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異世界転生は一度でいい!  作者: 大杉俊
二章 公国と化け物
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第45話 夕闇に騎士長は思う


 コウがクロバとともに王城に戻った時、日はすでに傾き始めていた。

 普通なら(ほとん)どの者が仕事を終え、帰路についていておかしくない時間だがコウの仕事はむしろ、今から始まる。

 何しろ時間がないのだ。これが現代社会ならば、残業だ過剰労働だなどと騒ぎ立てたい所だが、ここは異世界。

 それも戦争を目前に控えた国家だ、命がかかっている。


 さて、コウの今最も重要な仕事は情報収集である。

 国政のほぼ全てを国王自らが行うこの国において、国王が死んだ場合、国家の重要な情報や機密情報を知るためには国王が残した資料を探すより他ない。

 そのためにコウは、クロバとともに朝早くから国王の書斎を漁っていたのだ。


「つっても、もう全部見たからな⋯⋯」


 しかし、コウの仕事は開始と同時に早くも暗礁に乗り上げた。

 早朝の捜索で薄々感づいてはいたのだが、国王の書斎に並ぶ資料や書籍は、前王にとっての目前の仕事であったはずの商談や貿易に関するものばかりで、コウが必要とするゼルカトリア公国や防衛に関する資料はごくわずかなのだ。

 ただ、ここまでは問題ない。誰しも今必要な書類を手元に置き、必要ないものは仕舞っておくものだ。


「といっても、城中を探しましたがそれらしき部屋はここ以外、ありませんでしたが⋯⋯」


 クロバの言葉通り、問題はその仕舞われた部屋が見つからない事なのだ。


「はぁ、見取り図にも載ってないんだもんなぁ」  


 書斎で見つけた王城の見取り図にもそれらしき部屋は載っていない。

 それゆえに2人は書斎の前で腕を組み、うだうだと悩んでいたのだ。


「外部の⋯⋯図書館などに保管している可能性はないでしょうか?」


 クロバのこの発想も、あるいは他の国なら有り得たかもしれないだろう。


「機密文書を? あり得ないな。それの管理を他人に任せた時点で国王の権力は宙に浮く」


 しかしこの国は、国王に絶大な権力が集中していなければ形にならない。その時点でそれはあり得ない選択肢となる。


 さて、かなりの難題に頭を抱えていた2人が、突如開いた書斎の扉に身を固くしたことにも無理はないだろう。

 ましてや扉の隙間からするりと出てきた腕が包帯でぐるぐる巻きにされているとなれば尚のことだ。

 その腕の主は、そのまましがみつくようにして扉を押し開いた。

 書斎から力なく一歩足を踏み出したその女性は、相当に疲弊しているように見える。

 しかし、その長く艶やかな黒髪は見間違いようもなかった。


「どうした騎士長さん?」


 コウの問いかけにシャルロットは答えることなく、その手を壁に向かって伸ばす。

 薄いワンピースの下はおそらく、全身包帯でぐるぐる巻きだろう。

 もともと戦地での回復魔法など応急処置程度、セナの回復力が異常なだけで、シャルロットの回復力が低いという訳ではない。

 しかし、それにしても弱りすぎているように見えるか。


 そんなコウの心配もよそに、シャルロットは転びそうになりながらもなんとか壁に手をつくと、そっぽを向いたまま小さくつぶやいた。


「寝室⋯⋯」


 かすれる程に小さいその声は、聞こえたとしても意味のわかるものではない。


「え?」


 聞き返したコウに、シャルロットは振り返ると、しっかりとした声音で答えた。


「国王の寝室に、1箇所タイルの外れるところがある⋯⋯」

 

