと唇を吊り上げたセナが片足を突き出した体勢から一歩踏み出したところだった。


(入り口で立ち止まるのが悪いのよ)


 とでも言いたげなセナの目線に。


(だからって蹴るやつがあるかよ!)

 

 という思いを込めてコウは睨み返す。


「しかしまあ、お客さんが来るなんて何年振りかねぇ」


 再び響いた老婆の声に、コウは改めて振り返った。

 少しずつ煙が抜け、徐々に老婆の姿があらわになる。


 服装はペルシアと同じ、魔道士組合のローブ。

 その顔に刻まれたシワはゼルドロのものより深く、その鼻は驚くほど高い。

 焦点の定まっていない右目に反して、片眼鏡モノクルの奥の黄色い左目は理知的な光をたたえ、(くし)でまとめられた金髪と相まってどこか北欧のような雰囲気を醸し出す。

 しかし、その中で最も目を引くのは机に肘をついた彼女の左手であろう。

 金の腕輪。色とりどりの宝石が光る5つの指輪。そして何よりその五本の指の間に挟まれる4本のパイプだ。

 それぞれに煙を上げる4本のパイプをまとめてくわえ、濃厚な煙を吐き出す彼女の姿は、ヘビースモーカーを通り越してモンスターだ。


 魔女の風態と貴族の装飾、そして立ち居振る舞いのそこかしこから滲み出る俗っぽさと、その本質を掴ませない彼女の姿は、この家に匹敵するほどの異形。


「おやまぁ」


 まじまじと見つめるコウの前で、老婆はかっと両目を見開いた。


 途端、老婆からとてつもない魔力が溢れ出す。


 左目は言わずもがな、焦点の定まっていなかった右目にさえ強い光が宿り、そしてその奥にはちらちらと小さい光が瞬く。

 ペルシアの魔眼の数段上をいくそれに、コウは思わず後退る。

 老婆は、その視線をコウとセナの間で数度往復させると、ニタっと口を開き、こう続けた。


「びっくりだわさ。『魔症ましょう』持ちが⋯⋯2人(ふたり)なんてねぇ」

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