 それだけ言い残すと、シャルロットは壁伝いに、しかし、しっかりとした足取りでその場を去った。


——



「今更ですけど、彼女、自由に歩かせて良いんですか?」


 国王の寝室で床板をいじくるコウに向かって、クロバは呆れた表情で問いかけた。

 その口調はお世辞にもシャルロットの怪我を心配してのものとは思えないが、昨日までの敵に対してのものとみれば妥当なものだろう。


「大丈夫だよ。あいつの行動原理は民のため、国民のためだ。今の俺らを邪魔するようなことはしないだろう」


 コウのこの言葉は、そもそもあの様子ではそう大それた事は出来ないだろうという打算もあっての言葉だったが、クロバがその楽観視をたしなめる前に事態は動いた。


「おっ、あったぞ」


 指先に感じた確かな感触に、コウはにんまりと笑みを浮かべながらその両手に力を込める。

 程なくして、ごりごりと鈍い音を立てながらタイルが滑り、底なしにも見える暗い穴が顔を出した。


「これは⋯⋯深いですね」


 吹き上げた冷風と、反響する音にクロバは表情をひきつらせる。


「なんだぁ? 暗いところは嫌いかぁ?」


 その表情の変化を目ざとく見つけたコウは即座に顔だけを傾け、おちょくるように問いかけた。


「いえ、これを降りるとなると、なかなかに骨だと思いまして」


 しかし、クロバが指し示した隣のタイルのふちから伸びるはしごに、愕然とするのはコウの方であった。


——


 燭台を片手に持っているとはいえ、背後に広がる暗闇を感じながら降りるハシゴはなかなかに恐ろしい。


 そして、独特の音の反響は、その空間の深さと広さからくるものであった。


 部屋の壁に等間隔に並べられたランプに、クロバと手分けして光を灯したコウは、はしごのたもとから再びその大空間を見渡すと、呆然ぼうぜんとつぶやいた。


「これ⋯⋯やばいな」


 壁一面に並ぶ本棚はランプの光が届かない高さにまでそそり立ち、その一面に隙間なく並ぶ本は、どれも辞典ほどの厚さがある。本を取るためであろうはしごが複数種類用意されている時点で、その異常な規模が理解できるだろうか。

 一体何万冊の書物が保管されているのか想像もつかないその部屋は、しかし、それだけではない。

 本棚の内側、つまり部屋全体に最低限の通路を残し、等間隔に並べられた腰丈より少し高い程度の棚には、莫大な量の書類が収められ、それこそ数えようもないほどである。


 国王たった1人のために作られたこの空間は、しかし、とても1人の人間が使いこなせるようなものには思えなかった。


「しかし、これは壮観ですね。本当に、大変そうです」


 そんなコウの横で驚きの声をあげるクロバは、清々しい笑みを浮かべて部屋を見回す。


「いやいや、お前も手伝うんだからな?」


 その笑みにどこか危機感を覚えたコウは慌てて確認の言葉を投げかけた。

 しかし、コウの言葉にクロバはさも申し訳ないといった表情を浮かべながら(うやうや)しく一礼する。


「そうしたい所なのですが、私は国家運営という大役を仰せつかっておりまして」


 身から出た錆というのか、墓穴を掘ったというべきか、軽口の応酬が国を動かす現状に、コウはなんとか反撃の言葉を探す。


「いや、俺の補佐も仕事に入ってただろ?」


 記憶力の勝利か、自身が発したその命令を一言一句正確に思い出したコウは、ニヤリと口の端をつり上げてクロバに問いかける。

 

「確かに。しかし、残念ながら私の主人はコウ様ではありませんので」


 コウのその笑みは、慇懃いんぎんな微笑と共に返されたクロバの言葉に粉々に打ち砕かれたのだ。


「まあ、食事ぐらいはお持ちしましょう」


 目の前に広がる莫大な仕事量を前に膝から崩れ落ちたコウに向かって、地上へのはしごに足をかけながらクロバは勝ち誇った表情で声をかける。


「たのむ、誰か1人、この際ウチツネだって構わないから、手伝いをよこして、く、れ⋯⋯」


 首を持ち上げ、亡者のように放たれたコウの魂の叫びに、クロバはにこやかに頷きながらタイルの蓋を閉めたのだ。


——


 はるか西の空に沈む太陽が、青黒い夜空にしがみつくように紅く輝く。

 もう時は過ぎたというのに、意地でも星々の瞬きを遮らんとするその様は、いっそ醜くも思える。


「こんな所にいらっしゃいましたか」


 ハタツミ王城、展望の間で1人、物思いにふけっていたシャルロットは、背後からかけられた青年の声にふっと振り返った。

 そこに立つ執事服姿の青年には見覚えがあった。


「クロバ⋯⋯でよかったか?」


 幾度か、コウがそう呼んでいたのを思い出し、シャルロットは問いかけた。


「覚えていてくださいましたか。光栄です、騎士長様」


 恭しく頭を下げたクロバの言葉から見え隠れする棘に、顔をしかめたシャルロットはふいと顔を背けながらつぶやいた。


「私に何の用がある?」


 夕焼けに顔を向けたシャルロットの後ろで、クロバが失笑をもらす。


「用があるも何も、あなたの動向が私共にとって重要な事ですので」


 臆面おくめんもなく言い放ったクロバは、つかつかとバルコニーに立つシャルロットの横に歩みを進める。

 

「一応言っておきますが、あなたに与えられた選択肢はそう多くありませんよ?」


 そのままシャルロットを追い越したクロバは、彼女の前でくるりと振り返ると、柄にもなく、手すりにもたれかかりながら口を開いた。


「我らと共に生きるか、前王と共に死ぬか、私が示せる選択肢は2つです」


 シャルロットの目を見据えて放たれたクロバの言葉は、彼女に最初の、あるいは最後の決断を迫るもの。

 しかし、シャルロットはクロバの瞳をしっかりと見つめ返し、はっきりと答えた。

 

「お前達と、共に行く」


 その言葉には一点の曇りもなく、それを確認したクロバは不思議そうに問いかけた。 


「そうですか⋯⋯意外ですね、主人と部下を殺した我々に、少しくらい恨みを持っていてもおかしくないと思っていたのですが」


 クロバの言葉に、シャルロットは視線を再び赤く焼けた空に向けると、物憂げな表情でつぶやいた。


「恨みか⋯⋯そうだな」


 手すりに肘をつき、空を眺めながらシャルロットは静かに言葉を探す。


「だが⋯⋯悪は私達だった」


 凛とした態度で放たれたその言葉を、クロバは鼻で笑った。


「善悪ですか、その様な不確かなもので、あなたの恨みは無かった事にできる様なものなのですか?」


 クロバが知る限り、善悪を語るのはおごり高ぶった勝者か、追い詰められた敗者。それは自身の立場を肯定するためにすぎない、後付けの言い訳であると彼は考えていた。


「できる」


 しかし、鋭く言い返したシャルロットの瞳は真っ直ぐで、クロバはそれに一瞬たじろいだ。

 理由を問うクロバの視線に、シャルロットは力無い笑みを浮かべて顔をうつむける。


「それが、私にとっての悪だったから」


 自身にとっての善悪。

 偽善でも偽悪でもなく、人が己の人生に向き合うために作り出す、自身の存在そのものを示す善悪。

 それに反するという事はすなわち、自身を否定することと変わらない。


「国王は、未来を見据えて足を踏み外した。私にはそれが分からなかった。国王を守ることが、国を守ることだと信じて、国王の間違いに気づけなかった」


 単なる自虐ではない。その一言一言が彼女の胸を鋭く切り刻んでいるはずだ。

 しかし、彼女はなおも言葉を発し続ける。


「正直に言えば、今も国王の言葉は間違っていなかったと思う。⋯⋯だが」


 真っ赤に空を染める太陽がついに顔を隠し、西の空のほんの一部がほのかに染まる程度のものになったとき、訪れた夕闇の中でシャルロットはゆっくりと顔を上げた。


「コウ、彼は私に、私にとって一番大切なことを選ばせてくれた」


 つぶやいたシャルロットは、思い出した様に笑みを浮かべて続ける。


「あの男は、自分の首に私の持つ剣を押し付けて問いかけたんだ。選べと」


 右手を握り込み、胸に押し当てる。空中でさまよっていた彼女の視線が途端に焦点を取り戻し、彼女はそれを言葉にした。


「目の前の国民を、生かすか、殺すか」


 人々を守る。ただそれだけを考えて剣をとったシャルロットにとって、何よりも大切にするべきその信念を。


「あのとき、私は一瞬、彼の首を落とそうとした」


 その時の光景を鮮明に思い返し、シャルロットはほうとため息をこぼした。


「そのとき、見えてしまったんだ、目の前にいるこの青年が⋯⋯私よりもはるかに強いこの青年が、ただ1人の民に」


 それこそが、彼女を答えの見えない泥沼から解き放ったのだ。 


「なるほど、確かに彼は平民顔です」


 そして、騎士長の身を切る様な独白も、クロバはコウをけなす話の種にする。


「そうかもしれないな」


 2人して、ひとしきり笑った後、彼女は真剣な顔でクロバに向き直った。


「私に彼を憎むことはできない。そして私が彼らに生かされたのは、国民をないがしろにした我々の罪を償うためなんだと思う」


 頷くクロバを前に、シャルロットは精一杯の勇気でもってその右手を差し出した。


「私を、お前達の仲間に入れてくれ」


 少々子供っぽいきらいはあるが、その言葉が彼女の、1つの迷いもない本心だった。


「あなたがこうして生きている時点で、コウ様はそれを認めています」


 微笑と共にクロバは右手を差し出す。

 しっかりと、ためらいなく。

 お互いに余計な気遣いはなく。ただ対等に彼らは握手を交わす。


「今度は、周りに惑わされないようご注意下さいね」


 たしなめたクロバの言葉は、彼のひねくれた激励だ。


「分かっているさ」


 その意図は通じた。


「国は国、王は王、民は民」


 シャルロットは、彼の手をしっかりと握りながら、はっきりと答えた。


「私は、私だ」


 日は落ち、そしてその完全な暗闇から浮かび上がる様に星は瞬く。

 それは少しずつ数を増し、瞬く間に満天の星空となり、輝く。

 全てをその輝きの中に消し飛ばす太陽とは違い、ほんのりと光る月は、星々を引き立てる様に優しい光を降らせていた。


「さて、それでは中に入りましょう。その服装でこの風は、お身体にさわります」


 唐突に態度を恭しく淑女の手を取る紳士のそれへと変えたクロバは、優雅な所作でシャルロットを城の中へと導く。


「お、女扱いしないでくれ!」


 クロバの紳士的な態度に顔を赤らめるシャルロット。

 彼女は知らないのだ。話の張本人であるコウが今、王城の地下深くで泣きを見ている事を。

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